<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女ω】クリアント
「そろそろよろしいですかな」
異邦人5人を前にし、整列していた鳥人族の中から1人の老人が前に出る。
翼のあちこちが剥げ、抜け落ちているため、すでにその機能は果たせそうにない。
空を飛べぬ程に老いてしまった老人は、しかし発する圧から置物と化した人物ではないと容易に推測させられる。
「私はこの【スカイ・クラウド】の管理を任されておりまする、マウ・ドルト・ウィンクリィと申します」
この地の管理者……村長にあたる人物であろうか。
マウが前に出ると、他の鳥人族達はマウの言葉を待っている。
まるで、マウの決定こそが自身らの全てだとでも言うかのように。
「これはご丁寧に。私は――」
「私共は地上の者を歓迎する所存でございます。常であれば、ですが」
自己紹介に返そうとしたフィリップの言葉をマウは遮る。
一歩踏み出そうとしたフィリップはその言葉で足を止める。
「……何か、私達を歓迎できない状況であると?」
「いいえ。状況ではなく。この場合は貴方方という状態にあります。一つだけ、看過出来ない者が貴方方に混ざっておりますので」
鳥人族とクリアント達との距離は一定に空いている。
50メートルという空間を、前に出た村長を含めてそれだけの距離を離している。
フィリップが一歩前に出た瞬間には、彼らは一歩下がった程に。
「まあ皆さん変人奇人ですからねー。ほら、そこで抱き合っている人たちはすぐに離れてください」
「うーん、仕方ないなぁ。また後でねモーちゃん」
「ええ、そうね。名残惜しいけれど」
ワンプがクャントルスカとモーちゃんを剥がす。
「フィリップ。自己紹介の最中にも雲を咥えているのはどうかと思うぞ」
「おっと、これは失礼」
クリアントがフィリップの口に入っている雲を飲み込ませる。
「すまない。地上でもこいつらは奇人に分類される方だから、あまり偏見は持たないで欲しい。こちらの地で何かタブーとなる行動があるのなら先に言ってもらえると助かる」
「全く、皆さんは。このお利口さんなワンプちゃんを見習ってくださいよ」
やれやれと肩をすくめるワンプであるが、マウが睨むその視線の先にいたのは……ワンプであった。
「申し訳ありません。そちらの黒き装束のご令嬢。貴方だけは動かないで頂きたい。出来れば……このままお帰り願いたい」
「そうですよねそうです……は? 私?」
「はい。貴方でございます」
ワンプが驚き、一歩前に出る。
すると、鳥人族全てがおお、と恐れに満ちた顔で下がる。
先ほどのフィリップの時と違い、明らかに畏怖と嫌悪に満ちた表情であった。
「え、私何かやっちゃいました?」
「何かやっちゃう力も無いと思うけど……。こいつに何か駄目なところでも?」
「駄目と言われるのは心外ですね」
「……汚れが」
「うん?」
「そちらのご令嬢の全身の汚泥が。我々にとっては何よりも危険なのです」
頭から泥を被っている。
それがワンプの見た目であり、泥人間というワンプの性質を表した姿である。
確かに、汚いといえば汚い。
飲食店に入れば店は汚れし、衛生的にも悪い。
だが、このゲームという枠組みの世界であれば拭けば汚れは即座に取れる。
その上、先日は泥程度気にならない森の中で戦っていたのだ。
クリアント達にとっては今更なことであるが、初対面の人間にとっては看過出来るようなことでは無かったらしい。
突然抱き合ったり、雲を食べ始めるよりも、泥を被っているという事実が許せなかったのだ。
そういえば、とクリアントは思い出す。
馬車に乗り込んだ時フォールが何とも言えない目をしていたと。
一応客という立場のワンプには言えなかったようだ。
「地上では有り触れているのでしょうが、この雲上には皆無と言っていい程に泥は存在しません。ですので、我らは恐れるのです。未知の細菌に。泥に含まれている未知の毒性物質や生物に」
「……なるほどな」
「我ら鳥人族はとりわけ免疫に恵まれぬ体でしてな。何卒ご理解頂きたい」
それならば仕方ない。
