六年前を覚えている   作:海のハンター

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24話 『二回目』

 

 上坂は足音を鳴らしながら廊下を歩いていた。

 

「綾人の奴、次あったら絶対にぶっ飛ばしてやる」

 

 午前中に戸山に抱きつかれた所を写真に撮られ、それを幼馴染に見せると言われた。

 追いかけて行きたかったのだがまだシフトが残っており、泣く泣く見逃す羽目になった。

 そして上坂は陰気な気持ちを抑え込み仕事を終えた。

 全ては憎き相沢を殴るためだ。

 

「何があったかはおたえから聞いたから知ってっけど、もういいじゃねえか許してやれよ」

 

 隣を歩く四季は相沢と入れ替わりのシフトだったため聞いた内容しか知らない。

 

「あのなー、こっちは冤罪が掛けられそうなんだぞ」

 

「いいじゃねぇか。そのまま別れて俺達の元に帰ってこいよ」

 

「くそっ、春夏もあっち側だったな」

 

「なんだ彼女がいるのがそんなに偉いか? 俺は今日ライブを成功させて彼女を作るんだよ!」

 

「お前帰ってこいとか言いながら裏切る気満々じゃねぇか!」

 

 廊下の真ん中で上坂と四季は言い合いを繰り広げ交通量の多い文化祭では二人は邪魔でしかなかった。

 

「ええ加減にせえ!」

 

「「いでっ!」」

 

 同時に二人の頭に手刀が落ちる。

 堂々とした関西弁を使う四人目のバンドメンバー渡辺だ。

 

「自分ら高校生にもなって掴み合いの喧嘩して恥ずかしないんか⁉周りを見てみい、みんな困っとるやろ。自分達だけで喧嘩するんやったら止めはせんけど周りの皆さんには迷惑かけたらあかんやろ」

 

「「ごめんなさ~い」」

 

 上坂と四季は手刀のダメージで頭を押さえているはずが、お母さんの雷から身を守るような構図になってしまう。

 廊下を走っていた生徒は立ち止まり、たまたま通りかかった保護者からは乾いた拍手が届いた。

 

「何の騒ぎかって来てみれば、お前ら何やってんだ?」

 

 頭を上げれば金髪ツインテの市ヶ谷が立っていた。人込みをかき分けた市ヶ谷は頭を抱えしゃがみこんでいる二人を見てはため息を吐く。

 

「なんやあの女子、自分らの知り合いかなんかか?」

 

 渡辺が市ヶ谷について尋ねる。

 最近バンド加入を果たした渡辺は金髪ツインテのいかにも高飛車なお嬢様を知らない。

 

「あいつは市ヶ谷有咲、香澄の友達でバンドメンバー」

 

「初めましてやな、俺は渡辺一也。こいつらバカのバンドメンバーで保護者みたいなもんや」

 

「バカ……フフ……」

 

 市ヶ谷は上坂を見下ろしては嘲笑うが、上坂は慣れてしまったせいかいちいち気にしない。

 

「それで市ヶ谷、お前は何しに来たんだ? 用があるから声をかけたんだろ?」

 

「用つーか、お前忘れてないだろーな?」

 

「市ヶ谷、お前こそ忘れてるだろ」

 

「何がだよ」

 

 上坂は市ヶ谷と渡辺を交互に指さす。

 その意味は市ヶ谷と親しい人なら誰でも分かる。

 

「あー、そういうことな。別に問題なんかねーよ。そもそもお前の知り合いに猫被る必要なんてないだろ」

 

 初対面の人には必ずと言っていいぐらい一昔前の少女漫画のような言葉遣いだった市ヶ谷が理由がどうであれ猫を被らなかったことは一種の成長だ。

 

「なんやあの子自分の事凄い敵視してるみたいやけど一体何やったんや?」

 

「何もしてないよ。ただ俺と市ヶ谷はライバルみたいなもの」

 

「みたいじゃねえ! ライバルだ!」

 

「それで市ヶ谷、忘れてるようだけど結局何しに来たんだ?」

 

「お前が話を逸らすからだろ!」

 

 市ヶ谷はしかめっ面で左手に巻いている腕時計に指をあてる。

 

「時間。お前ら私達の後だろ、大丈夫なんだろうな?」

 

 時間とは勿論ライブの事だ。

 

「大丈夫、大丈夫、忘れてないって。なに、市ヶ谷わざわざ心配して呼びに来てくれたの?」

 

「バカ、違ーし。お前と同じクラスの香澄が呼ぶの忘れてると思ったから」

 

「あってんじゃん」

 

「あぁーもういい! 早く行くぞ!」

 

 市ヶ谷は人込みに紛れ姿を消した。

 

「なんなんだあいつ」

 

 いつも騒がしいが今日は一段と騒がしかった。

 

「澪、俺が悪かった」

 

