<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

5 / 443
3話 孵化

■クリアント

 

「スワンプマン……それがお前の名前で、これがお前の能力か」

 

 あらかじめ設定していたセーブポイントである街一番の大樹の前。

 【マッドドロップマウス】によって殺されたすぐ後に、クリアントと泥だらけの黒いセーラー服を着た少女は大樹の前に立っていた。

 

「はい、そうです! それが私、TYPE:メイデンwithテリトリー。【泥中別誕 スワンプマン】です」

 

 スワンプマン。

 それは思考実験の1つの名称である。

 要は、DNA上では同じ肉体、同じ思考を持った別個体を同一人物として扱うかどうかという話だ。

 

「スキルは〈異身伝心 儀ノ一〉、そして〈異身伝心 儀ノ二〉か」

 

 ウィンドウを開くとエンブリオの名前、ステータス補正、そしてスキル名称とその効果があった。

 

 〈異身伝心 儀ノ一〉死亡後に新たな肉体をセーブポイントにて創造する。

           最大回数は5。

 〈異身伝心 儀ノ二〉死亡時のアイテム紛失の免除。

           最大回数は5。

 

「あ、先輩、私の詳細情報見ちゃったりしてます?」

「ん? ああ、そうだけど……」

「照れちゃいますねー。もしかしてスリーサイズとか載ってたり?」

 

 体をくねくねとさせる外見年齢10代前半の、特に体に凹凸の少ない少女。

 そんな彼女の肢体を見ても、特に何の感情も浮かばなかった。

 

「……」

「ちょっと、何でノーコメントなんですか!」

「何も言えなくて」

 

 正直に答えるか、答えに窮するかの2択であったクリアントは結局両方選ぶこととなってしまった。

 

「ところで先輩。スワンプマンだなんて私のこと呼ばないでくださいよ」

「え、なんで?」

「だって、スワンプマンだなんて男の名前みたいじゃないですか」

「じゃあスワンプウーマンとか」

「絶対いやです」

 

 思考実験の過程が男であったからスワンプマンなのだろうが、そもそもエンブリオに対しての名前で男女らしさを拘る必要があるのだろうか。

 モチーフがそもそもで概念である場合のメイデンもいるようだから……と、クリアントは思い出す。

 確かそういう時は……

 

「す……わ…プ……?」

 

 愛称を付けることが多いのだとか。

 名前の一部をもじったり、途中を省略したり。

 

「スワちゃん」

「嫌です! なんか筋肉だらけのおじさんみたいな名前じゃないですか」

 

 過去にいた有名な俳優のことを果たして知っているのか……とクリアントは別の候補を考える。

 

「……ワンプでいいか? もうお手上げだ。そもそも名前を付けづらいんだよ、スワンプマンって」

「仕方ないですねぇ。先輩の顔に免じて、ワンプで手を打ってあげますよ」

 

 と、愛称も決めたところでクリアントは本題に入る。

 

「なあワンプ」

「はい、何でしょう先輩」

「……なんで先輩?」

「え、そっちですか!?」

 

 孵化時から気になっていた先輩呼びについて尋ねてみた。

 

「てっきりスキルのほうかと」

「そっちは説明見れば何となくわかったから……。1日5回までは死亡してもデスペナルティであるログイン禁止……この世界から弾き出される制約が外される。2つ目のスキルで死んでも持ち物は無くならないってことだろ」

「それは当たってるんですけどぉ、せっかく後輩である私から先輩にレクチャーしたかったのに……」

 

 クリアント本人は流してしまっているが、そのスキルは世にも珍しい蘇生能力……に限りなく近いものである。

 ステータス補正は最低限であるが、死んでもまだ戦えるのであれば、それを前提とした戦い方を行える。なおかつ、敵が奥義や必殺技を使った後も、相手が消耗したとしてもこちらが戦闘可能となっている状況は強いといえる。

