六年前を覚えている   作:海のハンター

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今日は2話連続更新。
って言っても、元々1つの話を2つに話に分けたから短めです。


13話 『Epilogue』

 上坂達は羽沢珈琲店に着き家に帰った様な何も気兼ねない気持ちでドアを開けた。

 店内は変わっているはずがない。それでも上坂は足を止めた。

 

「皆さんお客様なのにお待たせしてすみません」

 

 店内には既に相沢、四季そしてRoseliaがいた。

 Roseliaは殆ど知らないようなものだが中にも知ってる顔があった。

 

「あこ久しぶりだな」

 

 手を振り挨拶をするとあこは椅子から立ち上がり上坂に寄る。

 

「お兄ちゃん久しぶり、どうして戻ってきたの?」

 

 久しぶり会えた事が嬉しく、飛びくような勢いだ。

 

「この春から高校に通うために……」

 

「違うよ。さっきここをでて行ったのに何でまた帰ってきたの」

 

 上坂の服をぐいぐい引っ張りながら首をかしげる。

 

「俺の中の戦いがようやく終わったから、凱旋しに来たって感じかな?」

 

「お兄ちゃんはやっぱりカッコいー。あこの求めてたカッコよさはこれだよー」

 

 あこは上坂の姿ではなく、言葉に目を輝かせていた。それが一体どんな意味なのか分かりもせずに。

 

「あこの厨二病は澪が原因かよ」

 

 椅子に座っていた相沢が立ち上がり上坂の下まで真っ直ぐ向かう。

 

「綾人、散々迷惑かけたな、改めてお礼を言うよ。ありが……」

 

 ゴスッ、っと鈍い音が頭の中で響く。

 

「痛った──ー。何するんだよ!」

 

「うるせー、さっきの仕返しだ!」

 

 頭突きを入れた相沢も痛そうに額を押さえる。

 

「仕返しって何だよ。俺そんなの知らねえよ」

 

 無抵抗で受けた頭突きは胸ぐらを掴まれた事で衝撃を流す事が出来なかった。

 周りでは幼馴染が心配した様な顔をし、事態を知っている四季が駆けつける。

 

「澪、綾人を許してやってくれよ。あいつ澪の開けたドアで思いっきり顔ぶつけたんだぜ」

 

「あっ!」

 

 上坂は上原の所に向かうために一度勢いよく羽沢珈琲を飛び出した。その時何か鈍い音がした記憶があるような、ないようなそんな気がした。だけど実際、目の前で幼馴染達に心配されたり笑われたりしている相沢は怒っている。

 つまりそう言う事だろう。

 

「綾人の奴、あんな事したけどずっとの心配してたんだぜ。と言ってもこれは俺もそうなんだけどな」

 

「春夏、お前いい奴だな」

 

「何だよ、照れるじゃねえか」

 

「どうして彼女出来ないんだ?」

 

「それは俺が聞きてえよ。俺こんなにカッコいいのにどうして綾人の奴の方が女の子と親しげなんだ? おかしいだろ。なあ澪、お前は裏切ったりしないよな? なあ!」

 

「そうだな、春夏に足りないのは自身じゃないかな。うん、そうだと思う」

 

 そう適当に返事を返した上坂の目は泳ぎ明後日の方向を向いており、四季を見てはいない。

 

(彼女が出来た何て言えないよな)

 

 いつかバレると思うが今は言わないでいよう、と上坂は思った。

 

「澪、早く」

 

「はいはい」

 

 散々相沢をバカにし楽しんでいた美竹は、終えると同時に上坂を急かす。

 

「何か始まるの?」

 

 小首を傾げながら隣に立つあこが訪ねる? 

