<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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84話 さざめく鱗粉

■【深潜水士】クリアント

 

 毒沼を攻略してから翌々日。

 クリアントの命のストックを回復しつつ、様々な素材アイテムの採集をしていた。

 

「『呪草』に『厄草』、それに『忌草』まで……。『恨病草』だけでも十分なのに、まさかここまでの量を集められるなんて」

 

 いずれも、病毒や怪我に効能のある薬草である。

 瘴気や毒沼の中で育った草花だが、決して毒性は秘めておらず、極めて強い薬効があるだけだとか。

 

「一部は【快癒万能霊薬】の材料にもなっているんですよ。私も【快癒万能霊薬】とまではいきませんが【劣化万能霊薬】なら作れます。これで村の大事に備えられるでしょう」

 

 小さな村になると【劣化万能霊薬】でも貴重な品なのだろう。

 数を作り、余れば売ってもそれなりの財産になる。

 余るほどの余裕があれば、の話だが。

 

「……本当は、私のような【薬師】だけでなく【医師】や【神官】がいればいいのですが。小さな村にそれを期待するのも無理な話ですね」

「俺達〈マスター〉は回復に類するものにそこまで考えないからな。村にどれだけの人材が必要なのか分からない」

「無頓着なのは先輩だけですよ。ちゃんと〈マスター〉さんの中にも【神官】とかいますって」

「うんうん、そうだよクリアント。それらの系統の超級職、【神刀医】や【女教皇】は〈マスター〉が就いているのだからね」

 

 フィリップの言葉にそれもそうかとクリアントは頷く。

 どれだけの猛毒になろうと、死ねば元通りになるクリアントにとっては、状態異常は死ぬまでの経過に過ぎない。

 

「私が【魔法☆少女】になる前の【魔法少女α】も回復特化の固有能力を持っていたんだよ。そもそも私達〈マスター〉だって死んじゃったらすぐに生き返られないんだし。回復は重要だよ!」

「そうよ。死んでしまったら鮮度も落ちるし、ゆっくり味わえないじゃない」

 

 病気はともかく、負傷や状態異常は戦闘に大きく関与する。

 瞬間的に効果を発揮する回復スキルであれば、確かに重要か。

 

「他に必要なものはあるのか?」

 

 毒沼に、瘴気の霧に、謎の墓地の中央に、と。

 肉体的にも精神的にも良いとはいえない環境下に生息する薬草を集めた。

 

「これで十分です。ただ、もう少し欲を言っていいのでしたら……」

「ここまで来たらあと1つや2つ、増えても変わらないぞ」

「一昨日の毒沼みたいに先輩のストック激減しているわけではないですもんね。今日の先輩は強気です」

「あれほど短時間に死んだのは久しぶりだったな」

 

 そういえばいつ以来だっただろうか、と思い出す。

 一つの戦闘で3,4回くらいなら死ぬことはざらにある。

 ドラゲイルに雷を落とされた時も、グラスコードに食われた時も、マッドラップスの毒に侵された時も。

 マッドラップス戦の際は自分から針に飛び込んだから、それなりの数は死んだのだったか。

 

「ああ。あの時が一番か。涙を主食にする吸血鬼。あいつに一番殺されたんだった」

「あー。しつこかったですもんね、あの人。それに、素の身体能力が高いタイプだから尚更先輩と相性悪かったですし」

「へー。クリアント君達、そんな変わった人とも知り合いなんだ」

「変わった……クーと比べるとどうだろうか」

「クャントルスカさん以上の変人奇人っていますかねー」

 

 クリアントはまず隣のフィリップを見る。

 向こうもこちらを見ていた。

 

「そんなこと無いと思うけどなぁ」

「クャントルスカ以上の逸材はいないということよ。名誉じゃない」

「そっかぁ! なら嬉しいな」

「……これまで出会った人たちでクーの気に入りそうなのだと、あれだな。巨人と小人のカップル」

「妖精が花に恋する話もありましたよね」

 

 それは花の方が食人植物のモンスターであり、逆上した妖精が花を食べて終わるというオチが待っている話だが。

 

