上坂と戸山、山吹の三人はAfterglowが練習しているスタジオに向かっていた。
先の話の後、相沢は約束しているRoseliaの所に向かい。花園も負けてられないと借りているスタジオに帰った。そして初めは付いてくる気満々だった四季だが担当しているベースとは別にギターも弾ける為,花園に連れていかれた。
そう言うわけもありAfterglowの勧誘には花園の代わりに山吹が付いてきている。
「ねえ澪、迷いもなく進んでるみたいだけどこっちで合ってるの?」
「合ってるよ。出る前にLINEで聞いたし間違いないよ」
炎天下に晒されて山吹はぐったりしていた。
CiRCLEからAfterglowが練習するスタジオはそう遠くはない。ただ照りつける太陽が気力と体力を奪う。
「私も付いてきて何だけど、連絡先知ってるならLINEで聞けばよかったんじゃない?」
「それもそうなんだけど、沙綾、あれを見て言えるか?」
上坂は少し前を歩く戸山を指さす。
「さーや、澪くん早く〜。どんな人なのか、会ってみるのが楽しみ!」
戸山が急かさんとばかりに大きく手を振る。
「ごめんむり」
「だろ?」
諦めた山吹は戸山の所まで走って行った。
「それで澪、Afterglowってどんな子達なの?」
暑い空の下、走ってしまった事もあり山吹の体力は底が見えていた。
だからせめて話をして気を紛らわせたいと言う気持ちがあったのだが、
「え〜! さーや、聞いたら面白くないよ〜」
戸山が首を横に振る。
「だってさ。それにもうすぐ着くし今更聞いてもあれだろ?」
「分かった」
山吹が納得した所で、ポケットに入っているスマホが振動する。
「澪どうしたの?」
「いや、ちょっとLINEが……」
要件は『着く前に連絡ちょうだい』と言うもので、相手はもちろん上原からだ。
「なんて?」
「着く前に連絡してって話なんだけど……」
見上げればCiRCLEよりも一回り小さい建物。
この場所で幼馴染達Afterglowは練習をしている。
「着いちゃったけど連絡してあげなよ」
「分かってる」
上坂は短く『今ライブハウスの目の前にいる』と連絡を入れスマホをポケットにしまう。
中に入ればありがたいことに冷房の涼しい風が吹いていた。
上坂と山吹は立ち止まり風を浴びる。
「さーやに澪くんも早く行こうよ。Afterglowは直ぐそこにいるんだよ」
「「ハイハイ分かりました〜」」
一人元気な戸山はズンズンと進んでいった。
「あふたーぐろう、あふたーぐろう……どこかな〜?」
手前の部屋から順番に窓を覗いては目的であるAfterglowを探す。
顔も分からないのにどうやって見つけるんだろう? 、と上坂は思うが楽しそうに窓の隙間を覗く戸山の顔を見ると止まる事が出来なかった。それは隣を歩く山吹も同じだ。
「────おい、急に飛び出したら危ないだろ⁉︎」
「離して! 澪が直ぐ近くまで来てるの!」
「行くなとは言ってない。とりあえず落ち着け」
女の子の声が聞こえる。
しかし防音の部屋ではっきりと声が聞こえる訳がない。
部屋のドアが開きっぱなしか、部屋の外のどちらかだ。
『澪』と言う知人の名前に戸山の頭の上についている耳がピクリと動く。
「澪くん、そうだよね?」
上坂が一回頷くと戸山は走り出した。
上坂と山吹が後を追いかけると戸山が困った顔で立ち止まっていた。
「あれ、あそこにいるのって……」
山吹が呟く。
長い真っ赤な髪の少女が必死に抵抗する桃色の髪の少女の腕を掴んでいた。
「澪……それにさーや?」
