<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女ω】クリアント
護衛任務とは、その名の通り対象を護衛――護ることだ。
デンドロの世界では脅威となるモンスターが多い。
人間を凌駕する力、スキルを持つモンスターや、護りきれやしない数で攻めるモンスターが当たり前のように存在する世界。
当たり前に存在する、といいつつも対抗手段がそれ以上に強い人間が倒すという力技。
王国や皇国が安全であるのは、モンスター達が攻め崩す手段が無いから安全地帯となっているだけだ。
何の対抗手段の無い小さな村は、ふとした拍子にモンスターの巨大な口に呑み込まれてしまう。
それが旅人であれば尚更。
少数の人間など、餌以外の何物でもない。
故に、護衛は珍しくも無い任務であろう。
一般に、モンスターから対象を護る任務であったのならば、だが。
「いいよー。その調子ー!」
「ここに入ればどうなるか、興味は尽きないけど……今回は君に譲るとしよう」
「……あの、どうか無理をなさらずに」
クャントルスカの応援、フィリップの託したという声、トロの遠慮がちな声が聞こえる。
それらが時に小さくなりながら、クリアントはもがき進んでいた。
「ほら、先輩。もう少しですよー」
「いやこれ、ほぼ無理げー……がぼぼぼ」
HPを全損させつつ、少しずつ進むクリアントと、楽しそうなワンプの声だけが鮮明に聞こえる。
彼らは底なしの毒沼にいた。
底の無いだけでなく、毒なだけでなく、底の無い毒の沼にクリアントは沈んでいた。
「ほら、新しい体です! まずはバランスを取って!」
「……よし……あ、だめだ」
ぼしゃんと勢いよく毒の沼に落ち、そしてまたも沈んでいく。
【深潜水士】がサブジョブにあるが、このジョブは水面ではなく水中を泳ぐことに特化したジョブだ。
浮き沈みは出来るが、水面での水平移動には向いていない。
そして、毒という水ではない液体の中を泳ぐには、水泳が得意だというクリアントであっても困難なものであった。
「……これでデスペナ食らったらシャレにならないな」
そう思いながらクリアントはまた死ぬ。
たとえこれが死が前提の作戦であったとしても、納得のいかないものであった。
そもそもで、必要な薬草が毒沼の中央にあるのが問題であった。
気軽に、薬草集めの護衛なら、なんて請け負ってしまったクリアント達であったが、薬草がどのような場所に生息しているかまでは知らなかった。
というか、ここまで常識の範囲外にあるとは思っていなかった。
「ここ……なのですが」
「……」
「……」
「……」
案内された地を見て、誰もが言葉を失う。
生物の生存を許さない絶死地帯。
瘴気を吐き、毒々しい泡が噴き出る沼の前に彼らはいた。
「……ガスマスクはどこにあったかな」
「『ピュリファイ』」
「え、俺は?」
フィリップは即座に防毒マスクを、クャントルスカは浄化魔法を使う。
トロはどこまでが危険なのか分かっているのか、近づかないままだ。
「……その中央にある岩に生えている草が見えますか?」
「ああ。見えるよ」
「必要な薬草がそれでして……」
半径50mはあるだろう巨大な毒の沼。
だが、不思議と毒の瘴気も沼の付近にしか漂っていない。
周囲に生える木々が浄化してくれるらしく、そのおかげで生態系は崩れないのだが。
毒沼の中央に10㎝程の岩が浮かんでいた。
いや、どうやら沼地に生えているようだ。
そこに、小さな草が纏わりついていた。
「その薬草は毒のある場所にしか生えないものでして。毒性が強ければ強い程薬効が強くなるという特性があります。ここの毒はとりわけ強いものでして……」
「まあ、それは分かるのだが……」
「これ取りに行けるのって……」
2人がクリアントを見る。
「……待ってくれ。ノーチラスなら毒の沼でも問題ないだろ。それにクーはこのくらいの距離なら跳べる。俺を見るな」
どのような環境でも活動できるのがノーチラスのうりであったはずだ。
この毒の沼こそ、ノーチラスの出番なのではないか。
「私のノーチラスは原典に忠実でね」
「……?」
「船首から船尾まで約70mある。……岩が真ん中にあるせいで収まらないのだよ」
ならば、と毒沼を飛び越えられそうなクャントルスカを見る。
「うーん……跳んでもいいんだけど……着地の衝撃で薬草が吹き飛んじゃいそう」
「それならモーが飛んで……」
「嫌よ。毒液が跳ねたら服が台無しになっちゃうじゃない」
そんなことを言って断固として拒否するモー。
それを聞いてワンプは勝ち誇ったように、
「ふっふーん! これは私たちの勝ちですね先輩! 私の力があれば、先輩は装備も新品なままで新しい体になれますから!」
ドヤ顔になる。
この言葉でクリアントが毒沼を渡ることが決まった。
まずは一歩目を踏み出してみる。
トロの言うとおり、毒性が強いようで、【猛毒】と【溶解】のバッドステータスが襲い掛かる。
見る間にHPが減っていき、ゆっくりと両足が漬かり込んだところでクリアントは死亡した。
「……そんな使えないやつを見るような目で見るなよ」
「いや、ほんとに無駄死にでしたねぇ」
「行けるところまで全力で走ればよかったとは思うけどな」
安全地帯……すなわち毒沼の岸辺で新しい肉体が創造されたクリアントは毒沼を睨む。
時間にして5秒ほどが限界のようだ。
それ以上は肉体としてもHPとしても足りないようだ。
