六年前を覚えている   作:海のハンター

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36話 『合同練習初日』

 

 ミニライブの開催が決まったが、だからと言って特に準備はない。

 所詮イベントライブの番宣、又は少し期間が開いてしまう前座に過ぎないからだ。

 

 今日からは合同練習が開かれる。いくら夏休みに入ったとはいえ上坂達4Cを加えた総勢ニ九人全員で練習する事は難しい。ニ九人いればニ九人それぞれの予定がある。

 とは言え上坂達は一応仕事(給料が発生しない為ボランティア)な為、都合は一切考慮されない。

 そういう事もあり一度に集めれる人数に限度があり、交流も含めてニバンドずつという事になった。

 

 二週間後に開かれるミニライブまで計五回、4Cは集まったバンドと練習、及び指導をする。

 

 自動ドアが開き冷房の冷たい風を浴びる。

 今日は記念すべき合同練習一回目。そんな記念すべき初回を飾るのはポピパとパスパレの二組だ。

 この合同練習のスケジュールは参加バンドに合わせているのは勿論の事だが、一番優先されているのがパスパレだ。芸能人として活躍しているパスパレが五人揃うのは難しい。売れっ子女優の白鷺千聖がいるなら尚更だ。

 そう言う理由もあり合同練習のスケジュールはパスパレを中心に組まれている。

 

 上坂はフロントで月島に挨拶をし、スタジオに向かう。

 

 上坂は指導する側つまりホストだ。ゲストが来るまでに準備をしなければならない。そういう意味もあって約束時間の一○分前ぐらいに来る上坂だが、今日は三○分前に来ている。

 

「それでも最後なんだよな〜」

 

 上坂はぼやきながらスタジオに向かうと案の定既に相沢と四季がおり、二人はドアに付いている円型のガラス戸から中を除いていた。

 

「綾人、春夏……」

 

「うひゃうっ……」

 

 相沢は素っ頓狂な声を上げ、四季は目を丸くして胸を押さえている。

 

「気色の悪い声を出すなよ」

 

「うるせぇ! お前が急に声をかけるからだろ!」

 

「ハイハイ、悪かったよ。……それで二人揃ってそんな所でどうしたんだ? 中に入らねえの?」

 

「まっ、澪もあれを見たらなっ」

 

「そうだな、俺達がここにいる理由が分かるってもんだぜ」

 

「は? 何言って……」

 

「取り敢えず百聞は一見にしかずだ、覗いてみろよ」

 

 相沢に勧められるままにガラス戸を覗く。

 

「ったく、中に何があるって……」

 

 スタジオの中には渡辺の姿があった。

 渡辺はうっとりと頬を赤らめながら愛用の青いギターをクロスで丁寧に拭いていた。口が動き何かを話しているように見えるが防音室という事もあり内容は聞こえない。

 

 4Cの練習場所は上坂の家かスタジオ。前者なら上坂が一番乗りであり後者でも人を待たせる事が嫌いな相沢が一番乗りに来て渡辺が一番に来た事は一度もない。

 今日に限って早いのも、パスパレオタクである渡辺が張り切って一番乗りしたに違いない。

 

「澪くん、何してるの?」

 

「ひゃぅ……」

 

 振り返れば本日のゲストの一組ポピパが揃っていた。

 

「香澄、そんな気色悪い声出す奴なんかほっとけ」

 

 数分ほど前に同じ事を言った上坂には市ヶ谷を否定する事は出来ない。

 両隣にいる相沢と四季はニヤニヤと笑うだけで助ける素振りを見せようとしない。

 

「なあ、香澄。俺が何してたかはここを覗いたら分かるよ」

 

「? 何か言った?」

 

 上坂がガラス戸を軽く叩いた時には戸山はドアを開けていた。

 

 中に居たのは勿論渡辺だ。つい先程まで中を覗いてきたから間違えるはずが無い。

 ただ渡辺の姿が問題だった。

 荒い呼吸を上げながら青いギターに頬擦りする勢いで顔を近づけていた。

 

 上坂は両手で顔を覆う。

 何も見ていない無関係だ、と示すかのように目を覆うがそれが返って不自然に見える。

 指の隙間から見える相沢と四季も口笛を鳴らしたり、ボイスパーカッションを始めたりと上坂以上に不自然だった。

 

「一也くん、おはよう」

 

 とんでもない場面にも関わらず戸山は学校と変わりない様子で声をかける。

 

「おはよう」

 