腕を掴む宇田川は上坂と目が合えば見てはいけないものを見るような目を向ける。慌てて視線を逸らすと視線の先にいた山吹に宇田川が首を傾げる。
「澪⁉︎」
上原は筋肉とは縁のない腕を盛大に振り宇田川の手を振り解く。
「ちょっ、ひまり! ……まっ、止めてもムダか……」
宇田川が、後は任せた、と言った視線を上坂に向ける。
「澪いいぃいいぃ──~~」
「ぐふっ……」
上原はゴム鉄砲のように上坂の胸に飛び込みそのまま押し倒す。上原は胸が大きく抱きつけば柔らかいはずなのに勢いの所為もあり体の中から骨が軋むような音が聞こえた。
「うわっ! 澪くん大丈夫?」
「香澄ほっといてあげなよ。それより巴、久しぶりなんじゃない?」
山吹は一度楽しげな表情で上坂を見て視線を宇田川に向ける。
「さーや知り合い?」
「うん。同じ商店街に住んでるんだ。宇田川さん私達と同じ一年生だよ。この子は戸山香澄。一緒にバンドやってるんだ」
「へぇ、よろしくな」
山吹が戸山を紹介するとスタジオの扉が開き複数の女の子が出てきた。
「ねぇ、巴ちゃん今すっごい音しなかった?」
「巴、止めるんじゃなかったの?」
「いやいや蘭~、ともちん程度がれーくんを相手にしたひーちゃんを止めれる訳ないじゃん」
スタジオに入ってから出会った女の子全員が上坂の幼馴染だ。
「モカ、それは酷くないか? アタシだってこれでも頑張ったんだぜ? ……そんな話はまぁいいや。沙綾アタシも紹介するよ。こっちのバンドメンバーの蘭にモカ、つぐみにそこにいるのがひまりだ」
宇田川は上坂に抱きついている上原を指した。
「巴、あの二人ってもしかしなくてもそういう関係?」
苦しんではいるが嫌がる素振りを見せない上坂を見れば誰でも思う事だ。
「ああ、沙綾が思ってる通りあの二人付き合ってるよ」
「へ〜、あの子が噂の彼女か」
「えっ、私、噂になってるの⁉︎」
上坂の胸板から顔を上げた上原は恥ずかしそうに頭を掻いているが明らかに喜んでいた。
「そうなんだ〜。澪の友達がなんか大声で『裏切り者! 抜け駆けしやがって!』って言ってたからクラスのみんなどんな子なんだろって一時期話題になってたんだから」
「綾人だな」
「綾人だね」
「それはあやとんですな」
「ちょっとみんな、確かに綾人君以外考えられないけど……でも、もうちょっと綾人君を信じてあげようよ」
「つぐが一番酷いんじゃない~?」
青葉の言葉に羽沢が本気でショックを受けた。
本来広めたのは四季なのだが、Afterglow のメンバーは四季がどういう人なのかまだよく知らない。精々上坂と相沢のバンドメンバーという認識ぐらいだ。
「あは、あはははは」
山吹は噂を広めたのが相沢ではない事は知っていたが、ここまで全員に言われた相沢に対し山吹は同情する。
「巴が澪の知り合いという事は、巴達が組んでるバンドってAfterglowって名前?」
「ああ、うん。そうだけど。それがどうしたんだ?」
宇田川が尋ねると戸山の方が跳ねる。
「ラッキー! ねえねえ、ライブイベント、出て見ないっ⁉︎」
「ちょ! 急、急!」
一人先走る戸山に山吹は戸惑いを隠せなかった。
「ライブイベントって? 詳しく聞かせてよ。澪の奴『今からみんなの所に行くから場所を教えて』って理由も教えてくれなかったんだよ」
「えーっとね、CiRCLEでガールズバンド限定のイベントライブがあるんだ〜。それで今参加してくれるバンドを探してるの」
戸山はイベントの説明をする。
「ガールズバンド限定のライブ何でしょ。何で澪がいるの?」
あまりにも場違いな上坂について美竹は聞く。
「俺のバンド4C がライブを成功出来るように参加バンドに指導するんだよ」
