六年前を覚えている   作:海のハンター

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タイトルとは裏腹にパスパレ成分少なめです


30話 『Pastel*Palettes』

 

 朝、上坂はいつものルーティーンを済ませ、一人で座るには大きすぎるソファに座りテレビをつける。日曜日はニュース番組が少なく、あってもワイドショーぐらいだ。

 

 昨日の一件でスケジュールが埋まった上坂の本日の予定は午前中に戸山とライブイベントに参加してくれるバンド探し、午後からは来週行われるライブの練習。

 今は戸山との約束の時間までの時間潰しだ。約束場所は駅前、そこまで遠くはない。

 

 ワイドショーを見終わった上坂はテレビを消しピアノの部屋に向かった。

 音楽以外無趣味な上坂は暇な時間があればピアノかドラムを鳴らす。

 特にどっちの楽器を使うかとか決まりはないが、今はピアノの気分らしい。

 

 ターン、と最後の鍵盤を叩いた上坂は一息ついた後に顔をしかめ一面ガラス張りの窓へ立ち寄る。

 

「香澄、それに市ヶ谷、どうしているんだ? 約束場所は駅前だっただろ?」

 

 窓にはビッタリ戸山がへばりついており、上坂は窓を開けて戸山を窓から引き剥がす。

 

「我慢できなくて、つい来ちゃった」

 

 戸山は笑って誤魔化す。

 

「香澄は極端なんだよ。どうしていつも約束事には遅刻するのに今日はこんなに早いんだよ」

 

「それは私も思ったけど、遅刻するよりいいだろ?」

 

「で、どうして市ヶ谷がいる?」

 

 戸山とは昨晩LINEでバンド勧誘に行く約束をした。『二人で』とは言ってはいないが、個人でLINEしてるため普通はそう思う。

 

「いたら悪いかよ」

 

「悪くないけど、何でかなーって」

 

 上坂は視線を戸山に流す。

 

「今日急におばあちゃんのご飯が食べたくなったから有咲の家でご飯を食べて……」

 

「ん? ちょっと待て、何? 香澄と市ヶ谷って従姉妹なの?」

 

「澪くん、違うよー、おばあちゃんは有咲のおばあちゃん」

 

「じゃあ香澄は急な思いつきで人様の家でご飯を食べた訳?」

 

「だっておばあちゃんのご飯美味しいんだもん。特に卵焼きが丁度いい甘さでね……」

 

 戸山はおばあちゃんのご飯について語る。深く細かい話から何度も足繁く通っていることが想像できる。

 上坂は今朝の朝食を思い出す。

 アプリコットジャムを塗った食パンにコーヒー。

 

「ばあちゃんの料理は美味いんだぞ! どうだ羨ましいだろ?」

 

 市ヶ谷は自分が作っているわけでもないのに自信満々に胸を張る。

 

「なぁ、市ヶ谷。俺もおばあちゃんのご飯食べたいから食べに行っていいか?」

 

 確かに市ヶ谷の言葉通り上坂は羨ましがった。しかし期待した反応とは明らかに違う。

 そう、上坂が上原の手料理以外は貧相な食生活を送っている事は同じクラスの戸山はともかく隣のクラスの市ヶ谷は知らない。

 一瞬理解が出来ずキョトンとした市ヶ谷は顔を赤くして震え出した。

 

「いいわけないだろ⁉︎何でお前がうちでご飯食べるんだよ!」

 

「別にいいだろ? 聞いたところ香澄も何度も行ってるみたいだし」

 

「うん、今じゃおばあちゃん、学校の日と練習の日は私の分のご飯も用意してくれるんだ」

 

「香澄! 余計な事を言うな!」

 

「いいなー香澄は。俺もおばあちゃんのご飯食べてみたいよ」

 

「お前等のばあちゃんじゃねえ! 私のばあちゃんだ!」

 

 市ヶ谷が叫んだところで戸山がニコニコと笑っていた。

 

「有咲ってすっごいおばあちゃんっ子なんだよ〜」

 