 渡辺は短く挨拶をし、ゆっくりと顔を上げる。

 赤い顔は一瞬で元の肌色に戻り、表情も子供に見せれない顔から真顔に戻っていた。

 

「戸山、自分は何にも見てへん。ええな?」

 

 弱々しい声ながらそれでもどこか力強さを感じる声だ。

 

「? よく分かんないけど、いいよ」

 

「ええ子や。さて……」

 

 渡辺がギロリと睨む。

 

「俺達は何にも見てねえよ、なぁ春夏、澪」

 

「ドゥッパ、綾人なんか言ったか? 俺ボイパしてたから聞こえなかったぜ」

 

「……」

 

「澪、黙るなよ! こういう時こそ学年一位の頭脳を使う時だろ?」

 

「綾人ムリだ、諦めよう」

 

 上坂は首を横に振る。

 七月に行われた期末考査では市ヶ谷を下し上坂はV2勝利を果たした。

 そんな優秀な頭脳を持ってしてもこの場を打開する策は思いつかない。

 

「ムリなんて言葉ない! 澪、お前なら出来る! 自分を信じろ! そして俺を助けてくれ!」

 

 初めは小声で始まった会話も話の終わった今じゃ小声では無くなっていた。

 

「相沢もう諦めえ、今やったら少ーし説教するだけで許したる。ほら見ぃ上坂なんかもう正座まで始めとるやん」

 

 どうしようもない事を悟った上坂は静かに正座を始める。

 

「クソッ、この裏切り者!」

 

「俺もいくら誰もおらんかったとはいえアレはあかんかったと思うわ」

 

「自覚はあったのかよ」

 

 相沢のツッコミに渡辺は一瞬睨むが飲み込む。

 

「誰にも自分を押さえ込まれん事ぐらいある。せやけど、そこで黙って見て笑いもんにするやなく教えたるんが友達なんとちゃうんか?」

 

 淡々と語る姿に本気さを感じた四季もボイスパーカッションを辞め正座を始める。

 

「相沢自分に聞くわ。自分はどう思っとん?」

 

「く、クソッタレえぇえええ、かかってこいやあぁあああ!」

 

 会場にいる全ての人が息を呑んだ。

 口では反発している相沢だがその姿は正座を通り越してとても綺麗な土下座だった。

 

 

 

 相沢の身を呈した土下座もあり説教はそれ程長くはなかった。

 上坂は立ち上がり膝を払うとドアが開いた。

 

 肩にかかるピンク色の髪、今日のゲストの一人丸山彩だった。

 丸山は慌てたように息を切らしていた。

 

「はぁ、はぁ、間に合わなかったー!」

 

 丸山は突然膝から崩れ落ち床に突っ伏した。そして握った拳で何も床を叩き悔しがる。

 

「彩先輩、間に合ってます、遅刻じゃありません」

 

 駆け寄った戸山が声をかけるが聴こえているようには見えない。

 

 すると直ぐにドタドタと騒がしい音が聞こえた。

 

「彩ちゃん見れた〜? ……な〜んだ間に合わなかったんだ残念」

 

「彩さん、ナイスランです」

 

「二人共待って下さいよ〜。早すぎますー」

 

 丸山が開けたドアから流れるように日菜、若宮、大和が入り、最後に落ち着いた様子で白鷺が入ってゲスト全員が揃った。

 

 パスパレのメンバーは丸山の姿に動じておらず、受け入れと言うより見慣れたように思えた。

 

「一也、何とかしてこいよ」

 

「あーなった彩さんを何とか出来るのは一也だけだろ?」

 

「何でそうなんねん! こら、押すなや!」

 

 上坂と相沢二人がかりで背中を押すが殆ど前に進まない辺り渡辺の本気度がうかがわれる。

 

「そうね、今の彩ちゃんをどうにか出来るのは一也くんだけね」

 

「千聖さん」

 

 いつの間にか白鷺が隣に立っており、四季は白鷺の姿を見て声の調子は上がるが体は固まっていた。

 

「ほら一也くん、彩ちゃんの所に行って来なさい。そうじゃないと合同練習がいつまで経っても始まらないわ」

 

「はぁ……分かりました、行ってきます」

 

 渡辺はとぼとぼと重い足取りで床に伏した丸山の所へ向かった。

 

「ふぅ……、あの様子じゃ彩ちゃん、間に合わなかったようね」

 

 白鷺は額の汗を拭う。

 大きい独り言から白鷺が本気で安堵をしているのが分かった。

 

