<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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死因:焼
66話 かけがえのない世界


■【???】

 

 実に静かな日であった。

 雲を薙ぐ風も生まれず、日は優しく降り注ぐ。

 鳥は囁くように鳴き、果実を突いては飛び立っていく。

 

 穏やかな日であった。

 何気ない日常が繰り返されようとしていた。

 そのまま1日が終わるのであれば。

 

 それが起きる条件は不確定だ。

 前触れは無かった。

 誰も気づくことは無かった。

 鳥も、獣も、モンスターも、木々も、人間も。

 その日に限っては珍しく高レベルの【占星術師】も調子を崩していた。

 故に備える者はいなかった。

 だが、そもそも備える必要も無かった。

 備えられることも無かったのだが。

 

 地が、揺れた。

 視界が、人が、住居が、モンスターが、空が、そして地が、揺れた。

 大地以外の揺れは地に根ざしていたからであろう。

 空が揺れたと錯覚したのは観測者が揺れていたからであろう。

 

 ともあれ、地震は起きたのだ。

 局所的に。

 その地に住む者しか分からない程度に。

 しかし住人にとっては大事だ。

 人は無事か、住居は無事か、畑は無事か、家畜は無事か。

 生活が続けられるかどうか、彼らにとって何より大事なことだ。

 その心配は危惧であった。

 彼らに必要なものは何一つ壊されていなかった。

 数日が経過しても余震の起こる気配も無い。

 次第に彼らは地震があったことを忘れていく。

 記憶の中の一つに、事件とすら認識されずに忘れ去られていく。

 

 その地の名はカルチェラタン領。

 人が、自然が、共に生きている土地。

 その辺境。

 後に〈遺跡〉と呼ばれ発見される場所をも地震が襲っていた。

 

「……?」

 

 遺跡の最奥。

 そこに1人の〈ティアン〉が迷い込んでいた。

 【考古学者】のジョブを持つ者であり、この遺跡の調査に訪れていた。

 その表情は深く被られた帽子に隠され見ることは叶わない。

 だが、揺れる遺跡内に対し、自身の安否よりも遺跡内の宝や未調査の場所に対し不安を抱いていた。

 遺物が失われやしないだろうか。

 その直後にようやく周囲を、自身のことについて確認しようとした。

 

 その判断が死を早めた。

 

 地震と共に遺跡のプラントが稼働する。

 収められていた煌玉兵が動き出す。

 

『――――脅威度判定』

「……!?」

 

 【考古学者】の〈ティアン〉が気づいた時には遅かった。

 目の前には2体の兵士が武器を構えている。

 

『脅威度――E。高適性。確保対象』

「……ッ」

 

 後ずさろうとするも、足の腱を斬られ動きを封じられる。

 すぐに両手足を抑えられ、引きずられる。

 どこへ連れ去られていくのか。

 それはすぐに分かった。

 大口を開けて待ち受ける〈プラント〉。

 まるで地獄の蓋のように、ゴウゴウと音を立てながら学者を引きずり込む。

 

 そうして、何もできずにその者はプラントにて養分とされ、煌玉兵の1体となった。

 脅威ともみられず、守るべきはずの人間は歯車の一つになったのだ。

 

 

 

 

 さりとて、その地において地震が珍しいものであったかどうかは分からずとも、タイミングは悪すぎた。

 【考古学者】の〈ティアン〉を素体に作られた煌玉兵。

 これを作る際に地震は続いていた。

 揺れる。

 パーツが軋む。

 揺れる。

 パーツが削れる。

 揺れる。

 パーツが噛み合わなくなる。

 揺れる。

 それでも煌玉兵は完成した。

 歯車は削れたままに。

 回るたびに軋み、それでも回り、破綻しようとも強制的に回り続ける。

 

『……?』

 

 やがて、その軋みと刻まれた傷、そして小さな破片は煌玉兵に無いはずのものを作らせる。

 記録は記憶となり、思考は意思へと変わりゆく。

 

『ここは……』

 

 ただの魔力として消耗されるはずであった。

 素体の〈ティアン〉はもういないはずであった。

 いや、いないのだろう。

 だが、記憶と意思は部分的に蘇っていた。

 

『兵……脅威……【考古学者】……遺跡……化身』

 

 入り乱れる。

 煌玉兵としての使命とかつての記憶。

 自分が何者なのか。

 それを考えようと、計算しようと、思考プログラムを働かせようとするが、すぐに霧散する。

 痛みがあるわけではない。

 痛みなど知らない。

 未だ感情も芽生えず。

 だが、思考できぬことに戸惑いのような停止が生まれるだけだ。

 

 視覚が生まれる。

 嗅覚が生まれる。

 聴覚が生まれる。

 触覚が生まれる。

 味覚の有無は分からない。ただ、口内に苦みが広がっているような感覚はあった。

 そう、感覚が生まれ始めていた。

 高機能のレーダーなどではない。

 脳にあたる歯車からそれぞれの受容器と電気信号を結び、情報を受け取っていた。

 

 未だ暗さが残る視界。

 鋭敏に研ぎ澄まされていくのは他の感覚である。

 芽生えたばかりの触覚。

 手に何かが触れた。

 それが何か分からない。

 だが、次の瞬間にそれは手から消えていた。

 

『……』

 

 無意識に1つのスキルを発動していたらしい。

 異空間に物質を保管するスキルのようだ。

 

