<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女ψ】フィリップ・ノッツ
「……」
大丈夫、傷はまだ浅い。
そう強がれればどれだけよかっただろう。
【出血】、それに【猛毒】の状態異常がフィリップのステータスに張り付けられていた。
小刀に毒でも塗られていたのであろう。
「……参ったね。回復する隙を与えてくれないみたいだ」
止血アイテムも解毒アイテムも手持ちにあるが、それを使う時間は無いようだ。
眼前には黒アゲハのようなドレスを身に纏った魔法少女。
クリアント以外にも黒い魔法少女がいたのかと、そんなことを思いながらその魔法少女を守るようにしてこちらを囲む3人の魔法少女に警戒を続ける。
「ひ、ひひ……畳みかけちゃえ」
黒ドレスの魔法少女……恐らくはこの少女がP助なのだろうとあたりをつける。
24人もいる魔法少女の中でも特典武具を持つ者は限られる。
フィリップのスキルである《探求心》は他の3人から反応はなく、あるのは黒ドレスの少女のみと告げている。
本人に戦闘能力は無いとクャントルスカは言っていた。
だが、フィリップはこうして窮地に追いやられている。
「さて、これはどういうことなのだろうね」
「……ひひ?」
「そこの3人は誰かが化けたとか、増やしたとかといった感じではなさそうだ。まごうことなき〈マスター〉の魔法少女」
プシュケーの【ワルキューレ】、夢味の【ドッペルゲンガー】、あるいはドラゲイルのスキルなどで、増やされた魔法少女ではない。
彼女らはれっきとした一人の魔法少女。
誰もが【魔法☆少女】を目指していたはずだ。
「ふむ……君たちもチームを組んでいたということかな」
「ひひ。チーム違う」
「む」
「私たちは仲間でも共同体でもない」
確かに、フィリップから見てもP助と3人の関係は仲間には見えない。
3人の魔法少女達がP助を守っているようだが、P助は補助や回復をする気配はなく、ただひたすら自身の防衛に努めているようだ。
「私は……そう、クライアント」
「ほう。何を依頼したいのかね」
「ひひ……決まっている。私をただひたすらに守ること。私の前に現れた敵を屠ること。それがこの子たちに課した依頼」
依頼者と受注者。
それがP助と取り巻く3人の魔法少女の関係である。
だが、何故……と新たな疑問が湧く。
なぜ彼女らはP助に従っているのだろう。
自分らで【魔法☆少女】を目指そうとしないのだろう。
「まさか――」
「弱みは握っていない、よ? ひひ」
フィリップの予想はすぐさま否定される。
代わりに、P助は3人に指を向ける。
別に3人も笑顔というわけではない。
少なくとも、P助に対して友好的では無さそうである。
「最初から言っているだろう? 私はクライアント。この子たちをお金で雇った」
「だが何故――」
「資格がないから」
資格。
何の資格か。
それはこの場では勿論、【魔法☆少女】になれる資格だろう。
「はは。誰もが【魔法☆少女】になれる可能性があるのではなかったのかね」
「そうだよ。だけどこの子たちは失った……コンパクトを失った」
「……なるほど」
つまり、だ。
P助は戦いに敗れ、あるいは不意を突かれ、コンパクトを失っても尚生き延びた魔法少女を自身の護衛にスカウトしたのだろう。
特に、個人だけで儀式に挑んだ魔法少女であれば、コンパクトを失えばそれでこの森で行えることは無くなる。
ただ、呆然と儀式が終わるのを待つだけだ。
「クリアントと同じ、か。いや……彼は別に【魔法☆少女】になる気は端から無い。だが、君たちは違うはずだ。今回は駄目でも次がある。そのために備えようとは思わなかったのかい?」
「……」
「……ふん」
「別に……」
と、彼女らはいずれもバツが悪そうな表情をする。
「ひ、ひひ……。出来ないよこの子たちには」
「何故だ」
「だって、自分たちではなれないって分かってしまったから。この子たちは3人とも私を殺せないと理解してしまった。コンパクトすらも壊せないと知ってしまった。だから次なんて起こり得ない。【魔法☆少女】になんて永遠になれない」
