<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【愚毒道 マッドラップス】
ありふれた亜竜級モンスターの1匹がUBMという唯一と成った。
その進化した力はいくつかあれど、マッドラップスが最も恩恵を感じたのは、はっきりとした自我の確立であった。
これまでも自我はあったのだが、知能が低い故に漫然とした毎日であった。
昨日あったことなのか一昨日あったことなのか、それとも今日なのか。
曖昧として判然としない日々はようやく終わりを見せた。
「Gaaaa」
そして発達した知能は己が巣――縄張りを定め、そして広げていく。
途中出会ったモンスターや人間全てを殺しながら進んでいく。
縄張り争いをしていた他の亜竜級モンスターも今のマッドラップスにとってはただの餌だ。【マッドドロップマウス】であった頃ならば避けていた、同じ亜竜級というカテゴリーでも格上のモンスターでも容易く殺していく。
〈マスター〉やティアンも例外なく殺していく。
今のマッドラップスであれば〈マスター〉とティアンの区別は紋章の有無で見分けられる。
餌となるティアンを狙い、〈マスター〉は新たに手に入れた力で確実に殺す。
マッドラップスは森から1つの村を目指し進んでいた。
明確にその先に村があると知っていたわけではない。
ただ、進むにつれて人間が増えているため、守るべきものがあるのだろうと思っただけだ。
他のUBMに比べればマッドラップスは未だ知能が低い部類かもしれない。
だが、こと殺すことにかけては……特に人間を殺すことにかけてはマッドラップスは他のUBMに劣らない。
なにせ〈マスター〉を殺し続けて至った進化だ。
殺すことは得意である。
「この……止まれ!」
今も1人の勇気ある人間が道を塞ぐ。
マッドラップスはそれを餌となるティアンと分かると、剣を背に纏う針で弾き、肩口へと食らいつく。
「……っ!?」
生きたまま齧りつき、齧った先から飲み込んでいく。
ティアンは生きたまま食われるという絶望を知りながらショックにて絶命する。
「近接職はまだ待て! 先に俺が体力を削る」
〈マスター〉の1人が矢を放つ。
【マッドドロップマウス】であった頃であれば無視できないダメージとなっていただろう。
だが……
「Go」
放たれた矢は背中に生える無数の針の1つに当たり、弾かれる。
針が欠けた様子はない。耐久性及び頑丈性において矢よりも細い針が上回っていたのだ。
「このハリネズミ野郎が……」
スキル込みで渾身の一撃を弾かれた弓使いは毒づく。
ネズミの頭、獅子の体、そして背の針。
見様によってはハリネズミに近かった。
「遠距離じゃ火力が足りねえ。俺が行く!」
大剣使いが前へと出る。
すでに情報は回っている。
毒液を使うモンスターであると。
ならば対策は取れる。
「毒に頼る奴ってのは力が弱いって相場が決まっているんだぜ」
耐毒の装備を備えた大剣使いの〈マスター〉は不敵に笑う。
実際、この〈マスター〉の揃えた装備の質であれば、【猛毒王】レベルの使うスキルでも無ければ毒など効果が無くなる程のものであった。
毒が無ければただのハリネズミ。
針程度のダメージが致命傷に至ることなどない。
「っしゃあ、食らえ!」
渾身の斬り下ろし。
それは振り上げられた時点で下ろされることは無かった。
何故ならば、大剣使いがダメージを覚悟して無視していた数多の針。
その傷口が尽く融解し始めたのだから。
手も足も顔も胴も。貫かれた箇所は例外なく溶けていく。
「……へ?」
目の前で何が起きたのか分からない。
確かに毒対策をしていたはずだ。それなのに毒に侵された。
溶解毒であることは知っており、神経毒よりもそちらに重きを置いたはずの装備であったはずなのに……。
呆けていた弓使いも、次の瞬間には射出された針が頭部に刺さり、そこから溶けて光となって消えていった。
「Goa」
マッドラップスは満足げに鳴くと進む。
徐々に分かってきていたのだ。
弱いティアンよりも強い〈マスター〉を倒すと自身の強さの糧になることに。
無論、空腹を満たすためにもティアンを殺し食らう必要がある。
だが、これまでは無駄と思っていた〈マスター〉の殺害も喜々として行うようになっていた。
■クリアント
ワンプとの食事の翌日である。
「ほら、急いでくださいよ先輩!」
またもジョブを変更したことでレベル1からとなったクリアントは鈍足AGIのまま走っていた。
ただでさえ近距離戦闘系ではない上にAGI補正の低いジョブだ。
ワンプに尻を叩かれながらクリアントは必死に駆ける。
「……なんか騒がしいな」
普段よりも人の気配が多い。
1人か2人、すれ違えばいい方なのに、すでに同じ方角へ5人は走っていた。