「ち、千聖さん。あれって何か理由があるんですか?」

 

 何か話のネタが欲しいのか四季が出来ればあまり関わりたくない状態の丸山を指さす。

 

「え、え〜と、何かしらね? アレじゃないかしら? 彩ちゃんが一也くんに構って欲しくて……そうよ! そうに違いないわ!」

 

「白鷺さん、凄い動揺ですよ。一体どうしたんですか?」

 

 勇気を振り絞り意中の相手と話す四季を見守っていた上坂だが、落ち着いた大人のイメージがあった白鷺が余りに動揺する姿は見過ごす事が出来なかった。

 

「心配してくれてありがとう。でも、本当に何もないの。私はこれからPoppin'Partyにも挨拶しに行かないといけないので失礼するわ」

 

 白鷺は逃げるように場を去った。

 

「澪……」

 

 四季が今にも泣きそうな顔で見下ろす。

 言葉がなくても表情から何を言いたいのか容易に想像できる。

 折角の会話チャンスを奪いやがって、そう思っているに違いない。

 

「あ、いや、その……ごめん」

 

 白鷺が逃げてしまう事も予想していたのかもしれない。しかし好奇心が先に動いてしまい、結果親友の恋路の邪魔をした事に変わりわない。

 

 上坂は四季が泣かないように優しくする事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

(あんな事話せる訳がないじゃない)

 

 白鷺はポピパに挨拶をしながらも思っていた。

 

 芸能人にプライベートなんてものはない。

 その言い方には語弊はあるが、正確にはプライベートはあってもプライバシーはない。仕事がない時もネタがないかと記者に見張られ、寝ている時でさえ一○○%無防備になれるかといえば嘘になる。芸能界とは如何に自分を隠すかと言う世界だ。

 スキャンダルは勿論の事だが情報ひとつで芸能界にいられなくなった人を白鷺はそれなりに知っている。

 

 もしあの事が外に漏れるような事があれば丸山のアイドルとしての生命線がプツリと切れてしまうのではないかと思った。

 

 

 

 パスパレの活動が再び始まり軌道が乗り始めた頃、たまたま仕事が早く終わった白鷺は事務所の中にあるレッスン場へと向かった。

 

「いつも最後だから、一番に着いたって知ったらみんな驚くかしら」

 

 上機嫌に小さな独り言を呟きながらエレベーターのボタンを押す。

 結成当時は事務所の指示と言うだけで関心がなかったパスパレも今では演技と同じくらい好きになっていた。

 

 チンッ、と音と共にエレベーターを降りた白鷺は足を止めた。

 

「あれは……彩ちゃんよね?」

 

 丸山がレッスン場のドアの前で立ち止まっていた。

 

「流石は彩ちゃん、あの姿勢は見習わないといけないわね」

 

 丸山は指摘は多いものの一番努力をし、必死なのは白鷺も知っている。その丸山のお陰もあり今もレッスン場に足を運べている。

 決して大袈裟ではない、丸山は誰が言おうとPastel*palettesのリーダーだ。

 

(それにしても彩ちゃん、動かないわね)

 

 ドアの前で立っていた丸山がゆっくりとドアに耳を当てる。

 ドアは少し開いており中の声を聞いているようだった。

 

(えっ? 彩ちゃん、あなたは一体何をしているの?)

 

 レッスン場に入るようにも見えないしかと言ってどこかへ行く様子もない。丸山の動きは怪しく、悪質なファンのようだった。

 

「あ、彩ちゃん……」

 

 恐る恐る声をかける。

 初めは声をかけるかは迷った。しかし丸山のような純粋な心を持つ少女が道を踏み外そうとした時それを正すのは芸能界に長く浸かり人の汚い所を知った自分だと白鷺自身理解していた。

 

「あー、千聖ちゃん今日は早いね〜。ってあそこにいるのは彩ちゃんか」

 

 振り向けば日菜と大和がいた。

 自分の世界に入り込んでいた白鷺は声をかけられるまで気づかなかった。

 

「あれは彩ちゃん、何をしてるのかしら?」

 

「千聖さん、あれは彩さんのヒーリングタイムです」

 

「ヒーリングタイム?」

 

 白鷺にもヒーリングタイムはある。ペットの犬の散歩や友達とカフェでお茶をしている時が白鷺にとって最も安らぐ時間だ。

 いくら仕事に熱心とは言え、仕事にヒーリングタイムはない。

 

