「変わったな」
実際は街の風景はほとんど変わっていはいない。しかし六年間で伸びた身長分大きく見えた街が小さく感じた。
身長が伸びたと言っても成長期が早かったため虚しくも身長は一六〇で止り、男子にしては低めの身長は上坂にとってコンプレックスだった。
戻ってきて一週間、上坂はまるで初めての場所を歩くような高揚感があった。
外に出たのは商店街にあるパン屋に二回程度と、春休みにしていた短期バイトだけだ。それに外に出たといっても短期バイトは好待遇送り迎えと食事付き。しかしその実態は上坂を逃がさないための処置だった。そんな昼、晩と食事がついている労働時間が異常でその上休みが無いと言うとんでもない職場だったが給料がかなりいいバイトだったため高校生の身ではありながら欲しいものはある程度簡単に手に入るだけのお金は持っていた。
そいう殊勝なバイト事情があったため上坂は街に帰ってからパン屋にしか行けていない。
だから商店街の道とは違う高校への通学路は上坂にとって新鮮でしかなかった。
桜が咲き誇りひらひらと花びらが宙を舞い、上坂の色素の薄い黒髪が揺れ、舗装されたアスファルトの上を歩いていたその足は突然止まった。
周りに赤信号はなく足を止める必要なんてものはなかったが自然と足は止まった。
目の前に広がる大きな建物、上坂がこれから三年間過ごす場所。
高校の名前は花咲川高校、数年前まで女子高だったが生徒数の減少と近辺に共学もとい男子校がなかったのが原因だ。共学になって歴史も浅く男女の比率は、女子が八割、男子が二割。もう一つ近くに進学校の女子高があったがその学校も同じ年に共学になった。
校門前には“入学おめでとう”と書かれた看板が立てかけられている一歩踏み出して門をくぐれば中学生から高校生へと変わる。
上坂は門をくぐる。この瞬間上坂は本当の意味で義務教育を卒業した。
たくさんの人だかりの中から白い看板が頭をのぞかせていた。
上坂は人込みを縫いたどり着いた看板の中から名前を探す。
別れた幼馴染も同じように今年から高校生だ。同じ高校なら探せば見つかるかもしれない。
だけどいたとしてなんて声を掛ければいいか分からない。それもそのはず、六年も音信不通で今更平然と笑って姿を現すなんてこと普通はできない。
張り出されたクラス表を指で追ったが幼馴染の名前はなかった。どうやら隣の学校らしい。
上坂は胸が軽くなるのを感じた。
(最低だよな……)
上坂は口の中で呟いた。
沈んだ気持ちを切り替え向かった先は1-Aの教室。これから上坂が一年間過ごす場所だ。
教室の中は流石は元女子高だった。周りを見渡せば女子ばかりで男子なんてものは両手で数え切れるぐらいにしかいなかった。
大半が女子であるにも理由がある。花咲川高校は中間一貫校であり、下の花咲川中学はいまだに女子高。つまり男子生徒は全員が外部入学である。
そんな狭き門を潜り抜けた上坂は教室に入る。窓際の一番後ろという一等地である自分の席を目指して。
上坂は席に座り、最近新しくなったにもかかわらず昭和のレトロ感あふれる学校指定の鞄をかける。
上坂は頬杖をつき教室をぼんやりと見渡す。
(思ったより男が多いな)
共学になったばかりにも関わらず片手では数え切れなかった。
「こんなにたくさん女子がいるのに隣男かよ」
「あ?」
舌打ちと共に聞こえた低い声に顔を上げると金髪ツーブロックの身長一八〇センチ越えのモデル体型のイケメンだった。
イケメンは上坂を見るやがっかりした表情を浮かべるが睨みつければ簡単に委縮した。
「悪かったって、でもえ~っと……名前は?」
「上坂」
「上坂か……俺は
「別に」
嘘ではない、上坂にとっては隣の席はおろか学校すら街の中ならどこでも良かった。
「この学校に来てる限りそんなことないだろ?」
「そんなことあるんだよ。というかお前、俺なんかにかまってていいのかよ」
首を動かし後ろを向くように促すと四季は固まった。
クラスの女子の視線が四季に注がれていた。
「どうやら俺は早速女の子のハートを掴んじまったみたいだぜ」
「よかったな、女の子の方から来てくれて、行って来いよ」
「もちろんそのつもりだぜ。……でも上坂が寂しいていうならいてやってもいいんだぜ」
「別にいらねえから行ってこいよ。女の子と話したかったんだろ?」
