<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【黒雷竜 ドラゲイル】
倒しても倒しても復活する。
確実に手ごたえはあったのに。
相手が弱すぎたが故に感じなかったとかではない。
即死級のダメージを叩き込んで、死体を吹き飛ばすところまで確認した。
あるいは、死体が爆発する瞬間まで見届けた。
なのに何故。
まるで死体が生き返るかのように。
タフネスでは説明がつかない。
復活することこそが能力だとでもいうかのような、そのような現象。
そんなもの……そんなもの……。
まるで……邪竜ではないか。
『クゥゥゥゥリィィィアァァァァンンンントォォォォ!!!!!』
雷鳴の如く天まで轟く咆哮。
それに応えるかのように、雷が一筋、落ちてくる。
その対象は眼前の敵に非ず。
ドラゲイルに落ちる。
『《生存罰》! 貴様は我の手で小間微塵にしてやろう!』
気に食わない。
邪竜のようだなどと。
他ならないドラゲイル自身が思ってしまったことが気に食わない。
『人間は人間らしく群れ、そして弱い力と愚かな知恵で無様に生き延びるのが似合いなのだ! だが、貴様は違う! 一人で、弱く愚かなままに生き延びるなど! そんなもの……そんなもの……』
かつてを思い出す。
モンスター達の中では頂点に立つほどに強かった己を。
敵う者など誰もいない。
生態系の頂点に立っている己が最強であると自負していたあの頃を。
だが、それは〈天蓋山〉に赴いた直後から崩れ去った。
ドラグヘイヴンを始めとする他の竜種達。
彼らの力は別格であった。
ドラゲイルはモンスター達の中で頂点であったが、ドラゴン達の中では頂点では無かったのだ。
無論、弱いわけではない。
だが、竜王と呼ばれる者達に比べれば、圧倒的なまでに力も技術も足りなかった。
ドラグヘイヴンの言いつけを破り、幾度となく竜王達に挑んだ。
当時はドラグヘイヴンに言われた言葉を理解できず、ただ己を力を試すために挑み続けた。
火を操る竜王も、水を操る竜王も、土を操る竜王も、鉄を操る竜王も、他の竜王達と戦い、そして己が弱いことを知った。
雷を操る竜王にだけは出会えなかった。
いや、出会うのを避けていた。
向こうも、こちらも、互いに避けていた。
向こうは戸惑い、こちらは理解不明の感情が。
父と子……ではない関係性の2匹が出会ったところでどうすることも出来ず、殺し合うことが正解なのかも分からず。
故に出会いを避けた。
雷以外の竜王達と戦った末に、ドラゲイルは何故己が竜王の名も、そしてドラグで始まる名前で無いかも理解した。
己はドラゴンでは無いのだ。
ミニマムズという何にでもなれるが故に何者でもないモンスターを父としてしまったドラゲイルはドラゴンから外れた存在。
故に、【黒雷竜 ドラゲイル】。
黒は雷の性質などではない。
ドラゴンとしては黒い――禁忌である存在だという意味だ。
『――ッ!』
ドラゲイルの身体を同時に数か所の衝撃が襲う。
クリアントがこちらを見ていた。
その目はドラゲイルをどのような存在として映しているのだろうか。
分からない。
人間でないドラゲイルには分からない。
そして……ドラゴンであるドラグヘイヴンの目に己がどう映っているのかすら分からなかった。
同じドラゴンではないから。
ドラゴンの形をしただけの偽物であったから。
ドラゲイルは分からず、一人であり続けた。
『我は……邪竜だ! 邪竜である我に斯様な攻撃など効くか!』
ただの強がりだ。
実際はその爆発の威力は竜王達がかつて手加減をしてドラゲイルに放った攻撃程には効いていた。
『く、く、くかか! 貴様も1人では無いか! 先ほどの魔法少女はいずこへ消えた! そうだ! 群れることも出来ず、弱いままで、愚かな人間よ! 貴様は1人孤独に邪竜の贄となるのだ!』
群れることも出来ず、弱く、愚かなドラゴン擬きが。
吼える。
吠える。
「そうか。孤独だったのか」
『我は違う! 孤高であったのだ! 竜に非ず、邪竜となるために! そうだ、我は捨ててやったのだ!』