「千聖さん知らないんですか?」

 

「麻弥ちゃん、流石にヒーリングタイムの意味は知っているわ。ただあそこまで彩ちゃんを魅了するものって何なのかしら?」

 

 小声でもなく雑談程度で話しているにも関わらず丸山は会話を聴こえていなければ存在すら気づいていない。

 

「千聖ちゃん、千聖ちゃん、取り敢えず行ってみようよ。面白いよ」

 

「え、ええ……」

 

 白鷺は言われるがままに日菜の背中について行った。

 

「ねぇ日菜ちゃん辞めない? 何か悪い事をしてるみたいで……」

 

「えー、いいじゃん! 面白いよ? 今日はどんな反応するかな〜?」

 

「さては日菜ちゃん、一度や二度の話しじゃないわね」

 

 ちょっとした『だるまさんが転んだ』状態の中、丸山が振り返っていないのに足を止める。

 かなりの量話している筈なのにそれでも丸山は気づいたような素振りを見せない。これでもし気づいているのであればそれはもう凄い演技力だ。

 

「千聖ちゃん、どうしたの?」

 

「日菜ちゃん、麻弥ちゃん、何か聞こえないかしら」

 

 男の声と女の声が聞こえた。

 声の大きさは女の方が距離的に大きく聞こえ、丸山のものだった。

 

(面白いってこれの事ね)

 

 側から見れば一人で話しているように見える丸山もレッスン場のドアが少し開いている事から誰か男性スタッフと話しているに違いない。

 集中度合いから言って明らかに何か特別な感情を抱いているに違いない。

 

 分かってみれば面白くも何ともない。

 後は、彩ちゃんおめでとう、だけど私達はアイドル、付き合う事になってもスキャンダルには気をつけてね、と冗談めかしく祝福するだけだった。

 

「彩は偉い奴やな、毎日毎日よう頑張ってくれとる」

 

「ん?」

 

 耳を両手で塞ごうとしたが興味が上回り、一歩、一歩、ゆっくり近づく。

 

 聞き間違いであって欲しかった。

 

「彩、ホントいつも助けてくれてありがとな」

 

 白鷺の知っている関西弁の少年は丸山の事を名前で呼んだりしない。

 

「俺は彩がおらんかったら生きて行かれへん」

 

 それにベタ褒めを通り越した甘たるいセリフを聞いた事がない。

 

「彩ちゃん、何してるの?」

 

「彩、これからも……あっ、千聖ちゃんおはよう」

 

「お、おはよう彩ちゃん。それであなたは一体何をしてるの?」

 

 そう、全ての声は丸山からのものだった。

 

「え、え〜っとね……」

 

 とんでもない瞬間を目撃されたと言うのに丸山は嘆くよりも恥ずかしそうに照れていた。

 こればかりはうっかりで済ませないと思った白鷺だが、丸山がドアの隙間に何度も視線を送っている事に気づいた。

 

 視線から誰かが中にいるのは分かるし、丸山の理解し難い独り言からも誰がいるのかも想像出来る。

 

 白鷺は丸山と同じようにドアの隙間から覗いた。

 

 レッスン場の準備をしている彼の邪魔をしてはいけないと思った。

 

「…………」

 

 絶句した。

 白鷺の知る彼のイメージとはかけ離れた姿があった。

 顔を赤らめ、荒い息を上げながら愛用のギターに頬擦りをしていた。途中思い出したかのようにくろすでギターで拭くのも自制心が制御できていない証拠だ。

 

「すまんな、俺が頬擦りしたせいで汚してもうたな、今綺麗にしたるからちょっと待っといてな。……よし、綺麗になった。このピカピカボディ、ホント自分可愛いなぁ。今日もよろしく頼むで」

 

 うっとりした顔でギターに話しかける彼の姿を見れば丸山の独り言の方がまだ受け入れる事が出来そうだった。

 

「千聖ちゃん、一也くんって私達が来る前にあーやってギターに話しかけるんだよ」

 

 丸山は引くどころか顔を紅潮させていた。

 

「それですっごく褒めるんだー。はぁ、私、一也くんのギターになりたい。私なんて怒られてばっかりで全然褒めてもらった事がないんだよ」

 

 全てが繋がった。

 どうして丸山が独り言を呟いていたのか、

 どうしてドアを少し開けて覗いていたのか、

 

 全ては彼の持つギターと自身を丸山が重ねていたからだ。

 