「……あはは。あの、それで、もう一つの欲しいものなのですが」

 

 話が完全に流れてしまいかねないと判断したのだろう。

 トロが申し訳なさそうにしながらも話を戻す。

 

「すまんな。クー、話はまた今度だな。安心しろ、巨人と小人のカップルの方に限ってはハッピーエンドだから」

 

 尤も、モー・ショボーなどというエンブリオを持つクャントルスカにとっては妖精と花の話も美談に聞こえるかもしれない。

 愛した対象を喰らうことに変わりはないのだから。

 

「もう一つ、というのはですね。糸なのですが」

「ほう。包帯に使うとかか?」

「ああいえ。こちらは村の資材というよりも私とクレハの方でして。人形作りに少し良い素材を使いたいなって」

 

 クレハも関わっているとなると、単なる趣味ではなく、クレハの持つ特典武具も関わっているのだろう。

 ならば、良い素材を使いたいは、人形の強度を上げたいにも繋がる。

 

「『さざめきの繭糸』というアイテムでして。【さざめき】というモンスターはご存知しょうか?」

「初耳だな」

「虫……蝶か蛾のようなモンスターだったかな。それくらいの知識しか無いけど」

「羽から状態異常を巻き起こす鱗粉を散らすモンスターです。本体はあまり強くないのですが、その状態異常はよほど耐性が強くないとすぐにかかってしまう厄介なモンスターです」

「先輩向き……ではないですね」

 

 何度肉体を創造しようが、状態異常に耐性が出来るわけでもないし。

 鱗粉が一撃必殺の技で無い限り、何度だってクリアントは鱗粉による状態異常に侵され行動を制限されるだろう。

 

「ふっふっふ。ならば私の出番ということだね。ノーチラスの砲撃ならば鱗粉ごと吹き飛ばすことだろう」

 

 

 

 

 レジェンダリア内、ノクトル村付近の森の1つ。

 森の開けた場所で、3mほどもある翅を広げたそのモンスターは空から鱗粉を振り撒く。

 広域に撒かれたそれは、吸い込んだ者だけでなく、肌から体内へと侵入し、【猛毒】や【麻痺】といった状態異常に晒す。

 巨大な蛾にも似たモンスター、【さざめき】。

 この森のボスである。

 

「フィリップちゃん! クリアント君が、鱗粉吸い込んで毒になってる!」

「動けないところを見ると他の状態異常にもかかっていそうね。そんなところも愛しいわ」

「言っている場合ですか!? 風向きでこっちにも粉が来ますよ!」

 

 とりあえずどんな感じか様子見てくる、と鱗粉の中に飛び込んだクリアントは1秒後に地へ伏していた。

 そのまま毒のダメージを重ね死亡する。

 

「……なるほどな」

「何もなるほどな部分は無いのだけどね。とりあえず、あの中は危険地帯であることは分かった。全て吹き飛ばそう」

 

 フィリップの頭上にノーチラスの砲台が出現する。

 

「撃て!」

 

 放たれた砲弾は鱗粉の中で舞う【さざめき】目掛ける。

 だが、その直前で爆発した。

 

「なっ!?」

 

 鱗粉は確かに爆風で散っていく。

 だが、【さざめき】の翅が、すぐに鱗粉を補充する。

 翅が翻るたびに鱗粉は空中に増えていく。

 

 状態異常にかかる。

 鱗粉の効果はそれだけだ。

 だが、鱗粉にはとても、とても微細ながらダメージを発生させる程度に攻撃力があった。

 鱗粉であるが鉄の粉を降らせているようなものだろうか。

 当たっただけで、その対象はダメージを喰らう。

 砲弾であれば誘爆を引き起こさせる。

 

「最近また活躍し始めてきた私の砲弾が!?」

 

 撃てども撃てども、【さざめき】には届かない。

 その手前で止められる。

 爆風が【さざめき】を撫でようとも、それだけではダメージにはならない。

 

「ようし、次は私の番だね!」

 

 やがて、これ以上は砲弾の無駄と諦めたフィリップの代わりに、クャントルスカが前へ出る。

 

