<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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消話 人形と神子

■5年前、あるいは20年前

 

 真実だけを言えば、トロ・ポストックという人物は5年前の時点で故人であり、その記憶と感情は【永遠偶人 クレハドール】へと受け継がれていた。

 【考古学者】であった彼女は、〈遺跡〉の調査中に命を落とし、そして地震の最中で多くの機能が停止している中で新たな煌玉兵として作り上げられた。

 致命的な欠陥を残したまま。

 致命的な欠陥を産み続けたまま。

 彼女は煌玉兵として再誕した。

 だが、欠陥は欠陥だ。

 多くの保護機能や、更には供給機能すらも失われたまま。

 すぐに外部による力か、動力不足で動かなくなると、〈遺跡〉の中枢部も計算を完了した。

 

 だが、その計算すらも、機能が停止した中での不完全なもの。

 当然ながら、計算外のことは起こる。

 一つ目は、〈遺跡〉の機能が回復する前に……もっと言えば煌玉兵に対する外部からの干渉を防ぐ機能が発動される前に、件の煌玉兵がUBM化してしまったことだ。

 何が悪かったといえば、生まれ方が悪かったのだろう。

 その煌玉兵が誕生するまでに至った経緯が、UBMとして相応しいと目に留まってしまった。

 故に、人形を操り、人間として生きることが出来る【永遠偶人 クレハドール】というUBMは野に放たれた。

 運命的に手にした、『赤砂の剣』と共に。煌玉兵として誕生した際に、手元に置いてあったことが偶然か必然かは別として。

 トロ・ポストックという故人の記憶と感情を持ち合わせて、偽って生きようと藻掻いたのであった。

 

 トロを一目見て、夫であるクレハ――元の名はブレンド――はすぐにその正体を見破った。

 幼少期より連れ添った妻がすでに死んでおり、目の前の人物は別の何かであるとブレンドは悟った。

 

 トロに問いただすと、ブレンドは深く、長く息を吐く。

 そして、決意したのだ。

 

 トロ・ポストックは、【考古学者】である己の妻はまだこうして目の前にいる。

 そう思い込むことに。

 記憶と感情だけは本物である目の前のモンスターを妻として、共に生きることに。

 

 何故なら、そこで否定してしまったら、トロとは永遠に別れることになるから。

 いいじゃないか。

 見た目も、感情も、記憶も本物と全く同じなのだ。

 何も違わない。

 モンスターでありながら、ジョブにも就ける。

 人として生きることが出来る。

 妻を素体として作られたというクレハドール。

 だが、ブレンドはこう考える。

 妻はクレハドールという存在に置き換わっただけだと。

 それ以外は、彼女は彼女のままであると。

 

「共に生きよう」

 

 その言葉はクレハドールに受け継がれたトロの記憶と感情に心のような何かを作り出させた。

 

 ブレンドはすぐに故郷を去る決意をする。

 自分だけが彼女の正体に気づけるとは限らない。

 彼女の両親や、他の者も彼女がモンスターになっていることに気づくかもしれない。

 その時、彼女が受け入れてもらえる保証など何処にもない。

 むしろ、討伐される方の可能性が高い。

 

 故に、少しばかりの準備期間を置いたら彼らは故郷を旅立った。

 クレハドールはブレンドの言葉に頷いていた。

 何よりも夫であるブレンドの傍にいたい。

 トロの記憶と感情がそう訴えていたからだ。

 

 その間にブレンドは己の名を変え、ジョブすらも一から変更した。

 万が一、クレハドールという存在が漏れ出た時に、少しでもカモフラージュとなるように。

 クレハドールは炎の剣を持ち、人形を操るUBM。

 短い活動期間の間にクレハドールの行ったことをトロから聞くと、ブレンドはまずクレハという名に改名する。

 そして、【付与剣士】という剣に炎を付与出来るジョブに就く。

 人形を操るという高いハードル。

 こちらはメインジョブを【付与剣士】にしている間はクリアできない。

 【人形師】や【傀儡師】では【付与剣士】と相性が悪く、スキルの発動が出来ない。

 

 故に、人形遣いのUBMを探し出し、討伐することでその力を特典武具として得た。

 

 全ては執念だ。

 これ以上、妻を失わないための、苦肉の策。

 せめて……せめてトロの記憶と感情を失わないために。

 ブレンド――クレハによる苦肉の策は、しかし5年もの間誰にもばれることなく平穏な生活を送ることが出来た。

 

 たとえ、その果てがローガンという〈超級〉を呼び寄せることになろうと。

 5年の間、空虚ながらも妻と過ごすことが出来たのだ。

 トロ――クレハドールも、記憶と感情に支配されながらも、その幸せを享受し、何よりも夫を大切にし、満ち足りた5年を人間として味わうことが出来た。

 

