<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クリアント
「先輩」
「どうした?」
それはワンプが孵化してから死亡回数が50を超えた頃であった。
今日も今日とてセーブポイントにて新たな肉体へと生まれ変わったクリアントとワンプ。
じゃあまた挑もうかと進みだそうとしたクリアントをワンプが止めた。
「いや、少しくらいは案を練りませんか? 何回同じことして死んでるんですか」
「53回」
「あ、覚えてたんですね凄い……じゃなくて! 毎回同じ死に方しているじゃないですか! 進展も全く無いし……勝つ気あるんです?」
「……結構言うよなお前。俺のこと先輩とか呼ぶくせに」
だが、ワンプの言うことも事実。
クリアントはワンプが孵化してから38回を【マッドドロップマウス】に殺されていた。
「ストライキを要求します!」
「ストライキって要求するものだっけ……?」
「私は美味しいご飯を食べたいです! ワンプちゃん誕生会は祝勝会とは別に行うべきと提案します!」
「まあ、それでもいいけど……」
リアルとの兼ね合いで毎日必ず5回死んでいるわけではない。
本日は4回。あと1回は死んでも問題は無いが、ワンプは地面に寝ころび手足をばたつかせている。
淑女にあるまじき行動であるが、年齢相応……にしてもやや外見よりも幼い行動であろう。
「そんなことしていると服が――」
汚れるぞ、と言おうとしてクリアントは思い出す。
最初からワンプは泥で汚れていたことを。
「なあワンプ……」
「はいどうしました?」
「その服の汚れなんだが……」
なんだったら頭から泥をかぶったような汚れ方だ。
服だけでなく髪まで泥で濡れている。
それでもその美しさが霞まないのはある意味ですごいことだが。
「ああ。これですか。これですよね……うーん」
ワンプが腕を組み、少し悩んだ後に
「無理ですね! 諦めて汚れても良い店を探しましょう!」
「……」
クリアントは『泥まみれの自覚はあったんだな』という安堵と『綺麗にするという話にはならないんだな』という諦めの無言になる。
「先に言っておきますけど、洗っても駄目ですよ? 泥まみれなんじゃなくて、私が泥みたいなものなんですから。泥から生まれた人間がコンセプトなんですから」
「……ああ」
その辺りは思考実験においてどのようになっていたのだろう。
肉体や思考、持ち物においても元の人間と全く同じであったようだが、泥から生まれたのであれば泥に汚れていたのだろうか。
元の人間も泥に汚れていたという前提であれば泥まみれでもおかしくはないのだろうが……。
「それじゃあ大衆酒場というか……誰でも入れるような場所探すか」
「はぁい! 候補は先輩が探して、私が最終決定する形でいいですよね?」
なんだったら全てクリアントが選ぶよりも面倒なことになってしまった。
ワンプが選ぶ時点でワンプのお目に適う店が候補に無ければならない。
「……少し待ってくれ」
クリアントは溜息をつきながら道行く人間に初めて声をかけたのであった。
こうしてワンプをきっかけにして彼の人間関係は築き始まれて行く。
「こういうところで良かったのか?」
最終的に選ばれたのは〈マスター〉が経営する居酒屋に近い店であった。
まだ昼間であるためそこまで飲んだくれたような人間もいないが、メニューは和食に近い。
てっきり、オシャレな洋風レストランやデザート系を選ぶと思っていたのだが。とはいえ、そこに入店許可が下りるかどうか分からない。
全身泥だらけの少女を果たして店に入れてくれるかどうか……。
「はい! というか先輩。今時の店はどこも清掃系のスキルで泥なんてすぐに片してくれますよ?」
「いや……」
そもそもで飲食時に泥だらけは衛生的にも見た目としてもどうなのかとは思うが。
「ここのオーナーはフードプロセッサーでひき肉を作るみたいですからねー」
「……?」
フードプロセッサーでひき肉を?
ひき肉が食べたかったのだろうか。
だとしたらハンバーグ?
