六年前を覚えている   作:海のハンター

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31話 『Roselia』

 

 半日授業は本当にありがたかった。

 学校が昼までに終わることで、午後からはバンド練習ができた。

 それは全て今日の日のための努力だ。

 

「綾人君達……えっと4Cだったね、今日は頑張ってね、期待してるよ」

 

 受付で立っているCiRCLEの代理店長的存在の月島は気楽に笑う。

 今日の4Cの結果によってRoseliaがイベントライブに参加してくれるかが決まると言うのにそれでも尚、笑顔を絶やさない。

 

「なぁ、綾人。ここっていつもこうなのか?」

 

 上坂はクイクイと相沢の服を引っ張る。

 ライブ当日だと言うのに入ってくる人の数が少ない。

 全く入ってこないというわけではないがSPECEと比べれば圧倒的に少ない。

 

「いつもこんなんだよ、だからその為のイベントだ、つってんだろ」

 

「そう、だから4Cには頑張ってもらわないと。ライブ成功でお客さん増加。それにイベントにRoselia参加。いいことづくし。さ、頑張って!」

 

 月島は追い返すなように背中を押した。

 

「綾人、今日は見せてもらうわ」

 

 ロビーは湊友希那を先頭にしたRoseliaを見てざわめき出す。

 中にはパンフレットと彼女達を交互に見て目を丸くする人もいる。

 

「演奏の方はどう? 私達が納得出来るレベルの演奏は出来るかしら?」

 

 両肘を抱き湊が問う。

 

 今日行われるライブにはRoseliaは参加しない。

 RoseliaはCiRCLEの常連でライブに出る事もあるが、4Cをじっくり観察もとい見定めをする為ライブに参加しない。

 知名度抜群のRoseliaが参加しない事もありライブに初参加ではあるがトリを任された。

 

「問題ないですよ友希那さん。絶対がっかりはさせません。だから楽しみに見てて下さい」

 

 相沢は飄々とした態度を取るが目は真っ直ぐRoseliaを見ていた。

 

「おっ、綾人言うね〜」

 

 湊の隣で今井が楽しそうな表情浮かべる。

 

「そりゃぁ、俺達この一週間めちゃくちゃ頑張りましたし」

 

 この一週間4Cは頑張った。

 どれぐらい頑張ったかと言えば、スケジュールが黒で塗りつぶされているメンバーが多い中、無理して集まって練習したぐらいだ。

 

「頑張ったと言いましても、たった一週間ぽっちの事ですよね?」

 

 練習を毎日欠かさない氷川にとって一週間程度の練習、鼻で笑うどころかバカにされているとさえ感じる。

 

「さーよ、一週間でも頑張ったのなら褒める事だよ。それが綾人なら尚更。あのめんどくさがりの綾人が一週間も頑張るなんて凄いことじゃん」

 

「リサさん、それ褒めてますか?」

 

「え? もちろん褒めてるよ、褒めてるに決まってんじゃん」

 

「ならいいんスけど……」

 

 悪気のない言葉に相沢は強く言い返すことが出来なかった。

 

「確かにそうですね、相沢さんが一週間も頑張ることは評価すべきですね。ですが演奏は別です。貴方達の演奏、楽しみにさせてもらいます」

 

「そうね、……綾人、あなた達の演奏、楽しみにしてるわ」

 

 湊と氷川はライブ会場へ入っていった。

 

「友希那も紗夜も綾人達を緊張させるような事を言って〜。じゃあねまた後で、ライブすっごい楽しみにしてるから」

 

 今井は相沢に手を振った後に湊や氷川とニュアンスは違うが同じ事を言ってしまった事にハッ、と口元に手の平を当てて会場へと入っていった。

 

 今井の背中を見送った相沢はだらしない顔で手を振っていた。

 そのだらしない表情はモテるのにモテないという矛盾を持つ男、四季を怒らすには十二分すぎる着火剤だった。

 

「おい、綾人テメェ。テメェまで俺を置いていくとは言わねえよな?」

 

「……これはリサさんルート入ったんじゃね?」

 

 ただ怒りは緩んだ顔の相沢には届かない。

 

「相沢、なんか意味の分からん事ゆうとるけど、あーゆうコミニケーション能力が高い人って誰にでもあーゆう事するんとちゃう?」

 

「……それを言うなよ! あーあ、リサさんがバイト先で客にも同じ事してたの思い出しちまったじゃねえか!」

 

 しかし怒りは届かなくても事実はしっかり耳に届く。

 

「なんか知らんけど、すまん」

 

「気にすんな! こうなったらこの熱が冷めねえうちにリサさんルートに突っ走ってやる」

 

「お、おう、そないか……」

 

