<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【黒雷竜 ドラゲイル】
『この長き生において、同種との戦いはこれが初めてであったかもしれぬな』
ドラゴンとドラゴンの戦闘。
ドラゲイルがこれまで出会ってきた竜種はいずれも遥かに格上であり、戦いらしき戦いは起こらず、見下されたか見逃されたか……いずれにせよまともな戦いにはならなかった。
故に、ドラゴンとのまともな戦いはこれが初めてである。
尤も、ドラゴン同士以前に自分との戦いになるのだが……。
『か、かか。己との戦いとは……それは邪竜がやることなのかは疑問が残るがな。どちらかといえば正義の側がやりそうなことだ』
主人公であれば修行パート編であろうか、とドラゲイルは昔聞きかじった物語を思い出す。
己との戦い、対話を乗り越えて新たな力を得る。
それはむしろ邪竜との戦いに備えた正義がやりそうだなと内心嗤う。
「笑っているよ」
「笑っているね」
「楽しいんだね! 私達も楽しいよ!」
「ええ、そうね。たくさんのドラゴンに囲まれて楽しいわ」
妹妹を始めとした数人の〈マスター〉を殺し、その能力を得たドラゲイルは知っている。
この状況はエンブリオという一部の人間が持つ能力が引き起こしたものに違いない、と。
対象の姿を映し取り、自身の手足として動かす能力。
それがこの双子の片割れの能力なのだろう。
「くかか!」
「くかか!」
2人の魔法少女はドラゲイルを真似して笑う。
傍から見れば可愛らしい光景であっただろう。
猫のように爪を立てて、笑う少女達の姿は。
だが、ドラゲイルにとっては悍ましいだけであった。
「ドラゴン! ドラゴンだ!」
「初めてね。初めて見たわね」
「殺しちゃうのが少し勿体ないけど」
「良いことを思いついたわ! 特典武具になればずっと楽しめる!」
ドラゲイルを囲むようにして回る偽のドラゲイルを警戒しつつ、2人の魔法少女を見る。
1人はドラゲイルの偽物を生み出す能力。
ではもう一人はどうだろうかと。
『(……姿形は全く同じだ。双生児……なのだろう。確かエンブリオを持つ者には手に紋章があるらしいな……。ふむ、両者ともにある)』
ドラゲイルは知らない。
TYPE:メイデンのエンブリオに備わる《紋章偽装》というスキルを。
あたかも2人の〈マスター〉がいるように思わせる。
「あら? 何を考えているのかしら」
「分からないわ。殺して聞いてみましょう」
ドラゲイルと相対する魔法少女――【魔法少女η】狂ヶ咲夢味のエンブリオであるドッペルゲンガーという名を、もし〈マスター〉が聞いていれば、夢味の隣にいる同じ顔をした少女がメイデンのエンブリオである可能性は容易に推察出来ただろう。
だが、ドラゲイルにそれは不可能。
エンブリオの名から能力も、由来も知ることも出来ない。
彼に出来るのは、見た現象から能力を推察することくらいである。
『かか! 良い。我が立ちはだかってやろう!』
偽ドラゲイルのうち、1匹がドラゲイルに爪を振るい、もう一匹が尾で薙ぎ払う。
どちらも躱しながら、ドラゲイルは2匹の力を探る。
『……む?』
偽ドラゲイルの爪が木に傷を付け、尾も大樹を揺らす。
「流石は本物」
「動きが良いわ」
ドラゲイル本人ではない故か、その動きは精彩に欠ける。
2匹がかりでも躱そうと思えば躱せる程度には。
だが、それよりも……ドラゲイルにとって懸念があった。
『動きもだが……力は我に劣るのか』
ドラゲイルが爪を、尾を振るう。
その一撃は木を切り刻み、薙ぎ倒す。
そう、本来であればドラゲイルの力は木々などものともしない程力がある。
雷を抜きにしても、ドラゴンとしてのステータスがドラゲイルには備わっている。
『なるほど。所詮は見掛け倒しであったか』
避けるに値しない。
木々に傷を残したり、揺らしたりする程度であればドラゲイルの鱗で十分受け止められる。
『それに……雷を使わぬのであれば尚更だ』
ドラゲイルは変身も使うが、その本来の攻撃は雷によるもの。
ステータス任せの攻撃ではなく、雷を操り、纏い、降らせる攻撃をしないのであれば、偽ドラゲイルはまさしく見た目だけの偽物だ。
偽ドラゲイル2匹が爪を振るう。
どちらも見た目だけはドラゲイルと同じ重厚かつ鋭い悪鬼のような爪撃。
だが、ドラゲイルの鱗で受け止められるであろう脅威でも何でもない攻撃を避ける素振りも見せず、むしろ受け止めた上で反撃をしようとドラゲイルは雷を貯める。
ドラゲイルはドッペルゲンガーという名を知らない。
その本質さえも名から見出すことは出来ない。
だから、木々を倒すことも出来ない程度の攻撃を自身ならば受けきれると踏んでしまった。
邪竜らしく慢心し、油断し、罠にかかる。
『……!?』
意に介さないはずであった。
鱗が弾き返すであろうと。
「知性が低いモンスターは簡単」
「容易く油断してくれるものね」
偽ドラゲイル達の爪がドラゲイルの腕を、腹を深く裂く。
出血は多量。
ドラゴンの生命力を考えても、止血しなければ数分程で死ぬであろう深い傷。
その一撃は決して雷を纏い破壊力を強化したものではない。
木々に傷を付けたように、偽ドラゲイルの純粋なステータスと、ドッペルゲンガーという本質がもたらした結果であった。