「もう、千聖ちゃん。もっと『わっ』って驚かした方が面白いのに〜」

 

「日菜ちゃん! 今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 ぼやく日菜を叱りつけ半開きのドアを勢いよく開ける。

 

「一也くん! あなたちゃんと責任取りなさいよね!」

 

 この事は笑い話なんかでは済まない。

 白鷺はこの出来事を絶対に広めないと誓った。

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

 げんなりした表情で渡辺が戻って来た。

 

(ウエストポーチ……)

 

 三人は渡辺の腰にしがみつく丸山を見て思うが口には出さない。

 ついこないだの顔合わせで相沢が指摘して痛い目にあっているのを知っているからだ。

 

「それじゃ、一也も戻って来た事だし練習始めるか」

 

 上坂の号令に女の子がぞろぞろと集まる。

 

「それで一也くん? 合同練習って何するの?」

 

「答えるからまず離してくれんか?」

 

 渡辺は強く握られた指を一本ずつ丁寧に引き剥がしていく。

 

「まず一曲ずつやって演奏してもらう、そっから問題点を見つけ楽器ごとに別れての練習。そして最後に一回通す、これが合同練習の流れや」

 

 渡辺が独断で決めた事ではない。四人が話し合って決めた事だ。

 

「はいはいはーい! 私たちから演奏する」

 

 戸山が元気いっぱい手を挙げアピールをする。

 

「じゃあポピパからで問題あらへんな?」

 

「大丈夫!」

 

「他のバンドの練習を見学できる機会なんて、なかなかないから勉強させてもらうわ」

 

 と、否定的な声は上がらない。

 

「じゃ、みんな! 準備はOK? それじゃあ、いっくよー!」

 

 戸山の楽しそうなギターの音と共に演奏が始まった。

 

 

 

「ん〜っ、今日も楽しかったー!」

 

 演奏を終えた戸山からは疲れが見当たるどころか、演奏をしたことによって回復したように見えた。

 

「みなさんの演奏、素敵でしたっ!」

 

「この間、みんなで集まった時もおもったんだけど、ポピパは演奏がすっごくうまいってわけじゃないけど、すごく、音が楽しそうに聴こえるんだよね〜。なんでだろう?」

 

 日菜の言う通りポピパの演奏は特別上手と言う訳ではない。参加バンドの中では下から数えた方が早い。しかしポピパの音は人を楽しませる何かがある。

 

「そうだよな。こいつらの演奏って日菜さんの言う通り、うまいわけじゃないけどなんか引き込まれるんだよな」

 

「演奏する時に、Poppin’partyのみんなはどんな事に気をつけているの?」

 

「うーん……ここを気をつけようとかってあんまり考えたことなくて……とにかく思いっきりやってます!」

 

 白鷺の問いに戸山は少し考えるが思いつかず、清々しい顔で感じた事をそのまま口に出した。

 

「お前……テキトーすぎるだろっ!」

 

「いや、俺もそれが大事だと思うよ」

 

「はぁ!」

 

 上坂の意見に市ヶ谷は声を荒げる。

 

「確かに失敗しないように気をつける事は大切だけどさ、結局自分が楽しむっていうのが一番大切だと思うんだ。だからの思いっきりやるって言うのは俺的には正解だと思う」

 

「それでも香澄のはテキトーすぎるだろ!」

 

「市ヶ谷も分からない奴だな。だったら市ヶ谷が何も考えず思いっきり演奏できるように俺がしっかり練習見てやるよ」

 

「そこまで言うならやってみろよ! 今度のライブイベントで私にさっきの香澄みたいな事言わせてみろ!」

 

「はいはい、分かった。やってやるよ」

 

 上坂は内心面倒くさいと思いながら頭を掻いた。

 

「香澄ちゃんは失敗しないようにとか思ったりしないの?」

 

 緊張しやすい丸山には戸山の考え方は想像がつかない。

 

「ん〜……あんまり気にしないですっ。だって、そればっかり気にしてても、間違える時は間違えるじゃないですか? 失敗したっていいんですよ。それがロックなんですから」

 

 さっきの言葉戸山は何も考えず発した物だとばかり思っていたが戸山にも戸山なりの考えがあった。

 

「香澄、お前な……」

 

 失敗しない方法を知りたい丸山に失敗を促進する方法を教える戸山に市ヶ谷は頭を悩めた。

 