「へ〜」

 

「悪いかよ」

 

 市ヶ谷も事実を受け入れているのか否定はせず、上坂を睨みつける。

 

「いや、悪く無いよ。そっかー、市ヶ谷はおばあちゃんっ子かぁ」

 

「何だよ、文句でもあんのか?」

 

 怒る一歩手前の市ヶ谷に上坂は勢いよく首を横に振って否定する。

 

「ただ、市ヶ谷にも可愛いところがあるんだなって……」

 

 直後、小さな握り拳が飛んできて慌てて避けた上坂は盛大に尻餅をつく。

 

「何するんだよ!」

 

 突然拳を振り上げられてヘラヘラする程上坂は優しく無い。

 

「うるせえ! いいから早く準備して来い! 参加してくれるバンド探しに行くんだろ⁉︎」

 

 『触らぬ神に祟りなし』、真っ赤で怒る市ヶ谷をこれ以上刺激しないように上坂は窓を閉め荷物を取りに戻った。

 

 

 

 家を出た上坂は戸山、市ヶ谷の三人でCiRCLEのライブイベントに参加してくれるバンドを探しに出かけるた。

 

「そういや香澄、どうして俺の家の場所を知ってたんだ?」

 

 電車に揺られ暇になった上坂は過ぎた事を尋ねる。

 イベントに参加してくれるバンド探しは徒歩で行ける近場から電車に乗る遠場へと変えた。理由はポピパやAfterglowと上坂が紹介出来るバンドがいなくなってしまったからだ。

 

「春くんから聞いたよ」

 

「やっぱり……」

 

 春くんとは上坂と同じバンドメンバーでクラスメイトの四季春夏の事だ。四季は口が羽毛のように軽く、情報が漏れる場合は大概四季から漏れている。

 

「それにしても澪くんの家大きかったね、有咲の家と同じぐらい大きいんじゃない?」

 

「……そうだな」

 

 市ヶ谷の返事は冷たい。

 ムスッとした仏頂面は上坂が荷物を取りに戻った時から変わっていない。

 

「いい加減機嫌直せよ。って言うか何に怒ってるんだ?」

 

 市ヶ谷が睨みつける。

 

「おま……おま……お前が……その……か、かわ……かわ……」

 

「どうした? 体調でも悪いのか?」

 

 上坂は手の平を市ヶ谷の額に当て、もう片方の手の平を自分の額に当てた。

 

「有咲大丈夫?」

 

「ん〜、熱はないみたいだな」

 

「よかった〜、有咲無理しちゃダメだよ。……有咲?」

 

 戸山は市ヶ谷の心配をするが返事は返ってこなかった。

 

 瞬間、

 

「────///」

 

 市ヶ谷は目を回し座り込んだ。

 

 

 

 ガラコンッ、と自動販売機から飲み物が落ちる。

 

「熱はないみたいだし、朝から熱中症か?」

 

 ベンチでぐったりとした市ヶ谷にスポーツドリンクを差し出す。

 市ヶ谷が座り込んだ時に車内は軽く騒ぎになりかけた。幸い次が降りる駅だった為、扉が開くと同時に上坂と戸山は市ヶ谷を抱え滑るように電車を降りた。

 

「そんなんじゃねーよ」

 

 弱々しく呟いた市ヶ谷はスポーツドリンクを奪い取るように取り一気にそれを飲み干す。

 

「ん」

 

 市ヶ谷は空になったペットボトルを上坂に向ける。

 

「ごちそうさん」

 

「それが飲み物を恵んだ恩人にする事じゃないだろ?」

 

 上坂は悪態を吐きつつもペットボトルを受け取りゴミ箱に捨てた。

 

「それで市ヶ谷、どうするんだ?」

 

「どうするって何をだよ?」

 

「これからもっと暑くなるし帰るなら今のうちだぞ」

 

 まだ昼前、これからどんどん太陽は上り気温も上がる。冷房の効いた車内で倒れる市ヶ谷には難しいと上坂は考えた。

 

