六年前を覚えている   作:海のハンター

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32話 『ライブの後の日常』

 

 ライブが終わり、家に帰った者、まだライブの余韻に浸っている者、いろんな人がいる。

 Roseliaに認められ喜びはしゃいだ4Cのメンバーは人の減った会場を泳ぐように進む。

 行き先は一応4Cのリーダー上坂の幼馴染、Afterglowの所だ。

 

「おーい、みんな〜」

 

 上坂は元気いっぱい手を振るが返事は返ってこない。

 代わりに返ってきたのは両肩に当たる軽い衝撃だ。

 

 視線を落とせば両肩に二つの頭が、

 

「ひまり、それに……つぐ」

 

 人懐っこい上原はともかく、羽沢が抱きついてきた事に驚きがあった。

 上坂は助けを求めるように視線を他の幼馴染に飛ばすが、あんたの所為でしょ、と言いたげな表情を美竹が浮かべていた。

 

「おい、澪。すぐ泣くひまりはともかくつぐが泣くってお前何したんだよ」

 

「しらねえよ」

 

 身長差がなく胸ではなく肩に飛び込んできた二人の肩は小刻みに小さく震えていた。

 

「ひまり、つぐ二人共どうしたんだ?」

 

 上坂はそっと優しく尋ねると顔を上げたのは羽沢だった。

 

「澪君、……あんなの反則だよ。う、う……うわあああぁぁぁーーーん」

 

 目を赤くした羽沢は再び上坂の肩に顔を埋め泣き叫び、隣りの上原は掴む手に力が入っていた。

 

 

 

 羽沢が泣き出してどれくらい経ったのかは分からない。

 ただ会場は人混みとは言えない程度には観客は減り、知り合いの顔が目立つようになっていた。

 

「澪君……」

 

 落ち着きを取り戻した羽沢は両手で涙を拭う。

 

「つぐ、泣く程感動してくれたのか、嬉しいよ」

 

 何が、とは言わない。

 長い付き合いもあり、言いたい事は何となくではあるが分かる。

 

「まさか、澪君のピアノをステージの上で聴けると思ってなかったから」

 

 涙を拭いても拭いても、羽沢の目から涙がぼろぼろと溢れる。

 そして泣いた顔を見られたくないのか羽沢は再び顔を肩に埋めた。

 

「ごめんね……」

 

 羽沢は肩に顔を埋めたまま呟く。

 

「俺達の演奏に感動してくれたんだろ? だったら謝る必要なんてないよ。それに、こんな小さな肩ぐらいいくらでも貸してあげるよ」

 

「……ありがとう澪君」

 

 少しして肩を震わせていた少女から寝息のような音が聞こえた。

 

「……さてと、ひまり、そろそろいいだろ?」

 

 羽沢の反対側の肩に顔を埋めていた上原の肩が大きく揺れた。

 

「れ、澪、いつから気づいていたの?」

 

「ついさっき、つぐが眠った辺りからだよ」

 

 顔を上げた少女の目の目元は赤くなっている事は間違い無いのだが、表情はいつも通りだった。

 目を泳がす上原は肩を掴んでいた腕を腰に回し外れないように両手で固めた。

 

「にヘヘヘへ〜」

 

 上原は幸せそうに笑うと甘えるように顔を肩に擦り付けた。

 上坂も初めは離そうとしたが下手に動けばもう片一方の肩で眠っている羽沢を起こしかねない。

 

「ったくー、しょうがないなー」

 

 上原を引き剥がそうとしていた行き場の失った腕を上原の頭を包むように乗せた。

 

 そんな一段落ついたタイミングを見計らったのかタイミングよく幼馴染三人が上坂の下に集まる。

 

「ヒューヒュー、相変わらずお熱いですな。モカちゃんは大変だったと言うのに」

 

「モカ、二人の面倒見てくれたんだな、ありがとう」

 

「チッチッチッ、れーくん、実は二人だけじゃなかったのですよ」

 

 青葉は舌打ちではなくハッキリと言いながら指を振る。

 

 上坂は首を傾げながら青葉の後ろにいる美竹と宇田川を見るが二人も心当たりがないという感じに小首を傾げる。

 

「蘭もれーくんの演奏で大泣きしちゃって〜」

 

「違っ、泣いてないから‼︎澪、これはモカの冗談だから!」

 

「わ、分かってるって。赤くなってない目元を見たら分かるし、俺がステージの上で見つけた時だって我慢はしてたけど泣いてないのは知ってるから……蘭?」

 

