「澪くん達もクライブおいでよ」
戸山達に楽器を教えた数日後の昼休み。上坂は教室でいつものメンバーと昼食を食べていたら、昼食から帰ってきた戸山が三人に声をかけてきた。
戸山は要件を短く伝えると、両手を大きく広げ目をキラキラさせていた。
「クライブってなんだよ」
「蔵でライブをする事だよ。今巷では、蔵でライブするのがブームなんだ。なぁ春夏」
「あぁ、そうだぜ」
「嘘つくな、そんなん聞いたこともねーぞ! 後、なんでお前らは分かんだよ!」
赤い髪のマッシュヘアーの
「香澄が蔵で練習してるの知ってるし」
蔵といっても詳しくは市ヶ谷の家の蔵だ。
蔵が有る家ってどれだけ大きいのだろう、と上坂は思う。
「それでも普通は分かんねーよ」
「で、来てくれるの?」
戸山が弁当箱が片付いた机の上に両手を乗せ身を乗り出す。
「あぁ行くよ。俺も少なからず手伝ったし、何より香澄達の演奏聴いて見たいし」
「だな。あのコードも知らなかった香澄がどこまで弾けるようになったか見てみてえし」
「綾人はどうする?」
「俺も行く。香澄の演奏が純粋に気になるってのもあるけど、それよりそのクライブってのが気になる。なんなんだよ蔵でライブって」
上坂だけではなく相沢も四季も参加すると言い戸山は嬉しそうにしてた。
「綾人達もクライブ来るんだ」
「いきなり、ファーストネーム」
「嫌だった?」
「別に構わねーよ」
相沢は直ぐにファーストネーム呼びを受け入れた
「おたえ!」
そこにはおたえと呼ばれる真っ直ぐな長い黒髪の少女
「香澄、綾人達も誘ったんだ」
「うん、澪くんと春くんは『おたえドキドキ作戦』に協力してくれたし」
「『おたえドキドキ作戦』ってなんだよ俺初めて聞いたけど」
「あれっ、澪くんには言ってなかったっけ? 『おたえドキドキ作戦』っていうのは私達のライブでおたえをドキドキさせてバンドに入ってもらおう。っていう作戦の事だよ」
「それ本人の前で言っていいのかよ……」
あまりに堂々と花園に言う戸山を見て相沢は言わずにいられなかった。
「大丈夫だよ、知ってるから」
「知ってんのかよ!」
相沢はもはやツッコム気力が残っておらずぐったりしていた。
「香澄、結局クライブはいつするんだ?」
うるさく騒ぐ相沢をよそに上坂は話を戻す。
「今週の土曜日の朝一〇時から」
「分かったけど、俺市ヶ谷の家知らないんだけど」
「じゃあ一緒に行こうよ!」
こうして戸山と一緒に市ヶ谷家に行く事になった。
土曜日クライブ当日、上坂は戸山と約束した時間の一〇分前に集合場所である中央広場についた。公園のような遊具などはなく、遊び場はテニスコートやバスケットゴールしかなく他はただ芝生が一面に広がっているだけだ。
上坂がついた頃にはやはり相沢と四季が付いていた。相変わらず二人の到着は早い。
そして上坂達は案内係である戸山を待ったが時間になっても現れず、ある意味予想通り少し遅れて姿を現した。
「ごめ~ん」
「おせーよ!」
相沢の言葉は怒りというよりも呆れだった。
戸山という人間を知っている人は大抵こういう反応をする。
「ほら行くぞ、どっちなんだ?」
「あっち」
市ヶ谷の家があるであろう方角を指差した。
待たされた事に少しはお怒りだったのであろうか相沢は足早に歩いて行った。
「まってよ〜」
戸山は案内係より先を歩く相沢を追っかけ上坂と四季はそんな戸山の後ろをついて行った。
案内されたのは大きな家の前だ。高い塀のせいで家は見えないが、塀の天辺に屋根のようについている瓦と目の前にある大きな木造の扉のおかげであらかた予想はつく。
戸山がインターフォンを押す。本来どの家庭にも付いているインターフォンだが、この市谷家に関しては違和感がある。インターフォンを取り外して三〇〇年ぐらい前の時代に建てた方が違和感はないのかもしれない。それぐらい趣がある家だ。
「遅いぞか……す……み……」
大きな木造の扉を開け上坂を出迎えたのは市ヶ谷有咲だ。鈍い金髪のツインテール少女で、緩いロールのかかった髪は正に一昔前の西洋貴族のように見え、市ヶ谷が出てきた今も家の住人と言うよりはホームステイをしに来た外国人のようだった。
「よっ」
上坂は軽く手を上げる。
デジャヴ。
以前合った時も同じようなことがあった。
以前と違うのは、二人が知り合いかそうじゃないかだ。
市ヶ谷は呆れながらも待ちわびていたという顔から、上坂を見た途端、虫を見つけてしまった時のような苦い顔をする。
「何でお前がいるんだよ」
「いや何でって、俺もクライブに誘われたんだけど。香澄から聞いてないのか?」
上坂の後ろでは、相沢が上坂と市ヶ谷の関係を聞いていた。