「ここまで来て誰が帰えんだよ! っと……」

 

「有咲、大丈夫⁉︎無理しなくていいから」

 

 勢いよくベンチから立った市ヶ谷は足元がふらついた。

 

「見た感じ顔色は良さそうだからいいけど、香澄には迷惑かけるなよ」

 

「有咲、私なら大丈夫。普段有咲に迷惑かけてる分今日ぐらい迷惑かけてもいいよ」

 

「(確かに無茶苦茶な奴だけど、その、迷惑だなんて思ってねーし)……ほら香澄いくぞ!」

 

「有咲、待ってよ〜」

 

 市ヶ谷は口の中で呟き日差しの中に飛び出し、戸山も続いて飛びだす。

 

「危なっかしいけど元気になって良かった……?」

 

 市ヶ谷が何を言ったのかは良く聞こえなかったが、言及すればまた碌でもない目にあうと思い、黙って二人に続こうとする。

 すると市ヶ谷が手を伸ばし何か要求する素振りを見せる。

 

「こんな暑い中、私が何も持たずに歩ける訳ないだろ?」

 

 弱音を吐く市ヶ谷に疲労の色はない。

 それに態度もでかい。

 

 上坂は首を傾げる。

 すると市ヶ谷は呆れたため息を吐き、表情とは合わないVサインを伸ばした方の手で作る。

 

「飲み物。私と香澄の分、二本な。なぁに、あんなに大きな家に住んでるお前なら飲み物の二本ぐらい安いもんだろ」

 

 マジか、と内心思いながらも上坂は自動販売機で二本飲み物を調達し二人に届けた。

 

 

 

 青い空の下、空のペットボトルを持った市ヶ谷は目の前の高さ一五メートルはあるであろう建物を見上げ呟いた。

 

「……私達はバンドを探しに来たんだよな?」

 

「うん、そうだよ」

 

「だったらここはありえねーだろ! ご丁寧に『芸能事務所』って書いてるじゃねーか!」

 

 市ヶ谷の激しいツッコミと同時にペットボトルがグシャリと悲鳴を上げた。

 

「香澄、市ヶ谷連れてくるんだったらちゃんと話しとけよ」

 

「つい、うっかり」

 

 戸山は拳を軽く握り頭を叩き小さく舌を出す。

 

「有咲、言い忘れてだんだけど今日『pastel*palettes』って言うバンドをイベントに参加してもらえないか誘いに来たの」

 

「pastel*palettesってあれだろ? アイドルバンドの……って香澄まさか、そんな有名人に出演してもらう気じゃないだろな?」

 

「もちろんそのつもりだよ。それじゃあ早速会いに行こー!」

 

「ちょっ、香澄!」

 

 戸山は市ヶ谷の腕を引きビルの中に、上坂も二人に続き芸能事務所に入る。

 

「おい、香澄、やべーって」

 

 市ヶ谷は初めての芸能事務所に挙動不審に見渡し戸山の服の後ろ裾を何度も引っ張る。

 

「有咲は心配症だなぁ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ、パスパレにはクラスメイトのイヴちゃんと一也くんがいるし。……ここがゲーノー事務所っ!」

 

 辺りを見渡し興奮する戸山は市ヶ谷に言葉をかけるが不安は消えていない。

 

「そうだ、アポイント! 香澄、アポイントはどうすんだよ?」

 

「アポー? アポー……りんご?」

 

「んな訳ねえだろ。アポイントつーとは合う約束見てーなもんで、それがなかったら芸能人には会えねーんだよ! それぐらい常識だろ?」

 

 芸能人は事務所でパソコンを叩いたりせず、営業マンのようにいろんな所に行って自分を売る。

 つまり事務所に所属しているとは言え事務所にいるとは限らない。

 いなければ時間と電車賃が無駄になる。

 

「香澄、市ヶ谷、四階だってさ」

 

「ちょっと待てよ、お前アポイントなしで行く気かよ」

 

 市ヶ谷に引き止められた上坂は何度か瞬きを入れる。

 

