<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女ω】クリアント
臭いがした。
鼻をツンとつくような臭い。
赤い花が囲む村、ノクトル。
やや顔を顰めつつ、クリアント達は村へと入っていった。
フォールの同行は、クリアント達にとって戦力や思考だけでなく、人脈としてもプラスとなっていた。
フォール自身は面識の無いような言い方であったが、村を訪れフォールの名が出ると、村長を始めとしたノクトルの村民たちは待ちかねていたとばかりに歓声をあげる。
「おお……ようやく……ようやく来て頂けましたか」
「フォールさんが来たって!? 早く見せてくれ!」
「ちょ、押すなよ! まだ俺が挨拶していないっての」
「一緒にいる方々も〈ウェルキン・アライアンス〉なのか?」
「それにしては変な格好をしているが」
「馬鹿! 〈マスター〉はみんな珍妙な格好をしているってのが常識だろ!」
次第に、注目はフォールだけでなくクリアント達にまで広がっていく。
「大変だな」
「……まさかこうなるとは。すいません」
「ううん、フォール君のせいじゃないよ。それに、村の人たちから悪い感情は見えないし」
フォールは1人1人の声に応えていく。
次いで、クリアント達を紹介すると、笑顔で彼らは受け入れる。
旅人も少ないようで、外の世界の者は珍しいだとか。
「こうしちゃいられない!」
「お客さんが来たなら歓迎しないと!」
すぐに歓迎の宴の準備をすると、一部を残して村人たちは各々の家へと帰って行った。
■ノクトルについて
カルディナとレジェンダリアとの境にある村の一つ、ノクトル。
その村はかつて、終わりかけていた。
ろくな特産物も無く、観光地も無く、砂漠がすぐ傍にあるせいで農産物も育たない。
畜産も砂漠から襲来するモンスター達により食われてしまい、どころか村人の命すら危うい。
すぐに村を離れた方が良いのではないか。
そう、何度も村の長を始めとした大人たちで話し合った。
しかし、何度も何度も、村人全員での離村は不可能であると結論付けられた。
冬季は避けよう、モンスターが活発になる時期は避けよう、蓄えが少ない時期は避けよう、老人が多い今は避けよう、赤子が生まれたばかりだから避けよう。
避けよう。
避けよう。
避けよう。
今はその時ではない。
そうして、ズルズルと引き延ばされたまま、村は少しずつ縮小し、蓄えどころか明日の食べ物さえ無くなりかけ、老人どころか平均寿命は大きく下がり、出生率も下がり、上がっていくのは死者の数だけ。
自然の摂理だ。
流れに身を任せて終わりを迎えよう。
誰もが諦めた。
死を覚悟し、現状に目を瞑った。
【トーチ・ピーツ】という名の猿型モンスターが村の傍に巣をつくっていた。
知性が高く、用心深い彼らは十分な規模の群れが整うのを待っていた。
少ない数では村人の抵抗で返り討ちにされることを危惧していたからだ。
村人の数が減るのを、群れの数が増えるのを、彼らは待ち続けた。
時折、少ない食料をどこからか調達し、彼らも飢えを凌いでいた。
そして、準備は整った。
村人たちは貴重な農産物の収穫時期……の手前であった。
村人たちは飢え、そして猿たちも飢えていた。
違いは、村人たちが猿たちの食料に成り得たこと。
村人たちはただ自身らを守るために猿たちを撃退しなければならないが、猿たちは襲撃の成功がそのまま自身らの飢えを満たすことに繋がる。
モチベーションの違い。
それもまた、猿たちの知性が高い故であった。
彼らはわざと飢えていた。
そんな時であった。
村の上空を分厚い雲が通りかかる。
クラン〈ウェルキン・アライアンス〉を乗せた空中拠点〈ターミナル・クラウド〉だ。
その異質さに、村を襲撃しようとしていた猿達も足を止め、思わず見上げてしまった。
そのまま村へと駆けていたら猿達は助かったであろう。
なにせ、雲から放たれた風魔法は大規模故に対象を選べない。
村の外か内か。
その程度にしか狙いを定められない。
小さな球であった。
猿たちの目の前に落とされた風の球は、地面に落ちる寸前に爆発的に体積を増す。
吸収と放出。
それを同時に球に込められた風――竜巻は行う。
半身は風へと吸い込まれ、半身は吹き飛ばされようとする。
風に乗せられた細かな砂礫や、風によって裂かれたパーツが破壊力を増す。
その風は猿だけでなく、周辺にいたモンスター全て、そして木々や岩をも風は切り裂いていった。