尚更、こういう店ではないだろうが。
「ご注文を」
店のオーナーに雇われたティアンがメモを片手に尋ねてくる。
「じゃあ俺は焼き鳥と……枝豆、それに冷奴を貰おうかな」
なぜこんなにも酒のつまみが多いのかは、店のコンセプト的にも仕方ないにしても、それを選ぶ自分も自分だなとクリアントは苦笑する。
「飲み物は……この炭酸のやつで」
「はい、畏まりましたー」
比較的ビールに近い色の飲み物があった。
見た目としてビールに近いようだ。
メニューには味も完全再現と書いてある。
よく考えればこうして落ち着くことも無かったと今更ながらにクリアントはゲームを楽しみ始める。
なんだかよく分からない目標を立てていたが、そういえば楽しむために始めたのだった。
ワンプには感謝しなきゃなとクリアントが思っていると、
「じゃあ私はガーリックライスとシチューとおでんで……飲み物はこの果実のジュースを」
クリアントに似たのかややオッサン臭い品を選んだが、飲み物は流石に可愛らしい。
ほっこりと和んでいると
「あ、私のは全部それぞれミキサーにかけておいてください」
と、信じられないことを言い出した。
「……はい?」
店員も笑顔が固まり、聞き返してくる。
心なしか、周囲の喧騒も静けさを取り戻し、こちらに耳を傾けているような気がしてならない。
「全部、どろどろにした状態で持ってきてください!」
ワンプも笑顔でそう言い返した。
「……あ、美味い」
〈マスター〉がリアルにも料理をやっている人間なのか、出された品はどれも美味であった。
枝豆ひとつ取っても丁寧に下ごしらえをされている。
美味い。そう店員にも伝えたい気持ちであった――目の前で行われる料理人への冒涜的な所業が無ければ。
「……いや本当に何やってるんだよ」
「美味しいですよー」
それで味が分かるのかと言いたいがクリアントはぐっと堪える。
フードプロセッサーなのかミキサーなのか、それともスキルによるものなのか。ドロドロとした液状となった元ガーリックライスと元シチューと元おでんをワンプは飲んでいる。
ドロドロ……言い換えれば泥状だ。
それが自身の食癖とでも言うかのように、本当に美味しそうにワンプは食事をしている。
「……まあお前がそれでいいならいいか」
ともあれ、ワンプが美味しそうにしているならそれでいい。
いくら現在がアレであれ、元が美味しいから、ワンプも食事を楽しめているのだろう。
つまりは、店選びは成功だったということだ。
「優しいですね先輩は。てっきり引かれるかと思っていましたよ」
そんなことをにやにや笑いながらワンプは言う。
「そんな優しい先輩に! グッドニュースですよ」
「グッドニュース……?」
「はい。素晴らしいお知らせです。おめでたですね」
「それは何か意味が違うだろ……」
ご丁寧にもワンプが自分の腹部をさする仕草をし始めたため、クリアントは乱暴にワンプの頭を撫でる。
「あいたたたー」
「ほら、周りからの目が痛いから早く教えてくれ」
「それは元から……はい、話します! 話しますから離して!」
最後に優しく撫でてやりワンプの頭から手を離す。
「……」
クリアントの掌には泥が付いていた。
「ちょっと、先輩! 女の子の頭撫でた手を嗅ぐなんてデリカシー無いですよ」
「これは……いや、そうだな。それで、良い話ってのはなんだ?」
それ以上突っ込むのは流石に可哀そうと判断したクリアントは話を進める。
「はい。それはですね……なんとエンブリオが進化しました」
「へぇ」
「いやもっと驚いてくださいよ!」
「おおーすごいすごい」
「でしょう! そしてなんと新しいスキルも芽生えました」
クリアントはウィンドウを開き、エンブリオを確認する。
そこには確かに【泥中別誕 スワンプマン】が第二形態へと進化したことが分かる。
死亡回数が多い故に、必然的にエンブリオのスキルを使用する回数が増えたからであろうか。
「〈異身伝心 儀ノ三〉……まあスキル名は予想出来ていたけど。……なるほど、これは使えそうだな」
「それでですね先輩。このスキルがあるので……まあ私としては先輩を無駄に死なせまくるのはやぶさかではないのですが」
「やぶさかじゃないのか」
「失礼。無下に死なせてしまうのは心苦しいのですが。このスキルを前提とすれば――」
