<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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58話 名乗れ

■【黒雷竜 ドラゲイル】について

 

 ドラゲイルが伝説級UBM【災来蟲 カナムゴ】を倒し、古代伝説級に至ってからおよそ50年。

 その年月の間にドラゲイルは更に2匹のUBMを己の糧としていた。

 大群でありながら一つの個でもあった【災来蟲 カナムゴ】。

 風の如く揺らめきながら野を駆け巡る【風雲爺 ポトルフ】。

 攻撃を受ける程に堅固になっていく【黒鉄遁獣 ガンテツ】。

 

 カナムゴ以降は逸話級や伝説級UBMと、ドラゲイルに比べれば高くはない等級であった。

 風程度の速さのポトルフに対しては、それよりも遥かに速い雷の一撃で葬り去った。

 雷をいくら落としてもその場で耐え続けるガンテツは、その耐久性と回復力で倒せないとまで錯覚させられた。

 

『……火力だけでは足りぬか』

 

 全身を電流で焼き焦がすのではない。

 狙うべきは骨でも筋肉でも血管でも神経でもない。

 急所を……中枢の一つである心臓を止める一撃を放てなければならない。

 

 《天災罰》と名付けたその一撃は、対象の心臓を止める雷である。

 暗雲から対象を定め、心臓を止めるために最適な威力を決定付ける。

 4秒かかってしまうが、逆に言えば4秒さえあれば確実に対象を殺し切る雷である。

 心臓を止められて生きていられる生物はいない。

 心臓を持たないモンスターであればどうしようもないが、その時はその時だ。

 別の手段で倒すまで。

 

 ともあれ、《天災罰》という新しいスキルでガンテツを倒した時、ドラゲイルは思った。

 

『良いなぁ。その誘導法は良いなぁ』

『良いなぁ。その堅固な鎧は良いなぁ』

『良いなぁ。その生命力は良いなぁ』

 

 ポトルフの風の如く物理攻撃を促す技も、ガンテツの堅固な表皮も、カナムゴの生命力も、全てが羨ましかった。

 欲しくなった。

 

『良いなぁ。良いなぁ』

 

 目につく全ての長所が欲しくなる。

 自分には無いものが欲しくなる。

 

『我も欲しいぞ。技も表皮も生命力も、どれもが欲しい』

 

 だが、それらは他のUBM達のものであってドラゲイルには手に入れられないものだ。

 いくら倒そうとも、リソースを得たところで経験値としかならない。

 

『く、かか。欲しい、欲しい』

 

 ドラゲイルは50年の月日の間に棲み処と呼べるものを失っていた。

 否、自ら放棄していた。

 自らに無いものを探しに、欲しいものを探しに。

 棲み処の周囲の全てを見尽くした。

 新しいものを探しに、ドラゲイルは旅をしていた。

 

 欲しい。

 欲しい。

 欲しい。

 

 技も力も速度も防御も耐久性も生命力も。

 何もかもが欲しくなる。

 

 欲しいものを欲しいままに。

 倒し、喰らい、そうして行き着いた先は――

 

『何だ、貴様は……いや、覚えがあるな』

 

 ――〈天蓋山〉であった。

 問うたのは1匹の竜。

 名を【天竜王 ドラグへイヴン】。

 〈イレギュラー〉とも呼ばれる三大竜王の一体であった。

 

『く、かか。分かる。我には分かるぞ。貴様……我と同じ血を持つものだな。父か? 祖父か? 正体を明かせ』

『……あの赤子が何とも生意気に育ったものだ』

 

 彼我の実力の差を知っているのかいないのか。

 ドラゲイルはドラグヘイヴンに強気な姿勢を見せる。

 ドラグヘイヴンは呆れつつも、孫にあたる存在の竜に対して寛容な態度で返す。

 

『我はドラグヘイヴン。お前のそうだな……本来であれば祖父にあたる血筋の竜だ』

 