 まるで――のようだと思った。

 

『?』

 

 何だろう。

 自分は一体何のようだと思ったのだ。

 

『?』

 

 新たな疑問が浮かび上がる。

 自分。

 自分とは何か。

 

 不思議と、立ち上がったり歩いたりは出来た。

 それは最初から備わっていた機能故だろうか。

 周囲に煌玉兵の姿はない。

 同時に作られた兵士はおらず、自分が正常であるかすら判断がつかない。

 

 外に出たいと思った。

 外の世界を見たい、と。

 【考古学者】から生まれた好奇心だろうか。

 それとも、他に何か外の世界でやりたいことがあるのだろうか。

 欠けた記憶では見つからない。

 外に出た後のことは分からない。

 

 

【(〈UBM〉)認定条件をクリアしたモンスターが発生)】

【(履歴に類似個体なしと確認。〈UBM〉担当管理AIに通知)】

【(〈UBM〉担当管理AIより承諾通知)】

【(対象を〈UBM〉に認定)】

【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】

 

【(対象を逸話級――【永遠偶人 クレハドール】と命名します)】

 

 何か、聞こえた気がした。

 だが、外の世界への渇望がそれを上回った。

 ゆっくりと、一歩ずつ〈遺跡〉の外へと踏み出していく。

 

 視界がより鮮明になった。

 肌で風を感じる。

 音が明確に聞こえる。

 〈遺跡〉とは違う空気の匂いを感じる。

 

 何かが変わった。

 そのような気がした。

 受容器の性能が上がったのだろうか。

 懐かしい。そんな思いがよぎる。

 

 どれに懐かしさを覚えたのだろう。

 どこに興味を惹かれたのだろう。

 

 分からぬまま、〈遺跡〉の外、森を歩き続ける。

 

『……』

『……』

 

 ふと足音を捉えた。

 歩みを止め、振り返ると数体の煌玉兵が後を付いてきていた。

 

『命令ヲ』

『命令ヲ』

『上位個体カラノ指令ヲ待ツ』

『上位個体カラノ指令ヲ待ツ』

 

 上位個体。

 それが自身を指していることはすぐに分かった。

 

 すこし考え、指令を与える。

 

『拠点ニテ待機セヨ。時ガ来レバ再稼働ヲ始メル』

『了解』

『了解』

 

 すぐに煌玉兵達の気配は消えた。

 再び歩き出す。

 

「GRUUUUUUUU」

 

 モンスターと呼ばれる生物が吼えている。

 

『――――脅威度判定』

 

 視覚受容器に当たる部位からからキリリと音が聞こえる。

 

『脅威度――C。回収デハナク撃破ヲ優先』

 

 牙を剥き、犬の姿をしたモンスターは噛みつく。

 その牙は腕を通過せず、むしろ折れる。

 

「――ッ!?」

『撃破完了』

 

 気づけば手元に現れた剣でモンスターを両断する。

 

『損傷確認。損傷見当タラズ』

 

 歩き続ける。

 歩き続ける。

 何を探しているのだろう。

 何を求めて彷徨っているのだろう。

 

 モンスターを殺す。

 時折、脅威度の低いモンスターも現れる。

 それも殺す。

 捕獲したところでどうしようもない。

 〈遺跡〉に持ち帰る手間が惜しい。

 

 そうして、ようやく出会えた。

 その者に出会いたかったのか、それとも人間に出会いたかったのか。

 分からない。

 だが、その者の表情を見て、安堵する。

 ああ、良かった、と。

 無事に生きて帰ってこられて良かった、と。

 

 抱き合い、互いの体温を感じ合う。

 温い。

 瞬間的にその体温を真似る。

 血の通っていないはずの身体が熱を帯びる。

 36,0℃。

 これが人間の平熱だ。

 これを恒常的な自身の体表熱に設定。

 

「――! ――!」

 

 腕の中にいる人間が何かを言っている。

 記憶から言語機能を蘇らせる。

 

 煌玉兵が使用している言語と同一のもの。

 なのに何故か、言葉の意味は思い出せなければ理解出来なかった。

 

 どうやら相手も自身の生還を喜んでいるようだ。

 1年ぶり、という言葉が聞こえる。

 たった1年会わなかっただけだ。

 それなのにこの喜びという感情は爆発的に膨れ上がっていく。

 1年も会えなかった寂しさが、喜びで上書きされていく。

 

 手を引かれ、人間の集落へと向かう。

 

『――――脅威度判定』

「……?」

 

 何か言った、という顔をされる。

 すぐに何でもないと答えた。

 

 脅威度など関係ないと己に言い聞かせる。

 そう、彼らは家族だ。

 共に生きる民だ。

 人間同士、〈ティアン〉同士、協力して生きなければならない。

 新たな生活、ではない。

 失った生活を取り戻そう。

 

 もう【考古学者】は諦めると伝える。

 安全で保証された生活を送る、と。

 相手はそれを聞いて顔を綻ばせる。

 よほど自身の職業を危惧していたのだろう。

 

 農業なんていいかもしれない。

 広大な土地だ。

 自然が多く、そこに共栄させてもらっている者としては良い案なのではないだろうか。

 すぐにジョブを変更しよう。

 農業に適したジョブに。

 

 そうして、皆で手を取り合って生きるのだ。

 

 

 

 

 こうして過ごした月日が5年経過した。

 

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