「へぇ……おもしろそうだな。みんな、どうする?」
「出る! 絶対でる! 澪がサポートしてくれるんでしょ。つぐは?」
「私も出たいっ! 澪君の指導なんてなかなかないし」
「澪、モテモテだね」
「そんなんじゃないから」
からかわれた上坂は顔を背ける。
「つぐがそう言うんじゃあ、決まりだね〜。あたしも出てみたいし〜」
「あれ……? モカちゃんって……どこかで見たことあるような……」
山吹が青葉の顔をまじまじ見る。
「困ったな〜、あたしもすっかり有名人か〜。マネージャーのれーくんを通してくれないと困っちゃうよ〜」
「どうして俺がマネージャーなんだよ」
「そうよ、澪は私の専属マネージャーなんだから!」
「ひまり、恥ずかしいからやめてー!」
周りから生暖かい目を向けられ上坂は両手で顔を覆った。
「なんかあの二人凄いね」
山吹は上坂の普段見せない顔に若干引きつつ青葉に聞く。
「いつもあんな感じー、……ってもしかしてー、パン屋の人?」
青葉はよく山吹の家のパン屋、山吹ベーカリーを利用していた。それもポイントカードにスタンプがビッシリと並ぶほどに
「あはは……そうそう、そうだ! よくうちの店にきてくれてるよね。いつも、ありがとう」
「あ、もしかしてやまぶきベーカリーの……」
青葉によく連行されている美竹も山吹の顔にピンとくる。
「あー、そういうこと。改めて、よろしくね」
「さーやも澪くんも知り合いがいてずるいよー!」
戸山は両手を振る。怒っているというより羨ましいといったところだ。
「俺はこいつらとは幼馴染だし」
「私は家がお店やってるとね。……って、話がそれた。それじゃあライブイベントには出てもらえるってことでいいのかな?」
山吹がライブの話を持ち出すと目立たぬよう幼馴染の中でも後ろに立っていた美竹が前に出る。
「澪、それに二人も。最終的にはあたし達の音を聞いて判断してほしい。今から弾いてみせるから、聞いてて」
Afterglow にもプライドがある。上坂や山吹の知り合いだからと言う友情出演では今まで頑張ってきたAfterglow のプライドが許さない。
「お、かっこいい事言うねえ〜。ひゅーひゅー」
「確かに、ただ知り合いってだけじゃなくて、ちゃんと音で判断してほしいよな。みんな、それでいいよな?」
「もちろんっ! 最高の演奏見せちゃおうよ〜」
「うんっ!」
仲良し幼馴染、意見は総意だった。
ギターの音が静かに鳴り止む。
「すごい演奏だったよ、! めちゃくちゃかっこよかった!」
「すごい、すごいすごい! なんか、すっごいよ!!!」
Afterglow の演奏を聴いた戸山達はすごいの一言しかなかった。それ以上の事を言うには戸山達はまだまだ足りない事が多い。
「あはは、サンキュ。アタシ達の演奏どうだった」
「いつも通り。やっぱり、お前達の演奏は俺が今まで見てきたバンドで、一番音がはまってるよ」
やはり幼馴染バンド、息がぴったりだ。
「イベントの参加はオーケーでいいよな?」
「……ま、当然だね」
「みんな、これからよろしくねっ!」
戸山の顔は参加バンドが増えた喜びと言うよりは新しい友達が出来たような喜びだった。
「ああ、よろしくたのむぜ」
「出演バンドが揃ったら、一回みんなで集まりたいと思ってるから、その時はまた連絡するよ」
「了解」
山吹はスマホを取り出し連絡先を交換し、宇田川は、いつでもかかってこい、といった顔をする。
「ん〜〜っ、なんだか調子いいね、さーや! 澪くん! この調子で他のバンドもドンドン! スカウトしちゃおうっ」