ワンプの泥はたとえ水をかけたって、風呂に入ったところで消えはしない。
だが、そういうことでは無いのだろう。
無害と伝えたところで、彼らに植え付けられた泥への忌避感は拭えないし、彼らにある病毒に対する危機管理能力を失わせるというのも、良いとは思えない。
「ワンプ。テリトリーになってくれるか?」
「そういうことなら」
ワンプの姿が消え、クリアントと同化する。
残されたのはワンプが立っていた場所にある泥のみ。
「悪いのですが……そちらは切り取って空から捨てて頂けると」
「では私がやろう」
フィリップがナイフを取り出すと、雲ごと泥を切り取り、空へと投げ捨てた。
雲は泥をよく吸い取り質量が増していたのか、ふわふわとした質感のわりによく飛んだ。
「最後に。《清浄の棺》」
マウの唱えたスキルによりクリアント達の身体が光ると、一つの汚れも無くなる。
塵一つどころか、取れかけていた糸くずすらなくなっている。
「へえ。【浄化師】か。珍しいね」
「だね。超級職は空席だったっけ。【浄化師】からして取る人少ないもんね」
フィリップとクャントルスカは珍しいものを見たといった顔をする。
あまり就く者の少ないジョブなのであろう。
「……これで貴方方は我らの歓迎を受ける条件を満たしました。何もない村ですが、どうぞごゆるりと寛ぎください」
クリアント達は村の奥へと通される。
マウの家だという雲で出来たかまくらのようなもの。
中は暖かい。
「客人は珍しくてですな。あまり準備が出来ないのをお許しください」
「いや……突然来たのは俺達だ」
「うん。それに私達は祭りを開いてほしくて来たわけではないからね」
きょろきょろと雲の家を見回すフィリップの視線はマウでなく、とある一点に止まる。
「あれは何だい? 私の見立てでは相当な代物のようだけど」
即座にスキルを発動すると、フィリップにはソレが特典武具に相当する価値の物であると分かる。
「ふむ……その珠は何だい?」
水晶のような珠であった。
フィリップの所持するガラス玉とは明確に違う。
あちらがただのアイテムであったのに対し、こちらの珠は明らかに何かがあると思わせる圧を放っていた。
「ああ。これは……我らの守り神にございます」
「守り神?」
「ええ。殺菌の力といいますか。毒性物質や生物を浄化する力がありましてな。私一人ではこの【スカイ・クラウド】中の浄化はとてもではないが間に合いませんので。定期的にこの珠の力を使い、浄化に回っているのです」
マウによれば、遥か昔に単独でこの【スカイ・クラウド】に辿り着いた竜の鱗を持つ人間が置いていったものらしい。
「本当は自身が管理すべき物であるが鳥人族がここで生きるためには仕方ない、とそのお方は仰っていたらしいです。おかげで我らはこの数百年を平穏に暮らすことが出来ました」
「本当に守り神なんだな。……対価とかは無いのか?」
村の平穏を約束する神であれば、贄などを要求する場合が多い。
それを疑い、クリアントは尋ねたが、
「ははは。これは面白いことを。守り神だなどと言いましたが、これはアイテムの一つに過ぎませぬ。当然、対価など要求されたこともありませんし、会話したこともありませんよ」
よほど面白かったのか。
先ほどよりも砕けた笑い方をマウはする。
「まあ、破壊しないようにと固く言われているので有事の際以外は私がこうして所持しているのですが。幸いなことに雲で出来たこの一帯であれば落としたところで割れませんし」
破壊したらどうなるのか。
それについては触れない。
というか、分からないのだろう。
「さて、では本題に移りましょう。貴方方の来訪の目的をお尋ねしても?」
マウは姿勢を整える。
返答次第ではクリアント達を敵に回すことも厭わないという声音で話す。
「……鳥人族を奴隷にという者も過去にはいました。貴方方をここに通したのはそのような意思は見受けられないと判断したからです。ですが、だからこそ分からない。貴方方の目的がただの観光であるとは思えませんでしたので」
「うん。では聞いておこうか。その珠とは別に、ここに昔から伝わっている物はないかな? たとえば……剣とか」