■【幻影少女 ドッペルゲンガー】について
諸説あるドッペルゲンガーであるが、共通するものとしては、自身と同じ姿をした人間に出会うということであろう。
その由来自体は、現実的なものとしては脳腫瘍などの障害であったりとあるが、ファンタジーにおいては、『出会えば近日中に死ぬ』存在である妖精や分身であると言われている。
出会えば死ぬ。
ドッペルゲンガーの特性は模倣生物の生成ではない。
互いにダメージが増大する模倣生物を生成する。
それがドッペルゲンガーの特性である。
木々に対して浅い傷になろうとも。
同じ見た目をしたドラゲイルに対しては深い傷となる。
模倣対象のステータスが膨大であり、リソース不足で偽物のステータスがいくら低くなろうとも、『出会えば死ぬ』という本質のもとに作られた『同じ姿をした者を殺す力』を付与されている偽物達は、オリジナルを容易に殺すことが出来る。
そしてそれが2体。
『ドッペルゲンガーを2回見ると死ぬ』という逸話から、同時に2つまで偽物を作り出すことが出来る。
自身を殺す刃を持つ2人の自分。
それが襲い掛かってくるのであれば、確かに脅威であろう。
あくまで、普通の人間を相手にしているのであれば、であるが。
■【黒雷竜 ドラゲイル】
『理解した。我にのみ通用する力を持つのか』
腕と腹部。
2つの傷を見てドラゲイルは、それがドラゲイルにのみ力を増す攻撃であると推測する。
『(ふむ……そして雷を使わぬ理由も察したぞ)』
ドラゲイルは思考は止めないまま偽物達の攻撃を躱す。
そのたびに出血は増し、死期を早める。
『く、かか! どうやら遊びが過ぎたようだ』
「……?」
「何を言っているのかしら」
実に愉快であった、とドラゲイルは笑う。
そして、邪竜である自身にとっては大して試練では無かったと笑い捨てる。
『この程度、通用するのは数十年生きた人間くらいだろう……いや、数十年生きた人間であれば対抗も容易か』
この偽物のドラゲイル達。
その弱点は明白である。
ドラゲイルに対して偽物達の攻撃が特攻であるのならば。
逆もまた然りだ。
『かかか!』
ドラゲイルが爪を振るい、尾を払う。
それだけで、偽物達の腕が飛び、足が破裂する。
これこそがドッペルゲンガーの弱点の一つ。
特攻効果が相互に起きてしまうのである。
『さて、興も冷めてきた。終いとしよう』
偽物達が行わなかった雷による攻撃。
その理由は単純である。
ドラゲイルの雷はほとんどが広範囲に及ぶもの。
体表に纏わせることも出来るが、それは力を増すだけ。
元々、ドラゲイルに対して特攻を持つ偽物達は必要ないと使わない。
だが、なぜ広範囲の攻撃を行わなかったか。
夢味を巻き込んでしまうから?
それもあるだろうが、もっと巻き込みたくない相手がいたのだ。
それは隣で戦う偽のドラゲイル。
ドッペルゲンガーにより付与された『同じ姿をした者を殺す力』はオリジナルだけに効果があるわけではない。
偽物達同士でも攻撃が通用してしまう。
故に、範囲攻撃ではなく、オリジナルのドラゲイルだけを狙う直接攻撃に留まってしまう。
『だからこそ我は使わせてもらおう。邪竜らしく、相手が使えない手段を用いて殺してみせよう』
暗雲が生まれる。
ドラゲイルの身体から発せられたその雲は意識があるかのように、偽物達を囲む。
『《制裁罰》』
偽物達を囲んでいた暗雲が閉じていく。
その中心にいた偽物を締め上げるように。
ドラゲイルと同じく雷に耐性があろうと、互いに特攻を持つ今であればそれは関係ない。
偽物達は暗雲に呑まれ、消滅した。
「え、あれ……」
「おかしいわ、おかしいわ。何で生き残って……」
『く、かか! 幼き少女を喰らうもまた邪竜の本懐。さて、それでは務めを果たすとするか』
切り札を失い、互いの身体を抱きしめ合う夢味とドッペルゲンガーを前にドラゲイルは舌で口を舐める。
「や……こっち来ないで!」
「あっちに行って!」
『久しいそ、斯様な言葉を聞くのは……。く、かか! 貴様らは我を滅する正義の魔法少女ではなく村娘であったか! ならばその役割を果たすが良い』
ドラゲイルが2人の前で口を開き牙を見せる。
そうして、2人の反応を楽しんだ後に、食い殺そうと牙を突き立て――る瞬間であった。
その牙を数人の少女が受け止めた。
顔は皆同じ。
手に持つ剣で、籠手で、斧で、盾で。
各々の持つ得物がドラゲイルの牙から2人の少女を守ったのだ。
「美しい物語というのは美しい主人公から成ります。美しい主人公というのは何かご存じで?」
「見た目でしょうか」
「性格でしょうか」
「内面かな」
「洋服だな」
「全く思い浮かばない」
1人の魔法少女が問いながら現れる。
槍を持つ魔法少女は優雅に答えを述べた。
「答えは美しき行動をする者です。竜から少女を助ける。実に美しくなくて?」
その魔法少女は【魔法少女β】プシュケー・アーチ。
か弱い少女2人を背に、ドラゲイルへと槍を構える。
『く、かか! 良かろう。貴様もまた正義というわけだな! ならば我が相手を務めようではないか!』
その言葉と行動に、ドラゲイルは喜びに満ちた返答をする。
未だ出血は続いている。
眼前には新たな魔法少女。
それでも、ドラゲイルの心は踊っていた。