 美竹は力を込めるようにパキパキと指の関節を鳴らす。

 

「泣いてないし、我慢もしてない」

 

 異様な空気を察知したのか青葉と宇田川はそそくさと逃げ、上坂を除く男子陣も離れる。

 

 美竹をフォローするつもりだった上坂もいつもの事みたく余計なことまで口を滑らした。

 流石の上坂もこの後の出来事が予想できる。

 今にも飛んでくる拳が上坂と相沢以外に振るう事がない事を上坂は本気で願った。

 

「ちょっ、蘭、待て! 今手を出したらひまりとつぐに当たるだろ?」

 

「じゃあを離せばいいじゃん」

 

 ずるい考えだが今の二人は人質と変わりない。今上原と羽沢の二人は上坂にくっつき上坂は顔しか見えていない状態だ。ここで二人を離してしまえばボディがガラ空きになりサンドバッグ如く好き放題殴られるだろう。

 人質がいれば友達思いの美竹が手を出さない事は分かっていた。

 

「こんな幸せで可愛い顔をしてるひまりと安らかに眠っているつぐに離れろなんて、そんな残酷な事俺には出来ないよ」

 

 本音とはいえ、殴られたくない気持ちの方が強かったのか上坂のセリフは芝居がかっている。

 

「私なら大丈夫だよ。もうしっかり充電したから」

 

「えっ……」

 

 上原は締め付けていた両手を離し、これ以上ないくらい幸せな顔をして離れていった。

 上坂は突然な事にただただ立ち尽くしているだけだった。

 

「澪、覚悟は出来てるでしょうね?」

 

 指を鳴らす音がどんどん鈍くなりその音が死刑台の階段を登る音に聞こえた。

 

「つ、つぐはどうするんだよ。寝てるし、俺がもし体制を崩したら危ないだろ?」

 

 人質はもう一人残っている。

 美竹ももう一人の人質を見て奥歯を鳴らす。

 

「……ん? 私、寝ちゃってた?」

 

 タイミング悪くと言うより名前に反応して羽沢が目を覚ました。

 

「つぐ、そこは危ないから離れて」

 

「えっ、蘭ちゃんそれどういうこと?」

 

 もちろん目を覚ましたばかりの羽沢には理解できない。

 

「つぐ、何も危ない事なんてないよ」

 

「えっ、えっ?」

 

 目を覚ました羽沢は上坂と美竹を交互に見て困惑する。

 

「つぐー、こっちこっち」

 

 困惑している羽沢に青葉を筆頭に上坂と美竹、二人から離れたメンバーが手招きをする。

 

「澪君、よく分からないけどなんか呼んでるみたいだから行ってくるね」

 

「ちょっ、つぐ!」

 

 羽沢は上坂の側から離れていった。

 

 上坂はハッと顔を上げる。

 人質はいなくなった。

 

「澪、もう諦めたら?」

 

 身を守る物は何もない。

 待っているのは上坂へのダイレクトアタックだ。

 

 不可避な未来に諦めた上坂は頬を叩き気合いを入れる。

 

「あー、もう。蘭、この際だから言っておくけどちょっと短気すぎや……」

 

 言い切るよりも先に美竹のストレートが上坂の頰を撃ち抜いた。

 

 

 

 床に背をつけた上坂は立ち上がり幼馴染の所に戻る事なくロビーへと向かった。

 今戻っても先の二の舞になるだけだ。

 ご機嫌斜めの蘭の面倒は綾人に任せよう、と完璧他人任せな上坂はロビーに向かう。

 

「うええぇぇん、私、感動したよ〜」

 

「ええい、離さんか! それに感動するんは勝手やけど先輩達には自分達を超えてもらわなあかんねん」

 

 少し歩いた先で、つい数分前と同じような光景、ライブを見に来た丸山がバンドメンバーの渡辺に抱きついていた。

 パスパレは全員揃っているわけではなく、仕事の都合上か丸山と大和、若宮の三人だけだった。

 

「一也くん達を越えるなんてそんなのムリだよ〜」

 

「彩さん待ってください。それを言ったら……」

 

 大和の声は丸山には届いてもいなければ、丸山の声は十分渡辺に届いている。

 

 渡辺は引き剥がそうとしていた腕をだらりと落とす。

 

「ムリ? そんなん分からんやん。でもまあ、今の練習でムリやゆうんやったら練習量増やさなあかんな〜」

 

