皆様の応援もあり無事に2章に入ることが出来ました。
他の作品と比べてオリキャラ率の高い本作ですがこれからもよろしくお願いします。
14話 『新しい日常』
怒涛の土曜日が過ぎ本日は月曜日。
「流石に寝すぎたな」
昨日か一昨日か判断しずらい時間に帰って来た上坂は開かずの間であった母との思い出の部屋を丁寧に丁寧に掃除をした。
朝になり窓から差し込む日差しと心地よいそよ風を覚えているがそれきり、気が付いたら今になっていた。部屋の時計は電池が切れておりスマホで時間を確認すると時刻は六時。昼寝程度の睡眠だと思っていたら、日付が一日分進んでいた。
いつもよりほんの少し早起きできたことはうれしいことだったが、起きてからが大変だった。
まず上坂はピアノに背中を預けて寝ていた。固い床に、固い背もたれ、座った体勢での長時間睡眠で体中の節々が悲鳴を上げていた。次に埃被った体。ガジガジに固まった体をゆっくりゆっくり動かして上坂は浴室へと向かい埃と汗を流した。そして何より大変だったのが、三桁に達していたLINEの未読通知。
制服に着替えた上坂はカットされただけの食パン(今日はシンプルなイチゴジャム)をかじりながら、LINEの件数って三桁いくんだ、と新たな発見に少し感動しながらスタンプのないすべて丁寧に手打ちされたメッセージを読む。
朝食を食べ終えた上坂はまだLINEは半分も確認できていない。一度読むのを中断して洗面所で歯を磨く。磨き終えると上坂はワックスの付いた手で髪を触る。癖のなさすぎる真っすぐな色の抜けた黒髪は顔にくっついてしまうため、上坂は毎朝めんどくさいと思いつつ、ワックスで髪を固める。
学校に行く準備が整い上坂は幼馴染全員が座っても余りある広いソファーに座りテレビのリモコンを手に取る。家を出るまでの間に朝のニュースを確認するのが上坂も日課だ。
キンコーン、といかにも金持ちの家にありそうな重低音の鐘の音が家中に鳴り響いた。
新聞の勧誘かなんかだろう、とインターフォンのモニターを覗いても誰もいない。
朝からピンポンダッシュか、と思いながらも上坂は玄関の扉を開ける。
「澪、一緒に学校行こ」
目の前にいたのは桃色の髪の少女こと、上坂の幼馴染であり恋人になったばかりである
上原は灰色のブレザーに赤系統のネクタイ、紺チェックのスカート姿と上坂の通う花咲川高校の隣の学校である羽丘高校の制服姿であった。
上坂の家はこの街の中でも五本の指に入るほどの豪邸で、庭は広く玄関からインターフォンまでの距離はテニスができる程ある。つまり上原はインターフォンを押してすぐ、待ちきれず家の前まで侵入したということだ。
「ちょ、ちょっと待って」
目を丸くした上坂は慌てて自室にある鞄を取りに行った。
隣を歩く上原はご機嫌斜めだ。
玄関で見た時の彼女は笑顔だったにも関わらず今では頬を膨らませていた。
女の子の機嫌は山の天気より気まぐれだな、と上坂は思う。
「どうしてLINE無視したの!?」
「ごめん寝てた」
「嘘でしょ⁉︎」
上坂はポケットからスマホを取り出し読み切れなかったLINEを流し読みする。家で呼んだ分は恋人になったばかりの初々しいメッセージに顔が思わずにやけてしまうこともあったが、今上坂が流し読みをしている後半は次第に怒りのメッセージに変わっていた。
「嘘じゃないって。一昨日のあの日、家に帰ってから掃除をしてたら終わった時には朝になっちゃってさ、そのまま力尽きて寝てたら気づいたら今日になってたってわけ。だから体があちこち痛くてさー」
「そんな大掃除するならわざわざ一昨日にしなくても昨日でもよかったんじゃない? 言ってくれれば私も手伝ったのに」
「それもそうなんだけど。なんかずっと埃が被りっぱなしっていうのが可哀想でな」
上坂の言葉で全てが分かった上原は小さく、あっ、と空気が抜けるような声を出して、
「それじゃあ仕方ないなー。その代わり今度そのピアノで聴かせてよね」
上坂より少し前へ出た上原は振り返ってとびっきりの笑顔を向けた。
上原のご機嫌斜めだったのは一瞬だけで、今では機嫌も治り隣で鼻唄を歌っている。女の子の機嫌は山の天気以上に変わりやすい。
「ねぇ、澪って何組なの? 学校で見なかったけど」
「えっ!」
子供のように無邪気に聞いてくるが上坂は驚き思わず足を止める。
「澪、どうしたの?」
「ひまり、この制服見て気づかない?」
