<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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85話 【問王】と【動物王】

■ノクトル村周辺

 

「閣下、質問があります」

 

 双眼鏡を覗く女が問う。

 その女の表情はどこまでも無であり、だが声には純粋に知りたいという欲望が秘められていた。

 

「どうしたパリドーネ」

 

 問われた男――甲冑を着込んだ赤髪の男は慣れたように返す。

 

「村を囲うようあるあの赤い果実は何なのでしょう。不確定要素がある中で策を実行してもいいのでしょうか」

「……ふむ」

 

 答える前段階のように、男は深く考える……ふりをする。

 彼の眼にはただの唐辛子のようにしか映っておらず、それ以上の情報を持っていない。

 

「あれは、そう……あの村で流行っている果物――」

「モンスター避けですね! 知能の低い動物型モンスターなら、あれで近寄ることは無くなるでしょう」

「そう、モンスター避けの果実だ。あの村がこの一帯の中で唯一無事なのはそういうことか……」

 

 赤い髪の男――ローガンは、傍らにいた少女――レシーブからの情報を聞いて己の言葉を急ぎ修正する。

 

「なるほど。回答感謝致します。謎は解けました」

「甘い匂いがするが、それもあの赤い果実からか?」

「甘くて辛いみたいですよ。一度食べてみたいですね!」

 

 顔立ちの整った女――パリドーネはローガンの言葉を受けて、双眼鏡から顔を離す。

 

「閣下、レシーブ。質問を続けます。これより行われる策に対し、あの果実はどれだけの妨害になるでしょうか」

「そうだな……レシーブ、答える許可をやる」

「はーい! そうですね……微塵も脅威にならないかと。ローガン様の悪魔は、ローガン様の指示の下で忠実に動きますし。何より、あの果実は地上にしか実らせていませんから!」

 

 比較的、テンションが高いなとローガンは安堵する。

 レシーブの気持ちの高揚及び低迷、あるいは場にそぐわない感情の変化によって指揮が低下しても困る。

 この場における指揮官たるローガンは何より全体を見なければならない。

 配下が能力を発揮できないようであれば、この策は破綻する。

 

「と、いうことだ」

「流石は閣下。明確な回答です。そして、これで不確定要素が消え去りました」

 

 パリドーネはここで表情を少しだけ変える。

 それは共にいるローガンもレシーブも気づかない、小さな変化。

 口端を少しばかり持ち上げた薄い笑み。

 

「最後の質問です。あの村が無くなることで起こる影響は?」

「皆無だ」

「過去に何度もモンスターに襲われているみたいですし? 遅かれ早かれですね!」

 

 これで何の憂いも無くなった。

 遊戯派であるパリドーネにとって、村の消滅は自身の損得に関わるかどうかくらいにしか思わない。

 元より消えかけていた村の一つ。

 消えて得るものは特典武具。

 ならば、得るもののほうが圧倒的に大きい。

 

 パリドーネは進む。

 村の近くまで。

 いくら拡声器を使おうと、遠ければ声は届かないから。

 

『聞こえますでしょうか、村の方々』

 

 それは、最悪のタイミングであった。

 クリアント達はトロと共に薬草を採取しに行っており不在。

 クレハは村周囲のモンスターの数を減らしに行っており不在。

 

 不在に不在が重なり、なけなしの戦力とばかりに残りの衛兵が村に在中しているだけ。

 もし、モンスターの大群が襲来しようものなら、すぐさまクレハを呼び寄せることも可能であった。

 だが、数人の人間が、〈マスター〉が寂れた小さな村を襲撃に来るなど誰が予想出来るだろうか。

 

 拡声器によって補強された声が村中に響く。

 何なのだろう、と家から出てきて外を見渡す者もいる。

 

『質問があります。村を囲む果実の味は何でしょう』

『質問を認めます。制限時間は5秒』

 

 声の正体を探ろうと、村人たちは家から出てくる。

 彼らの前にはいずれも『JUDGE』という文字が浮かんでいる。

 衛兵も、村の外を確認しようとした時であった。

 

『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』

 

 5秒が経過し、質問者であるパリドーネのステータスが上昇する。

 【問王】の奥義《問答有用》が発動したのだ。

 

 そして、それだけでない。

 

『徴収徴収。えっへっへ、悪いなアンタら』

 

 重ねて、村人たちの耳に届いた声。

 悪巧みに成功した子供のような声と共に、村人たちの身体から力が抜ける。

 