「私は緊張しちゃうとうまくできなくなっちゃうから、ただただステージをこなすのに必死になっちゃって……失敗しちゃダメだって気持ちで、もっと緊張しちゃったりするんだ」

 

 丸山の話している顔は話が進むにつれ顔が暗くなっていく。

 

「彩さん、俺から一ついいですか?」

 

「澪くんどうしたの?」

 

「これはパスパレ全体ではなくあくまで彩さん個人の緊張の解決法何ですが……」

 

「解決方法があるの!!」

 

「まぁ」

 

 思っていた以上の食いつきに上坂は驚いた。

 

「彩さんは物事をマイナスで捉えすぎてるんです。リスクはあってもリターンはない。だからネガティブになるんです。失敗した時のリスクを考えるんじゃなく、成功した時のリターンを考えましょ。そうすれば緊張もしなくなると思います」

 

「そんな事分かってるけどなかなか難しくて……、私達のリターンはステージを成功させる事だし、そう考えると緊張して……」

 

 上坂の解決法も過去に参考にし失敗した事があるらしい。

 

「大きく考えすぎなんです。ステージの成功はパスパレ全員で成す事で、彩さん一人で成す事ではないんです。五人で百点取ればいいテストで一人で百点満点を狙うようなものです。だから別に考えませんか? ステージの成功以外に何か目標を作るとか、例えば歌が上手に歌えたとかダンスが上手に踊れたとか。百点の目標じゃなくてニ○点の目標です。それでファンや出演が増えるとか分かりづらいリターンじゃなくてもっと分かりやすいリターンをもらえば成長したって実感が湧いて自信に繋がりますよ」

 

 緊張する子は自信がない事が多い。だから少しずつでも成功を体験させて自信を付ける事が遠回りのようで近道になる。

 

「分かりやすいリターンって?」

 

「そうですね……一也にお弁当を作ってもらうとかどうです? 一也の作る弁当凄く美味しいですよ」

 

 学校があった時は四人で昼を食べ相沢と四季、三人で渡辺のおかず争奪戦をよく繰り広げた。

 味は勿論美味しいのだが何より家庭の優しい味がした。

 

「一也くん、料理出来たんだ。私も食べてみたい」

 

「上坂、何勝手に話し進めとんねん!」

 

「一也くん、いいじゃないそれぐらい。それで彩ちゃんが緊張しなくなるって言うなら安いものじゃない?」

 

 詰め寄ろうとした渡辺を白鷺が捕まえ説得する。

 

「うぅ……まぁ、安いわな……。あー、分かった、頑張ったら美味い弁当作ったるわ!」

 

 手作り弁当を食べてもらえるなんてファンとして光栄の極みだと言うのに料理上手の渡辺が今まで作らなかった事に疑問を覚えたが作ると決まった今となってはどうでもいい話だ。

 

「え〜、彩ちゃんだけずる〜い。あたしも食べたい!」

 

「カズヤさんのおかずはどれも最高ですよ」

 

「それは興味深いわね、私もいいかしら?」

 

「なら自分も……」

 

「あー、もう! ステージが成功したあかつきには運動会みたいに重箱に詰めて持っていったるわ!」

 

 この日以降、パスパレはライブ前に全員揃って渡辺特製のお弁当を食べる事が恒例となった。

 

 

 

「パスパレの皆さんって仲がいいですよね?」

 

 渡辺のお弁当談義で盛り上がるパスパレを見て山吹が声をかける。

 

「ふふっ、そう見えているのだとしたら嬉しいわ。それにあなた達も十分仲が良さそうに見えるわ。その仲の良さがきっと、今の演奏を生み出してるんでしょうね」

 

「はいっ! ちょっと失敗しても、みんながフォローしてくれるし、一緒に演奏すると、みんなが何を考えているかわかる気がするんです。あー、さーやは今こんなこと考えてるのかなー、とか。有咲は今、盆栽が心配なのかなー? とか」

 

「そんなこと、お、思ってないし!」

 

 一度市ヶ谷の家を訪れた時に沢山の盆栽があった。それは市ヶ谷の祖母が手入れしている物だと思っていたがどうやら市ヶ谷が手入れをしていた物らしい。

 

「ふふ、私達も負けてられないわね」

 

「じゃあ、ハグです! ハグをしてもっと仲良くなりましょう!」

 

 白鷺はクスリと笑い、若宮は名案だと言わんばかりに力強く手を叩く。

 

「ハグか〜」

 

 丸山はチラチラと渡辺に視線を向ける。

 

