六年前を覚えている   作:海のハンター

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23話 『文化祭当日』

 

「いらっしゃいませー! 1-Aカフェで休憩していきませんか〜!」

 

 木製の片手サイズの看板を持った戸山の声は弾んでいた。

 六月の中頃、とうとう迎えた待ちに待った文化祭当日、いつも騒がしい教室が二割三割増しに騒がしい。

 それもそのはず、クラス全員が今日のたった一日の為だけに放課後遅くまで学校に残り準備をしたのだから。

 しかし時折戸山はと言うよりはクラス全員が不安と不満の表情が隠れていた。

 今朝、山吹の母親が倒れたということを戸山聞いた。戸山は『さーやがいつ戻って来てもいいように私達だけで頑張ろう』と言ってはいたが、実質クラスを引っ張った立役者が不在の今、盛り上げようという気持ちの裏に自分達だけ楽しんでもいいのかと言う気持ちもあった。

 だがそんな不安も不満も一瞬だった。みんなは分かっていた、山吹が何のために頑張っていたのか、1-Aの文化祭を最高の思い出にするためだ。

 揃っていないから楽しめない?違う、来れなかった山吹の長い努力が無駄にならない為に、安心させる為に、山吹が悔しがるぐらい楽しもうと声には出さずともクラス全員が思い行動した。

 

 

 

「お待たせ致しました。こちらオムライスとカフェラテが五つと、パンの盛り合わせ二つになります。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

 

 上坂もその一人だ。

 先日の一件で新メンバーが加入しライブの方は何の心配もないのだが、文化祭の方は上坂だけやはり暇。

 書類に次ぐ新しい仕事を手に入れたのだがそれでも暇には変わらずせめて当日ぐらい楽をした分馬車馬のように働こうと思った。

 上坂は丁寧な口調で盆に乗った料理と飲み物を並べる。

 相手(お客様)は上坂が招待した幼馴染五人。

 

「澪君ありがとう」

 

「おっ、サンキューな」

 

「わぁ美味しそう」

 

「ありがと」

 

「お〜、これこれ」

 

 料理や飲み物をテーブルに並べたのだが、幼馴染達は上坂から目線を離さない。

 

「澪いつもと雰囲気違うよな」

 

「うん、カッコイイ」

 

「ありがとう」

 

 本日の上坂は文化祭スタイルであり、ワックスで髪をオールバックにし黒の執事服で身を包んでいた。

 1-Aカフェの衣装は男子が執事服で女子がエプロンだ。

 一件上坂達男子の着る執事服は浮く様に見えるがこれが受けがいい。

 

「ねぇ、澪君のクラス接客のレベルかなり高くない?」

 

「そうだろ、そうだろ」

 

「何で澪が誇らしげなの」

 

「だって俺が接客の仕方教えたし」

 

 書類関連の仕事だけではやはり早々に暇になった上坂は接客指導の話が上がった時に真っ先に名乗り出た。理由は足手まといになりたくないということだ。

 ただ輪に加われた嬉しさに少々力の入った指導になり始めのうちはクレームが入ることがあったのだが、ホール担当全員どこの接客業に出してもおかしくないレベルまで仕上がることが出来た。

 

「へー、接客って澪バイトで教わったのか?」

 

「どこでしてるの⁉ 澪そんな話し一回もしてくれなかったじゃない」

 

「バイトはしてないよ」

 

「アルバイトしてないのにどうしてそんなにしっかりした接客が出来るの。澪君ここの接客うちのお店より高いよ」

 

「言い方が悪かったな。今はしてないんだよ。中学の時短期のバイトをしてて、この服だってその時の制服なんだ」

 

「その服作ったんじゃないのか?」

 

「この服もあの服も全部俺が家から持ってきたやつ。ほんとよかったよ、こうして俺の服が役に立てて」

 

 上坂の他に二人の男子生徒がホールで接客をしててその全てが上坂の私物だ。

 不必要になった服が再利用できたことに喜んで入るがなんせクラスでも低身長の上坂の物二人の男子がサイズの合わない衣装に苦しい思いをしていることは知らない。

 

 

 

 少女達は満足そうに胸を張る少年に聞こえない声で話す。

 議題は勿論少年のバイト事情だ。

 

「(ねぇ、澪って何のバイトしてんの?)」

 

「(分かんない。でもあの接客レベルだったら高級レストランとかで働いてたり)」

 

「(ホストだったりして)」

 

 青葉の爆弾発言に四人は一斉に青葉の方を向いた。

 

「(そんなわけないだろ!せめて……そうだなー執事喫茶とかだろ)」

 

「(そうよ、澪がホストなんて……でも澪の顔ならありえるかも)」

 

「(ひまり、そんなわけないから)」

 

