六年前を覚えている   作:海のハンター

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タイトル通りとうとう彼女達が本格参戦します。
お楽しみください。

※今回は自己紹介やその他諸々の事情もありテキスト通り成分高めになっています。
ごめんなさい。それでも頑張ってオリジナリティを出したので見てください。



33話 『ハロー・ハッピー・ワールド』

 

 ライブから一週間が経った。

 今日から夏休みだ。

 夏休みと言っても土曜日なため夏休みと判断するには難しいところだが休みということには変わりない。

 気温は三五度を超え自宅のクーラーで涼んでいると思いきや駅周辺は人、特に学生で溢れていた。

 

 上坂は今、駅の中にある文具店にいた。

 大量の宿題をただこなすだけでは飽きてしまうと思った上坂は文具一式を買い替え新鮮な気持ちで宿題に取り組もうと思った。

 商店街にも文具店はもちろんあるのだが、如何にも学校行事で配られそうな面白みのない鉛筆やボールペンばかり取扱っておりかえって宿題に対するモチベーションが下がってしまう。それに引き換え駅中にある文具店は全国展開しているチェーン店で便利な物や面白い物も扱っており涼む事が目的ではないのだが長居してしまった。

 

 上坂は会計を済まし袋いっぱいの文具を店員から受け取り駅を出ると、クーラーの冷気を外の熱気が一気に奪う。

 

 太陽は何か良いことでもあったのだろうか、と思い上坂は一瞬で温まった体に唖然としながら空高く登る太陽を見上げる。

 

 現在イベントライブに参加してくれるバンドは四組。

 Poppin party、Roselia 、Afterglow 、Paste*Palettesの四組だ。

 もう少し参加バンドが欲しいところだが四組も集まれば一応ライブとして成立するだろう。

 参加メンバーの顔合わせの日が明後日の月曜日、本当の意味での夏休み初日だ。

 だから長かったメンバー探しは今日、明日で終わり、後は『澪くん達に頼ってばかりだったから後は任せて』と言った戸山を信じるしかない。

 

 上坂もライブが終わった今暇であり、一人でメンバー探しをするのもやぶさかではないのだが、ガールズバンド限定のイベントライブの勧誘を男である上坂がするのは何か変なナンパと思われそうと考えた上坂は戸山に残りの全てを任し休みをエンジョイしていた。

 

「あ、澪くん何してるの?」

 

 戸山に後を任せた筈なのに数十メートルある距離から戸山が手を振り一気に詰め寄る。

 

「夏休みに入ったし文房具揃えてたんだよ」

 

「文房具買うの早くない? 学校は九月からだよ?」

 

「何言ってんだよ。夏休みでも勉強はするだろ」

 

「?」

 

 首を傾げる戸山の後ろから体力が尽きかけの牛込が戸山の隣で足を止める。

 

「香澄ちゃん! 早いよ〜」

 

「ごめーん、りみりん。大丈夫?」

 

「うん大丈夫。香澄ちゃん心配してくれてありがとう」

 

 膝に手をつく牛込の背中を戸山が優しく撫でる。

 

「二人はバンド探しか?」

 

「うん、そうだよ。ここは人が多いしバンドやってる子も絶対いるよ!」

 

「そんな都合よく……ん?」

 

「澪くんどうしたの? ……あの人だかりなんだろう?」

 

 顔はよく見えないが長い黄色の髪の少女を中心にサーカスのような派手な五人組が見えた。

 

「世界を笑顔にっ! ほらほら、あなたも笑顔! 私も笑顔っ!」

 

 黄色い髪の少女は三十センチ程の棒をバトンのようにクルクルと回し太陽が地上に降りて来たのかと思わせる程眩しく笑っていた。

 

「あれって同じ学校の弦巻(つるまき)こころちゃんだよね? なんか楽しそうなことしてるっ!」

 

 上坂にはぼんやりとしか見えなかった少女も戸山にははっきりと見えていた。

 

 すぐ近くからガサガサと音が聞こえた。

 視線を落とせば持っているビニール袋が小刻みに揺れていた。

 

「俺はちょっと……」

 

「行こっ!」

 

「あっ、香澄ちゃん!」

 

 戸山な上坂と牛込の手を引っ張り騒ぎの中心へ向かった。

 