上坂は学ランの襟を掴んで目の前のブレザー姿の上原に見せつける。
「澪、なんで学ランなの? ブレザーは?」
答えを見せてなお答えに辿り着かない上原に、上坂は頭を悩ませる。
「それはこれが俺の制服だからに決まってるからだろ? 言ってなかったっけ? 俺、高校、花咲川なんだけど……」
上原は一瞬かたまり目を見開いた。
「えええぇええぇえぇ────!! 聞いてない! 高校、花咲川なの? どうして羽丘じゃないのおぉ──!?」
上原は大声上げ腕を振り上坂を軽く叩く。上原が怒っている光景も周りから見ればただイチャついているようにしか見えない。
そんな絶賛イチャついてますよ感を漂わす中、上坂の家と商店街を結ぶなんの変哲も無い交差点でそんなこと御構い無しといった感じに、上原と同じ黒の学生鞄を掲げた赤く長い髪の少女、
「おはよう。すっかりあの頃の仲の良い関係に戻ったって感じだな」
今いるのは幼馴染達ががいつも集まる集合場所らしい。
なんでも学校までの道のりで一番最初に合流できるかららしい。
「仲がいいのは認めるけど、この状態を見て言う?」
「あたしから見れば十分仲いいよ。……あれっ? 澪、その制服……」
「ああ、俺、花咲川なんだよ。ていうか巴には言っただろ?」
上坂が宇田川に言ったときはまだ今の関係になる前の出来事のことで忘れていたとしても無理はない。
「そういえばそうだったな。なんだ、同じ学校じゃないのか。それでひまりは拗ねてるのか」
「澪とのスクールライフが……」
第三者に言われた事がとどめとなった上原は立ち直れていなかった。
視線を下に落とし何やらぶつぶつ呟いているが上原は上坂の腕をしっかり掴んでいた。
「ひまり元気出せよ。これからはいつでも澪に会えるんだ。会えなかった六年に比べたらそれぐらい我慢出来るだろ?」
「巴~」
にっこり笑う宇田川。上原は、上坂の腕を簡単に上坂を放り捨て宇田川に抱きついた。
「彼氏の扱い雑じゃないか?」
よろける体勢を戻し目の前の百合百合しい光景を見るが、どう見ても彼氏と彼女の関係のようにしか見えなかった。
「澪くん、ひまりちゃん、巴ちゃんおはよー」
後ろから幼馴染三人の声が聞こえた。
一人は茶色い髪の少女、
一人は白い髪の少女、
一人は黒髪に一本の赤色のメッシュがはいった少女、
三人も上原や宇田川同様灰色のブレザーに紺チェックのスカート。唯一違うのはネクタイの色ぐらいだ。
「おはよー。ってひーちゃんまた泣いてる」
「澪、あんたまたひまりを泣かして……」
宇田川に泣いている上原を見た美竹はこの場の原因を作ったであろう上坂を睨む。
「ちょっとまて! これは俺のせいじゃない!」
「問答無用!」
待った無しの美竹の全身から繰り出される腰に力の入った右ストレートが上坂の顔を捕える。
美竹の拳に体の上坂は簡単に吹っ飛んだ。
「蘭、お前も……仮にもバンドマンなら……腕は大切にしろよ……」
よろめきながら立ち上がった上坂は、美竹の力が強かったのもあるが、女の子のパンチで吹っ飛ばされた事に上坂は情けないと思った。
「澪君大丈夫?」
追い討ちをかけるかの様に隣で羽沢に心配され、外的傷よりも内的傷の方が大きく傷つき、上坂はしばらく立ち直ることが出来なかった。
上坂が立ち直った頃には上原が美竹に誤解を解いていた。
そしてようやく六年ぶりに幼馴染全員がそろって登校した。
「蘭は知ってると思うけど、澪のやつバンドを組んだんだぜ」
「ええぇ──っ。澪もバンド始めたの」
上原は声を上げ驚いた。
「二日前のあの日だよ。メンバーは綾人ともう一人、二日前につぐんところに綾人と一緒にいたやつだよ」
初対面でまだ四季のことを覚えていないと上坂は思っていたが、このままでは四季が上坂と相沢と良く一緒にいる男の子、とモブ認定を受けかねない。
上坂は幼馴染達に親友の四季を紹介しようと誓った。ただし手は出させない。
「れー君は楽器、何するはずだったの。まさかボーカル?」
「モカ〜何言ってんの、そんなのキーボードに決まってるじゃん」
「いやいやひーちゃんこそなにいってんの? れー君がピアノを引くようになったのって一昨日の事でしょ〜? それなのにバンドを組んだなんておかしくな〜い?」
はっ、と物語の不自然さに気づいた上原は上坂を見た。
「澪の担当って何なの?」
「ドラムだよ」
「えぇ──ーっ!」
上原の驚く顔に宇田川は笑っていた。