上坂はてっきり聞いているものだと思っていたのだが、目の前の少女はそんな情報を知らないと言った顔をしていた。
市ヶ谷の視線が上坂から戸山に移る。
「香澄!」
「はいっ!」
市ヶ谷の力の入った声に相沢と話しをしていた戸山は肩が飛び跳ねた。
「どういう事だ?」
「え〜っと……」
戸山は母親に悪い点数が見つかった様な顔をしていた。
「サプラ〜イズ! あはははは~、有咲が喜ぶと思って」
「何で私がこいつが来たら喜ぶんだぁ⁉」
「だって澪くんと有咲、仲良いし来たら有咲喜ぶかなーって」
戸山は視線どころか顔すら上がっていない。
「仲なんか良くねーし! もういい! 早く入ってこい!」
「入っていいのか?」
「ここまで来て帰れなんて言えねえだろ」
上坂は顔を真っ赤にした市ヶ谷の後に続き蔵に向かった。
「これはひまりに報告だな」
「何をだよ」
相沢に肩を叩かれた上坂は首を傾げた。
庭を通り上坂達は蔵に案内された。
途中立派な盆栽がいくつかあり、それを戸山が、有咲が育てたんだよ、と自慢げに話していたが市ヶ谷に怒られていた。
「普通の蔵みたいだけど本当にライブなんて出来るのか?」
案内された蔵は骨董品などが置かれていてとてもじゃないがライブなんて出来る状態ではない。
「そんなわけねーだろ。下だよ、下」
「下?」
市ヶ谷は床下についてある取っ手を引っ張る。
地下室、その光景に男達は感動した。
地下にある部屋、タンス型階段、そこにある楽器の数々。
まるで
「秘密基地みたいだぜ!」
四季は興奮していたが無理もない。
上坂と相沢も声を大にしては言ってはいないが少なからず興奮していた。高校生とはいってもまだ子供、少年の心はまだ残っていたらしい。
中には既に人が集まっており、その中には見知っている顔がちらほらあった。
「やっぱ澪達も来たんだ。香澄が話してたからもしかしてって思ってたんだ」
ソファーに山吹が腰掛けていた。
山吹と呼んでいた上坂だったが、今では『さーや』と呼んでいる。
初めて呼んだ時はえらく驚いていたが、直ぐに適応していた。
「でもどうやら一名にえらく歓迎されてないみたいでさ」
視線だけで蔵の主の市ヶ谷を見ると無言で睨まれる。
「澪、市ヶ谷さんに何したの?」
「何もしてないよ」
本当に上坂には市ヶ谷を怒らした心当たりがない。
「久しぶり」
見覚えのある顔だった。
「香澄、何でここにグリグリの人が……」
Glitter*Green、通称グリグリ。この辺りでバンドをしている人なら誰でも知ってる程の有名なバンドだ。
彼女との接点は殆どなく、SPACEで演奏した日の一回だけだ。
「ゆりさんはね、りみりんのお姉ちゃんなの」
牛込ゆり。ふんわりとした長い黒髪の少女でグリグリのギターボーカル。
牛込を見ると急に自分に視線が向けられた事にびっくりながら答えた。
「私のお姉ちゃんなの」
同じ学校の先輩だと言うのにちょっとした有名人に会った気分だ。
「あの時のお礼ちゃんと言えてなかったね、ありがとう。おかげで無事ライブが出来たよ」
ゆりは頭を下げる。
「そんなお礼だなんて、俺達はただ友達が困っていたから助けた。それだけです」
「俺と春夏は澪に巻き込まれただけだけどな」
「悪かったよ」
笑うふたりに軽く謝る。
「友達を助けられるって凄い事だよ。現にあの時、私達やりみ達は貴方達に助けられた。これは誇れる事なんだよ」
ゆりは右手で軽く胸を叩き、上坂の行動の偉大さを説明する。
上坂とゆりの会話を市ヶ谷は離れて見ていた。
今もキーボードの調整をしているが、意外な組み合わせに気になる。
「なぁ、ゆりさん何の話ししてるんだ」
「知らないの? 有咲いたじゃん!」
「はぁ?」
思い当たる節がない。
「グリグリが遅れた日、私達ステージでキラキラ星歌ったよね」
「あー、あれはやばかった。忘れもしねーよ」
あの日、戸山はステージでキラキラ星を熱唱、
市ヶ谷はカスタネットを叩いた。そんなとんでもない一日を市ヶ谷は忘れる事が出来なかった。
「あの時、飛び込みの奴が来なかったらマジでヤバかったよな」
キラキラ星も限界でもう手がないと思った時、飛び込んで来た人がいた。事実戸山達はそれで救われた。
「有咲、あれが澪くん達だよ」
「マジかよ……ふ〜ん、あいつがバンドか……」
上坂も市ヶ谷も再開したのはこの間の楽器指導の時だと思っているが違った。
実は再開したのは、SPECEのステージの上だった。
「あの時、澪くん達バンドを組んだから、いつか一緒にライブ出来たらいいね、有咲」
「そうだな……。って別にそんな事思ってねーし」