「何言ってるんだ? ちゃんと取ってるに決まってるだろ?」

 

「えっ、でも香澄のやつアポイントの意味すら知らなかったぞ」

 

「先に言うけど俺はちゃんと香澄にその事言ったからな。どうせ香澄の事だ、難しい言葉は聞き流したんだろ?」

 

「あー、そう言われると納得した」

 

 二人が戸山を見ると、戸山は可愛らしく小首を傾げた。

 

 

 

 エレベーターの扉が開くと一人の少年が笑顔で上坂達を迎える。

 

「約束時間の一○分前にくるなんて感心やな〜」

 

 青い髪に泣きぼくろ、渡辺一也(わたなべかずや)だ。

 

「そりゃぁ、遅れたら怖いし……」

 

 上坂は目を逸らし呟く。

 四季と相沢共に騒ぎ、何度も怒られている上坂にはしっかり恐怖の対象となっている。

 

「一也くん、おはよー」

 

「戸山もおはようさん。まぁ、こんなとこで立ち話も何やし案内するわ」

 

 上坂達は渡辺の後をついて行った。

 

 足を止め、渡辺が部屋を開けると白髪の少女が嬉しそうに近づいてきた。

 

「カスミさん、レイさん、お待ちしてました」

 

 緩い三つ編みを両肩から垂らした若宮(わかみや)イヴが頭を下げる。

 

「やっほー! イヴちゃん! 来たよー!」

 

「イヴちゃんおはよ」

 

「おはようございます……カスミさん、後ろの方は……」

 

 若宮の視線は戸山の背中に隠れる市ヶ谷に向く。

 

「初めまして、市ヶ谷有咲です……」

 

 一言挨拶をし、市ヶ谷は再び戸山の背中に隠れた。

 

「あなた達ってもしかして、Poppin'Party?」

 

 渡辺の肩から顔を覗かせるのは丸山彩(まるやまあや)。明るいピンクを肩まで垂らした少女だ。

 

「あっ! 丸山先輩! おはようございます」

 

「あれ? 私の事知ってるの? そうか私もそろそろ芸能人の自覚を持たないとだね」

 

 一人舞い上がる丸山を見た市ヶ谷は戸山に尋ねる。

 

「香澄、何であの人の事知ってるんだ?」

 

「あの人は丸山彩先輩。花咲の二年だよ。丸山先輩は偶に一也くんに引きずられて教室に来る事があるんだー」

 

「ちょい待ち、戸山、その言い方やと俺が先輩を引きずり回して喜んどる見たいやろ! ちゃうわ、先輩が離してくれへんからしゃーなくそのまま教室に来とるだけや!」

 

 一週間に一回程度の割合で渡辺は丸山を引きずって学校に来る。そう言うこともあり丸山がアイドルだと知らない生徒はいても、1-Aのクラスでは丸山の認知度は一○○%だ。

 

「私、隣のクラスでよかったのかも知れない」

 

 1-Aの壮絶な日常に今まで戸山と他のポピパのメンバーと同じクラスになりたかったと思っていた市ヶ谷だったが、初めて自分のクラスのありがたみを知った。

 

 

 

 丸山は顔を覆い小さく丸まっていた。

 一つの事に集中すると周りが見えなくなる丸山は渡辺に引きずれている周りの視線を気にした事がない。それも渡辺の教室に入ればごく自然に若宮が挨拶をしてくれるからだ。

 だから今まであまり気にしてはいない丸山だったが、改めて奇行を言われると恥ずかしさが込み上げる。

 

「彩ちゃん、今更何を恥ずかしがってるの? 彩ちゃんの奇行は今に始まった事じゃないでしょ?」

 

「……千聖ちゃん」

 

 顔を上げればすぐ近くに背中まで伸びるブランドヘアー、大人気女優の白鷺千聖(しらさぎちさと)がいた。

 白鷺は優しく肩を叩き笑顔を見せるが、普段からの事もあるのか言葉には棘がある。

 しかし丸山はそんな言葉の棘には気にせず、心配してくれてありがと、と言い立ち上がる。

 

