<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

98 / 443
87話 トロ・ポストック

■【深潜水士】クリアント

 

 別れは突如としてやってくる。

 刹那の別れも、永遠の別れも。

 本望の別れも、無慈悲な別れも。

 偶然の別れも、必然の別れも。

 

 別れは平等に訪れる。

 

 ならば、クリアントの目の前にある別れはどのような別れなのだろう。

 

「……あなた」

 

 燃えおちるノクトル村。

 燻る煙の中、【深潜水士】で強化された視界が否応なしに村人が全て殺されていることを教える。

 

 そして、まるで戦利品のように。

 あるいは処刑者の如く、吊し上げられた死体。

 

 全身を何かで食い千切られ、殴打され、貫かれた姿。

 辛うじて生きている……などと希望を抱かせず、その首は胴と分かたれている。いや、これもまた別れさせられている。永遠に。

 

 クレハ・ポストックの死体。

 あまりにも人為的に。

 自分こそがこの者を殺したのだと、誇示するかのような殺され方をしている。

 故意に死体を辱め、掲げている。

 その理由は――

 

「……貴方!?」

 

 ようやく、現実を見たかのように。

 もしくは、まだ受け入れきれずに、トロは走りだす。

 クレハの下へ。

 すでに死んでいることが確定した夫の下へ。

 

「ッ! 待て!」

 

 フィリップがトロの肩を掴み、引き戻す。

 瞬間、クレハの身体を炎が包んだ。

 聖火の灯や、死者へ手向けられる鎮魂の火ではない。

 悪魔の吐く地獄の炎。

 

 いつの間にか村の中には、まるで村人を補完するかのように悪魔達が闊歩していた。

 悪魔と形容するしかない。

 見れば、そのモンスター名も【ソルジャー・デビル】と、まさに悪魔の兵士と名付けられていた。

 その視線は一斉にクリアント達に向き、そしてその口から火が吐き出される。

 

 クレハを狙った炎ではない。

 たまたま、進路方向上にあったクレハにも当たっただけだ。

 

 その狙いは、クレハに、そしてノクトル村に近づいた者に。

 クレハの死体を餌として、更なる死体を作り上げようと、その者は策を練っていた。

 

 百体余りの悪魔が放つ炎の礫。

 雨の如く振るそれは、クレハだけでなく、クリアント達にも降り注いだ。

 

「クャントルスカ! トロを守れるかい!?」

「おっけい! 任せて!」

 

 水の魔法少女であるフィリップは水で作られた防壁を張り、クャントルスカはその防壁と自身の身体を盾にしてトロを守る。

 

「……強い!」

 

 礫一つ一つの威力が高い。

 そして、数が多い。

 フィリップ1人ではすぐに守り切れなくなる。

 無論、クャントルスカを合わせても足りない。

 

「……っ!?」

 

 そして、自身を守ることを忘れて無防備に前へと出ていたクリアントが焼け死んだ。

 礫1つが当たり、物理的ダメージと【火傷】の状態異常で全身を焦がして死ぬ。

 

 すぐに新たな肉体を作り出す。

 創造地点はフィリップの作り出した水壁の内側……ではない。

 それよりも前へと出ていたクリアントにとっては、それよりも礫を放つ悪魔達の方が距離が近い。

 前方へと火の礫を吐く悪魔達の背。

 村の中にいる悪魔の中心。

 そこが安全な地点である。

 

「……あ、ジョブ変更していない」

「ちょ、何やっているんですかー!」

 

 そして最近の定番、近距離爆発を決めようとし、メインジョブが【魔法少女ω】でないことを思い出す。

 自爆が使えない。

 【深潜水士】にしたまま忘れていたのだ。

 

「よし、このまま突撃」

 

 なので、そのまま悪魔の1体に抱き着く。

 クリアントのSTRでは、いくら力を入れても悪魔に傷一つ負わせられない。

 HPが1ミリたりとも減ることは無い。

 だが、それでも。

 悪魔を毒に侵すことが出来る。

 

 悪魔の1体がクリアントを殴り殺す。

 ENDもそれほど高くないクリアントはそれだけで肉片を散らばせながら死亡する。

 だが、その肉片一つ一つが猛毒に等しい。

 散らばった猛毒は、浴びた悪魔を毒にする。

 そして、悪魔同士触れ合っても、毒は感染していく。

 

 瞬く間に、悪魔達は火の礫を吐くどころではなくなった。

 足が溶け、胴が溶け、顔が溶け……全身が猛毒に溶けていく。

 