 表情を綻ばせながら、ドラグヘイヴンは己の名を答える。

 それは祖父が孫に向ける表情に違いなく、穏やかなものであった。

 いくら姿形が己と違うとはいえ、ドラグヘイヴンにとってドラゲイルは孫に違いないのだ。

 

『祖父……く、かか。やはりいたのだな。我と同じ血の竜が。では! 父と母も! 我の父母もいるというのだな!』

『ああ。いるな。……正確にはいた、であるが』

『なるほど……そうであったか。父母は既に……』

 

 父母の訃報にドラゲイルは表情を沈める。

 いくら彼とて、その程度には肉親を思う気持ちはあったのだ。

 

『……』

『……父母の死を受け入れられそうか?』

『く、かか! 我をその程度の竜と見極めるでない。我こそは最強たる竜! 父母など我の力の一端に過ぎぬ。我は我自身で高め最強に至るのだからな』

『そう、か』

 

 ドラゲイルはドラグヘイヴンにとって孫ではあるが、決して子供と呼べるほど幼いわけではない。

 見れば分かる。

 既に竜王に相応しい力は付いている。

 年齢と身に付いた力からして、UBMあるいは竜王を数匹倒していなければ成り得ない強さだ。

 ならば受け入れられよう。

 己が出生の秘密も受け止められよう。

 

『ドラゲイル。お前の母は間違いなく死んでいるよ。お前が産まれると共にその命を落とした』

『……それほどに難産であったということか』

『いいや。難産どころではない。お前を産むこととお前の母が死ぬこと。それは決して避けられない運命で交わっていたのだ』

 

 ドラグヘイヴンは明かす。

 ドラゲイルに関わった全てを。

【全滅危惧 ミニマムズ】、【雷竜王 ドラグヴォルト】、そして名も無きメスの地竜。

 この3匹が自身の出生に関わり、そしてドラグヴォルトを除いた2匹は死んでいる。

 存命であるドラグヴォルトは遺伝子上の繋がりはあれど、縁が無い。

 

『く、かか……そういうことか』

『我やドラグヴォルト、他にもお前と同じ血を体に流す竜は幾匹もいる。だが、それでもお前は天涯孤独であるのだよ』

『……そうか』

 

 いなければいないで良いと思っていた。

 いれば、己の成長を見てもらおうと。

 ドラゲイルにとって、その程度の存在のはずであった。

 

『ドラグヴォルト……我の父は今どこに?』

『さて。〈雷竜山〉か、あるいは人の世の政を見物でもしているか。探そうと思えば探すことは出来る』

『なら――』

『だが、今のお前を奴に会わせることは出来ん』

 

 きっぱりと、ドラグヘイヴンはドラゲイルの願いを断った。

 言わせずとも分かる。

 きっと、ドラゲイルはドラグヴォルトに一目会いたいと言い出すだろう。

 だが、それは出来ない。

 どころか、

 

『お前には竜王を名乗ることも、竜と交わることも、竜と関わることも許さない』

 

 声色は先ほどまでと同じ。

 祖父が孫に送るソレである。

 だが、その内容は敵に送るものであった。

 

『お前は孤独に生きろ。お前は竜でないものとして生きろ。お前は何者でもないままに生きろ』

『な、ぜ……』

 

 ドラゲイルは言葉を失う。

 何か失言があったのか。

 態度が気に食わなかったのか。

 違う、ドラゲイルは最初から一貫してこの態度と口調だ。

 気に食わなかったのならば、最初から冷徹な返答をされていただろう。

 

 ……いや。

 ドラゲイルは一つの答えに達する。

 もしかすると……ドラグヘイヴンは最初から自分を歓迎していなかったのではないだろうか。

 〈天竜〉の血が流れる者として歓迎していなかった。

 赤の他人のままで、温かな態度を取られていたのではないか。

 

『それはもしや……我が母が地竜であったことが関係しているのか……?』

 