 四季が肩を叩き軽く頭を下げる。

 

「分かってくれたならいいよ」

 

「忘れてたぜ、お前はどうしたって俺達側に帰って来ないって事を」

 

 四季は悟りきった目で仲直りの握手を求めた。

 

「あぁそうだ。写真がなんだ、俺とあいつの繋がりは紙切れ一枚なんかじゃ崩れたりはしない」

 

 話が噛み合っていない人は力強く握手をした。

 

「なんやよう分からんけど仲直り出来て良かったわ」

 

 四季は横目に渡辺を見ては、こいつも鈍感タイプか、と思った。

 

 

 

 体育館に入り準備室の扉を開けると既に相沢の姿はあった。

 相沢は上坂の姿に気づくと肩をビクッと震わせた。

 

「……澪、あの写真なんだけど……」

 

「綾人、気にするな。もう怒ってねぇよ」

 

 相沢は上坂の思いもよらない反応に安心を通り越して呆気にとられた。

 

「春夏、何があったんだ?」

 

「俺達は忘れてたんだよ。俺達がどんなに邪魔してもあいつは俺達側には帰って来ないって」

 

「何となく分かっちまうけど、それと今のがなんの関係があんだ?」

 

「それは澪がなんか都合の言いように勘違いして……」

 

 四季は戸山と話している上坂に目をやり、相沢もつられて視線を向ける。

 

「澪くん知らない? 有咲、澪くん達を呼びに行って帰ってきたら顔真っ赤にして戻ってきたの」

 

「やっぱりあれは俺達を呼びに来たのか。そんなことはいいとして市ヶ谷大丈夫なのか? 風邪とかじゃないよな?」

 

「ううん熱はないみたい」

 

「じゃあ、なんなんだろうな?」

 

 簡単な答えも分からず考え込む二人の傍に話の種である市ヶ谷が近づく。

 

「香澄‼︎、余計な事やってないでとっとと行くぞ!」

 

「香澄から聞いたけど大丈夫なのか?」

 

「うるさい! お前も香澄の言った事にいちいち気にするな!」

 

「あーりーさ〜。私は有咲の事心配して〜」

 

 戸山は手首を掴まれそのまま引きずられていった。

 少し離れた所で会話を聞いていた二人は互いに顔を見あう。

 

「見ての通りさっきの市ヶ谷さんのあの顔の原因は」

 

「だよな」

 

「あれを間近で見せられた俺はさっきの言葉を言ったんだけどさ」

 

「あー、成る程」

 

 理解した。相沢はポケットに入っているスマホを取り出す。

 映っているのは例の写真だ。

 

「本当に見せてやろうかな」

 

 相沢は少しだけ考えポケットにしまった。

 

 

 

「二人とも楽しそうに何話してたんだ?」

 

 会話相手の戸山が連れていかれ一人になった上坂は男達の輪に戻る。

 

「お前には関係ねーよ」

 

「なんだよ」

 

 少し素っ気ない態度に上坂は寂しさを感じるのだが、二人の会話を知っていれば素っ気なくもなるのも分かる。

 

「そうだ綾人、俺のいない間あいつらの面倒を見てくれてありがとな」

 

 相沢には上坂が一緒に文化祭を回れない分、幼馴染の護衛として回ってもらった。

 

「いくらしっかりしてるつぐと巴がいるにしてもあの強個性メンバーを見るのは骨が折れたな。だけどあんな美少女達と文化祭回れて、むしろご褒美だな。回ってる時だって野郎どもが羨ましがる目で俺を見てたんだぜ。こんな役得な仕事回してくれた澪には感謝しかねーよ」

 

 余程いい思いをしたのか相沢の口はいつも以上に回っていた。

 

「なんでお前一人そんないい思いをしてるんだよ。澪も綾人一人に任せず俺にも任せてくれてもよかったんじゃねーか?」

 

「確か自分、女の子をナンパするゆうて最初のシフト開けとったやろ?」

 

「そういえばそうだったな。それで春夏どうだったんだ?」

 

 四季は相沢と入れ替わりでシフトが入っていた。それもこれも文化祭に来たばかりの女の子をナンパする目的でだ。

 

「それでナンパは成功したのか?」

 

「そんな心配しなくても女子と話せない春夏がナンパなんて出来るわけないだろ?」

 

「お前らなー」

 

 二人の容赦のない言葉に既にメンタルがやられていた四季は泣きそうに……いや、涙を浮かべていた。

 

 

 

 文化祭の演目も進み、そろそろ出番だ。

 出番は最後のおおとり。

 最後になったのも別に期待されているからとかではなく、単なる幕間の申し込みがギリギリだっただけだ。

 そして上坂達の一つ前が戸山が率いるバンドだ。

 

「沙綾ちゃん来ないね」

 

 戸山達の方からそんな不自然な会話が聞こえた。

 