「えっ⁉︎」

 

 丸山のアイドルらしからな低い声に大和は見てられないと顔を手で覆う。

 

「一也くん、そんなことしたら私死んじゃう」

 

「そんな簡単に人は死んだりせえへん。それに倒れるか倒れへんかの見極めぐらいしたる」

 

「そ、そんな〜」

 

 丸山は掴んでいた手を離し崩れ落ちた。

 

「あっ、レイさん!」

 

「なんや上坂、えらいやられたなあ」

 

「ほんとな、見てくれよこの頬」

 

 上坂の右側の頬は誰が見ても分かるぐらい腫れていた。

 

「まぁ、自業自得やな。これを機に軽口は控えるんやな」

 

「これは自業自得じゃない、理不尽だ!」

 

 頬の腫れが自業自得で片付けられて仕舞えばこの世の八割は自業自得で片付けることだろう。

 

「すみませんレイさん、今冷やすものを探したのですが……」

 

「別にイヴちゃんが気にすることないよ。確かに痛いけどこんなの一日もあったら治るよ」

 

「そうですか……ならよかったです」

 

「それより演奏、見てくれたんだろ? どうだった?」

 

「ハイ、凄く良かったです! レイさん、ピアノもドラムも凄く上手でした。チサトさんとヒナさんも来れたら良かったのですが」

 

「暗くならなくても、俺達の演奏はこれっきりじゃないしさ、今日いない二人にも聴いてもらえる時は絶対に来るよ」

 

「そうですね、ありがとうございます」

 

 何に対して『ありがとう』なのか分からず小さく笑っていると若宮が大和を連れて戻って来た。

 

「大和さん、こんにちわ」

 

「ども、こんにちわッス」

 

「大和さん、俺のドラムどうでした? 前より上手くなってるでしょ?」

 

 上坂の問いに大和は唸る。

 

「そうッスね……正直以前と音が変わりすぎていて判断が出来ません。ですが、自分は今の上坂さんのドラムの音の方が好きです」

 

「そう言って頂けて凄く嬉しいです。ありがとうございます」

 

「いえいえ、自分はありのままの事を言っただけですので」

 

 二人は物腰低く何度も頭を下げる。

 

「それじゃあ、お邪魔してすみませんでした」

 

 上坂は最後にもう一回軽く会釈をしてロビーに向かった。

 

 

 

 ロビーには飲み物を飲んでいる人やゆっくり椅子に腰をおろし談笑をしている人がちらほらいた。

 そして談笑しているグループに戸山達ポピパもいた。

 

「やっぱり香澄達も来てたか」

 

「あっ、澪くん。ライブお疲れ。澪くんのライブすごかったよ。澪くんも春くんも綾人くんも一也くんも皆んなキラキラしてた」

 

「ありがとう」

 

 上坂は軽く挨拶をすると何処からか椅子を持ってきて当たり前のようにその輪に加わる。

 

「んげ!」

 

「人を見るなりなんだよ、市ヶ谷」

 

 丸型テーブルの向かい側には市ヶ谷が座っており、市ヶ谷は上坂を見るなり害虫でも見るような視線を向ける。

 

「香澄、めんどくさいのに捕まる前に早く帰ろって言ったじゃねえか」

 

「? 澪くんめんどくさくないよ?」

 

「そうだよ有咲。上坂、春夏達や有咲といる時凄く面白いよ」

 

「それがめんどくせえんだよ!」

 

 失礼な事を言う市ヶ谷だが本人を目の前にして隠す素振りを全くと言っていいほど見せない。

 

「はいはい、ポピパ水入らずにお邪魔してすみませんでしたー」

 

「おう、帰れ帰れ」

 

「ちょっ、有咲。澪も有咲の言う事気にしなくて良いから」

 

 上坂は立ち上がるが腕をテーブルにつけたところでピタリと止まると片手を目元に当てた。

 

「市ヶ谷どうした? 目が赤いぞ」

 

 指摘はするが目が赤い理由は分かっていた。

 泣いたのだろう、それも上坂達のライブで。

 

「うっせー! 見んな!」

 

「有咲はね、澪くん達の……」

 

「香澄ちょっとこい!」

 

 戸山は言葉を遮られ市ヶ谷に腕を引かれ少し離れた所に連れていかれた。

 

「澪、あんまり有咲をからかうのはやめなよ」

 

