<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女μ】妹妹
その魔法少女は他の誰よりも庇護欲を掻き立てる見た目をしていた。
赤子の姿を真似た【魔法少女σ】ツーウェイオールは少女の姿のままで赤子の衣装やアイテムを手に持っていたためにある種の不気味さを演じさせていた。
あえて、臆させるためのコスプレとでも言おうか。ツーウェイオールはそのエンブリオも相まって、相手に畏怖や嫌悪などの『戦いたくない』という感情を持たせることで実力を発揮させないスタイルを取っていた。現在の落雷降りしきるこの森の中ではそのスタイルも些か変動はあったようだが。
だが、この魔法少女は違う。
【魔法少女μ】妹妹は、『戦うのが可哀そう』、『傷つけたくない』といった憐憫や庇護欲、保護欲といった感情を相手に感じさせることで実力を発揮させないというスタイルを使う。
尤も、結局は感情論の話であり、それを無視して戦える者であったり、一度使った相手には二度と使えないといった制限もあるのだが、妹妹はエンブリオによる暗殺で以て自身が如何に力の無い魔法少女を偽りながら他の魔法少女を殺してきた。
見た目は小学生低学年程度。
2つのお下げを結った黒髪は動くたびに小さく揺れる。
体格も、顔立ちも、声も、全てが幼く可愛らしい。
強さを感じさせない少女。
弱さだけが見える少女。
小さいが故に大きくなりたいと願ったキシリー・キシシキとは違い、妹妹は小ささや弱さを偽る。
強くないから無害だろう。放っておいても別に構わないだろう。
そう思わせてから殺す。
「……まいまいちゃんはどうして弱いままでいられるの?」
かつて、キシリーはそう妹妹に尋ねてきた。
ちなみに、妹妹の読み方は『まいまい』であるが、これは特に意味を付けて名付けたわけではない。
単に、姉や兄よりも妹や弟の方が幼さや弱さを先入観として与えられそうだと思いつけただけだ。読み方は後から。
「何を言っているんですか。弱いってのは欠点じゃないんですよ?」
キシリーと2人、ベンチに座りアイスを舐めていた妹妹が答える。
ベンチはかなりキシリーの方に傾いていた。妹妹側のベンチの脚は少しばかり浮いている。
「……むぅ」
キシリーはウチデノコヅチを取り出すと妹妹に向ける。
妹妹を巨大化させて大きさを釣り合わせようとするのを必死に止める。
「マジでその攻撃はやめてください」
「攻撃じゃないよぉ。むしろ支援なんだけど」
「私にとっては特攻です。……ほら、よく『弱者が群れやがって』とかいう人いるじゃないですか。弱いというのは誰かと一緒にいることに疑問を抱かせない。頼ることが普通だって思わせるんですよ」
「ふうん。だからまいまいちゃんは最初から可愛いアバターを選んだんだね……羨ましいなぁ」
これ以上はキシリーの負の感情を引き出しそうであったため、妹妹もそれ以上言葉を発せずただアイスを舐め続けていた。
キシリーに本気で殴られればそれだけで自身が死ぬことは分かっていたから。
弱さを偽っていたところで、別にその正体が強者であるとは限らないのだ。
「そっちの美味しそうだね。少し頂戴」
「んー、いいですよ。キシリーさんのをくれるのであれば」
「交換か……でも私のもうほとんど残っていないよ」
「……そうですか」
その体格故に同じ大きさのアイスを食べていればすぐにキシリーが食べ終わるであろうことを忘れていた。
妹妹はもう一つ注文しようかなと、キシリーに一口で残りのほとんどを食べられてしまったアイスを見て思う。
互いに年齢の近い友人同士。
気心どころか、性根や抱える闇も知っているキシリーと妹妹はその翌日、【魔法☆少女】に至る戦いに挑んだのであった。
「助けてお兄ちゃん!」
全員とは言えないが、多くの男性は年下の少女から兄と呼ばれることを喜ぶ。
「……お、お兄ちゃん?」
「先輩、なんでこんなのに鼻の下を伸ばしているんですか」
「いや、伸ばしてはいないが」
男――クリアントは戸惑いつつ後退する。
突如現れた少女が魔法少女の衣装を着ている。