 とはいえ、蘇生能力は稀有なものであり、かつリソースが大きい。

 ステータスに大幅なマイナス補正があったり、殺した人間やモンスターのリソースを奪うことで補うエンブリオも存在する。

 【泥中別誕 スワンプマン】。このエンブリオもまた回数制限に加え、戦闘能力に関する補正がほとんど無いことでリソースを補っている。

 戦い続けることは出来るが、戦いにはならないかもしれない。

 その可能性を分かっているのかいないのか……ともかく能力云々よりも呼び方をクリアントは気にしていた。

 

「ほら、スワンプマンがモチーフじゃないですか私」

「だな」

「スワンプマンって、元となる人間がいないと出来上がらないんですよ」

「それは……そうだな」

 

 男が雷に打たれ、同時に泥も雷によって変質させられて同じ男が完成する。

 元となる男がいなければそもそもでスワンプマンは生まれない。

 

「だから先輩は私の人生の先輩なんですよ」

「人生のって言われると重いような」

「あ、それともぉ、こういう呼ばれ方が嬉しかったりしますか?」

 

 と、ワンプはイタズラめいた笑みを浮かべると

 

「パーパ」

 

 下から覗き込むようにし、クリアントを父親と呼んだ。

 

「それは……ちょっと背筋がゾクッとするからやめてくれ」

「背徳感で?」

「寒気で」

 

 あらためて、クリアントはワンプを見る。

 

「……? なんですか、パパ」

 

 年齢にしては可愛い方だろう。

 黒いセーラー服がやや喪服めいているのは、スワンプマンが死者を題材にしているからだろうか。

 それでも顔つきや表情は愛らしく、時折……いや結構な頻度で見せるイタズラめいた表情も魅力的だ。

 可愛いだろう。魅力的だろう。

 もしクリアントがワンプと同世代であったならば、恋に落ちていたかもしれない。

 ワンプとの年齢差が1周りも無ければ、勘違いしていたのかもしれない。

 

「いや……案外、そうやってパパと呼ばれても周囲の人間には違和感ないのかなって」

「もう、やめてくださいよ! 先輩は私のマスターなんですから、堂々としていてください!」

 

 やはりワンプはエンブリオだ。

 クリアントの心の機微にも聡い。

 パパと呼ばれ、年齢を気にしてしまい傷ついてしまうと分かってしまえば、パパと呼ぶことを止める。本気で嫌がることはしない。からかうことはするが。

 

「それで、先輩の念願であったエンブリオの孵化……ワンプちゃんの誕生を祈ってこれからパーティーでも開きますか?」

「誰が開くかよ。そんな金も、招待する相手もいないぞ」

 

 ろくに金を稼ぐこともせず、人間関係も無いままの1カ月。

 ダメ人間にも程があるプレイをしていた。

 

「……やるなら、そう、俺とお前2人だけだな」

 

 予算的にもそれがギリギリだろう。

 会場を貸しきることも、食事を何人分も用意することは難しい。

 

「……そうですね! ええ、2人だけのパーティー! 気に入りました」

 

 ワンプは年相応に笑う。

 先ほどまでの何か裏がありそうな笑みとは違い、本心から嬉しいようだ。

 

「そうと決まれば――」

「レストランの予約ですか!?」

「祝勝会のためにまずは【マッドドロップマウス】を倒さないとな」

「……は?」

 

 これより地獄の行進が始まる。

 1日1回、デスペナルティを含めれば2日に1回までしか死ぬことを許されなかったクリアントが、1日に5回も死ねるようになったのだ。

 1週間後、デスマーチを繰り返しに繰り返すことで、これまでの1か月分の回数を優に超える死亡回数を稼いだクリアントと半ば死んだような目をしたワンプの姿がセーブポイント付近で何度も見受けられた。

 

「次のジョブは何にするかな」

「いやもうきついですって! 死んじゃいますよ……死んでるんですけど!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。