 相沢の投げやりな態度に渡辺は気後れする。

 

「人の恋愛をとやかく言うつもりはないけど、相手はちゃんと一人に決めろよ。そうじゃないとうちの蘭が悲しむから」

 

 相沢の興奮気味だった表情が冷水でも被ったかのように真顔に戻る。

 

「は? なんでそこで蘭の奴の名前が出るんだよ?」

 

「…………」

 

 美竹は人見知りで幼馴染以外にあまり心を開かない。言いたいことがあっても言えない、言葉が見つからない。そんな少女が遠慮なしに事を言えると言うことはそういう線もあると言うことだ。

 

「後もう一つ、澪、お前も相手はちゃんと一人にきめろよ」

 

「はい? 俺がひまりと付き合ってるの知ってるだろ? 今更何言ってるんだよ?」

 

「…………」

 

 相沢は黙る。

 案外第三者の方が好意というものが良く見えているのだろう。

 

「あ、あの……」

 

「りんりん頑張って」

 

 あこともう一人、黒い髪をさらりと伸ばした少女が身を縮こめて立っている。

 白金燐子(しろかねりんこ)。Roseliaのキーボード担当で上坂と関係はないように見られる少女だがその実、関係はあった。

 上坂がまだピアノを止める前、コンクールで度々あった少女だ。

 

「えっと……白金さんでしたよね?」

 

「あっ、はい……」

 

 返事をするが白金の視線はフロアから離れない。

 

「りんりん…………」

 

「あこちゃん……大丈夫」

 

 何か決意をしたのか白金はフロアから視線を外す。

 

「あの……その……が、頑張って下さい」

 

「あ、うん。ありがとうございます」

 

 上坂が返答すると白金はスタスタと足早に上坂の隣を駆け抜ける。

 

「りんりん待ってよ〜」

 

 あこも会場なら入りRoselia全員を見送った上坂も控え室に向かおうとしたが、振り返れば呆れた相沢、怒る四季、真顔の渡辺と表情は三者三様だった。

 

「何なんだ? そんな面白い顔して」

 

 首を傾げると相沢が肩を軽く叩く。

 

「お前、巨乳に好かれる呪いでもかけられてるのか?」

 

「あの人とは昔、ピアノのコンクールで何度か会った事があるんだよ」

 

 上坂も同じように呆れた口調をする。

 

 市ヶ谷の一件以降、上坂は一度昔の事をゆっくり思い出した。

 白金もその時思い出した少女だ。

 

「うがー! そんな呪いがあるなら俺も欲しいぜ!」

 

 四季の叫びに視線が一気に集まり上坂と相沢、渡辺の三人はそそくさと控室に向かった。

 

 

 

 ライブの順番は最後、トリだ。

 上坂達は知らないがライブのパンフレットには『あのRoseliaが大注目』とご丁寧にというより抜かりなく月島はライブの宣伝をしていた。

 それがSNSで拡散したのか初めは寂しい会場であったがライブが始まる頃にはそれなりに集まっていた。

 

「トリをやらせてもらいます4Cです。よろしくお願いします」

 

 ライブも終了間近、ステージに上がった相沢はマイクを持ち簡単に挨拶をする。

 いくらMCの担当が上坂とは言っても、やはり一番目立つのは相沢のボーカル。初めの挨拶だけは彼に任せる事になった。

 

「じゃあ早速行くぜー!『コード10』! 」

 

 ギターの音が鳴り止む。

 見る人全員がライブを理解してる事もあり人数は文化祭の時より少ないとはいえ盛り上がりだけ見れば今の方が上だ。

 やはりライブハウスではアップテンポの激しい曲が似合う。

 

 観客席からは、もっと興奮を味わいたいのかアンコールの声が届く。

 

「じゃあアンコールを貰った事だし……、行くか」

 

「ああ」

 

 上坂は立ち上がり相沢からマイクを受け取る。

 

 観客からしてはドラムがステージの前まで来るという事に疑問しかなかった。

 

「スタッフさん、お願いします!」

 

 上坂がマイクで声をかけると、待ってましたと言うように素早くステージにそれを用意した。

 用意されたのは黒く輝くピアノ。

 本当は見た目で目を引くグランドピアノが良かったのだがそこまでわがままを言えない。今日の日の為にレンタルをしてくれただけでもありがたいというものだ。

 

 上坂は椅子に座り音がおかしくない事を確認したところでOKサインを出した。

 

「それじゃあピアノも準備出来た事だし二曲目いきます。『たったそれだけのこと』」

 

 一曲目が王道のロックに対し二曲目は邪道のバラード。

 