「牛込さん、沙綾も来るの?」

 

 戸山達の表情は全体的に暗い。

 順番はもうすぐだというのにライブを行う顔には見えない。

 

「えーっとね上坂君、沙綾ちゃんも来るはずなんだけど……」

 

 牛込も話ながらもだんだんと顔が暗くなっていた。

 

「でも沙綾って……」

 

 今日文化祭当日、山吹は学校に来ていない。

 理由は母親が倒れたからだ。

 今回は命の別状がなかったのだが、それでも一応入院はしているそうだ。

 詳しくは知らないがもともと体が弱く病院のお世話になる事が多いらしい。

 

 まるで上坂の母親の様に……

 

「来るよ! 私信じてる、紗綾は絶対に来る! だって私達は五人でPoppin’Party だから」

 

 仲間を鼓舞する一声ではない。

 山吹が絶対に来ると確信してる一声だ。

 それは戸山の真剣な眼差しから見て取れた。

 

「Poppin’Partyか、お前ら達らしくていい名前だ」

 

 褒められた事が嬉しかったのか戸山は真剣な顔から一変いつもの明るい顔になった。

 

「でしょー、この名前有咲が考えたんだよ」

 

「へー、この名前市ヶ谷がなー」

 

「なんだよ、文句あんのか」

 

「いや、別に」

 

 戸山達はこれまで頑張ってきた。

 後足りないのは……

 上坂は振り返り、女の子の話で騒ぐ相沢と四季、そしてその二人に呆れる渡辺を見る。

 三人ともこれから上坂がしようとすることを分かっていない。

 

「行こう!」

 

 上坂は真っ直ぐな瞳で三人を見る。

 

「お前またかよ」

 

「ほんとしかたねー野郎だぜ」

 

 相沢と四季は一言だけ文句を言い準備を始める。

 

「綾人と春夏は置いといて一也は大丈夫か?」

 

 おいっ、とツッコミが入るが聞き流す。

 

「大丈夫な訳ないやろ。せやけどまぁ……あいつら困っとる見たいやし。それにしても自分判断早すぎとちゃう? 普通もうちょっと考えるやろ」

 

「まぁ、二回目だしな」

 

「ホンマ自分ら何やっとん? これは入るバンド間違えてもうたかもしれんな」

 

 メンバーからの言質を取った上坂はステージに繋がる階段に足をかける。

 

「香澄! 俺達が時間を稼いでやる。だからお前達は紗綾を待て!」

 

「澪くん⁉」

 

 戸山は驚きこれ以上言葉が出ない。

 

「ちょっ待て、お前学校のイベントだぞ⁉そんな勝手な事していいわけないだろ!」

 

「そんなの分かってるよ。だけど俺達はPoppin’Partyの本気の演奏が聴きたいんだ。その為だったら怒られるぐらい安い買い物だよ」

 

 市ヶ谷の反論も分かる。学校にはルールがある。学校という組織は秩序を維持する為ルールを守らなければならない。

 今回は前のSPACE と違い盛り上がれば許されるわけ(実際はかなり怒られたらしい)ではない。

 

 戸山達から不安の色が抜けない。

 やはり自分達のために上坂達が悪いことをするのに罪悪感があるのだろう。

 

「心配するな! 俺達の演奏で誰にも文句なんか言わせないからさ」

 

 上坂は戸山達を不安を取り除くために堂々と言い切った。

 

 上坂は階段を登る。途中、何を思ったのか突然止まり振り返る。

 その顔は自信満々に嫌みたらしい顔だった。

 

「俺達が先に演奏するけど聴いてびびるなよ」

 

 宣言するように指さした。

 同じ日にデビューするライバルに向けての宣戦布告だ。

 

「負けない! 私達が揃ったら澪くん達にも負けたりしない」

 

「うん。負けない」

 

「そうだね、沙綾ちゃんが来たら上坂くん達にも負けないよね」

 

「見てろよ、私達全員でお前らをギャフンと言わせてやる」

 

 やはり戸山達は上坂の思っていた通り弱くはなかった。

 

「お前達の演奏楽しみにしてるよ」

 

 上坂はそう言葉を残しステージに上がった。

 

「香澄達じゃなくて俺達がステージに上がったらみんな驚くぜ」

 

 今聞こえる歓声は上坂達のものではない。

 

「ま、プログラムの順番が変わっとったらそりゃぁ驚くやろな」

 

 後ろに控えているpoppin'partyのものだ。

 

「春夏お前面白がってるけど、一番目立つのはボーカルの俺だからな!」

 

「綾人、目立つ目立たないは関係ないだろ? 俺達がするのは見に来た人全員を演奏で驚かすそれだけだ」

 

 観客の表情が困惑から興奮に変わる、

 その表情を想像するだけで頬が緩む。

 待ちに待った楽しい楽しい時間の始まりだ。

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