<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【付与剣士】クレハ・ポストック
絶望に呑まれる。
あるいは、安堵する。
そのどちらも即座に思い浮かべることが出来ず、クレハはただ放心していた。
「……は」
溜息なのか、それとも笑うしかない状況で自然と声が漏れていたのか。
クレハの口から出た言葉は、それだけであった。
脅威になりそうだった村周囲のモンスターを討伐し終えた頃。
村の様子が少し違う気がした。
遠目に見える村から、人の叫ぶような声が聞こえた気がした。
村を囲んでいる赤い果実が、黒い何かで浸食されているように見えた。
何かが違う。
何かがおかしい。
虫の知らせのような感覚がクレハを走らせる。
ただの杞憂で終わればいい。
だが……終わらなかった時……その時に村で何が行われているのか、想像もしたくなかった。
だが、考えずとも。
村に辿り着いた時点で現実がそれを無情に教えてくれるだけだ。
村にある唯一の出入り口。
赤い果実の無い唯一の門に、馴染みのある顔が死相を張り付けていた。
クレハの同僚、衛兵らである。
それぞれ槍で心臓を一突き。
それも、己の武器を破壊され、それをそのまま返されたようだ。
明らかに手練れの仕業。それも、恐らくは人の手によるもの。
何故、という疑念が湧く前に。
村の中を確認してしまった。
目撃してしまった。
黒い死体、と形容すればいいのか。
初めはソレを人間であると認識するのが遅れた。
人間の形を作る黒い何か。
そう思った次の瞬間、一瞬だけ黒が剥がれたその下にあった人間の赤い肉が見え、初めてそれが村人であると分かった。
最初に浮かんだのは妻であるトロの顔。
だが、すぐにそれは無いと振り払う。
トロは今村から離れた場所にいる。
それに……
「ッ!」
黒い何かがこちらへと向かってくる。
村人の身体から離れ、地面を伝いクレハへと。
「『エンチャント・ファイア』」
クレハの目は、その正体を小さな蟲の群体であると捉える。
故に、剣をただ振るうだけでは意味が無い。
その一振りで殺す以上に、クレハの身体に喰らいつく蟲の数の方が多いだろう。
焼き払う。
それしかないとクレハは判断する。
地面を抉るように、蟲達を纏めて焼き殺す。
「……数が多いだけか」
だが、その多いだけというのが厄介だ。
村中にある地面の穴という穴から蟲は湧いて出てくる。
終わりが無いかのような大群。
「『エンチャント・ファイア』……『リミットオーバー』!」
周囲にトロはいない。
そして、この様子では生き残っている村人はもういない。
瞬時にクレハは判断する。
もう、終わりだ。
この村は今日を以て終わりを迎える。
だがそれはこの蟲達にではない。
クレハの手で終わらせる。
剣の切っ先に火を灯らせる。
その先を今も尚蟲を湧き上がらせる穴の一つに入れ、全力で火を放射する。
「……ッ! お、おおおおおおおおぉ!」
蟲がクレハの身体に喰らいつく。
だが、それに構わず、地の下にいる蟲を焼き殺す。
どうやら、穴は全て繋がっていたようだ。
村中から火柱が立ち上がる。
クレハの身体に纏わりつく蟲もクレハごと燃えていく。
「……良い誤算、だ。一回で済むとは」
必要であれば3回、4回と繰り返すつもりであったが、一度の『リミットオーバー』で済んだことにクレハは口元を緩める。
武器の寿命も、クレハの最大HPすらも削る『リミットオーバー』は一日にどころか、人生でもそう多く使えない。
焦げる己の身体は気にせず、クレハは考える。
今ので、村人の多くを殺した蟲は全滅しただろう。
村中に火が付いた。
直に、村は焼け落ちる。
クレハなりの火葬の意味を込めた先の技だ。
だが、まだだ。
まだ安堵するには早い。
衛兵を殺した存在。
それは蟲達ではない。
「武器を扱える……人間がどこかにいるはずだ」
「正解です。ですが、まだ質問は出ていません」
「……誰だ」
火の影から、人影が浮かぶ。
「ああう……みんな死んじゃいましたぁ」
その影は2つ。
いずれも若い女たちであった。
「どうして……どうしてこんな酷いことするんですか! 小さな蟲にも命はあるんですよ!」
「レシーブ。配下のいない貴方ではこの場の戦いは困難でしょう。ここは私が」
比較的若い方の、毛皮を被っている女が叫ぶ。その表情は狂犬のような、獰猛なものであった。
そんな彼女を下がらせ、もう一人の女が前へ出る。
「質問です。貴方も村人の1人でしょうか?」
「……ああ」
「であれば結構。私達には探し人がいます。人、という表現が正しいか分かりませんが」
クレハはこの時点で目の前の2人の精神性の危険さを感じ取った。
殺しを楽しんでいるわけでも、金が欲しかったわけでもない。
誰かを探している。
その理由で村人を殺したこの2人を、クレハはどのみち許すことは出来ない。
「クレハ・ポストック。この人物に心当たりは?」
だがしかし、女の次の言葉でクレハは察した。
村人は巻き込まれてしまったのだ。
自分のせいで。
自分の選択が、村人を殺してしまったのだと。
「クレハは……僕だ」
「そうですか」