ならば、と助走をつけて走ってみる。
水中をもがくように足を動かし、足が溶けたら今度は手で泳ぐ。
だが、それでも距離は遠い。
10mも進んだところで完全に肉体が溶けてしまい進めなくなる。
「これは困りましたねぇ」
「……あの岩場が安全地帯にはならないのか?」
「少し遠いですね。明らかにこちらの岸辺が安全地帯と捉えているので、向かえません」
「……半分は進まないといけないのか」
肉体創造地点への移動を利用して、と思ったが無理なようだ。
ならば……
「さて、この沼の一番の問題点は何だと思う?」
「突然どうしたんです? 脳まで溶かされました?」
「……この沼の最も厄介な点はな、毒性の強さではなく毒が続いているということだ。
沼全てが毒のため、安全な場所が沼全てに無い」
「はぁ。当たり前のことですね」
「当たり前だが重要なことだ。だからな、毒沼に安全地点を作り出すというのはどうだ?」
「どういうことです?」
「……毒沼の真上を安全地帯に設定出来たりはしないか?」
1秒と経たずに沼へと落ちることは確実。
だが、落ちるまでは。その1秒未満だけは安全な地帯であることに変わりない。
「……なるほど。妙案どころか愚策に等しい案ですが。流石は先輩ですね。やってみましょう!」
「愚策と言わなきゃ俺のやる気ももう少し上がったんだけどな」
ワンプによれば可能である、と。
残りの肉体創造のストックは13回。
「メインジョブを変更しておくか」
「おや?」
「この状況で自爆なんてしないだろ。それよりも、泳ぐなら出来るだけ【深潜水士】のバフがかかった状態でいきたい」
勿論、死んだ時点でかかっているバフの大半が解けてしまう。
だが、パッシブスキルはかかったままであるため、そちらを採用していく。
毒沼を泳ぐ。
そのつもりでジョブを変更する。
「そして水中の呼吸も可能になった。毒沼で可能なのかは分からないがな」
「無呼吸時間の延長ですから大丈夫でしょう。ね、フィリップさん?」
「ワンプの声は聞こえていないぞ。フィリップ、毒沼でも【潜水士】系統の無呼吸状態は可能か?」
フィリップが親指を立てて返す。
可能なようだが、どうにも距離が離れている。
「……次で決めるぞ」
助走をつけ、毒沼を走る。
次第に足が溶け、手が溶け、全身が溶け――と思ったら毒沼の真上に立っていた。
次の瞬間には毒沼に落ち、もがくことになる。
「……勢いが!?」
助走の勢いも消え、思ったように前へと進まない。
どころか、落下の衝撃で沈む勢いの方が強い。
底に足も付かず、しかし沼の底が深いのか足がすでに消えているのか分からないまま……また死亡する。
ろくに進めないまままた毒沼の真上で意識が戻る。
そして落ちる。
1回新しい肉体が作られてから死ぬまでに進める距離は良くて2m。
10回死んでようやく20m。
最初の助走込みで進めた5mと合わせてようやく50mの半分、25mへと辿り着けた。
「ワンプ!」
「はい! もう残りも無くなって来たので不安でしたが!」
岸辺よりも岩場が近くなり、安全地帯が更新される。
意識が切り替わった時には足場が不安定ながらもしっかりしたものになっており、
「っと、踏みつける前に回収しないと」
「……あっ」
慌ててアイテムボックスに薬草を入れたが、その瞬間にバランスを崩し、毒沼へと沈んでしまう。
「……やばいな」
また、何とか岩場へと肉体が再創造されたが、微塵も動くことを許されない。
少しでも身じろげばバランスを崩してしまう。
「おおー。片足で立てるなんてバランス感覚良いですね」
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい……」
「ありゃ。軽口に乗ってくれる余裕もありませんか」
ワンプの言葉に返すことすらできない。
クリアントにしてみれば、こうして立てているだけでも奇跡だ。
次の瞬間には毒沼へ落ちても不思議ではない。
5秒経ったのか、1分経っているのか分からない。
そもそも、時間経過で解決できない。
ここで死んでも岸辺を安全地帯には出来ない。
岩場が安全地帯であると、生存可能領域であるとすでに認識してしまっている。
あと1度。
それ以上はデスペナルティになってしまう。
別にそれ自体は良いのだが、それだけ村へ薬草を届けるのが遅れてしまう。
「ううむ。これはすんごく悔しいし癪なのですが」
「……?」
「先輩、安心してください」
ふわり、と視界に羽が舞い落ちる。
そして、クリアントの体を柔らかな何かが包み込んだ。
「ふふ。頑張ったわね。男の人のそういうところ、好きよ?」
「……モー」
飛行可能な少女。
クャントルスカのエンブリオであるモーが迎えに来ていた。
「……服に毒液が付くのが嫌なんじゃなかったのか?」
「ええ、そうよ。だけど愛する人を抱きしめる以上に、拒むような理由がある?」
モーに後ろから抱きかかえられ、クリアントが無様な姿でもがき進んだ25mを優に超えて岸辺へと戻る。
「おかえり!」
「いやぁ、勇敢な姿だったね。泥臭さも冒険のうちさ」
「あの……何て言っていいのか……」
拍手と共に迎えられたクリアントは思う。
「……最初からモーが俺を抱き抱えてくれれば良かったんじゃ?」
思うだけでなく呟いたその言葉に返す者はいなかった。
モーだけは分かっていて黙っていました。
主人公の頑張る姿を見たかったが故に。
愛です、愛ですよ。