六年前を覚えている   作:海のハンター

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21話 『普段しないことをする時は気を付けよう』

 顔が近い。

 手を伸ばさなくても届く。

 視線を落とせば赤く柔らかな唇がある。

 押し倒された少女も視線を落としたことに気づいたのか静かに目を閉じる。

 上坂はその血色のいい唇に、

 

「大丈夫か⁉」

 

 心配でドアを開けた宇田川が見たのは上原を押し倒しキスをしようとしていた上坂だった。

 

「「あっ……」」

 

 ドアの開く音で2人は驚き振り向いた。

 

「澪、ひまり二人共一体何してんだ?」

 

 宇田川が見たのはキス寸前の二人だった。 

 

「巴、違っ!これは誤解だ!」

 

 上坂達を見下ろしている。

 

「分かってるよ。いいからいつまでそうしてるつもりなんだ」

 

 宇田川はため息をつき、上坂は上原から離れる。

 

「巴なんでうちに……」

 

「朝ひまりの家に行ったら、ひまりのお母さんが澪の所に居るって言ってたからさ」

 

「もぉ〜お母さん」

 

 上原は幼馴染に彼氏の家に泊まっている事を暴露され、今この場にいない母親に文句を言う。

 

「事も片付いたし、澪もひまりも準備出来ただろみんなを待たせると悪いし早く行こうぜ」

 

 宇田川も色々気になる事はあった筈、しかしそれをしないのは遅くなると美竹辺りに上原が泊まっていた事がバレめんどくさい事になる事が何となく分かっているからだ。

 二人の間を詮索しない宇田川は本当に男前だ。

 

 

 

 上坂達はいつもより準備が早く終わったので、いつもの待ち合わせ場所で幼馴染を待っていた。

 三人がこれといった特徴のない路地で待っていると美竹と青葉の姿が見えた。

 美竹が何か言っているようだが青葉がヒラリと避ける、そんな感じだった。

 

「おはよ」

 

「オッハー」

 

「おはよ」

 

 上坂に続き上原と宇田川も上坂に続く様に挨拶をする。

 

「二人共朝から元気だな。何を言い合ってたんだ?」

 

「うるさい。澪には関係ないから」

 

 相変わらず美竹は平常運転で誰も傷ついた上坂を慰めてくれない。

 

「ひーちゃん達が早いって珍しい。何かあった?」

 

 いつもこの待ち合わせ場所に初めに来るのは幼馴染大好きな美竹とそんな美竹と一緒に来る青葉だ。だからいつも身支度に時間がかかり集まるのが遅い上原が一番に来るのは珍しい。

 

「もうちょっと髪とか整えたかったけど澪が早く行こってせかすから」

 

「おいっ!」

 

 上原の発言に宇田川は手で顔を覆い空を仰いでいて、上坂と言い合っていた美竹と青葉は驚いていた。

 

「ひーちゃんもしかしてれー君の家でお泊まりとかしてたり?」

 

「あっ!」

 

 上坂は自分の失言に口を抑える。

 上原の言い分だけでは上坂が迎えに来たで説明はつくが、上坂の反応が決定的だった。

 

「モカ、そんなわけないじゃん」

 

「で、ひーちゃんどうなの?」

 

「私が澪の家でお泊り? そんなの流石にまだ早いよ」

 

 青葉にじっと見つめられた上原は完全に目が泳いでおり、誤魔化す為に口笛を吹こうとするが、音が擦れて殆ど聞こえない。

 

「蘭ー。という事だそうです」

 

「澪、どういう事?」

 

「もうなんだよ。早く来ても変わらないじゃないかー!」

 

 ちょっと騒がしいがこれが日常。

 結局上坂は幼馴染最後の一人羽沢が来るまで恐れていた美竹からの尋問、青葉からのからかいを受ける羽目となった。

 

 

 

 学校に着いた上坂は朝から机に突っ伏していた。

 

「お前、文化祭の準備書類の整理だけなのに何でそんなに疲れてんだよ」

 

「きっと深夜のアニメでも見て夜更かしでもしたんだぜ」

 

「朝から色々あったんだよ」

 

 上坂は重い頭を上げる。今の上坂には、相沢の皮肉に反論する程の元気はなかった。

 朝の色々について説明すれば悔しがる顔を見れるが、ただでさえ文化祭準備は一人書類整理で浮いているのに、昨日の事を説明でもしたら完全に文化祭ぼっちになってしまう。

 

「そんなんで明日、大丈夫なんか?」

 

「んあ?渡辺か……大丈夫大丈夫今だけだから」

 

 重たい頭をさらに回せば青い髪に泣きぼくろの少年渡辺の姿があった。

 

「澪、お前彼女がいるのに休みの日に男同士で遊びに行くのかよ」

 

「そういう綾人は遊んでくれる女子も男子もいないだろ?」

 

「残念だったな。俺はこの土日は美少女達にちやほやされるんだよ」

 

「ちやほやされるのは良いけど、俺の幼馴染には手は出すなよ」

 

 相沢はAftergrowとRoseliaのバンドを見ている。

 土日と言った辺り両バンド、つまり相沢は一〇人の美少女にちやほやされるわけだ。

 

「はいはい、分かってるよ」

 