「だから……あたしたちは……」
「せめて、お金だけでもと思ったんだよね。ひひ……浅ましい浅ましい。だけどいいよ、私はお金はたくさんある。【魔法☆少女】にしてくれるのだったら、報酬はいくらでも払ってあげよう」
P助は懐から銀貨をばら撒く。
目測でもおよそ数十万リル分はあるだろう。
「どうだお前も? ひひ……いますぐ自身のコンパクトを破壊しろ。そうすればこれの十倍はやろう。回復もしていいぞ」
これだけの金をどうやって集めたのか。
単なる平和主義者には出来やしないだろう。
姿を隠す能力……なるほど、いくらでも金は稼げる。
「ははは。断ろう」
「……なぜ?」
「宝は自分で手に入れる主義だからさ!」
「ひひ! 浅ましくは無いけど愚かだね!」
果たしてこの【出血】と【猛毒】でどれだけ戦えるだろう。
いや、戦えたとしても、倒した後に生きているだろうか。
「……」
宝物。
勝敗
生死。
どれを優先すべきか。
その答えはすでに決まっていた。
「クャントルスカは自分の宝を求めて戦っているのだった。ならば私も共に駆け抜けよう!」
魔法少女3人へ向け、砲台を展開する。
3門はそれぞれ魔法少女達に狙いを定め、そして砲弾を発射した。
「――っ」
「……!」
「ちっ」
3人は吹き飛ばされる。
だが、死んではいない。
いずれも直撃は避け、受け身も取っている。
「だけど守りは剥がれた。後は君だけだよ」
3門全てがP助へと向く。
「ひひ」
「発射ァ!」
逃げ場など何処にもない。
一部の隙間もなく、蟻一匹すら生き延びられない砲撃。
だが、それだけだ。
砲撃程度の威力であり、攻撃だ。
その程度ではP助は殺せない。
「ひひひひ。言っただろう? そこの3人は私を殺せない。そしてお前も私を殺せない」
砲撃が止み、煙が晴れてもP助は健在であった。
怪我はなく、どころか服のほつれすらない。
「私は無敵だ。勝たなくてもいい。勝てなくてもいい。だけど負けることはない。無敗の魔法少女。ひひひ」
未だP助は座ったまま。
雷が彼女に降り注ぐ。
とっくに先ほどから4秒は過ぎ去っている。
彼女は動くことはない。
だがしかし、ドラゲイルの雷でさえ彼女は死なない。殺せない。
「《
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「さて……どうしたものでしょうか」
ドラゲイルを倒したプシュケーはワルキューレに守らせていた2人の魔法少女――夢味とそのエンブリオであるドッペルゲンガーを見て溜息をつく。
このまま2人を殺すのは容易い。
だが、それは魔法少女としての行いとしてどうなのだろう。
魔法少女同士で競ってはいるが、だが魔法少女というだけで無条件で敵というわけではない。
むしろ大悪を前にすれば協力するものであるし、たった今大悪と呼ばれるであろうドラゲイルを倒したばかりである。
協力とまではいかずとも。
このまま殺し合う気持ちにプシュケーはなれなかった。
一度逃がし、再度会敵したら戦おうか。
そう提案しようとした時であった。
「えいっ」
魔法少女の片割れが自身のコンパクトを破壊したのだ。
「……なにを」
「これで私は【魔法☆少女】の資格が無くなりました」
「だから私達は貴方の敵ではありません」
姿勢を正し、2人の魔法少女は真っすぐにプシュケーを見る。
「あ、隣のドッペルちゃんは私のエンブリオだから」
「私は元々【魔法☆少女】にはなれません」
「……そう。辞退するということですね」
2人の諦めの早さを叱咤すべきか。
あるいは、戦うことなく彼女たちを生かせたことに安堵すべきか。
プシュケーはひとまず胸をなでおろす。
「ううん、でもまだ戦うよ」
「お姉ちゃんと一緒に戦うよ」
「協力するよ」
「援護するよ」
2人は先ほどまでと打って変わって無邪気に笑いだす。
「助けてくれたお礼だよ」
「今度は私達が助けるよ」
笑い、抱き合い、2人は回りだす。
どちらがどちらであったか。
夢味なのかドッペルゲンガーなのか。
その区別がつかないくらいに彼女たちはその場でくるくると回る。
「私たちに任せて」
「魔法少女を殺すのは得意だよ」