「有咲、素直じゃないんだからー」
「うるせー!」
ライブ時間が近くなり上坂は急遽用意されたパイプイスに座ると、隣から飲み物が回ってきた飲み物を受け取る。
「姉がいつもお世話になっております」
見覚えのない少女が突然頭を下げる。
「えーっと、君は?」
「失礼しました。私は戸山香澄の妹、
上坂の目の前にいる少女は戸山の妹と名乗った。
確かに顔は似てはいるが、目の前の少女と戸山が姉妹と言われても疑いしかない。
まだ戸山が妹と言う方が信じられる。
その証拠に隣に座っている四季が戸山と同じDNAを待つ妹なのに話すことが出来ず口をパクパクさせている。
「まぁ確かに世話はしてるけど、その分仲良くして貰ってるからおあいこだよ」
「そう言って頂ければ、これからもおちょこちょいな姉ですがよろしくお願いします」
明日香は姉の香澄の方に視線を戻した。
「いい子だ」
「あんなラノベみたいな妹いるんだな、知らなかったぜ」
上坂が呟き、隣でも四季が呟いていた。
戸山達が楽器の準備で静かになっていた空気がざわついた。
うさぎだ
花園が連れてきたらしい茶色い毛に右目が青て左目が赤色のオッドアイだ。
名前はおっちゃん。決して中年男性のような呼び方とは違う。
戸山達がおっちゃんを抱えているのを見て上坂は少し、いやとても羨ましかった。
おっちゃんの毛がフサフサでサラサラなのが見て分かり花園が大切にしている事がわかる。
上坂はおっちゃんを見て両手をにぎにぎさせる。
周りから見れば、ただ危ない人だ。
上坂はふわふわの毛にがまんできず立ち上がろうとした。
「つーか、みんな揃ってるぞ。今日はライブするんだろ」
「うん! よし、みんな準備しよ」
市ヶ谷の間の悪い一言で戸山達はライブの準備を始める。
「なんだよ」
「別に」
せめてもの仕返しに上坂は目を細めて市ヶ谷を見た。
準備の出来た戸山がマイクを握る。
「こんにちは、戸山です! クライブに来てくださってありがとうございます」
「あいつ敬語なんて使えたんだな」
「そりゃ使えるだろ。香澄も一応高校生だし」
相沢は小声で上坂に話しかけ、戸山が敬語を使ったことに感動していた。
「今日はおたえと……さーや、あっちゃん、ゆりさん、おばちゃん、澪くん、綾人くん、春くん、みんなをドキドキさせます! してくださったら嬉しいです。いきます! 『私の心はチョココロネ』!」
上坂と特に四季は驚いていた。自分達が練習を見に行った時は合わせる段階にまで達していなく、戸山なんてまだコードが弾けるようになっていなかった。あれから一週間も立っていない。なのに戸山達はライブを成功させた。その事実に驚いた。
「凄いな」
「思ってたより上手いな」
本来なら相沢の反応が正しかったのかも知れない。
「そうじゃねえよ。綾人は知らねーけど戸山なんてこないだギター教えた時、コードも碌に弾けなかったんだぜ」
四季は上坂を挟んで相沢にライブの凄さを熱説している。
戸山達は自分達の演奏がミスする事なく終わった事に興奮していた。
「やった! 最後までできた!」
「まじやばかった! ほんとやばかったって!」
「でも、楽しかった」
演奏した戸山達は喜び合うがしかし今回のライブは演奏が無事終わる事ではない。花園をドキドキさせる事がこのクライブの目的だ。
「どうだった、おたえ? ドキドキした? SPECEに立てるくらい演奏上手くなったかな?」
「ううん、演奏はまだまだ全然」
「ええ⁉︎」
戸山は自分の思っていた事と違う花園の感想に驚いた。
花園は戸山の反応を見ると笑みをつくり。
「でも、気持ちは伝わってきたよ。バンドと音楽と本気で向き合ってるって……だからかな。みんなすごく輝いていた。一緒に演奏しているうちに震えちゃうくらい」
とても満足した顔をしていた
「おたえ〜! おたえもキラキラしてたよ」
戸山は花園に飛びついた。
「いいよな」
戸山達が喜びを分かち合う姿に四季が羨ましそうに呟く。
「なあ、俺達もライブしようぜ」
「春夏、お前も香澄みたいに急な事言いやがって。そんな簡単に出来る訳──」
「やろう!」
黙っていた上坂が立ち上がる。本当に以前の上坂ではありえない行動だ。
「澪、わざわざ春夏の思い付きに付き合わなくてもいいんだぞ?」
「そんなんじゃねえよ。一ヶ月後、一ヶ月後にライブをしよう」
「また具体的だな。どうして一か月後なんだ?」
「忘れたのか? あるだろ?俺達の初ライブに相応しいステージが」
あっ、と四季が呟く。見れば相沢も同じような反応をしていた。
「「文化祭!!」」
約一月後の文化祭。その日が野郎共にとって本当の意味での初ライブとなる。