「(じゃあいっそのこと直接聞いちゃう?)」

 

「(つぐ正気か!)」

 

「(私達は澪君が居なかった六年を知る必要があると思うの)」

 

「(つぐの言う通り。私澪の事全部知りたいもん!)」

 

 羽沢は意を決して上坂の方を振り向きゆっくり口を開け聞こうとした。

 

「れーくん昔、何のバイトしてたの?」

 

 四人は一斉に青葉に向いた。

 羽沢達の先程の葛藤は一体何だったのだろうか。

 

 上坂は先程までにこやかだった顔から光が消えさらに青くまでなる。

 

「……ごめん。あまり言いたくないし、思い出したくない」

 

 上坂のあまりに暗い顔に言葉を掛ける事が出来なかった。

 聞きたい事は山程ある、触れないでいる事が優しさだと五人は認識した。

 

 

 

「そんな事より、折角の料理なんだし食べてくれよ」

 

 上坂は気持ちを切り替えて笑顔を作った。

 パンは山吹ベーカリーからの委託販売みたいなもので出来立てではないが、教室の簡易用キッチンで作った愛情たっぷりのオムライスとポットで沸かしたお湯で作ったインスタントコーヒーからは美味しそうに立ち上がっていた湯気が萎んでいた。

 

「これカフェラテじゃなくてコーヒーだよね。まぁ大人な私はブラックの苦みも分かるんだけどね」

 

 上原だけではなく五人のカップの中はミルクの混ざったブラウン色ではなく真黒だった。

 

「ごめん忘れてた。当店自慢のサービスにラテアートがあるんだった」

 

 コーヒーにミルクを入れステンレスの針でミルクで出来た白いキャンバスに針を滑らせた。

 

「これって……」

 

「私達の似顔絵?」

 

 五つのカップに描かれたのはそれぞれの似顔絵。

 線の少ない簡単な絵ではあるが、それでも誰の顔が描かれているのか簡単に分かってしまうレベルだ。

 

「すごい、すごいよ」

 

 上原は感動のあまり泣きそうになっていた。

 

「もーひーちゃんは相変わらず泣き虫ですな」

 

「でもこれ本当に凄いな」

 

「ねぇ澪君。今アルバイトしてないんでしょ?だったらうちで働かない⁉」

 

 羽沢なんて勧誘してくるしまつ。

 

「今はまだ学校での生活を大切にしたいから辞めとくよ。だけどもし俺の気が向いた時は……」

 

「分かった。気が向いたらでいいから」

 

 上坂はバイト先を一つ確保した。

 

「それじゃあ乾杯しようぜ」

 

 宇田川が気分がいいのか打ち上げの席みたいに陶器のカップを掴む。

 

「ちょっと巴!写真撮ってないんだからまだ飲まないでよ~!」

 

「おっとそうだったな。いや~ごめんごめん。でもさ、絵の方は無事だからいいだろ?」

 

 宇田川はカップに入った似顔絵入りラテの無事を上原に見せる。

 

「もう気を付けてよね。澪悪いけど私のスマホで写真撮ってもらえる?」

 

「分かったよ」

 

「じゃあみんな、私と同じポーズをとって……蘭恥ずかしがらない、後モカもめんどくさがらない」

 

「ひ~ちゃんこの体勢きつい~、疲れた~」

 

 幼馴染達はカップの中身が崩れない程度にカメラに傾けた。

 

「笑って笑ってー……蘭笑えよ、撮れないだろ?」

 

「うっさい!この体勢しんどいんだから早くして」

 

「ハイハイ分かりましたよ。それじゃ撮るよーハイチーズ!」

 

 撮れたのは五人が各々自分の似顔絵が描かれているカップを持ち上げ中を見せるように傾けた写真だ。

 

「こ、これは……絶対に映える!」

 

「ひまりちゃんどんな感じにとれたの?……わぁ凄い、澪君ばっちり」

 

「二人で楽しんでないであたし達にも見せろよ」

 

「蘭ー、笑顔がぎこちな~い」

 

「そういうモカこそ笑てないじゃん」

 

「モカちゃんはいいんです。だって笑わなくたってモカちゃんは十分可愛いのだからー」

 

「理由になってない」

 

 ツッコム気力が無くなった美竹は一つため息を吐き完全に湯気が消えてしまったオムレツにスプーンを入れる。

 

「凄いだろ?」

 

 1-Aカフェでは二種類のオムライスがあり美竹が注文したのは『半熟卵のオムライス』。その予想を超える卵のトロトロ具合に美竹は目を見開いた。

 

「だからどうして澪が自慢気なの?……まさかこれも澪が……」

 

 スプーンの動きがピタリと止まる。上坂が料理が出来ないのは幼馴染全員周知のことだ。その上坂が作ったとなれば動きを止めることは可笑しくない。

 