ワンプが語る、打倒【マッドドロップマウス】に向けての策。
それはクリアント自身も〈異身伝心 儀ノ一〉を知った時から薄々と考えていたことだ。
だが、一では足りなかった。
不十分であった策が三によって完成する。
〈異身伝心 儀ノ三〉と下級職であるジョブの一つ。この2つが上手くシナジーを起こせばきっと勝てるだろう。
「そうと決まれば」
「善は急げ、ですね。いつあの個体が他の〈マスター〉やティアンに倒されてしまうか分かりませんし」
森の奥、しかも入り組んだ道の先ということでこれまで他の人間には見つかっていなかったようだが、これからもそうとは限らない。
倒せる策が見つかったのなら早速行動に移したい。
クリアントも、そして乗り気となったワンプも一息に飲み物を喉に通すと立ち上がった。
■【マッドドロップマウス】
「Goa……?」
クリアントのエンブリオであるワンプが第二形態へと到達したとほぼ同時刻であった。
これまで1カ月半近くもクリアントを一蹴してきた【マッドドロップマウス】の個体は自身の身に異変を感じた。
それは森に迷い込んだティアンの1人を食い殺した時。
〈マスター〉と違い、ティアンはその場に死体を残す。
餌としてはやはりティアンの方が良い。だが、【マッドドロップマウス】には両者の違いは分からない。知能がそれほど高くないために手の紋章にも気づかず、ただクリアントの顔は覚えているため餌にならない人間だという印象しか持たない。
久方ぶりに餌となる人間を殺し、殺した後に餌だと分かり上機嫌となっていた【マッドドロップマウス】であったが、彼は知らない。
50を超える〈マスター〉の殺害。
たとえレベルが低かろうとも、エンブリオが第一形態であろうとも。
連日数人分の〈マスター〉を殺害するという偉業は通常のモンスターでは成し遂げるのは難しい。
それはティアンを100人殺し食らうことよりも価値が高かったのかもしれない。
〈マスター〉50人分の殺害。その経験値……リソースは確かに【マッドドロップマウス】へと流れ込んでいた。
「お! こんなところにもモンスターがいやがったか」
それはクリアント達が危惧していた、【マッドドロップマウス】と他〈マスター〉との邂逅であった。
強さとしては上級職、エンブリオは第三形態といったところ。
クリアントよりも戦闘に関しては格上である。
亜竜級モンスターであっても単独で狩れる実力を持つ彼は、相手がネズミを模したモンスターであることを知ると――未だ進化途中であることを知らずに――迷わず戦闘態勢を取った。
TYPE:アームズの短剣を構え〈マスター〉はそのモンスターへと接近する。
近接戦闘系である狩人系統上級職の【マタギ】。獣系統へのダメージ増加のパッシブスキルを持つ。
加えて短剣はエンブリオの能力により急所部位でのダメージが増加する。
リアルでも解体を得意とする〈マスター〉は手慣れた動きでモンスターの首を狙い、途中モンスターの一撃も頬を掠りながら回避する。
流石に上級職ともなればENDも上昇しており数回くらいでは倒されない。ましてや頬を掠った程度であれば、ダメージ量は総HPの1割にも満たない。
そのままモンスターの喉を抉ろうとした〈マスター〉であったが、視界が歪み始める。
「(……なん、だ)」
気づけば声も出せない。
麻痺毒か、と思ったがHPが急激に減少していく。
彼は気づかない。
掠った頬から顔が融解していることなどに。
モンスターの攻撃全てに溶解毒が付着していることなどには気づくことなく、そのまま光となって消えていった。
※プレイヤー非通知アナウンス
【(〈UBM〉)認定条件をクリアしたモンスターが発生)】
【(履歴に類似個体なしと確認。〈UBM〉担当管理AIに通知)】
【(〈UBM〉担当管理AIより承諾通知)】
【(対象を〈UBM〉に認定)】
【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】
【(対象を逸話級――【愚毒道 マッドラップス】と命名します)】
故に、かくして1体の亜竜級モンスターは逸話級UBMへと成り立った。
彼は待ち受ける。
自身をこうまで育てた1人の〈マスター〉を。
彼は持ち得る。
ただ1人の〈マスター〉だけでない、数多の〈マスター〉やティアン……人間を殺す力を。