「いけるのかい?」

「大きな怪物と戦うのはいつだって魔法少女だよ。それに、魔法少女は綺麗なまま戦うもの。状態異常になんてかからないんだ」

 

 そういって、鱗粉の中へと飛び込んでいった。

 その直後より、打撃音が聞こえてくる。

 

「先輩、本当に無駄死にでしたね」

「ああ……これから状態異常に特化した敵はクーに任せればいいんじゃないか?」

 

 数分後、傷一つ無い体で悠々とクャントルスカは戻ってくるのであった。

 

「はい。これが『さざめきの繭糸』だよね」

 

 笑顔でトロに糸を渡す。

 

「ありがとうございます。これで良質な人形を作ることが出来ます」

 

 その場でスキルを発動し、トロは一つの人形を完成させる。

 

「あらゆる状態異常を防ぐ人形です。【健常のカメオ】よりも壊れにくいこの人形があればクレハを、あの人を守ってくれる……」

「愛だね!」

 

 そう、愛としか言い表すことが出来ない。

 回復薬も、人形も。

 常に前線で戦う夫、クレハのため。

 薬が無ければ、まず一番にクレハの身に危険が及ぶ。

 そのためにトロは自ら薬草探しに赴いた。

 

「愛……はい、愛です。これは愛という感情なのです」

 

 

 

 

■【禁忌姫】トワコ

 

「三泊。宿を貸してねぇ」

 

 カルディナの都市の1つ。

 その都市の中にある宿屋に、彼女はいた。

 

「はいはい。お部屋のランクで値段は変わるけど、どれにするかい? ちなみにランクはそのまま防犯性能に繋がるからね」

 

 宿を経営する主人が少女に答える。

 

「そうだねぇ。防音は欲しいかなぁ」

「きゃはっ。きゃはっ」

「モーちゃんも同じ意見で嬉しいなぁ。お兄さん、一番上にしてくださいねぇ」

 

 主人は少女の年齢を見て、払えるのかと疑問を持ち、少女の手を見て考えを改めた。

 〈マスター〉であるなら年齢は関係ない。

 どれだけ若かろうと、所持金や強さには直結しないのだから。

 

「わ、分かりました。これが鍵です」

 

 そして、少女の隣に立つ、もう1人の少女を見て主人は自身の声が震えるのを感じた。

 自身や、目の前の〈マスター〉である少女とも違う。

 異界の化物を見るかのような感覚。

 

 本来であれば人数分の値段を貰うところだが、それすら言い出せずに、〈マスター〉である少女の値段だけを貰い鍵を渡してしまった。

 

「そうそう。お兄ぃさん」

「な、なんでしょう」

「覗かないでくださいねぇ。聞き耳を立てないでくださいねぇ。鍵を返すまでは私たちのことは忘れていてくださいねぇ?」

 

 そんなことを言われずとも。

 建築技術に秀でた者と高位の術師に、防音やピッキング無効などを付与されている部屋だ。

 宿の主人であっても、中を覗くことは叶わない。

 

「きゃはっ! きゃはっ!」

「モーちゃんも昂っちゃったのぉ? 私も。早く愛し合いたいねぇ」

 

 そんな甘美な台詞も聞こえてくるが、主人には肉食獣同士が濃密に絡み合っているようにしか聞こえない。

 覗いた者には死を。

 そんな風にも聞こえる。

 

「ご、ご飯はどうされますか。お部屋に運ぶことも可能ですが」

 

 しかし、まだ宿屋の人間として尋ねなければならないことがある。

 少しばかりの勇気をもって、主人は部屋へ向かっていく2人に声をかけた。

 

「……言ったよねぇ?」

「きゃはっ! きゃはっ!」

「私たちのことは忘れてくださいって。ご飯もねぇ、いらないよぉ?」

 

 それきり、少女達は部屋に入り、3日間出てこなかった。

 主人は深く考えず、そして少女の言うとおりに忘れようと努力した。

 だから、気づくことは無かった。

 なぜ3日間なのか。

 〈マスター〉達にとって3日間という期間が何を意味しているのか、理解することは無かった。

 

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