 選曲的には明らかにミスだ。

 折角沸かしたお風呂を水でぬるめるのと同じ事だ。

 観客が血が騒ぐぐらい興奮して帰りたいのは知っている。それでも最後の曲にバラードを選んだ。

 これはいつものようなわがままではない。

 観客を納得させるだけの自信が上坂にはあった。

 

 上坂は優しく撫でるようにピアノを鳴らす。

 その音色に合わせ観客も静まる。

 

 上坂の曲作りは経験から出来ている。つまりこの曲にも上坂の人生の一部が入っている。

 高校に入学したばかりの上坂は物事にあまり関心を持たなかった。だから基本的には周りに流されていた。

 それは考える事を辞めた逃げと同じ。

 自分の選んだ選択肢に後悔したくない、だったら周りに流された方がいい、そうすれば間違えても自分の所為じゃない。

 

 後悔はしない。

 

 傷つきもしない。

 

 そう思っていた。

 

 だけど神様の気紛れで少女に出会ってしまった。

 それが嫌がらせなのか、それともチャンスなのかは分からない。

 ただ楽しんでいるだけかも知れない。

 

 選択肢を人に委ねる事はもうできない。

 自分の事は自分で決めなければならない。

 だけど長年流されてきた彼に答えを選ぶ事は出来ない。

 

 だから彼は願った、せめてヒントを下さい、と。

 

 情けない事だが願いは届いた。

 

 お前のやりたいようにやればいい、お前に足りないのは勇気だ。

 

 言葉は違っていたが少年にはそう聞こえた。

 

 少年はそんな適当で無責任な言葉を信じて進んだ。

 そしたら驚く事に世界がいい方向に変わった。

 

 小さな勇気を振り絞る、たったそれだけで少年の世界が、見え方が変わった。

 

 この詩は少年が光の道を歩くまでの物語だ。

 この話を知っている人は多い。だからバレないように歌詞は気持ちや経験をストレートに書いていない。誰も望んで黒歴史を話したりしない。

 それでも良く読めばあの出来事の事だって分かる。

 だから上坂も諦めている部分はある。

 とりあえず、物語のヒロインとバカ二人にバレなきゃいい、その程度にしか考えていない。

 

 

 

 演奏が終わり上坂達は今の曲の雰囲気を崩さないように静かにステージを降りた。

 

 控室に戻ると椅子には月島とRoseliaの五人が腰掛けていた。

 本来関係者しか立ち入りが許されない控室にRoseliaがいる事は許されない事なのだが、月島が一緒にいる辺り彼女が招き入れたのだろうと上坂は思う。

 

「それでは結果はっぴょ〜!はい、はくしゅ〜!」

 

 月島が調子良く声を上げるが誰一人彼女のテンションに乗らない。

 

 Roseliaのメンバーはもちろん、上坂達も曲の余韻が残っており、月島の砕けたテンションにはついていけなかった。

 

「あなた達の全力見させてもらったわ」

 

 最初にシリアスとコメディが混ざる混沌と化した空気を破ったのは湊だった。

 

「それで友希那さん、どうでした?」

 

 相沢が尋ねると湊は小首を傾げる。

 

「『どう』って、ただそれだけよ?」

 

「はい?」

 

「湊さん、相沢さんが言いたいのは、演奏の感想と私達がライブイベントに参加するかどうかの答えです。私はその答えを湊さんにお任せします」

 

 首を傾げあう奇妙な光景に氷川が助け舟を出す。

 

「確かそうだったわね」

 

 ふと、湊は立ち上がりそれを見た今井が慌てて声をかける。

 

「ちょっ、友希那!どこ行くの?」

 

「リサ、ここは関係者以外立ち入り禁止よ」

 

「そうだけど……でも、その前に教えてあげないと……」

 

「分かってるわ」

 

 湊はカツカツとローファーの音を鳴らし控室のドアに手をかける。

 今井やあこはため息を吐き湊に続く。

 

 そんなあからさまな二人の態度を見て四人と月島は悟った。

 

「綾人、あなた達のレッスン楽しみにしてるわ」

 

 湊は背中越しに語り、最後尾にいた白金が軽い会釈をしてドアは閉まった。

 

「ね、ねえ、これってRoseliaは参加OKでいいってことだよね?」

 

「「「「よっしゃあぁーーー」」」」

 

 月島が恐る恐る尋ねるが答えはしない。

 

 四人は叫んだ。

 叫ぶのと同時に廊下からも騒がしい声が聞こえたが気には止めない。

 

 四人は嬉しかった。

 彼女達の参加よりも、今、最も勢いのある彼女達に認めてられた事が嬉しかった。

 

 そして少年達も忘れかかっていたがこれで参加バンドは四組になりバンド探しもいよいよ大詰めとなった。

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