四季は女の子の群れの中に行った。しかしその背中から活力が感じられずチラチラと不安そうに振り向く姿は出荷される子牛のようだった。
入学式は体育館で行われた。
流れ自体は中学校と変わらない。校長の長い話、生徒会長挨拶、そして生徒代表。
シンプルだからこそトラブルなんて起きない、誰もがそう思った。しかし突然周りがざわめき始めた。話を右から左に聞き流していた上坂には何が起きたのか分からない。
そして騒ぎは、教師による閉会の一言で終結した。
トラブルのあった入学式を終え教室に戻り席に着くとスーツ姿のそこそこ若い女性が入ってきた。担任だ。
やはり元女子高、教師も女性が多いらしい。
担任が入ってきたことに気づいた生徒は次々と席に着き、全員が座り終えたことを確認した担任は次のイベントに移った。
自己紹介。
多くの生徒はエスカレーター式で高校に上がり互いの事を知っているが、上坂のような一般入試組は初顔しかないため初めが肝心だ。
自己紹介はトラブルなく順調に進み上坂の順番まで直ぐに回り視線は上坂に向く。
「
面白みのない自己紹介を終わらせ席に着く。
クラスメートは少し物足りないような顔をするが上坂には関係がない。街を離れて六年間上坂はこうして生きてきた。街に戻って来たからと言って変えるつもりなんてない。
目立つこともなければクラスメートの心をつかんだわけでもないそれなのに視線を感じた。隣の席の四季が目を輝かして上坂を見ていた。
どこに彼の気を引くものがあったのか上坂には分からない。
順番は周り隣の四季の番になった。
「ふっ、ようやく俺の番か」
四季が席から立ちあがると女子から歓声が沸いた。
「名前は四季春夏、趣味はギターとベース」
聞きたーい、と女子からコールがかかる。
「いいぜ、聞かせてやるよ。だけど惚れんじゃねーぞ」
四季は勢いよく席に座り教室は黄色い歓声に包まれる。だが騒ぎの原因である四季は垂直に座り顔を真っ赤にして机に伏せ悶えてた。
(恥ずかしいなら言わなきゃいいのに)
四季を憐れんでいると一人の少女の自己紹介が始まった。
「
元気のいい少女だった。
しかしどういうことか茶色い髪をスプレーか何かで猫耳のような形に固めており、それだけでも十分戸山という人物の異常さを知ることが出来るが本番はここから先だった。
「私がこの学校に来たのは楽しそうだったからです。中学は地元の学校だったですけど、妹がここに通ってて、文化祭に来てみたら、みんな楽しそうでキラキラしててここしかないって決めました! だから今、すっごくドキドキしてます!」
話したいことがたくさんあるのか戸山は興奮し早口だった。
「私、小さい頃『星の鼓動』を聞いたことがあって。キラキラ、ドキドキってそういうものを見つけたいです。キラキラドキドキしたいです!」
戸山は話し切って満足したのか席に座った。
上坂は戸山にだけは関わらないと誓った。上坂は目立たず平和に学校生活を送りたい、しかし四季や戸山のような個性の塊のような人物といれば楽しいかもしれないが苦労が絶えない。そんなものは上坂が望む学生生活ではない。しかし残念ながら四季とは隣の席関わることは最早回避不可能に近い。だからせめて戸山だけは関わらないようと思った。
自己紹介の時間は終わり担任が教室を抜けた。
「なあ上坂……名前の澪でいいか?」
「別にどっちでもいいよ」
「なあ澪、お前ドラムやってんだろ? このクラス他にも楽器できる奴いるみてえだし、人数集めてさ、俺達でバンド組もうぜ」
四季が自己紹介中に目を輝かせていたのは自分と同じ音楽を趣味とする上坂に親近感を覚えたからだ。
「却下、俺はお前と違って目立ちたくねえんだよ」
「そんなこと言わずに頼むよ。バンドはあれだ、女子にもてるぜ」
「興味ない」
そんな浮ついた気持ち、上坂は当の昔に捨てた。
「同じクラスだったんだね」
顔を上げれば栗色のポニーテールが似合う女子がいた。
「
どこかで見おぼえのある顔だった。
「名前覚えてくれたんだ。改めて自己紹介するけど私、
山吹の家は上坂が帰ってきてから唯一行ったパン屋の娘で家の手伝いをしており、上坂とは面識があった。
しかし上坂はそんな面識のある少女よりも彼女の後ろにいる少女に目が行った。
「私、戸山香澄。私も香澄でいいよ。よろしくね」
関わるつもりのなかった戸山と早速関わってしまった。
上坂の平穏は高校初日にいきなり潰れた。