 

 

「あれ? かーくん?」

 

「やっほー! はぐだ! ハグハグ! こんなところで、何してるの?」

 

 一番最初に戸山達に気づいたのは同じクラスの北沢(きたさわ)はぐみだ。

 オレンジ色の髪を短くしたスポーティな少女だ。

 

「ライブだよ! ちょうど今終わったとこっ。はぐみ達はね、世界を笑顔にするためにバンドをやってるの!」

 

「へーっ! はぐもバンドやってたんだね! このクマのキグルミもバンドメンバーなの?」

 

 北沢達のバンドメンバーには遊園地のマスコットにいそうな、存在感がありすぎるクマのキグルミがいた。

 

「キグルミじゃなくてミッシェルだよ! ミッシェルはDJなんだ!」

 

 バンドにDJって珍しいな、と言いたい上坂だが今は黙る。

 

「なんて愛らしいんだ。君達も私に会いに来てくれたのかな?」

 

 紫色の髪をした男性のようなキリッっとした顔の女性が声を掛けてきた。自分に酔ったいわゆるナルシストだがなんちゃら歌劇団にいそうな超美形な顔を見れば納得できてしまう。

 

「…………っ!!!」

 

「わっ、りみりん顔真っ赤! 大丈夫!?」

 

 牛込の顔は高熱が出たかのような赤さだった。

 

「えっ、本当!? あれ、なんでだろう……」

 

「も、もしかして熱があるんじゃ」

 

 今度は水色の髪の少女が顔を真っ赤にした牛込を心配する。

 

「りみりん、熱があるの!? 大丈夫?」

 

「なんとかわいそうに……君のような可憐な女性が……もしかして、恋の病というやつかな」

 

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 

「は、はわわ、どうしようっ! とりあえず救急車……!」

 

 牛込は頭を大きく揺らし今にも倒れそうになり、そんな牛込を心配する水色の髪の少女もパニックで目を回していた。

 

 これから先牛込がホストに行くようなら全力で止めようと上坂は思った。それはさておき一人一人が主人公になれそうなぐらい濃いメンツに囲まれた上坂は最早空気だった。

 それならそれでも良い、今の上坂の心情はいち早くバレる事なくこの場を去る事だった。

 黙って帰ったら怒るかな、そんな事を考えながら一歩また一歩上坂は後退する。

 

「あーあーあー、もう。花音さんちょっと落ち着いて。てか、A組の戸山さんと牛込さんに上坂……くん?」

 

 慌てる水色の髪の少女、花音を黒いキャップを被った少女になだめられた。

 

「あっ、美咲ちゃん! ミッシェルって美咲ちゃんだったんだね」

 

「あ、どーも」

 

 黒のキャップを被った少女は上坂達と同じ花咲川の生徒で奥沢美咲(おくさわみさき)という。奥沢は先程まで着ていたキグルミ(ミッシェル)を人の邪魔にならない所に片付けこちらにやって来ていた。

 因みに片付けられたキグルミ(ミッシェル)は地面に座り木に持たれている状態で小さな子供達が魂が抜けたミッシェルに『熱中症?』『大丈夫?』と声をかけていた。

 

 上坂は奥沢に向けて目を細める。

 

「上坂くん、そんな目を向けて。私何か悪いことした?」

 

 上坂と奥沢は学校で何度かすれ違った事があるだけで話した事はなく、奥沢が嫌悪の視線を向けられる事はないはずだった、

 

「あらっ? あなた達、どこかで見たことあるわね。そう、学校! 多分、学校で見たことあるんだわっ。あっ! あなた澪じゃない!」

 

 黄色の髪の少女弦巻は、まるで無くしたおもちゃが見つかったような顔で上坂を見る。

 

「うん、同じ学校なんだし同じ学年だからね。……てか、あんた私達以外に知り合いいたの⁉︎」

 

「そうよ、久しぶりねっ。いつぶりかしら」

 

「春休みにあったばかりですよ、こころお嬢様」

 

 笑顔で挨拶する上坂の表情は硬い。

 嫌悪の視線の理由はこれだった。

 

「お嬢様! 澪くん、こころお嬢様ってどういう事⁉︎」

 

 上坂と弦巻のやり取りに戸山は驚きを隠せなかった。

 