「……やったか」

「先輩、それフラグです」

「いやでも、全滅しているぞ」

 

 百体もいた悪魔がクリアント1人の力で全て溶け、消えていた。

 それは紛れもない事実。

 

「……いえ、先輩。残念ですが、まだです!」

「クリアント! まだそこには敵がいる! 下だ!」

 

 再び、クリアントの体が炎に包まれる。

 

「っ!」

 

 パチパチパチと音が聞こえた。

 クリアントの体が燃える音ではない。

 誰かが手を叩くような、拍手のような音であった。

 

「随分と、奮起しているではないか。悪党のくせに、何をそこまで粘る」

 

 燃えるクリアントはHPがゼロになる寸前にその正体を見る。

 村のあちこちに空いた穴。

 その中にあるいくつもの影を。

 

「さて。クレハ・ポストックという者を殺した。だが、俺達の中の誰も特典武具を手に入れていない。これはどういうことだ?」

「閣下。質問であれば私が」

「パリドーネ。これは俺がしている質問だ」

「はい! ローガン様が倒し損ねたんだと思います!」

「俺は手伝っただけで直接的に殺したのはお前達のどちらかだろ!」

 

 クリアントを燃やす火に照らされ、その影が露わになる。

 赤い髪の男、そして若い女2人。

 そしてその奥に、クリアントが先ほど倒した悪魔が……5倍ほどいた。

 

「……そろそろ暑いから外に出ても良いか? というか本当に必要だったのか、この演出」

「私も暑いです。閣下に同意します」

「えー。良いじゃないですかこういうの」

 

 肉体が再創造されたクリアントは急ぎ、フィリップ達の下へ戻る。

 穴の中から3人と悪魔達がゆっくりと出てくる。

 クリアント1人如き眼中に無いようだ。

 

「クレハ・ポストックが死んだ今、残るはその妻だ」

「はい。そしてそれは私達の目の前にいます」

「運が良いですね!」

 

 3人の〈マスター〉とその背後に控える500体程の【ソルジャー・デビル】という名のモンスター。

 彼らの視線の先にはトロがいた。

 

「そこの女がトロ・ポストックだ。そいつを殺せば特典武具が手に入る」

 

 男がトロを指さす。

 肉食動物が獲物を見つけた時のような目であった。

 自身の糧にすることしか考えていない、他者の存在など気にしない目。

 

「パリドーネ、レシーブ。さっさと殺せ」

「了解です」

「はーい!」

 

 2人の女――パリドーネとレシーブがローガンに指示され走り出す。

 

「……何を言っているか分からない。が、やらせるものか!」

「うん! 私けっこう怒ったからね! 人の愛を踏みにじるなんて許せないよ!」

 

 パリドーネ、そしてレシーブの攻撃をフィリップとクャントルスカが防ぐ。

 どちらも徒手による攻撃。

 

「ふむ。邪魔をしますか」

「パリドーネちゃん! この2人から倒しちゃおう!」

「そうですね……では貴方達4人に質問をします」

 

 クリアントは長髪の男を見る。

 彼だけは動かない。

 悪魔も、未だ待機したままだ。

 

 何かを狙っている。

 それを察し、クリアントは注意深く男を見ていた。

 

「貴方達の名前は何でしょうか」

 

 攻撃の手を止め、パリドーネが尋ねる。

 

「……フィリップ・ノッツ」

「【魔法☆少女】クャントルスカだよ!」

「クリアントだ」

「……」

 

 トロは無言だ。

 無言で、呆けたかのように下を向いている。

 

「……そうですか。ではフィリップ、クャントルスカ、クリアント、トロに質問をします――この村の名は何でしょう」

『質問を認めます。制限時間は5秒』

 

 パリドーネの言葉の後に、クリアント達の前に『JUDGE』の文字が浮かび上がる。

 

「……これは! テリトリー系統か?」

「答えた方がいいの? それとも答えない方が?」

「ええと……この村って名前何だっけ?」

「先輩! もう忘れたんですか!?」

 

 突然の質問にクリアント達は混乱し、5秒はあっけなく過ぎ去る。

 

「……緊張感皆無」

 

 パリドーネは呆れたようにクリアント達を見ている。

 

『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』

『なぁんだ。頭悪いのかお前ら』

 