「……なんだったんだ」
当然、村も無事では済まない。
人的被害こそ避けられたが、飛ばされてきた岩や木々が住居を破壊していた。
モンスターの襲撃は無かった。
だが、それでも彼らの明日はここで断絶されたようなものであった。
「いやぁ、ごめんごめん。少し風が強かったみたいだ。【嵐王】になったはいいけど、まだまだ調整が必要そうだね」
上空から村へと1人の若い男が降り立った。
ふわり、と魔法を使ったのでなければ説明できない動きで着地する。
「あ、これ今のモンスター達のドロップ品。いる? 君たちの村を襲おうとしていたみたいだし、賠償金代わりに受け取っておけば?」
飄々とした男――【嵐王】ケイデンスがノクトルへと降り立つ。
村人たちは唖然とした表情で彼を見るしか出来なかった。
モンスターを軽く殲滅出来るだけの力の持ち主。
まるでテスト代わりにとばかりに、自身らの命を脅かしていたモンスターを殺したのだ。
「あ、あの……」
「うん? ああ、そうだそうだ」
ケイデンスは懐から小さい袋を取り出す。
「家が無くなっちゃったんだったね。これ、僕からの補償金。足りる?」
その中に入っていたのは村の家全てを立て直しても余るほどの額であった。
村長が恐る恐る受け取ると、ケイデンスは笑顔で
「僕はケイデンス。上にある雲見えるかな? そこのクランオーナーなんだけどさ」
「は、はぁ……」
話が大きすぎて、村長は話が呑み込めない。
雲の上?
クランオーナー?
彼に分かったことは、ケイデンスが〈マスター〉と呼ばれる非常識の世界の住人であり、【嵐王】という規格外の力の持ち主であることくらいであった。
「長い話も嫌だし、簡潔にしようか。君たち、これ育ててくれない?」
それは小さな種であった。
甘い香りのする、小さな赤い種。
「前にドロップした種なんだけどさ、気候が合わなくて上手く育てられなかったんだ。しかも、植物の育成ってそれなりに期間がいるし、世話をしなきゃいけないじゃない?」
「そ、そうですね」
「それに慣れている人間の方が上手く作れる。だから、君たち?」
「私達……ですか」
要領がつかめない。
ケイデンスの話す内容は、村人たちにとっていきなりすぎたものであり、ケイデンスの事情も半端にしか理解できなかった。
だが、どうやらケイデンスはその種を育てたいらしい。
それだけは分かった。
「ここならカルディナの熱風も届くし、レジェンダリアの冬季も迎えられる。そして、人手もある」
「そ、その……先ほど助けていただいた方に言うのも失礼ですが……私達に育てられるかは……」
「そ、そうです。モンスターにまた襲われたらひとたまりも無い村なんです! 貴方様の期待に応えられるかは……」
少しずつ、少しずつ、村人は減っていった。
彼らに、気長に農作物を育てる余裕などない。
「んー? そうだねぇ。なら、これだけの食料あればこの季節な乗り越えられる?」
ドサドサとケイデンスは食料を地面に置いていく。
「その種、育っていけば独特な臭いでモンスター避けにもなるらしいよ。まあ、全部じゃないけど、さっきいたモンスターくらいなら近寄らなくなるんじゃない?」
「……へ?」
「他に何かある? あ、勿論育ったらソレは買い取るよ。僕が買って、余った分は君たちの好きにしていいし」
「あ、あの……どうしてここまで……」
私たちに良くしてくれるのか。
そこまで村長が尋ねようとしたが、その前にケイデンスが答える。
「ふふん。その種が育つとね、甘い唐辛子になるらしいよ」
「甘い……唐辛子?」
「そう。甘くて辛いみたい。今は甘い匂いがする種も、育っていけば結構刺激臭が強くなるみたい」
独特な臭いでモンスターを近づけない、とケイデンスは言っていた。
それは刺激臭のことだったらしい。
「気になるなら村を囲むように育てればいいさ」
「は、はぁ……」
「ああ、どうして僕がそれを育てたいかだったね」
それは別に尋ねていない……が、村人たちも気になっていることであった。
「食べさせたい人がいるんだ。ああ、どんな顔をするのかな。驚くのかなって、今から楽しみなんだよ」
イタズラめいた顔をするケイデンスは、そのまま村人たちに次に来訪する日時だけ告げると、また雲の上へと帰っていく。
嵐と同時に訪れ、嵐のように去っていく。
しかし、去った後は晴れやかな青空が見えてくる。
それが【嵐王】ケイデンスに対する村人たちの第一印象であった。