「そんなわけないだろ?料理のできない俺がこんな美味しいもの作れるわけがないだろ?」

 

「だったら安心……!」

 

「どうだ美味しいだろ!」

 

「……むかつく」

 

 美竹は悔しそうに頷いた。

 

「私もそっちにすればよかったな~」

 

 上原が注文したのは『家庭の味!お母さんオムライス』。考案者は名前に納得していなかったが多数決の前には無力だった。

 上原は指を咥え卵がトロトロと流れる美竹の皿を羨ましそうに見つめる。

 

「ひまり、そっちも美味しいから食べてみてよ」

 

 人気的には見た目のインパクトのある『半熟卵のオムライス』の方が若干人気ではあるが、家庭の味大好きな上坂の個人的な意見では『家庭の味!お母さんオムライス』の方が美味しいと思った。

 

「じゃあ、あれやってよ!ケチャップで文字とか絵とか書くやつ」

 

 上原は上坂の着ている服の所為か『1-Aカフェ』の事をどこか別のお店と勘違いしていた。

 

「そんなオプション……分かったよ、ちょっとキッチンからケチャップ取って来るから待ってて。後、蘭絶賛オムライスの製作者もついでだし呼んでくるよ」

 

 上坂は上目遣いで訴えるお姫様の要望を叶えるために絶対にキッチンに戻った。

 

 

 

 美竹は嫌な予感がした。上坂は美竹が人付き合いが得意ではない事は知っている。その事を知っている上坂が知らない人を紹介するはずがない。

 

 じゃあ誰だ

 

 美竹が知っていても上坂も知っているやつなんて一人しかいない。

 

「なんだよ。俺今めっちゃ忙しいんだけど」

 

「そう言うなよ。お客様がおよびだぞ」

 

 戻って来たのは二人。ケチャップを持った上坂とそれに腕を組まれ無理矢理連れてこられた相沢だった。

 

「やっぱりお前らも来てたんだな」

 

「これ綾人君が作ったの⁉︎」

 

「俺が作ったつーか、作り方を教えたのは俺だな。後、ひまりと巴が頼んだのは別の奴が考えたの」

 

「あやとん料理上手なんだー」

 

「綾人君、今度このオムライスの作り方教えてくれる?」

 

 女の子に褒められた相沢はとても満足な顔をしていた。

 

「蘭はどうだ?俺の作ったオムライスうまいだろ!」

 

 相沢の自信満々にやついた顔が美竹には腹立たしかった。

 

 左を見る。

 幼馴染達が相沢の料理を褒め更に調子ずかせる。

 

 右を見る。

 ケチャップで名前とハートマークを書いているバカップル。

 

 見方はいない。

 

「いつもどおり」

 

 涼しい顔で答えた。

 

「いつもどおりって、お前初めて食べただろ!」

 

 いつもの技は調子に乗ってテンションの高い馬鹿には不発。寧ろカウンターを受けた分ダメージが入る。

 幼馴染達からは素直じゃない、相沢からはツンデレと事あるごとに言われるがそういうのではない。

 何かまでは分からないが負けた気がする。それが美竹は嫌だった。

 しかしこの場を一人で切り抜ける打開策がないのも事実だ。

 

「……おいし……かっ……た」

 

 奥歯からギリギリと嫌な音が鳴る。

 心身をすり減らす思いで言った感想に、相沢は我儘な子供を見る親のような呆れた表情を浮かべる。

 

「美味しかったらそう言えよ。ほんとツンデレだな」

 

「うるさい‼︎」

 

 文字通り匙を投げようとしたが慌てて宇田川に止められる。

 

「綾人、あんまり蘭をいじめんなよ」

 

「誰がいじめられて……」

 

「おい巴!あんまり蘭を刺激するなよ。止めるこっちが大変なんだからな」

 

「お前はひまりとイチャイチャしてるのだけだろ!」

「あんたはひまりとイチャついてるだけでしょ!」

 

 余計な一言が相沢と美竹の二人を引き付け、ある意味上坂は敵となる形で争いを止めた。

 

 

 

「わかった。わかった。気をつけるよ」

 

 相沢が両手を上げ降参のポーズをとる。

 

「分かったんならいいけど」

 

 上坂の些細な犠牲のお陰かそれとも上坂が知らないだけで『いつも通り』なのか美竹の怒りは収まっていた。

 

「蘭、俺もうすぐ上がりなんだけどみんなで文化祭回るか?」

 

「うん。折角だしみんなで回ろうよ」

 

「そうだね」

 

「だな」

 

「蘭〜いつまでいじけてんの〜」

 

「別に……」

 

 文化祭らしい楽しい話題が広がっていた。

 

「澪も一緒に上がるの?」

 