「俺の父さんの会社の社長がこころお嬢様のお父様ってわけだ。俺も父さんの仕事の手伝いでこころお嬢様の家に行った時に遊びのお相手をさせてもらったって訳」

 

 上坂は夏休みや冬休みといった長期休暇は父親の仕事を手伝っていた。主に父親が苦手なパソコンを使った仕事でとても小学生や中学生にさせるような仕事ではなかったのだが、上坂は持ち前の頭脳で何とかこなした。

 

 上坂が中学校に上がる前の事、突然父親に社長に会いに行くと言われ弦巻家に連れていかれた。

 

 ここからが本当に大変だった。一日の仕事量は大人でもこなす事が難しい量だった。そんなもの中学校に上がる前の子供にさせるのはどうなのか、と毎日のように思っていたが、小、中学生に持たすには多い下手をしたら大人でも多いと感じる程の給料を前にすると文句の言葉が見つからなかった。

 ハードな仕事ではあったが最も体力を使い、最も重要な仕事が弦巻の遊び相手だった。

 もともと短く貴重な休憩なのだが父親から弦巻の相手をする様に言われた。弦巻は奔放で連れ回され上坂は体力が持たなかった。しかし弦巻の相手は休憩の時間だけでは終わらなかった。上坂は弦巻家には泊まり込みで働いていた。したがって、仕事が終わってからも寝るギリギリまで弦巻の相手をさせられ、上坂にとって弦巻家は寝る時以外は仕事しかない。まさにブラック企業そのものだと思っている。

 

 そんな今までの苦い記憶から、弦巻が同じ学校だと知っておきながら上坂は彼女に会いに行こうとしなかった。

 

「こころの相手を一人で……上坂とは仲良くなれそうだよ」

 

 弦巻に振り回される同じ境遇の人を見つけた奥沢は少し気持ちが楽になり、上坂も奥沢という人物が自分と似た境遇を持つ数少ない人間だと感じた。

 

「奥沢さん」

 

「美咲でいいよ」

 

「じゃあ美咲。これからもこころお嬢様と仲良くしてくれたら嬉しいよ。かなり大変な事を言ってるのは分かる。辛い事があったらいつでも相談乗るから」

 

「上坂、そこは手伝うって言わないんだ」

 

「いや……それは……」

 

 弦巻と関わる事は古傷を抉るのと同じだ。しかし同じ境遇の奥沢をほっとけない。そこで出した妥協案だったがそれも奥沢にはバレてしまった。

 

「別に気にしなくていいから。私が上坂だったら相談すら乗らなと思うし」

 

 上坂と奥沢はポケットから携帯を取り出し連絡先を交換した。

 

「美咲、あなたばかりズルいわ。私とも交換しましょっ」

 

「……分かりました。こころお嬢様」

 

 上坂は携帯を取り出した。弦巻ともアドレスを交換する。

 

「あんた油断したね。こころが見逃すはずないじゃん」

 

「美咲、ハメやがったな……」

 

「ハメたなんて人聞き悪い。私はただこれからは二人で頑張ろうって言いたいだけ」

 

 奥沢の言葉は聞く人によればプロポーズに聞こえない事はないが、意味を知っている上坂には呪いの言葉にしか聞こえなかった。

 

「これで澪といつでも遊べるわ。後、私の事をお嬢様と呼ぶ必要ないわ。初めてあった時みたいに『こころ』でいいわ。今はお父様もいないんだし澪もそんなにかしこまる必要はないわ」

 

「分かりま……分かったよ、こころ」

 

「それでいいのよ!」

 

 初めて自分に見せた本当の上坂に弦巻は満足気な顔をした。

 

「そうだこころ、実はお願いがあるんだけど」

 

「澪がお願いって珍しいわね、何かしら?」

 

「今度CiRCLEっていうライブハウスでガールズバンドをばかり集めたライブイベントがあるんだ。それでイベントを盛り上げてくれるバンドを探してるんだけど、こころでないか? 今出演が決まってるのは戸山達と……」

 

「いいわね、参加するわ!」

 

 上坂がライブイベントについて説明しようとするがその前に弦巻が参加の意を伝えた。

 

「ちょ、早すぎる! 誰が出るかもよく分かってないのに……!」

 