「先輩、何でこっち見とるん?」

 

「私、いつも一也くんに怒られてばかりだからもっと仲良くならないとって思うの」

 

「先輩何ゆうとん? 俺と先輩は仲良しやん。今更ハグなんて必要あらへんやろ?」

 

「そ、そう? なんか正面から言われると照れちゃうな」

 

「彩ちゃん、あなた綺麗に丸め込まれているわよ。イヴちゃん悪いけどハグは無しよ。今は上手く抑えれているけど、いつまた彩ちゃんが暴走するか分からないわ」

 

「そうですか……、では今日の練習の帰りにヨリミチでもどうですか?」

 

「おおっ、いいね〜どこに行こっか!」

 

 戸山は若宮の提案にノリノリなのだが、

 

「お前はパスパレのメンバーじゃねーだろっ!!」

 

「ええっ! みんなで行く流れじゃないの?」

 

 市ヶ谷の激しいツッコミが入る。

 若宮の提案はパスパレが更に仲良くなる為の親睦会であり残念ながら合同練習の打ち上げではない。

 

「どっからどう見てもパスパレのメンバーだけで行く流れだろーが!」

 

「香澄さん、わたしはだい……」

 

「香澄は大丈夫だから今日はパスパレだけでいってきなよ」

 

「でも……」

 

 市ヶ谷が戸山を押さえ込んでいる間に山吹が説得するのだが若宮の顔色は暗い。

 

「ポピパに負けないぐらい仲良くなるんだろ? だったら取り敢えず今日はパスパレのメンバーだけで行って来たらいい。香澄達はまた今度だ」

 

「はい……」

 

 山吹の援護射撃で上坂も説得をするのだが返事こそするが顔色は変わっていない。

 若宮が納得しきれていないのは視線の先にいじけている戸山の姿があったからだ。

 

「香澄、今日合同練習終わったらメシでも食べに行くか?」

 

 上坂が声をかけると戸山のヘアスプレーで固めた耳がピクリと動いた。

 

「えっ、行く行くー!」

 

「香澄も元気になったし、これで気兼ねなく行けるだろ?」

 

「あ、はいっ!」

 

 若宮はパスパレの下に戻って言った。

 そして今日練習後のヨリミチについて話し合っているのだろう。

 

「香澄と二人きりだからって変な事するなよ」

 

 綺麗に場を収めた上坂に待っていたのは仁王立ちの市ヶ谷だった。

 

「変な事って何だよ? そもそも俺はポピパ全員を誘おうって余ってたんだけど……」

 

「そうだったらそうと早く言え!」

 

 至近距離の大音量に上坂は耳を塞ぐ。

 

「後、綾人と春夏は強制参加な。綾人はともかく春夏はパスパレの方に付いていきそうで怖い」

 

「澪は俺の事何だと思ってるんだよ!」

 

 合同練習は得るものこそあったが練習をしたか、と問われれば難しい。

 それでも他バンドとの交流や、考え方を知る事は普通の練習と比べれば遥かに成長したと思う。

 

 

 

 そんな楽しい合同練習もあっという間に終わった。

 食事の約束もありパスパレと渡辺とはCiRCLEの前で別れた。

 

 これから上坂達は食事場所を探さなければならなかった。

 練習中に探す時間はあったのだが、探してしまえばポピパというバンドの性質上練習時間が無くなると考え、練習が終わった今考える事となった。

 

「お前が誘ったんだからもちろんお前の奢りなんだろうな?」

 

 市ヶ谷はニカニカと笑う。

 いじりたい、と言う気持ちがあるのだろうが手当たり次第な感じで一言で言えば雑だった。

 

「別にいいけど、まぁ俺から誘ったし当たり前だよな」

 

「何本気にしてんだよ。いくら私だって……おい、今なんて言った?」

 

「奢るんだろ? 別にいいよ」

 

「マジか……」

 

 経済的に余裕のある社会人ならともかく高校生が七人も同時に奢るとなれば凄い話だった。

 市ヶ谷は一瞬理解が遅れ、相沢と四季は、ヒャッホーメシ代が浮いたぜ、とはしゃいでいた。

 

「でも奢ってもらうって、なんだか気が引けちゃうよ」

 

「沙綾、気にすんな、澪の奴金だけは持ってんだよ」

 

「おいコラ、人を金だけみたいに言うな。綾人には奢ってやらねえぞ」

 

 申し訳ございません澪様、と冗談めたく合唱し深々と頭を下げる。

 