ドラグヘイヴンも、ドラグヴォルトも。
遠ざけられて孤立したのではない。
こちらから一線を引いたのだ。
仲間など不要だと。
自分は世界でたった1匹の邪竜なのだからと。
そう、理由付けなければならなかった。
『我は邪竜だ!』
そう、自分に言い聞かせる。
邪竜でないと己が分からなくなってしまうから。
きっと、すぐに形を保てなくなってしまうだろう。
およそ100年前に出会った老婆が言っていた。
神に相応しいと。
神に成れる力があるから授けると。
邪竜であって神ではないからその場で喰らってやった。
力は別段上がらなかった。
どうやら老婆の持つスキルが神に成れることに関わっていたようだが、神になる気は無かった。
邪竜でいたかった。
その時、ふと老婆の食いカスにあった鏡が目に入った。
そこには己の姿が映っていた。
邪竜らしくあれと思い浮かべた姿が映っていた。
数秒だけ考え、その鏡を飲み込んだ。
飲み込まなければならないという思考しか浮かんでこなかった。
きっと、その直後だったのであろう。
力の制御がしやすくなった。
他のモンスターを見ても己の姿が勝手に変わることも無くなった。
欲しいと、心の底から思った時や、殺した時に力を手に入れることが出来るようになった。
そして、《終永保存》というスキルを手に入れていることにも気が付いた。
鏡を見て、己の存在がようやく定まった。
そう、感じた。
今なら理解しえる。
ドラグヘイヴンがあの時言った言葉を。
【お前は邪竜を名乗れ】
己の姿を、存在をふらつかせずに定めよということだったのだろう。
竜王達にあった軸が己には無かったのだ。
何も冠しないドラゴン。
だから、ドラゴンに非ず。
邪竜という存在を軸に、今なら魔法少女や他のモンスターの力を取り込める。
これだ。
これをドラグヘイヴンは求めていたのだろう。
「……戦闘中に考え事か?」
『退屈しのぎに記憶を辿っていただけだ!』
クリアントは何もしてこない。
二度の爆発の攻撃の後からは、まるで時間を稼いでいるかのように、積極的に動かない。
『……そうか! そうか……く、かか! もはや出来ぬのだな? あの爆発は己の身体を使っていたな! 肉体の爆弾化か……さては貴様、弾切れだな』
元よりあの威力。
連発出来るようなものでは無かったのだ。
ドラゴンならば兎も角、人間であるならば何かしらの代償が必要になろう。
その代償もクリアントは払うことは出来ない。
「……」
『……何だ貴様! 何を見ているのだ!』
冷めた表情でクリアントがこちらを見る。
一振りだ。
腕を一回でも薙げば、それでクリアントは死ぬ。
故に問いかける。
最後に尋ねたかった。
『貴様に我はどう映っている! 雷を操る竜か! スライムか! 邪竜か! 魔法少女か!』
口を開いて、答えたらそれで殺そう。
今度こそ逃がしはしない。
「……どう映っていると言われても……そうだな」
腕を振り上げる。
先ほど落とした《生存罰》は《天災罰》を己に宿すためのもの。
即ち、ドラゲイルが触れた生物を死に至らしめるというスキルだ。
クリアントの言葉の続きを聞いたのちに振り下ろす。
どこかへダメージの肩代わりなど出来ようはずもない、確実な死を与えよう。
「似合っているんじゃないか? そのリボンは」
『……は?』
待て、と振り下ろそうとする腕を止める。
今、この者は何と言った。
リボンだと?
この戦場に似つかわしくない言葉を、なぜ言った。
似合っている? 誰に?
「流石はクーだ。ドラゲイルに映えるリボンを急ごしらえで作り上げるとはな」
見えない。
飲み込んだ鏡も、ドラグヘイヴンが作り上げた鏡も、今は手元に無い。
あの時己を映した鏡のどれもがそのようなものを映してはいなかった。
『貴様! 貴様は一体我をどう見ているのだ!』
「リボンを付けられた哀れで可愛らしいドラゴンだ。邪竜? そんなものの面影なんてないくらいにな」
鏡が……。
己を映していた鏡が割れる音がした。
敗因:戦いに集中していなかった