高校生活も五月に入り学校生活にも慣れてきた。
上坂は昼を告げる鐘と共に鞄から食パンとジャムを取り出した。
「お前弁当に食パンって正気じゃねえぜ」
「仕方ないだろ、これしかねえんだから」
四季に文句を言いながら上坂はパンにジャムを塗る。
確かに購買や食堂という選択肢はもちろんあるが、パンは消費期限が非常に短く一人暮らしの上坂は弁当として持ってこないと腐らせてしまうと言うのが理由なのだが、冷凍すれば問題は解決する。とは言っても上坂がパンを解凍をトースターを使ったところで炭を量産するだけだ。
「そんなわけあるか、あったらおかしいぞ。お前んちの冷蔵庫の中どうなってんだ」
「どうもこうもねえよ、うちの冷蔵庫飲み物とジャムぐらいしか入ってないし」
やや大げさ気味に突っ込むのは最近昼を共にするようになった
基本的に昼食は殆ど三人で過ごしている。
「あのさ澪、お前が一人暮らしなのは知ってっけど、冷蔵庫の中身ぐらい揃えとけよ」
「中身が揃ってても料理できないし」
「今どき料理できない男子はモテないぞ」
「別にモテたいなんて思ってないし」
「けっ、イケメンは余裕だな」
相沢は唾棄するように吐き捨てるが、上坂は冷めた目で相沢を見る。
上坂は確かに見た目は整っているが、精々中の上程度。それは相沢も同じことだ。
「なんだよその顔」
「別に……」
二人はそろって中性的な顔立ち、髪や声が違うだけで大まかな顔のつくりは似ていた。
つまり上坂をイケメンと言う事は、自分もそうだ、と言っているようにしか聞こえなかった。
「そんなことよりさ、今度の休みCiRCLE 行こうぜ。こうやって昼一緒に食ってるけど俺達遊びにいった事ないだろ。だから行こうぜ」
二人の話を退屈そうに聞いていた上の上の顔の持ち主四季が遊びに誘うが相沢が怪訝そうな表情をする。
「そんなことって、あー、あー、いいよな本当のイケメンは余裕で。知ってんだぞ、お前が既に何人にも告られてるって事をよぉ」
「でもここにいるってことは……」
「あー、こいつ全部振ってんだよ、マジ信じらんねー。俺なら即オーケーしてこんな野郎ばかりのとこからおさらばすんのに」
顔面偏差値の高い三人(四季が一人で底上げ)が一緒に昼食を食べる姿は一部の女子から目の保養と言われてはいるが、やはり告白されているのは四季一人だ。そしてそんなモテ男は高校生になって早一カ月、既に片手では数え切れない数の女の子から告白を受けている。しかし誰一人として付き合っていない。
「悪いなもともとの素質が違うんだよ。それに俺は誰とも付き合わねえよ、だって俺が誰かのものになっちまったら世界中の女の子が泣いちまうだろ」
髪を掻き揚げ自信たっぷりな表情をする四季を二人は無言で見つめる。
「おいっ、テメーら黙ってないでなんか言えよ! 言ってくれなきゃ俺が恥ずかしいだろ」
真っ赤にして訴える四季に二人は顔を見合い相沢は頷き、上坂は嘲笑に近い表情をする。
「もう十分恥ずかしいし、聞いてるこっちも恥ずいわ」
言葉のナイフがぐっさり刺さった四季は泣きそうな顔で上坂を見る。
「四季が女の子を振るのって女の子とうまく話せないからだろ?」
四季の顔は百人に聞いたら百人がカッコイイと言うぐらい容姿が優れている。もちろん入学当初は休み時間になればかなりの数の女の子が四季の席を囲っていた。だが会話がうまくできず息苦しい環境が続いた四季は休み時間になった途端上坂に話しかけることで女の子に囲まれる事態を回避した。
つまり四季は自ら男子とつるむことで身を守った。
「う、うるせー! 澪、お前は綾人以上に言ってはならねえ事を言っちまったぜ。見てろよ、女子相手でもちゃんと喋れるところを見せてやるぜ!」
四季は勢いよく立ち上がり四、五人程度女子のグループに混ざりに行った。途中なんどか振り返り始めて保育園に行く子供のような視線を向けるが引き留めてりしなかった。
「澪、おまえ以外に容赦ないのな。俺でも言えねえよ」
テンパり、たじたじになりながら女の子と話す四季を遠目で見ながら相沢が呟く。
「ん? 何がだよ」
「天然かよ、
そこまで言われると上坂も言葉の意味に気づき眉間にしわが寄る。
「だったら助けに行くか?」
こうして話している間も遠くで四季がヘルプのサインを出している。
「んっや行かね、だって見てる方が面白いし」
「いやいや助けてあげなよ」
突如割り込んできた声に顔を上げると栗色の髪のポニテ少女山吹と猫耳娘の戸山がいた。
山吹は戸山に四季を連れ戻すようお願いすると、両手を腰に当て現在進行形でお昼な二人を見下ろす。
「上坂も相沢も友達なんじゃないの? どうして四季が困っているのに助けてあげないの?」
優しいがどこか歯向かえないそんな不思議な強さが山吹にはあった。
「俺と澪はあれだ、女子と話せない春夏のためを思ってだな……」
「嘘、楽しんでたでしょ」
じっと見る山吹に我慢できなくなった相沢はビシッ、と真っすぐ上坂を指さす。