「これ……は……?」

「……外だ! 最初の声は外からであった!」

 

 衛兵たちはそれでも村の外に出ようとし、

 

『重ねて質問します。この村の現住所は何処でしょう』

『質問を認めます。制限時間は5秒』

『ひっひひ。俺の制限時間も5秒だぁ』

 

 3つの声。 

 最初のは村の外から、後ろ2つは村人たちの耳に直接。

 

 衛兵が彼女を見つけた時、更に5秒が経過していた。

 

『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』

『徴収徴収。へへへ、これで2つ目だ』

 

 更に、村人たちから力が抜けていく。

 足が重い。体が重い。頭が重い。

 

「貴様! 何者だ!」

「怪しい……村の者が陥っているこの状況、貴様が関わっているのではあるまいな!?」

「回答します。はい、私です」

「っ!?」

 

 衛兵2人が槍を構える。

 だが、衛兵たちは思っている以上に体が重くなっていることに気づく。

 

『……最後の質問です。無人島へ1つだけ持っていけるなら何を持っていきますか? ただし数は無制限』

『質問を認めます。制限時間は10秒』

『俺は優しく12秒だな』

 

 衛兵は構わず槍をパリドーネへと向け、そして刺突を繰り出す。

 

「……」

 

 パリドーネはそれを躱しつつ時間経過を待つ。

 避けるのは容易い。

 今のパリドーネのステータスであれば、この程度の衛兵10人を同時に相手取れる。

 が、質問中であるパリドーネは反撃は出来ない。

 

『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』

『徴収徴収。3つ目だ』

 

《問答有用》でステータスが更に上昇する。

 村人の人数に比例した制限時間分のステータス上昇。

 100人の村人がいれば、これまでの質問――5秒足す5秒足す12秒――、合計22パーセンテージ×100。

 2200パーセンテージの上昇……22倍のステータスが加算される。

 尤も、村人は100人足らずではないのだが。

 

 いくらステータス補正の低い【問王】であろうと、ステータスが20倍以上になれば、真っ当な直接戦闘系超級職にも匹敵する。

 

 更に加えた村人たちのステータス低下。

 彼らは今、3割のステータス減少状態となっている。

 

「現在の村人の中で戦力といえる人間は3名。これはそのうちの2名……」

 

 パリドーネは拡声器をしまうと、槍を素手で受け止める。

 

「……ですが、外れのようです」

 

 槍の穂先を素手で折り、そのまま衛兵たちの心臓へと返す。

 

「――ぐはっ!?」

「な……つよ……」

 

 絶命した衛兵たち分のステータスがパリドーネから減算される。

 だが、2名程度なら些かの問題も無い。

 

「……残り1人は何処にいるのでしょう」

 

 その質問に答える者はいない。

 ああ、とパリドーネは反省する。

 これもまた、拡声器を通して村人に尋ねればよかった、と。

 

 何故ならばすぐに村人たちはいなくなる。

 最有力候補である衛兵を殺した後に、控えていたパリドーネの仲間が村を蹂躙するのだから。

 

「行くよー!」

 

 地が揺れる。

 いくつも、いくつも、小さな揺れが村を含めたその周囲だけで起こされる。

 

「餌の時間だよ! 全部食べていいからね!」

 

 レシーブの声と共に、村の中央、その真下から湧き上がるように這い出る小さなモンスター。

 レベルは5。ステータスも2桁止まり。大きさも僅か数センチ。

 だが、数だけが異質。

 1000匹ともその数倍ともいえるかのような、蟻の大群。

 尽きることの無いかのような数が、村に突如として空いた穴から出てくる。

 弱小モンスターである【メメント・アント】。

 それらが、村を襲っていた。

 

 彼らに意思は無い。

 彼らに知恵は無い。

 彼らに技能は無い。

 彼らに力は無い。

 彼らに意味は無い。

 

 あるのは、村を食い尽くすという使命のみ。

 主である【動物王】レシーブ・キープから与えられた使命を全うすることのみ。

 

 1匹1匹が弱く、群れることしか出来ない弱小モンスター。

 だからこそ、レシーブにはそれを操ることが出来る。

 いくつも、いくつも、巣穴を覗いて群れをおびき寄せ、そして《動物王国》にて己が配下としたレシーブは、

 

「食らいなさい」

 

 冷酷に、村人たちの命を絶たせたのであった。

 生きたまま、餌となる地獄を生み出した。

 




閣下「俺が育てた」
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