それ即ち敵であることは必然。
だが、見た目も、そして《看破》で見破った中身も弱い幼き少女。
容易に攻撃は出来ない。
精神的にストッパーがかかってしまう。
「あっちから怖いお姉ちゃんが来てるんです! 助けてお兄ちゃん!」
《看破》で戦えないと分かった少女を放っておけるだろうか。
打算的、合理的、あるいは少女の危機的状況を見たいと思う人間であれば放り出すかもしれない。もしくは自らの手で始末をつけるかもしれない。
しかし、クリアントは放っておけない類の人間である。そう見抜いたからこそ少女はクリアントに助けを求めた。
「怖い! 怖いよお兄ちゃん!」
柔らかな肌を、ふわふわとしたドレス越しにクリアントへ押し当てる。
クリアントは明らかに混乱している。
冷静に判断を下せない。
そう、確信した少女の口元は笑みを浮かべていた。
【魔法少女μ】の固有能力はステータス偽造。
己のステータスを弱いと偽造する能力である。
無論、発揮できるステータスは本来のものである。
だが、それは《看破》では見破れないし、ステータスに関する発言であれば《真偽判定》にさえも引っかからない。
全ては己を弱く見せるため。
それが【魔法少女μ】の能力であり、妹妹の信条と合致していた。
そして、ただ弱く見せるだけが妹妹の必勝法ではない。
【魔法少女μ】が妹妹の鎧であるならば、エンブリオこそが妹妹の武器だ。
TYPE:アームズ、【斬風爪 カマイタチ】は妹妹の爪に置換されたエンブリオである。
その能力特性は不意打ち。
妹妹に対して敵対していない《殺気感知》に対して引っかからない相手に対してのダメージを増す能力である。
必殺スキルは更に強力な近接戦闘用のスキルになるが、妹妹は基本スキルだけでの戦いを好む。
この方がビジュアル的にも可愛く、そして暗殺にも向いているからだ。
まずは相手に近づく。
そして、何かしらの理由を付けて体に触れる。
首や心臓部などの急所に触れた瞬間にカマイタチの能力を発動すれば、後はその爪で急所を抉り抜くだけだ。
至近距離からの強力な一撃。
それも、敵とは思っていなかった相手からのものである。
躱せる相手などそうそういない。
躱せず、防御に頼ろうとしたところですでにカマイタチのスキルが発動していれば生半可な防御スキルでは防ぎきれない。
触れれば勝利も同じ。
だから、クリアントに少女が触れた時、彼女は勝利を確信している……はずであった。
「(……《殺気感知》に反応あり!?)」
クリアントからの殺気が一向に収まらない。
警戒と害意。
本来、クリアントから発せられるはずの無い感情に、逆に少女の方が戸惑いを見せてしまう。
「お、お兄ちゃんも魔法少女なんだよね? わ、私と一緒に戦ってよ!」
ならば、と守ってもらうのではなく共闘という形に持ち込もうとする。
弱いながらも懸命に戦おうとする少女。
それもまた、守りたくなる姿であろう。
「……お兄ちゃん?」
何故だろう。
弱い姿を見せれば見せる程。
助けを乞えば乞う程。
クリアントから向けられる警戒心が増しているような気がする。
「……え、あれ? ……お兄ちゃん?」
ドン、と突き放される。
よろよろと、ここでも弱弱しい姿を見せるが、その効果は全くない。
「……何を、しているんだ」
その表情は完全に少女を否定しているものであった。
信頼感の欠片も無い。
あるのはただの敵意のみ。
「お前は……こんなところで……その姿で何をしているんだ」
「おにい……ちゃん?」
「俺はお前の兄ではないし……そもそもお前はモンスターだ。……遊んでいるのか? それともおかしくなったのか」
不味い、と今度は少女が後ずさる。
これほど早く、正体が露見するとは思わなかった。
「お前は一体何をしているんだ……意味が分からない……」
少女――【魔法少女μ】妹妹の姿がぶれる。
弱弱しい見た目も、ステータスも変わっていく。
可憐な笑みは得体の知れないナニかが口元を歪めただけの表情となる。
「【黒雷竜 ドラゲイル】。……最初からお前がお前だということは分かっていたぞ」