「そうだね」
「だな」
今日一日で参加バンドが三組(一つは不確定)決まり、戸山の言う通り本当に調子がいい。
「澪、アタシ達以外どこが決まってるんだ?」
参加バンドとしてはやはりどこが来るのかは気になるのだろう。
「今、参加が決まってるのが、Afterglow と、ここにいるさーや達
poppin party、後確定じゃないけどRoseliaの三組のが決まってる」
「よくRoseliaが話を聞いてくれたな?」
「話しぐらいは聞いてくれるよ」
上坂は笑いながら返事をする。
「まっ、参加してもらうには来週のライブで結果をださなきゃなんだけどな」
「それってどう言う事なんだ?」
宇田川の顔が険しくなる。
「澪くん達はね、来週CiRCLEのライブに出てRoseliaの人達に力を見せなきゃいけないんだよ」
「そうそう、それでRoseliaの人達は澪達を指導者に相応しいかチェックするんだって」
「だったら何の心配もいらないな」
戸山と山吹の話を聞いて宇田川は険しい顔を忘れ力強く笑う。
宇田川だけじゃない、四人の顔からも不安の表情はない。
「なんだよ、みんな信用しすぎだろ?」
嬉しくなり上坂は笑う。
「そんな事言って澪、負ける気さらさらないんだろ?」
勿論、と上坂は自信満々に頷いた。
「よし、それじゃぁみんなも参加してくれるみたいだし俺達はそろそろ帰るよ」
両手を叩いた上坂は話をシメにかかる。
「あれ? 澪も帰るの?」
山吹が尋ねる。
「帰ったら不味いのか?」
「そんな事はないけどいいの?」
山吹の視線に釣られその先にいたのは上目遣いで上坂を見上げる上原だった。
「澪、帰っちゃうの?」
「CiRCLEに戻ってみんなの参加の事まりなさんに報告しないといけないし……」
「そっか……」
上原の視線は落ち、俯いた顔は上がらなかった。
「澪、その子、彼女なんでしょ? 悲しませたらダメだよ。別にまりなさんへの報告は一人いたら十分だから澪がいなくても何の問題ないよ」
「良いのか?」
「いいって、いいって。じゃあ私達は戻るから、澪は巴達の邪魔にならない程度にゆっくりしていきなよ」
そう言って山吹は戸山と一緒にスタジオから出ていった。
閉まったドアを見て上坂は呟く。
「なぁ、巴といい、沙綾といい、どうして商店街に住んでる人はあんなイケメンが多いんだ?」
「? よくわかんねーけどサンキューな。沙綾のおかげで澪も残る事になったし、一足早いけど色々教えて貰うかな。なっ、つぐ」
「うん、綾人君基本ギターがメインで、自分でもドラムとキーボードは上手じゃないっていってたし今日は沢山教えて貰おうね、巴ちゃん」
「おいおい、ハードル上げるなよ」
上坂が残る事になり上坂と同じ担当楽器である宇田川、羽沢はより高い指導を期待していつもよりテンションが高い。
「私も澪に教えてもらう!」
「ひまりはベースじゃん」
「ひ〜ちゃん楽器違うんだから諦めなよ〜」
「そんな〜」
上原は、どうして自分はベースを選んだんだ、と後悔するが、Afterglow 結成時に担当楽器を決めた時はキーボードとドラムは羽沢と宇田川の経験者がいた為、結局の所はどうしようもない。
「練習するんだろ? 見てやるよ。ちなみに言っておくけど綾人みたいに上手くはないから期待はするなよ」
上坂は二回手を叩き、どこからか持ってきたパイプ椅子に座る。
この日以降上坂は Poppin party だけでなくAfterglow の練習も見るようになった。
これから上坂は近くで幼馴染達の成長を感じる事が出来る。その幸福感を感じながら彼女達の演奏を聴いた。