と、女はそれだけ返す。
クレハを探し出すためだけに村人を殺したのに。
見つけ出したことに喜ぶことなく。
ただ、事実を事実として受け止めるように、女はそれだけを返す。
「言葉が通じるのは上々」
見たところ、女は無手。
徒手格闘を得意とする人物……いや、衛兵を殺したとするならば、相手の武器を奪う戦闘スタイルかもしれない。
そう考えたクレハは剣を一層強く握る。
「ではクレハ・ポストック……いえ、【永遠偶人 クレハドール】。貴方に質問があります」
その名を聞いてクレハは確信した。
やはり、目の前の女は、クレハという個人ではなく、クレハドールというUBMを討伐しに来た人間であると。
同時に、身構える。
この局面で、戦いを始めようとする瞬間に質問をするなど。
何か、クレハを混乱させるようなことを言うのではないだろうか。
「この村の名前は何でしょう」
『質問は認められません。対象を確認してください』
「……?」
クレハの前に『NO JUDGE』という文字が浮かび上がる。
何かのスキルの効果か、とクレハは己の身に何が起こっているか確認する。
だが、特別何かされているわけでは無さそうだ。
ならば、と精神汚染系の状態異常も考えたが、それも違うとクレハの勘は告げている。
何もされていない。
そう、結論付けるしかなかった。
それは、相手の表情からもそう捉えることが出来た。
「……成立していない? なぜ」
「何をしたいのか分からないが」
だが、相手のスキルが未発動に終わったのであればそれは好都合。
「この僕、クレハドールを討伐したいというのなら相手してやろう。だが、ただでやられると思うなよ!」
先ほどの蟲の討伐時に焦がした全身が痛い。
動くたびに筋肉が、神経が、焦げた箇所が悲鳴を上げる。
だが、そんなものはただの信号に過ぎない。
動けなくなるまでは、無視できる。
「『エンチャント・ファイア』」
剣に火を纏わせる。
「ッ!」
剣を見て、女は一歩後退する。
それが致命足りえる威力を秘めていると察したのだろう。
「よくも、よくも村の皆を!」
怒りを込め、剣を振るう。
その火は女を焼き斬る……直前で止められる。
小さなカエルがいくつもいくつも女の身体に纏わり、剣を受け止めたのだ。
ジュゥ、という音を立て、剣から火が消えていく。
カエルの体液が剣の熱を冷ましているようだ。
「パリドーネちゃん! ここは連携だよ!」
「……感謝します。ですが、質問を。何故、カエルなのですか?」
どこからか毛皮を被った若い女が現れる。
その足元にもまた大量のカエル。
先ほどまでクレハと対峙していた女――パリドーネは顔を引きつらせてカエルを体から払う。
「……他にいなかったのですか」
「うん! カエル可愛いもんね!」
「……同意しかねます」
そのカエルはクレハにも見覚えがあった。
微細ながらも斬撃体制のある皮と、消火機能のある粘液を持つカエルだ。
確か、近くの沼に棲んでいたはず。
魔物使いか、とクレハは若い女を見る。
それも、手数で押すタイプの。
「【魔我代陶 ハヌワ】……起動」
『了承。呼び起こします』
懐から取り出した人形――【魔我代陶 ハヌワ】を使う。
予め村周辺に埋められていた人形が動き出す。
「……纏めて殺せ。殺してくれ」
その願いに人形たちは動く。
女2人目掛け、巨大な拳を振るう。
「うわぁ!? カエルたちが!」
「……不可解。不可解です」
たまらず、女たちはクレハよりも人形の対処にかかりきりになる。
だが、カエルが全て人形の腕で吹き飛ばされ、生身となった魔物使いと、先ほどスキルが失敗に終わった女になすすべはない。
人形の手が村人を殺した下手人に届く……寸前であった。
「フン。だからお前達は未熟なのだ」
そして、かかりきりと言えば、女2人を殺そうと躍起になっていたクレハも視野が狭くなっていた。
敵がもう一人いたことに気づけなかった。
「閣下!」
「ローガン様!」
新たに現れた男。
長く赤い髪の男が火を払いながら現れる。
そして、その後ろには、いくつもの目があった。
「【永遠偶人 クレハドール】! よくも村の民を騙していたな! モンスターのくせに人間を装い共に暮らすなど! 何を考えていた!」
「なっ……」
今度こそ、何を言っているのかクレハには理解出来なかった。
たった今、その村を破壊した者達が何を言い出すのだと。
「邪悪なモンスターはこの俺が退治してやる。村の民の無念をこの俺が晴らしてやろう」
クレハは気づく。
男の後ろにあるいくつもの目。
その持ち主は、数百体のモンスター……いや、悪魔であると。
「行け! 俺の配下共よ。奴を殺せ」
悪魔の軍勢が、人形達を壊していく。
1体1体が亜竜級上位のモンスターの耐久力を持つ人形が、あっけなく破壊されていく。
「あ、ローガン様狡い!」
「閣下。クレハドールは私かレシーブが討伐する約束では?」
悪魔が押し寄せる。
視界が暗く染まり、やがて全身の痛みのうち、どこかの部位が一際強く傷みだす。
だが、それも一瞬で。
すぐに痛みも、そして意識すらも消えていく。
トロ……と。
最後に思い浮かべたのは。
あの日、あの場所で見送った妻の顔であった。