 適当に返事をする相沢はAftergrowの練習で美竹をからかい殴られるに違いない。

 

「それで澪と渡辺はどこに遊びに行くんだ?」

 

 四季が尋ねる。

 

「上坂()ってもええんか?」

 

「嫌、言わない方が春夏のためだろ」

 

「なんだよお前ら二人仲良くしやがって、俺にも教えろよ」

 

 肩を揺さぶられている渡辺はうんざりした表情を上坂に向ける。

 

「分かった、教えるからその手を離してやれ」

 

「分かったらいいんだよ。それでお前らはどこに遊びに行くんだよ」

 

「そんなに俺達の予定を知りたいか?……パスパレのライブに行くんだよ」

 

 予想通り四季はその場から崩れ落ちた。

 

 

 

 四時間目終了のチャイムが鳴る。

 隣では朝に血涙を流す勢いでショックを受けていた四季がご機嫌に鼻唄まで歌い机を動かす。

 

「早く来週にならねえかな」

 

 理由は四季が立ち直る時に使った呪文(言葉)が原因だ。

 ライブに行けない四季のために推しのサインを貰わなければいかなくなった。

 アイドルのライブに行ったことのない上坂は売店にでも売っているのだろう考える。

 

「脳内お花畑なバカほっといてさっさと弁当食べねえか」

 

「それもそうだけどその前にこれ見てくれないか?」

 

 上坂はノートを相沢に渡す。

 

「そういえば澪、今日の授業中ずっとそのノートに書いたり消したり何してたんだ?」

 

「俺も忘れてたんだけど文化祭でライブするって言ってただろ?だから曲考えてみたんだよ」

 

「ライブか~そういや俺も忘れてたな。つか澪、曲作れるのかよ」

 

「今日、蘭に作り方聞いたから多分問題はないと思う」

 

「だったら問題ねえか」

 

 相沢は受け取ったノートをパラパラとめくる。

 

「見た感じ詩だけか」

 

 ノートにはオタマジャクシは無く、文字だけが並んでいた。

 

「作ってみて思ったけど曲作りってホント難しいよ。だからとりあえず詩だけ。でも近いうちに絶対完成させるからまぁ待っててよ」

 

「じゃ、そんまでに詩の方は覚えといてやるよ。一通り読んだ感じ悪くないし」

 

「綾人、俺にも見せろよ」

 

 初めて書いた詩に緊張は勿論あった。しかし二人のハッキリとしたゴールが見えやる気に満ちた表情を見れば緊張なんてものは些細なことだ。

 詩のオーケーサインは出た。後は曲だけだ。

 

「言う事も言ったし昼食べないか?」

 

 上坂にとって今日一番のイベント。

 

「澪が弁当って珍しいな」

 

「そうだろ」

 

 鞄の中から取り出した白い弁当箱に二人は釘付けだった。

 

「澪、お前それは誰に作って貰ったんだ?澪の家庭科の成績じゃ絶対作れないだろ?」

 

 四季の声は大人しながらも力強い。雰囲気も威圧的で四季の周りからゴゴゴゴゴと文字が浮かび上がっている様に見えた。

 上坂は全身から血の気が引くのを感じた。

 

「えっと……ひまりから」

 

 張り付いた笑みを浮かべる。

 今まで一度たりとも持ってこなかった弁当箱を持ってこれば当然聞かれる。しかしそんな簡単な事を忘れるぐらい彼女の手作り弁当に浮かれていた。

 

 嘘をつく手もあったがそんな事は今の四季には通用する訳がなく、かえって怒らせるだけだ。

 

「てめー。彼女の手作り弁当とか羨ましすぎるぜ!」

 

 拳を強く握り勢いよく四季は立ち上がるが、それが無意味な事を悟ったのか両手を離し頭を抱えた。

 

「何でお前に彼女が出来て、俺には出来ないんだ。顔は俺の方が良いはずなのに」

 

「お前そんなんだから彼女出来ねーんだよ。そんな事より早くひまりの手作り弁当開けようぜ」

 

「そうだな。春夏も静かになった事だし食べるか。言っとくけどおかずはやらないからな」

 

「ちっ、分かってるよ」

 

 上坂は心踊りながら弁当箱を開ける。

 昨日の晩と今日の朝、両方美味しかった。だから弁当も期待できる。

 

「…………」

 

 言葉は出なかった。

 上坂の弁当には数種類のおかずとご飯の上に大きく桜でんぶでハートが作られていた。

 

「澪、お前ほんと愛されてるよな」

 

 必死に笑いを堪える相沢が肩を叩く。

 隣に座っている四季はあまりのショックにしばらく立ち直る事が出来そうに見えない。

 

 ピコン

 

 スマホにメッセージが届いていた。相手はこの場の元凶である上原からだ。

 

 お弁当どうだった?ビックリしたでしょ⁉

 

 上坂のスマホを盗み見をした浅尾が上原に返信しようとスマホを取り上げようとしたので上坂は慌ててポケットにスマホをしまった。

 

 ほんといつもひまりには驚かされる。

 

 上坂はおかずの一つを口に運ぶ。期待通り美味しい。ただ口の中の幸せとは違いお弁当から生まれた再燃焼した現状をどう乗り切るか頭を回した。

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