「……つかなんで俺ばっか責められんだよ。もともとは澪だっていうのによぉ」
「えっ、上坂なの? 私はてっきり相沢かと……」
「ちっくっしょぉぉぉ──ー」
信用されておらず濡れ衣を被らされた相沢は女の子からの低い評価を目の当たりにして投げやりに叫んだ。
相沢が叫び終わると四季が戸山に手を引かれ戻って来た。
上坂は絶句した。目の端では叫び興奮状態だった相沢も同じように絶句していた。
入学式ではやばさを全開に出していた戸山が包容力のある母にしか見えなかった。
「おまえらどうして助けてくれね~んだよ。俺達友達だろ?」
お母さん(戸山)に腕を引かれた四季は目に涙を浮かべ迷子の少年のようだった。
「友達だからこそあえて見守ってだな……」
調子のいいことを言った相沢はギロッと山吹に睨まれる。
「と言うか遊びに行く話はどうなったんだ?」
「澪くん達遊びに行くの!」
上坂が尋ねると四季の目に光が戻り同時の戸山が机を叩き身を乗り出す。
「そうそうそうだったぜ、なあ今度CiRCLE行こうぜ。やっぱ将来バンドを組むんだったらさ、生のライブは見とかねえとな」
「バンド組む予定もねえし、CiRCLEに行く予定もねえ」
爛々と目を輝かせる四季だったが、相沢がバッサリと切り捨てる。
「綾人、それはちょっと冷たすぎない?」
「バンドはめんどくせえし、それに何が嬉しくてバイト以外であそこに行かなきゃなんねえんだよ」
「へぇ綾人、CiRCLEでバイトしてるんだ」
「まあな、楽器ってバカみてえに金かかるし、そんで折角だから自分のプラスになるCiRCLEでバイトするって決めたわけだ」
「そういえば綾人ってギターとベースやってたよね」
「まあな、それに最近は俺の眠れる才能を信じてキーボードとドラムにも手をつけようと思ってるんだけどな」
「それはまたずいぶんとお金がかかる話だね」
相沢と山吹の会話がひと段落つくとタイミングを伺っていたように戸山が山吹のセーラーの裾を引く。
「さーや、CiRCLEって何?」
「あー、香澄は知らないか。CiRCLEってのはライブハウスのこと」
戸山の髪でできた耳がセンサーのようにピクリと動いた。
「ライブハウス! 面白そう。さーや今度一緒に行こうよ!」
「わ……私はうちの手伝いがあるからいいかな」
山吹は視線を外し何かから逃げるように答えた。
「それで、結局そのCiRCLEってライブハウスには行かないってことでいいんだな?」
「行かなくていい、つか来るな!」
上坂の問いに相沢が四季に話させないように間髪入れずに答える。
「そんなこと言わずに澪、綾人行こうぜCiRCLE!」
二人の腕を掴み必死に食らいつく四季に相沢は怪訝な目で見る。
「今日のお前いつも以上に食らいつくじゃねえか」
「そりゃあ俺は澪と綾人とバンドを組みたいと思ってるからな。だから生のライブを見てもらってバンドの素晴らしさをだな……」
四季の顔から子供のような無邪気さが消え、苦しそうに汗まで流していた。
「噓つけ」
「な、何が嘘なんだよ! お、俺は生まれてこの方嘘なんかついたことがないんだぜ?」
「疑問符ついてる時点で自信ねえじゃねえか。それに俺はお前がCiRCLEにこだわる理由を知ってんだよ」
「そのCiRCLEってライブハウスは他のところと何が違うんだ?」
完全に傍観者に徹していた上坂が悪い顔をする相沢に聞く。
「別に他のライブハウスと変わんねえよ……ただ……」
「ただ?」
相沢が四季を見ると上坂もつられる。
「最近うちに出入りするようになったガールズバンドが美少女そろいでな」
「べ、別にいいだろ! それに男だったら誰だって興味持つだろ!?」
男のつかみ合いもといじゃれあいという大変見るに堪えない光景を上坂はぼんやりと眺めながら相槌を鳴らす。
「つまり相沢はその中に好きなやつがいるから四季を合わせたくないんだな」
上坂が冗談で言ったという真偽は分からないが、この一言をきっかけに相沢の握っていた拳の向きが変わった。
上坂は靴を履き替え学校を出る。
放課後になりそれぞれが部活動の見学やバイトに行く。
結論から言うと、遊びに行く話はなくなった。むしろ友情自体がなくなりかける事態にまでなった。理由は誰一人彼女がいないのに女の話だというのだから笑える。
(山吹も戸山も止めてくれればいいのに……)
山吹は手に負えないとすぐに諦め、戸山はひたすらおろおろしていた。男の殴り合いを止めろと言うのが無茶な話ではあるのだが、それでも声一つかけてくれれば止まっていたかもしれない。おかげで上坂は一方的に殴られた。
上坂は頬にできた青あざを押える。
無神経な一言によって生まれた不名誉な傷だ。その青あざを触り思い出す。直接的な原因を作った女のことではない、話の根本、ライブハウスの話だ。
上坂のいない六年の間に知らないライブハウスが出来ていた。
(ライブハウスか……)
上坂は物思いに更けながら誰もいない家へと帰った。