 

「何だと思う?」

 

「あこ、分かんない。お兄ちゃん、何が始まるの?」

 

 あこの反応に満足した上坂は凶悪な顔、まるで作った落とし穴に誰かが落ちたような、そんな意地悪い笑みを浮かべる。

 ただし落とし穴と言っても穴の中にあるのは竹やりでも泥でもましてや石灰でもない。お菓子やおもちゃといったファンシーなものだ。

 

「俺の演奏会だよ」

 

「ほんと!?」

 

 あまりの嬉しさにあこは、すでに目に涙を浮かべていた。

 

「ほんとだよ。あこも長い間待たせてごめんな」

 

 上坂はあこの頭に掌を乗せ優しく撫でた。

 撫でた所為で髪の毛が少し崩れるがそんな事を機にする事なくあこは嬉しそうだった。

 

「じゃあ、蘭も急かす事だし行ってくるよ」

 

「あこちゃんだけずるい。私まだ澪に頭撫でられてない」

 

「はいはい」

 

 ぽんぽん、と作業のように上原の頭に手を乗せる。

 

「も〜、適当にしないで、ちゃんと撫でてよ」

 

「また今度な」

 

 怒る上原を余所に上坂はピアノに向かう。

 

 ピアノに着いた上坂は椅子に座り、手首をほぐす。

 鍵盤を鳴らし調律が合っているか確認すべきだが、つい一、二時間前に弾いたばかり、合っていない筈がない。

 上坂は深呼吸をし、自分の気持ちと同じように軽やかに鍵盤を叩いた。

 

 上坂はこの日何曲も弾いた。

 頼まれたリクエストには全て答えた。

 何曲も何曲も。

 弾きすぎた指に疲れなど感じなかったから。

 いや、疲れはあっただろう。

 それでも上坂は何曲も弾いた。

 

 また沢山の人達に自分のピアノを聴いて貰えていると思うと、嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 家に帰ってきた。

 

 時計を見ると既に日をまたいでいる。

 日をまたぐ前に終わった羽沢珈琲での演奏会だったが、流石に女の子を深夜近い時間に家に返すわけもいかず、家まで全員を送り届けこの時間になった。

 本来なら今すぐにでも寝たいが上坂にはやるべき事がまだ残っている。

 

 上坂は洗面所で水の入ったバケツと雑巾を用意し玄関の一番手前にある部屋の前に立った。

 

 母との思い出の部屋。

 

 この部屋には昔から使っているピアノがある。

 

 つい一月前は震えていた指も今ではなんともなく上坂はためらいなくドアを開けた。

 開けると中から六年分の埃が舞い、あまりの埃の量に咳き込む。上坂は慌てて窓を開け宙に舞った埃を外に逃がす。

 埃は夜の黒に吸い込まれ次第に視界が晴れる。

 

 上坂は掃除を始める。

 

 積まれた音楽雑誌に散らばった楽譜、そして埃まみれのグランドピアノ。

 

 上坂は散らばっていた雑誌や楽譜を一つ一つ拾い集め手で埃を払い落とした。

 ある程度雑誌と楽譜を片付けた上坂はピアノの音を鳴らす鍵盤を守るカバーを開ける。

 

 守られていた鍵盤は白を保っていた。だが、降り注ぐ埃が綺麗な白を灰色に汚す。

 手で軽く埃を払った上坂は、埃が被った鍵盤を鳴らした。

 

 べーン

 

「変な音……」

 

 あまりの間の抜けた音に思わず軽く笑ってしまう。

 六年ぶりの音色は昔のようなしなやかさはなく、固くなっていた。

 それもそうだ、六年も放置をしていたピアノの音が狂っていないわけがない。

 

 上坂は用意していた水の入ったバケツに手を入れ、指に付いた埃を落とし、そのままバケツにかけられている雑巾を絞りピアノを拭いた。

 水は冷たく眠たい夜にはいい眠気覚ましになる。

 

「長い間待たせてごめんな」

 

 雑巾に積もる埃は年月を感じさせ、上坂は丁寧ピアノを拭き続けた。

 

 

 

 朝、窓からは優しい光が差し、風が色の抜けた黒髪を揺らす。

 部屋は本来の形を取り戻し埃っぽい匂いなんてもう残っていない。

 そんな数時間でビフォーアフターを成し遂げた功労者は静かだ。

 それもそのはず、

 功労者(上坂澪)は黒く輝くグランドピアノに背中を預け眠っているのだから。




私めの話に付き合っていただき誠にありがとうございます。
以上で1部完になります。
次回から2部に入ります。
よろしくお願いします。
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