「他に誰がでるかなんて、関係あるの? だって、あたし達は世界を笑顔にするためにいるのよ! それならこんな楽しそうなイベント、出るしかないじゃないっ」

 

「かのシェイクスピアもこう言っている。『行動は雄弁である』……と。つまり、そういうことだよ」

 

 要するに二人は、とりあえず行動してみよう、と言っている。

 

「ああもう、分かりましたよ! そうですね、そういうことですね! 戸山さんと牛込さん何より上坂がいるなら大丈夫……かな。……待って、なんでガールズバンド限定なのに男の上坂がいるの?」

 

 ようやく上坂がいることについて奥沢がつっこみを入れた。

 

「美咲、そんなの関係ないじゃない。たくさんいた方が楽しいわよ」

 

「そういう訳じゃなくて……」

 

 いつも通りの話の噛み合わさには少し呆れていた。

 

「俺も参加する理由なんだけど、今話したイベントを無事成功させる為にサポートやら技術指導などをする為なんだ」

 

「そういう訳ね」

 

 上坂の説明には納得した。

 

「イベントには参加でいいんだよね!」

 

「もちろんよっ!」

 

「ところで、このバンドの名前なんていうの?」

 

「はろ……」

「ハロー、ハッピーワールド! よ! 世界中を笑顔に!」

 

 奥沢はまたもやは話そうとしたところを弦巻にとられた。

 

 ハローハッピーワールド、世界中を笑顔に、まさに弦巻にぴったりなバンド名だと上坂は思った。

 

「…………はい、今いったことがすべてです。一応紹介しておくと、ボーカルはこいつ弦巻(つるまき)こころ」

 

 横に立っている弦巻を親指で指した。

 

「ギターはそこの王子様。瀬田薫(せたかおる)さん」

 

 牛込が先程から熱を出していたのが紫色の髪の少女に視線を投げる。

 

「ベースは同じ学校の北沢(きたさわ)はぐみ、ドラムは松原花音(まつばらかのん)さん。花音さんは花咲川の二年なんだ。で、あたしっていうか、このクマのミッシェルはDJ」

 

 奥沢はメンバー一人一人簡単に紹介していった。

 どういう訳か弦巻、瀬田、北沢の説明は雑で松原だけ説明の口調が丁寧だった。

 

「たくさんの役者が揃う大舞台で私は王子を演じるわけだね。なるほど、おもしろい。ならばその役目、演じきって見せようとじゃないか」

 

「いろんなバンドと一緒にできるの、楽しそうだねっ、対バン、対バン!!」

 

「たくさんのバンドがいると、いつもよりもっと緊張しそうだけど……私も頑張りますぅ!」

 

「……ってなわけで、よろしく」

 

 ハローハッピーワールドは中々の個性揃いだその中でもまともなのがと松原だ。

 しかし松原は見た限りでは控えめな性格だろう。

 なので、実質、強個性をまとめているのは一人である。最後の一言からでもがどれだけ苦労しているかが分かる。上坂は本当に奥沢とは仲良くなれそうだと思った。

 

「美咲ちゃん、よろしくね! バンドの顔合わせは明後日の一○時だからその時は……」

 

「うーんっ! 新しい出会いはやっぱりワクワクするわねっ! もっともーっといろんな人を笑顔に出来るかと思うと、黙ってられない!」

 

 相変わらず弦巻は気持ちが先走り話を最後まで聞かない。

 

「よし、決めた!! 今からもう一度ライブするわよっ!」

 

「さんせー!!!」

 

「わぁ、見たい見たい!」

 

「ちょ、マジ!? 今、牛込さんがいったこと聞いてた!? 今度顔合わせと音出しの日があるって……」

 

「美咲、そこで文句を言うあたりまだまだ甘いな」

 

「あんたは少し黙ってて」

 

「それじゃ一曲目、行くわよっ!」

 

「あーもう!こころちょっと待ったー!!」

 

 奥沢は慌ててミッシェルを取りに行く。

 振り回される奥沢の姿に上坂は微笑ましい気持ちになる。

 これから彼女も同じ道を辿ると思えば笑わずにはいられない。

 

 音楽と共に自由な少女弦巻は高らかと歌う。

 気持ちが最高潮まで高まった弦巻は何人たりとも止める事は出来ない。

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