 唯一の反対者市ヶ谷を撃退した上坂は再び椅子に座る。

 

「分かってるんだけどな、どうも市ヶ谷を見るとからかいたくなるんだよな」

 

「上坂ってツンデレ?」

 

「別にツンデレじゃないよ。ただからかいたいだけ」

 

「でも、有咲ちゃん困ってるよ」

 

「でもお前達もわかるだろ。香澄と話してる時のあいつ面白いし、可愛くないか?」

 

 結局はそう言う所だろう。上坂は昔のお利口な市ヶ谷より、今の戸山に振り回されている市ヶ谷が好きなだけだ。

 

「確かにそうだけど、いいの?」

 

「なにが?」

 

 山吹は手の平で顔を覆った。

 

「彼女いるのに他の子の事を可愛いとか言って」

 

「あー、別に大丈夫だよ。だって一番可愛いのはひまりだし」

 

 何がどうなろうと上坂の中で一番可愛いのは上原だ。

 

 上坂ののろけに山吹と牛込は顔が赤くなった。

 

「なぁ香澄、市ヶ谷さっきからこっちをチラチラ見て話してたけどなにを話して……」

 

 戸山に説教を終えた市ヶ谷はしゅんとなった戸山を連れて戻って来た。

 

「有咲さっき上坂がね……」

 

「わー、わぁー。何にも、何にもないからね」

 

 山吹は花園が言おうとした事を全力で止めた。ここで話してしまったら大変な事になる。そう思った。

 

 山吹を不思議そうな目で見た市ヶ谷は視線を落とすと上坂と目があった。

 

「からかった時の市ヶ谷の顔が可愛いなって話し」

 

「なっ‼︎」

 

「?」

 

「分かる。有咲すっごく可愛いよね」

 

 市ヶ谷に叱られ凹んでいた戸山は、大好きな市ヶ谷を褒められた事で元気になり、

 

「バカ! 澪なんてもう知らない!」

 

 誤魔化そうとした努力が無駄になった山吹は声を荒げライブハウスを出ていった。

 

 山吹を引き止めようと立ち上がった所で目があった。

 

「可愛いっていうなあぁ──!」

 

「ぐふぇっ!」

 

 顔を真っ赤にした市ヶ谷に美竹に殴られたのと左側の頬にこれまた鉄拳が炸裂し上坂は椅子とテーブルを倒し盛大に倒れた。

 

「澪くん大丈夫?」

 

「香澄、さっさと行くぞ!」

 

「でも澪くんが……」

 

「放っとけ! そんな奴!」

 

「待ってよ有咲ー」

 

 赤い顔をこれ以上見られたくないのか逃げる様にライブハウスをでた。

 

「じゃぁりみ、私達もそろそろ行こっか」

 

「でも、おたえちゃん」

 

 牛込は殴られ倒れている上坂と帰ろうとする花園を交互に見た。

 

「上坂くん、ごめんね」

 

 結局牛込は帰る花園について行き上坂はロビーで一人倒れたままだった。

 

 

 

「澪、大丈夫?」

 

 上原がひょこっと上坂の頭上から顔を覗かせた。

 

「あれ? 何でひまりがここに?」

 

「何でって澪のこと探したから。因みにもう蘭は怒ってないよ」

 

「それはにわかに信じ難いな……」

 

 美竹の怒り具合は数分やそこらで完全に鎮火出来るものではない。

 

「それよりどうしたの⁉︎すごい顔だよ」

 

「あーこれは……」

 

 上坂の顔は今大きく腫れており、それこそ小さな子供が見たら"あのお兄ちゃんあんぱんのヒーロー見たい"と言われるだろう。

 

 右は美竹で左は市ヶ谷、どうして一日二回も殴られるのだろうか? 流石にこれは相沢でもないだろう。

 

「ひまり、そろそろ帰るぞ。っておい、お前、まさか澪に……」

 

「ひーちゃんとうとうれーくんを尻に敷いてしまったんだね」

 

「ちょっ、待って私じゃない!」

 

 遅れて来た四人が見たのは顔を大きく腫らした上坂の顔を覗いている上原だ。

 

 周りに勿論上坂の知り合いらしき人は上原だけだった。

 

「ひまりちゃん何をしたの?」

 

「ひまり、澪に腹立つ気持ち分かるよ」

 

「何で私がに手をあげた事になってるのよー!」

 

 誤解を解くには翌日まで時間がかかった。

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