「ふ〜ん、あんな大きな家に住んでたら納得だな。じゃあ遠慮なく、高い店で」

 

「こらこら有咲、遠慮なさすぎ。少しは遠慮しようよ」

 

「こいつに遠慮なんて必要いらねえ」

 

「遠慮する必要はないけど、人に言われると腹立つな」

 

「え、うそっ!」

 

 思わぬ上坂の肯定に山吹は驚く。

 

「澪の財布、干物見たいにして泣かしてやるぜ!」

 

「折角の奢りなんだし高いもの食わねえとな」

 

「上坂もいいっていってたし」

 

「ホントに良いの? 私いっぱい食べちゃうよ」

 

「澪も男だ、一度行ったことは引っ込めたりしねーよな?」

 

「心配しなくても今更引っ込めたりしないよ」

 

「それで澪くん、何ご馳走してくれるの?」

 

 戸山がまだかまだかと目を光らせる。

 

「みんなちょっとは遠慮しなよ」

 

「あんまり高いと上坂くん困るよ」

 

 山吹と牛込も今の収拾のつかない惨状から止める事を辞め、如何にすれば上坂のダメージが少なくなるのかにシフトしていた。

 

「沙綾もりみもいーんだよ。こいつがいいっていってんだし」

 

「沙綾ちゃん、今日の有咲ちゃんなんだか必死だね」

 

「そうだね、こんな強引な有咲、香澄相手でも見たことないよ」

 

「必死じゃねーし!」

 

 上坂を金銭的に泣かしてやろうと強引に話を進めた結果裏目と出た。

 

「沙綾もりみもお金に関して気にしなくていいから。ほら市ヶ谷を見てみろよ、あいつ空腹で気が荒くなってるだろ? だから早く決めてあげないと」

 

「有咲ちゃん、お腹空いてたの?」

 

「有咲もお腹空いてるの? 私ももうお腹ペコペコだよ〜」

 

「お前と一緒にするんじゃねー!」

 

 市ヶ谷の叫びが高々と響いた。

 

「じゃあ何なんだよ。俺も香澄も、もうお腹空いてるんだけど」

 

「つか、お前が空腹なんじゃねえか。あー、もう、分かった! そんなら私が決めてやるよ! みんなも文句ねえよな」

 

「有咲、私お肉がいい」

 

「肉かー……。だったら少し歩いたところに美味いって噂の焼肉店があるんだけど……」

 

「私そこでいい! みんなもいいよね?」

 

 市ヶ谷が仕切り花園の念押しもあったおかげで案外すんなり決まった。

 

「言っとくけど食べ放題とかじゃないからな!」

 

「だからそんなに心配するなよ、しつこいなぁ」

 

「値段見てビビるなよ!」

 

「良いって言ってるだろ? もうお腹空いてるんだ、早く行こうよ」

 

 口では憎み口を言うがなんだかんだで市ヶ谷は上坂の財布事情を心配してくれている。

 

 行き先も決まり市ヶ谷の言う噂の焼肉店に向かった。

 

 そこからも色々大変だった。焼肉店の高級感漂う外装に牛込が動かなくなった事や市ヶ谷が高いメニューを片っ端から注文したり、相沢と四季が『このページの物全部』とブルジョワじみた事をしたり、花園はテンションが上がりすぎて焼けていない生肉を食べかけたり、戸山が白米の食べすぎで余り肉が食べれなかったと泣いたり、会計の時に長いレシートを見た山吹が倒れそうになったりと大変だった。

 

 四季に相沢、市ヶ谷の目的である上坂の財布に打撃を与える事が出来たのかは正直のよく分からない。上坂は長いレシートを見て一言"結構食べたな"といい涼しい顔でカードで会計を済ませた。

 言葉からして財布にダメージを与えはしたが上坂本人には大したダメージになってなく三人、特に市ヶ谷は悔しい思いをしていた。

 

 家に着いた上坂は長いレシートを見た。

 金額は、六桁に入っていた。

 みんなの前では涼しい顔をしたがやはりダメージは小さくなかった。いくら貯金が多いからと言っても一○万は決して小さくない。

 

「ちょっと格好つけすぎたかな」

 

 小さな溜息をつき、今更ながら少し後悔した。

 

「だけど、たまにはいいか。みんな楽しそうだったし」

 

 上坂は長いレシートを摘みながら焼肉店でのみんなの顔を思い出し小さく笑った。

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