「それにしても澪のドラムはマジで凄かったな。なぁ蘭」
「確かに澪のドラムは凄かった」
「蘭が珍しく素直だ〜」
「うるさい!」
青葉にからかわれた美竹は不機嫌になる。
「そんなに凄いんだー、私も聞きたかったなー」
「ドラムぐらい、いつでも叩いてやるよ、離ればなれじゃない、これからはずっと一緒にいられるしな」
好きなだけ聴かせてあげれる。
それがドラムだろうとピアノだろうと。
これからはずっと六人一緒でいられるから。
「じゃあ俺こっからこっちの道だから」
幼馴染達と歩く楽しい時間はあっという間だった。それもそのはず上坂はみんなと学校が違う。
「なぁ、気になっていたんだけど一ついいか?」
宇田川は一人別の道へ歩き出そうする上坂を引き止める。
「なんだよ巴、そんなに改まって」
「澪はどうして羽丘に来なかったんだ? 今の成績は知らないけど澪だったらいけたんじゃないか?」
「澪君頭良かったもんね」
上坂は昔頭が良かった。
それは近所の大人達がひいき目に見て天才って言うぐらいだ。
実際には今でも勉強はできる。
どれぐらい賢いかといえば花咲川の一学年が約二八〇人その中で上坂は七番にいる。これはあくまで実力テストが参考なだけであって実際一〇番以内は確実で、完全進学校の羽丘高校を受験してもまず落ちることはない。
「……」
黙ってしまった上坂に落ちてしまったと思った幼馴染達も黙り込んだ。
「ひまりが……いると思ったから……」
上坂は申し訳なさそうに言った。
そもそもの話、本気で会うつもりがなかったら上坂は戻って来ていない。ただ、きっかけと、最後の勇気がなかっただけだ。決して学力がなかった訳ではない。
「あ〜そう言うこと〜。ひーちゃん勉強苦手だもんね」
青葉はわざわざ丁寧に解説までつける。
周りは妙に納得し、味方がいなくなった上原は叫んだ。
「なんでよおぉおぉぉぉ────!」
上原の今日一日の声が青空に広がった。
幼馴染と別れた上坂は、特に何事もなく学校に着いた。靴箱で上靴に履き変え、教室に向かう。
教室に入り口付近で話していた戸山と山吹ら女子に挨拶する。
上坂は自分の席に視線を向けると、一つ手前の席で四季と相沢が話していた。
上坂は声をかけようとすると相沢は視線を外し、四季は立ち上がり上坂の元へ寄ってきた。
嫌な予感がした。
と、言うよりはこれから自分の身に起こることが上坂には容易に想像できた。
四季の今にも血涙を流しそうな顔を見たら一目瞭然だ。
「春夏どうしたの?」
「春夏くんどうしたの?」
戸山と山吹が驚くが四季は止まらない。四季は上坂の胸ぐらを掴み青春ドラマのラスト一歩手前のシーンのように怒りをぶつけた。
「この裏切り者‼︎」
「まぁまぁ春夏、何があったか知らないけど落ち着きなよ」
「そうだよ春夏くん落ち着いて。澪くん浮いちゃってるよ」
上坂はのそのそ遅れてきた相沢を睨みつける。
「俺じゃねえよ、つかなんで俺なんだよ」
「綾人、お前じゃなかったら一体だれがしゃべるんだよ!」
「いるだろーが! 俺なんかよりおしゃべりなやつが!」
上坂は開いた口が閉まらなかった。
「……ひまり…………」
相沢が知っていた所で広めてた人物は別にいる。
「澪は俺と綾人と同じこっちの人間だと思ってたのに……」
「ふざけんな、勝手に俺を入れんな!」
相沢のその鋭いツッコミも今の四季には届かない。
「澪ってあんまり女子の話とか乗ってこないから俺、澪って実は女子に興味無いんじゃないかって思ってたのに、それなのに、それなのに……」
四季は上坂を持ち上げたまま、ぼろぼろと涙をした。
「抜け駆けしやがってえええぇ──!!」
バタン、と勢いよく扉が閉まる音と同時に四季の姿が消えた。
チャイムの音が鳴り響き教師が教室に入って来た。
「あれ、四季君休み? いつも元気なのに風邪かしら。だれか聞いてない?」
いつもうるさい四季がいないことに教師は気づく。教室中からニヤついた女子の視線と憎悪に満ちた男子の視線が上坂に集まる。
「上坂君知ってるの?」
事情の知らない先生は真剣に心配し、それを知られるべく上坂は真っすぐ手を上げる。
「せんせー」
上坂は間の伸びた声で答えた。
「春夏は早退しました」
この日上坂は突然のリア充宣言で男子からは話し掛けて貰えず、昼は戸山はいなかったが山吹達女子と一緒に食べた。しかし質問責めにされうんざりな日になった。