「それと一也君、今日はイベントの詳細について聞くのでしよ?」

 

「そないでした。すみません白鷺先輩」

 

 戸山と話し込んでいた渡辺は頭を下げた。

 

 注意を受けた渡辺は気持ちを切り替えてクセのあるメンバーを一声で集めた。素直に集まるのは彼と彼女達の信頼関係なのだろう。

 

「ねえねえ、一也君。今から何が始まるの?」

 

 短いライトブルー髪の少女、氷川日菜(ひかわひな)が元気いっぱいに手をあげる。

 

「日菜さん、昨日一也さん言ってましたよ。イベントライブに出るとかどうとかって」

 

「おもしろそうっ!」

 

「日菜さん、それ昨日も同じ反応してましたよ」

 

「おもしろそうなんだし昨日とおんなじ反応しても別にいいじゃん」

 

 日菜はニコニコと笑顔を浮かべ、渡辺は静かになった事を確認した。

 

「やっぱり大和さんがいると楽やわ」

 

「そんな……一也さん、恐縮っス」

 

 栗色の髪に眼鏡をかけた大和麻弥(やまとまや)は嬉しそうにアイドルらしからぬ笑い声を上げた。

 

「と、いう訳で上坂、待たせたな。早速話し聞こうか」

 

 渡辺はパスパレに向いていた意識を上坂に向けた。

 

 渡辺だけじゃない全員の視線が集まったのを確認して上坂は話した。

 

 来月CiRCLEでガールズバンド限定のライブイベントがあること。

 参加バンドの数が足りていないこと。

 上坂や渡辺が参加バンドのレッスンを請け負うこと。

 文字で説明できないことを伝えた。

 

 話を聞き終えた渡辺は何度か頷く。

 

「……先に結論からゆうけど、パスパレはイベントに参加する方向で話は進めとる」

 

「やったー、パスパレもOKで、残るバンドも後少しだね」

 

「戸山、人の話は最後まで聞かなあかんっていつもゆうとるやろ?」

 

「?」

 

 渡辺の言葉に戸山は飛び跳ねるが、渡辺はすぐさま首を横に振る。

 

「芸能会だけじゃない仕事ちゅうのは学校の時間割みたいに正確に決まっとらんねん。いつどのタイミングで入ってくるか分からんし、それこそ明日の予定が前日に入ることだってある。だから悪いんやけど絶対参加できるなんて約束はできひん」

 

 同じ高校生でも住んでいる世界が違う。

 パスパレは高校生バンドとはいえプロ。そこには厳格なスケジュールがありお金も動く。当人達の意思だけではどうしようもない部分が必ず存在する。

 

「そっかぁ……アイドルのお仕事って演奏する事だけじゃないもんね」

 

「すまん。俺もバンドの仕事限定にはなんねんけどスケジュール開けるように調整しとくから」

 

 渡辺の謝罪に今度は戸山が首を振る。

 

「大丈夫、一也くんが頑張ってくれるなら絶対何とかなるよ」

 

「戸山はえらい俺の事を買い被るなぁ、一体俺の事なんやと思うとん?」

 

「……お母さんみたいな?」

 

「お、おか、お母さん⁉︎」

 

 渡辺はクラスでは『オカン』の愛称を持つがそれは裏で呼ばれているだけであって当の本人はその事を知らない。

 

「何でそこはオトンやなくてオカンなんや?」

 

 渡辺がどうでもいい事を聞く。

 

「だってみんな言ってるよ、一也くん、オカン見たいだって」

 

 ギョロッ、と渡辺の鋭い視線が上坂に向く。

 

 渡辺は自分の愛称は裏でのみ呼ばれている。

 それは単純にバレたら説教が待っているからだ。

 

「あは、あはは、あはははー」

 

 誤魔化すように笑うがそんなものがオカンに聞く訳がない。

 

 今は時間が決められ怒られることはないが明日はそうはいかない。

 

 上坂の脳裏にはクラス全員参加の大説教会の様子が過った。

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