 ここまでが真実。

 何も違わない、真実である。

 

 

 

 

 時はクレハドール誕生の更に15年前――現在よりも20年前に遡る。

 ここからは真実であり真相。

 愛の奇跡で終わるはずであった、トロから受け継がれたクレハドールに紛れた致命的な欠陥。

 それこそが真実の中に隠れ潜んだ真相だ。

 だが、クレハの死と共にトロの記憶と感情から生まれた疑似的な精神の核も死に、クレハドールに秘められた真相が暴かれる。

 

 20年前、数人の〈ティアン〉が遥か上空にある【スカイ・クラウド】という雲の領土から、とある剣を盗んでいた。

 そのうちの一人が、カゲツという女である。

 その正体は、【神子】の一人。

 神を作り出し、崇め、そして自身を同等の存在に至らせようとする異端の集団の末席に連なる者の一人。

 

 カゲツは神への供物として手に入れた『赤砂の剣』をどうするべきか考えていた。

 

 共に雲の上へと昇った者達はすでに殺している。

 運良く、『赤砂の剣』の所在が【スカイ・クラウド】にあることを知ったカゲツは、更に運良く飛行可能な特典武具を手に入れたばかりのパーティに出会ったのだ。

 テスト飛行に良い場所があるなどと、そのパーティに近づいたカゲツは共にその特典武具に乗り、【スカイ・クラウド】に辿り着き、夜に一人で『赤砂の剣』を盗み出す。

 明朝、急用があるからとパーティメンバーを急かし、地上に戻ったカゲツは油断したメンバーを殺害し、一人でその場から逃走する。

 そうして、どのモンスターが神に相応しいか吟味する……前に、カルチェラタン領内にある〈遺跡〉に辿り着く。

 人気のないその場所で、休憩を兼ねて腰を下ろした瞬間、カゲツは煌玉兵に捕らえられ、〈プラント〉へ放り込まれた。

 せっかく手に入れた『赤砂の剣』も〈プラント〉横に置き捨てられたまま。

 未だ神を見つけられていない【神子】であるカゲツに為すすべなく、煌玉兵へと再生成される運命の中へと放り込まれたのであった。

 

 長い、長い時間をかけた。

 【神子】であることが幸いしたのか。

 〈プラント〉が【神子】の解明をしようと優先させたのか。

 あるいは、すぐに煌玉兵が必要な時では無かったのか。

 15年間、カゲツはカゲツのままであった。

 肉体を分解され、【神子】を剥奪され、何もかもが原材料という物質に、魔力の塊にされていようと。

 カゲツはカゲツという構成のままであった。

 

 精神だけが生きていたのは執念であろうか。

 クレハがトロの為に全てを投げうったのと同じ、執念の為せる業。

 己がカゲツであると、【神子】である自身は神を作り神を崇め神に至らなければという執念だけで、精神を生き残らせた。

 

 そして、15年後。

 時は来た。

 〈遺跡〉すら揺るがせ、機能を停止させる大地震。

 その隙をついて……も、今のカゲツに出来ることは無い。

 だが、トロという女を素体にした煌玉兵は他の煌玉兵と比べ、〈遺跡〉からの干渉が少なくなるだろうと直感した。

 そこへ自身を滑り込ませる。

 そう難しいことではない。

 15年間、〈プラント〉の中におり、観察し続けてきたことで成し遂げることが出来た。

 トロという女もカゲツ同様に、煌玉兵でありながら自我が芽生えそうではあったが、カゲツとは年季が違う。

 すぐに乗っ取り、自身の新たな肉体となる……はずであった。

 

 そう、誤算もいいところであった。

 まさか愛の力などという大きな欠陥をこの煌玉兵が持ち合わせているとは思わなかった。

 

 故に、トロの精神の影にカゲツは封印同然のように押し込まれた。

 元々はトロを主体として作り上げられた煌玉兵だ。

 更にUBM化してしまった今、トロの記憶と感情の比率は大きい。

 カゲツは何も出来ないまま、トロとして、クレハドールとして、それから5年もの間過ごすこととなった。

 甘ったるくつまらない夫婦の芝居を5年間見せつけられた。 

 限界であった。

 だが、何も出来ない。

 時折、トロの精神すらも気づかないような程の意識操作でクレハとトロを危険な村へ移住させたり、トロ自身を危険な場所へ赴かせたが、却って彼らを強くするだけであった。

 

 そうして5年後。

 カゲツはようやく自由になった。

 クレハが死に、それに引きずられてトロの精神も死に。

 カゲツを抑えつけていたものは無くなった。

 

 【永遠偶人 クレハドール】という強さを手に入れたカゲツという女。

 これが真相である。

 クレハドールの末路である。

 

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