 そして、2つの声が重なるように聞こえた。

 その直後、パリドーネから発せられる圧が明らかに増し、そしてクリアント達の動きが目に見えて鈍くなる。

 

「これは……ステータスが低下している!?」

「……やはり、その手のスキルか!」

 

 ステータスの低下。

 数値で言えば、それぞれが1割ずつ。

 

「重ねて質問を――」

「させるものか!」

 

 フィリップがパリドーネへと、一歩踏み込もうとし――止まる。

 その身体には、黒い何かが纏わりついていた。

 

「ふっふっふ! このレシーブ様を無視するとはいい度胸じゃないですか」

 

 フィリップの身体に纏わりついているもの。

 それは小さな蟻であった。

 微量ながらダメージが継続的に減っている。

 蟻がフィリップの肉体を噛み千切っているのだろう。

 

「ッ!」

 

 フィリップは咄嗟に水魔法で身体を洗い流す。

 容易に流されていくところを見ると、1匹1匹はそれほど強くないらしい。

 

「……この強さ。〈マスター〉である以前に上級エンブリオか超級職の持ち主に違いない」

「うん……今まで戦ってきた人たちの中でもプシュケーちゃんくらいに強い」

 

 そして、その後ろには彼女らよりも各上であろう男。

 

「……君たちは何故この村を襲った」

「決まっているだろう。そこのUBMを狩るためだ」

「UBM? 彼女はトロ・ポストック。〈ティアン〉だ」

 

 フィリップの問いに男が答える。

 

「【永遠偶人 クレハドール】といった名であったか。よほどレベルの高い偽装スキルを持っているのだろうが、俺の眼は騙されないぞ」

 

 クレハドール。

 その名を聞いて、クリアントが真っ先に思い浮かべたのはトロではなく夫であるクレハ。

 名が酷似している。

 偶然か、あるいは真の名を隠すためか。

 

「さて、邪魔ものはさっさと退場してもらおう。パリドーネ」

「はい。四人に質問を続けます。……そうですね。無人島へ1つだけ持っていけるなら何を持っていきますか? ただし数は無制限」

『質問を認めます。制限時間は10秒』

 

 先ほどのステータス減少は、この問いに答えられなかったからだとクリアント達はすでに察している。

 

「そうだな……即効性の毒薬だ」

「スコップ……いや、ショベルだね」

「一番好きな人!」

 

 今度は即答する。

 

「……」

 

 パリドーネはその返答をゆっくりと咀嚼するように、頭の中で反復させ、己の中に取り込む。

 

「……そうですか」

 

 ステータス変動は起こらない。

 それはつまり、正当ということだ。

 そのどれもが、パリドーネの想定していた答えでは無かったが、それもまた正当であると解釈してしまった。

 

「閣下。申し訳ありません。未発動に終わりました」

「……フン。まあいい。ならば物量で押すだけだ」

 

 男の率いる悪魔が前へ出る。

 先ほど同様、火の礫を吐き出そうと口を開ける。

 

「……逃げるぞ」

「ああ。戦力はあちらの方が上のようだ」

「だね! 少なくともトロちゃんを逃がさないと」

 

 〈ティアン〉であり非戦闘職のトロを戦いに巻き込むわけにはいかない。

 

「逃がしません」

「ローガン様に良いところ見せないと、です!」

 

 逃げ道を塞ぐように、パリドーネとレシーブが走る。

 

「……ッ! ここは私が」

「私も手伝うよ!」

 

 パリドーネの前にクャントルスカが、レシーブの前にフィリップが立つ。

 

「クリアント君。大変だと思うけど、トロちゃんを任せてもいい?」

「悪魔の相手を押し付けてしまうことになるが……」

 

 パリドーネ、レシーブを抑えても尚、悪魔の軍勢が残っている。

 それをクリアント1人で相手取るには実力も何もかもが不足しているのは誰の目にも明らかだ。

 

「フ、ハハ! これは面白い! 鬼ごっこというわけだな」

 

 男は悪魔の軍勢をフィリップ、クャントルスカにはあえて差し向けずに、クリアントとトロだけに狙いを定めた。

 

「俺の名はローガン・ゴッドハルト。【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトだ! 貴様らのような弱小な〈マスター〉相手では些かつまらぬことになるだろうが。〈超級〉の力を見せてやろう!」

 

 その瞬間、ローガンの網膜を光が焼いた。

 ローガンだけでない。

 悪魔達も、パリドーネも、レシーブも。

 クリアント達の敵の視界が尽く潰される。

 