しかも帰ってくる人間はいない。
この先に集まって何かをしているのか、それとも一方通行の何かがあるのか……。
「……おい! そこのお前!」
と、クリアントと同じ方へと走る〈マスター〉が声をかけてくる。
「お前、見たところまだ始めたばかりの初心者だろ。止めておけ、この先にいる奴はお前じゃ敵わねえ」
「……」
すでに1カ月半のプレイ時間であるが装備から初心者と判断されたようだ。
ステータス的にも大差ないから仕方ないが。
「何がいるんだ?」
「はっ。そりゃUBMよ」
「ゆーびーえむ?」
「ああ。ユニークボスモンスター。ただ1体の特別なモンスターさ。倒すと特別な装備を貰えるし、他にも得られるものは多い。出たらまず倒すのが俺達プレイヤーの常識だ。だけどな……」
「だけど?」
「まだ倒したという報告がない。それは嬉しいと同時に不味いものでもある。かつて起こったUBMによる王国や街への被害……それが今回は小さなもので済めばいいんだがな」
まだ誰も倒せないほどの強さ。
倒しに向かったきり、帰ってこない人間の数がそのUBMの強さを物語っていた。
「……なるほど。強いのか」
それがどれほどなのか、試すことはクリアントには可能だ。
死ぬことがリスクでないクリアントにとって攻撃を食らってみるというチャレンジをし、攻撃の強さを測ることが出来る。……尤も、クリアントにとっては亜竜級モンスターであろうとUBMだろうと一撃で死ぬ可能性のある強大なモンスターであることに変わりない。
「って、先輩! そのUBMもいいですけど、先輩が倒したかったネズミはどうするんですか!」
「あ、ああ……そうだった」
「そのUBMがもしかしたらネズミを食べちゃうかもしれませんよ」
「そうだったな。……教えてくれてありがとう。そのUBMだったか。見かけたら近づかないでおくよ」
クリアントに声をかけたプレイヤーは『なんでこの男は小さな少女を泥だらけにしているんだろう』と首を傾げていたが、その間に2人は走り去ってしまったため疑問は疑問のまま残った。
そして、
「先輩。良い報告と悪い報告、どっちから聞きたいですか?」
「……んじゃ悪い報告から」
「あ、すいません順番的に良い報告からでいいですか?」
「何故聞いたし」
2人は出会った。
求めていた【マッドドロップマウス】の固体……その進化した姿に。
「先輩の追い求めていたネズミは現在進行形で元気モリモリです」
「そりゃぁ良かった」
「そして、そのネズミが目の前の……ハリネズミのような見た目をしたUBMです」
ワンプ……スワンプマンは見分けがつかないほど同一の固体が2つ存在する思考実験。
だからであろうか。ワンプには同一個体を見抜く力がある。
同じ種族、性別であろうとも、それが別個体であれば別個体と分かってしまう。
進化しUBMへと成り立っていても、それがかつて【マッドドロップマウス】であった固体であるとワンプはすぐに見抜いた。
「けっこうまずいんじゃないですか……? 私達は対【マッドドロップマウス】に向けての策を練ってきたのであって、UBMを倒す想定なんてしていませんよ!?」
ワンプの焦りは最もだ。
周囲に広がる死体。そして戦闘の跡。
死体は全てティアンのものだろう。溶かされることなく、おそらく体当たりか噛み千切るなどによる攻撃によって殺されていた。
だが、他に溶かされたような跡があり、これは〈マスター〉の消滅跡だろうか。
「良かったじゃないか、ワンプ」
「……先輩?」
「UBMだ。その強さってのがどれだけのものか。試してみようぜ」
「試すって……」
「俺とお前の力をだ。案外、俺は通用すると思うんだけどな。それともお前は自信ないか?」
やや挑発ともとれる言い方をするクリアントに対し、ワンプは気が付く。
それは普段、ワンプがクリアントにするような態度であることに。
ワンプがクリアントを焚きつける。
そうやってバランスを取ってきた。
だが、今回は逆だ。
不安になったワンプをクリアントが励ましている。
「先輩。何を言っているんです? このワンプちゃんの力はすごいんですよ! そこに先輩のへなちょこ職業が加われば――」
「へなちょこって……」
「――無敵です」
負けることなどない。
クリアントとワンプ。2人の力が組み合わさればUBMであろうとも倒せる。
再び笑顔を取り戻したワンプを見てクリアントも新たに就いたジョブのスキルを発動する。
こうして因縁であった1カ月以上に及ぶ戦闘も決着をみせる。
クリアント達が惨敗し諦めるか、他のプレイヤーに倒されるか……それとも本当にクリアント達が倒してしまうのか。
その決着は、やはりクリアントが死ぬことで始まりを見せるのであった。