 〈天竜〉と〈地竜〉。

 その二種がどれほど違うのかドラゲイルには分からない。

 だが、決して混じってはいけない血だとすれば……確かにドラグヘイヴンにとってドラゲイルは許しがたい存在なのだろう。

 〈天竜〉の血を引くドラグヴォルト……のコピーであるミニマムズと、〈地竜〉の一匹との掛け合いの子。

 〈天竜〉であり〈地竜〉でもあるドラゲイルは、どちらとも足りえない存在なのかもしれない。

 

『否。それは違う。その程度で我はお前を排除せぬ。嗚呼、その程度であればどれほどに良かったか』

『我が祖父よ……我の何がそこまで気に食わないのだ!』

『今となれば、お前に祖父と呼ばれるのを我慢するのももどかしい』

『なっ!?』

 

 徐々に、ドラグヘイヴンが己に向ける視線が冷たくなるのをドラゲイルは感じた。

 会話をすればするほどに。

 時間が経てば経つほどに。

 

『そうか……お前は振り返らないのだな。自身を振り返らず、顧みず、鏡に己を映さない』

『ドラグヘイヴン! 先程から、貴様は我に何を言いたいのだ!』

『良かろう。見せてやる。刻々と、我が見る貴様の姿をな』

 

 ドラグヘイヴンは水魔法を使い簡易的な鏡を作り出す。

 とはいえ、ドラゲイルの全身を映し出すため、人間のスケールで言えば巨大な鏡であったのだが。

 

『……これは』

『やはり自覚無しか。ドラゲイルよ、本来であれば我が孫となっていたかもしれない、悲しき竜の忌み子よ。良いか、良く見よ。それがお前の今の姿だ』

『何だこれは……一体、これは何なのだ!』

 

 そこに映っていたものが自身であることを、ドラゲイルはすぐに理解出来なかった。

 右手を上げ、鏡の中のソレが追随しようとも、受け入れがたい。

 

 何故ならば。

 鏡の中にいたソレは、

 全身に小さな蟲の顔を覗かせ、

 全身の皮膚が金属のような光沢を放ち、

 顔の左半分が老竜の如く老獪な表情を見せ、

 顔の右半分が幼竜の如く無邪気な表情を見せ、

 右手は鉤爪の如く歪に曲がり、

 左手は軟体生物のようにゆらりと捩じり曲がり、

 両足に心臓と眼球がそれぞれ新たに生え、

 胴は風通しの良さそうな穴がいくつか空いていた。

 

『これは……我の姿は……何なのだ!』

『……ドラゲイルよ。それが貴様の今の姿だ。本来の、とは呼べぬがな』

『なぁドラグヘイヴンよ……我は何なのだ。我は何者なのだ……』

 

 鏡に映るドラゲイルの姿は、一度として同じ姿を保たない。

 時に左右を反転させ、両手足が逆になり、心臓が顔に現れ、全身に手足が生え、老い、若返り、オスとなり、メスとなり、ぐちゃぐちゃと、変化していく。

 

 その身体に覚えは無くとも、一つ一つのパーツには見覚えはあった。

 これまでにドラゲイルが欲したモンスター達の長所。

 ドラゲイルが殺して食らって得たモンスター達の血肉が、ドラゲイルの身体に無理やりに収められていた。

 

 

『我からお前に言うことは無い』

『こんな……こんな……』

『……お前は竜に非ず。さりとてお前は【黒雷竜 ドラゲイル】なのだ。お前は竜王を名乗るな。お前は竜に関わるな。お前は……■■を名乗れ』

 

 ドラグヘイヴンからいくつもの魔法が放たれる。

 そのいずれもがドラゲイルからしてみれば致命的なものではない。

 全力で回避、あるいは防御すれば無傷で防げるものだ。

 

 だからこそ、ドラゲイルははっきりと拒絶されていることが分かった。

 ここにお前の居場所は無いのだと、告げられていることが分かった。

 

 その日、1匹の竜が〈天蓋山〉を降りた。

 そしてそれ以降、その竜は〈天蓋山〉に近づくことは無かった。

 

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