「……この閃光は!」

 

 覚えがあった。

 ゴブリン達の足止めを同様に行っていた【閃光術師】による閃光スキル。

 

「今です! 皆さん逃げてください」

「……助かる。トロさん、こっちに!」

 

 クリアントがトロの手を引き、走り出す。

 トロは未だ呆けているようだが、抵抗することなくクリアントに引かれる。

 

「……逃がさないですよ! 視覚が必要ないモンスターなんていくらでもいるんですから!」

 

 すぐさまレシーブが地中から視覚の退化した小型のミミズモンスターを使役し、それによって位置情報の修正を行い追いかけようとする。

 

「おっと。君の相手は私のはずだよ」

 

 それもまた、フィリップが逃がさないよう、砲撃で足止めを行う。

 

「……ならば、私が」

 

 視界が回復しないまま、予想だけで走り出そうとしたパリドーネだが、その眼前を風が切る。

 

「ッ!?」

「ありゃ。当たらなかったか」

 

 クャントルスカのハイキックは、勘で立ち止まったパリドーネに避けられる。

 だが、その間にクリアントとトロは距離を離していく。

 

「ちぃっ! 何をしているか!」

 

 ローガンが悪魔達の視界を回復させ追わせようとする。

 

「いいえ。貴方は私が相手をします」

 

 だが、再び光が悪魔達を引き留める。

 

「【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。噂には聞いています。貴方を倒すにはオーナーを呼ばないといけませんが……足止め程度なら私で十分でしょう」

「……舐めた口を」

 

 閃光による目くらましを己の腕で防ぎつつ、ローガンはフォールを睨む。

 

 

 

 

「……逃げると言っても、どこまで逃げればいいんだ?」

 

 走りながらクリアントは考えていた。

 隣接した村?

 だが、再び追ってくるであろうローガン達がその村を襲って終わりだ。

 逃げ切るならば、彼らに抵抗出来る戦力を有した領地で無ければならない。

 

 ここはレジェンダリアの領内だが、主要な都市は遠い。

 いっそのこと、他の部族や集落を巻き込んで、ローガンと敵対させようかなどと考え始めていたクリアントであったが、

 

「……ク、ククク」

 

 背後からそのような声が聞こえてきたため、思考を中段させる。

 声の主は近い。

 背後の、手を引く相手であるトロから漏れた声のようだ。

 

 声を殺して泣いていたのが漏れたのだろうかと振り返るクリアントだが、トロの表情を見て固まる。

 

「ククク……ク、ハーハハ!」

 

 喜劇でも見たかのように、トロは笑っていた。

 悲壮が転じたわけではなく、心の底から笑っているように見える。

 

「……トロさん?」

「先輩、やばくないですか?」

 

 やばいと思う。

 そうワンプの言葉に返そうとしたクリアントだが、返すことは出来なかった。

 

 クリアントの体が火に包まれる。

 

「――なっ!?」

 

 悪魔による火の礫にも似ているが、火力がまるで違った。

 【火傷】によるダメージだけで見る間にHPが減っていく。

 

「ああ。揃ってバカばかりだ。トロ・ポストック? クレハドール? そのような被り物の名など、俺には何の意味もない」

 

 トロの顔が剥がれていく。

 塗装されたペンキが消えていくように、その下から新たな顔が現れる。

 穏やかな美女であるトロとはまるで違う、野性味の溢れた美しい女であった。

 

「俺はカゲツ。実に久しい。この名を名乗るのは20年ぶりといったところか」

 

 憎々し気に、女の表情は歪む。

 

「ようやくだ。ようやくトロの精神が死んだ! ならば俺のやることは一つ」

 

 クリアントのHPはゼロになる。

 故に、ここから先の言葉を彼は聞くことが出来なかった。

 新たな肉体の創造までの時間の間に、彼女は言葉を吐き出す。

 

「俺は神になる」

 




無人島に持っていくものの理由
クリアント「何もない島で自殺するには必要じゃないか」
フィリップ「そこに未開の地があるなら掘ってみるのが人の性だろう?」
クャントルスカ「無人島で大好きな人と2人だけってロマンチックだよね」

パリドーネの解釈
「毒薬……。なるほど、生存を諦める時には合理的といえば合理的ですね」
「ショベル……。地面の下にある摂食可能な植物を掘り出すには最適」
「一番好きな人……。まるで非合理的な回答ですが……認めざるを得ませんね。……好きな人、ですか」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。