 上原が希望に満ちた目を向ける。

 

「残念だけど俺は行けないよ」

 

「どうして?」

 

 先程の表情とは反転、一気に瞳から光が失われた。

 

「衣装作りや料理に参加してない分暇だっただろ?だから他の人より働けるよう頼んだんだ」

 

「でも……」

 

 上原にも事前に用意したプランがあったのかもしれない。

 

「本当はみんなと文化祭回りたかったって言うのが本音なんだけど、クラスのみんなが頑張ってここまでのものを作ったのに俺だけ楽をするなんてそんな事は出来ないよ。俺だって頑張った一員になって心の底からみんなと喜びたいんだ。だから六人で回ってこいよ」

 

 文化祭に招待しておいて一緒に行動できないことは確かに酷い話ではある。しかしそんな大切な時間を潰してでも文化祭を成功させたかった。

 

「でも澪が頑張ってるのに私達だけ……」

 

「ひまりの事だから自分だけ楽しむなんてって考えて楽しむ事出来なさそうだから一つ約束をしようか」

 

 文化祭には相応しくない暗い顔をしている上原の両手を優しく包む。

 

「約束?」

 

「ひまりが今日の文化祭最高に楽しむ事が出来たら何でも一つ言う事聞いてやるよ」

 

「なんでも?」

 

「あぁ約束だ」

 

 先程まで暗い顔だった上原の顔が急に明るくなった。

 

「それに……」

「約束だからね。こうしちゃいられない!みんな文化祭を全力で楽しむぞー。えいえいおー!」

 

 テンションが最高潮になった上原は勢いよく教室を出ていった。

 

「ひまり待てよ!」

 

「ひまりちゃん待ってー!」

 

 上原に続く様に四人も教室を飛び出した。

 

「まだ言う事があったのに……」

 

 上坂は呟く。

 

 全く時間がないわけではない。カフェの仕事が終わり、ライブも終わったら少しではあるが一緒に回る時間もある。

 とりあえずナンパ防止用ガーディアン(相沢綾人)に言伝をする。

 

「じゃぁ、みんなの事頼んだ」

 

「澪、お前よくあんなこと言えるなぁ。俺だったらメンタルが死んで一週間は家に引きこもるな」

 

「綾人それは大げさじゃない?」

 

 相沢は本来であれば目の前でカップルがいちゃついていたら"リア充死ね"って考えになるが、今回の上坂に関しては歯に浮く様なセリフで上原をなだめた事による賞賛があった。ただ賞賛と言えど意味合いは違う。

 

「澪く〜ん」

 

「香澄!」

 

 振り向けば戸山が背中に抱き着いていた。

 

「私達の事そんなに思ってくれてたんだ〜。絶対に文化祭成功させようね」

 

 見渡せば教室中の視線が集まりお客からはゲリラで行われた劇だと思われ拍手が上り、クラスメイトからは物語の友情シーンのような爽やかな笑みが向けられる。

 

「さっきの上坂凄かった。まるでドラマみたいだった。りみなんか見惚れて顔が真っ赤になって」

 

「おたえちゃん!」

 

 戸山に続いて花園と牛込が来た。

 牛込はやはりさっきのやり取りが気になっているのか顔を真っ赤にしてチラチラ上坂の方を見ている。

 

 カシャッ

 

「綾人、お前今……」

 

 明らかな機械音に視線を相沢に戻す。相沢は分かっていたのか黙って手に持っていたスマートフォンの画像を見せた。

 そこには戸山に抱きつかれている上坂の写真がバッチリ……、

 

「……その写真をどうするつもりだ?」

 

 相沢は凶悪な笑みを浮かべ

 

「勿論あいつらに見せる」

 

「ちょっ、待てって。くそ、香澄いつまでくっついてんだよ!」

 

「私達ずっと友達だよ~」

 

「俺やっぱりリア充を応援なんて出来ねーよ。リア充死ね!じゃーな」

 

 背中くっついた戸山が重りとなって簡単に逃げられてしまった。もう相沢の姿は見えない。

 相沢はエプロンを付けておらずもう休憩に入ったに違いないと上坂は思う。

 つまりもう相沢は1-Aの教室に戻ってくることはない。

 

「上坂大丈夫。きっといい事あるよ」

 

 花園は四つん這で打ちひしがれている上坂の頭を撫でた。

 当の戸山は首をかしげる。

 

「おたえ、取り合えず香澄を引きはがしてくれないか?」

 

 一人になりたい、そう思ったが休憩までまだ時間はある。

 

(ほんと折角頼んでシフト入れたのにちゃんと働けるか心配になってきた) 

 

 仕事の活力として逃げた相沢を鉄拳を喰らわすことを誓い、上坂は弱弱しく立ち上がった。

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