六年前を覚えている   作:海のハンター

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すみませんタイトル通りです。


3話 『男共の日常』

 月曜日。上坂は重たい頭で学校に向かう。朝が苦手なわけでも特異なわけでもなければ、学校が嫌いでも好きでもない。ただ月曜日という日が気持ちを憂鬱にさせる。

 そんな重たい足を前に進め上坂澪は今日も学校に向かう。

 

 ジャーン

 

 最後の角を曲がろうとしたところ眠気を覚ます激しい音が聞こえた。

 慌てて角を曲がると見知った顔があった。茶色の髪をヘアスプレーで猫の耳のように固めた少女、戸山香澄だ。

 

 戸山は何やら校門前で見るからに真面目そうな人ともめていた。

 理由は言うまでもなく戸山が腕に抱いてる赤い星の形をしたギターだ。

 

「はい。これは没収します」

 

「えー、ギターダメなんですか!」

 

 無慈悲に取り上げられるギターに戸山は抵抗する。

 そもそも花咲川高校は別にギターを持ってきてはいけないなんてルールはない。こうして戸山が抵抗している間もギターケースを背負った生徒が登校している。

 しかし戸山だけが止められていた。

 

「弾きながらとかありえないから。放課後、生徒会室に取りに来てね」

 

「うう、そんな~」

 

 ギターを取り上げられた戸山の背中からは哀愁が漂っていた。きっと今日一日、正確には放課後ギターを取り戻すまでは元気を取り戻すことはないだろう。

 

 今日一日教室が少し静かになるな、と考えていると一人の警戒心のない少女が爆心地(戸山の元)へと足を踏み込んでいた。

 

「……あ、香澄ちゃん」

 

 声をかけたのは上坂と戸山のクラスメートの牛込りみ。

 黒髪ふんわりとしたボブヘアーの女の子で性格は内気と戸山とは真逆のタイプの少女だ。

 

「りみり~ん! ギター、取られっちゃったよ~!」

 

 戸山は人の目も気にせず牛込に抱き着き泣きついていた。

 牛込は困った顔で辺りを見渡していたが、誰も彼女を助けることもなく、かという上坂も面倒ごとを避けるために黙って校舎に入った。

 

(戸山、楽器始めたんだ)

 

 

 

 教室は静かだった。騒がしい戸山が外で捕まってはいても1-Aにはうるさいのが後二人いる。

 

「四季、なにがあったんだ?」

 

「俺にも分かんねえよ、俺が来た時からこいつこんなんだったぜ」

 

 二人が視線を下した先には机の上で伏せて大きなため息だけが漏れる相沢の姿があった。

 

「ほんと人って二日やそこらで変わるもんだな」

 

「澪、ほかに何かあったのか?」

 

「さっき戸山が生徒会にギターを取られてた」

 

「ふ~ン……いやちょっと待て! 戸山が! ギターを! 取られた? どっから聞いたらいいかもう分かんねえぜ」

 

「俺も見ただけだから詳しくは分かんないけど」

 

 話が終わると知らない間に相沢の頭が机から離れていた。相沢は二人を見ては小ばかにするように笑い再び顔を伏せた。

 

「おい綾人、てめえふざけんなよ。人を悩みのないバカみたいに見やがって」

 

「春夏やめろ! 揺らすなー! 吐く、吐くって! 」

 

 四季によって肩を激しく揺さぶられた相沢は顔面蒼白で本当に具合が悪そうだった。

 

「それでなにがあったんだ? いつもうるさい相沢がおとなしいって珍しいな」

 

「うるさいは余計だっつうの」

 

 相沢は口をつぐんでいたが柔道の組手みたいな構えをとる四季に大きなため息を吐いて降参した。

 

「お前ら俺がCiRCLEでバイトしてるの知ってるだろ?」

 

「先週の金曜にそんなこと言ってたな」

 

「そう、その金曜日。はぁ~ほんと何のフラグなんだよ……」

 

 頭を抱える姿に上坂と四季は少し心配になる。

 元気しか取り柄のない相沢が頭を抱えるほど参っている状況は1-Aでは異常だった。

 そんな相沢の心身をすり減らすものとはいったい、

 

「先週の金曜日、俺はいつも通りバイトに行ったんだよ」

 

 相沢が唐突に語り始めた。もともと上坂達が話を振ったが、自分から話すあたりストレスの元凶を吐き出したかったのだろう。

 

「そしたら職場の先輩が、スタジオを借りに来た女の子と話していて……」

 

「「それで?」」

 

「先輩が俺に指さして言ったんだよ『もっとうまくなりたいの? だったらあそこにいる綾人くんを貸してあげる。あの子あんな冴えない見た目だけどなかなかのレベルだから。大丈夫、実力に関しては私が保証してあげる』って」

 

 相沢の口振りではなく微妙に上手い(本人を知らない)声まねでその先輩と言う人が女性だと言うことは分かった。

 

「でもよかったんじゃない、女の子とお近づきになれて」

 

 冴えない見た目のところを突っ込まないのは、上坂のささやかな優しさだ。

 

「まあ聞け、話はそれで終わりじゃないんだよ」

 

「早く頼むよ、俺もいつまで四季を抑えるか分からないから」

 

 女の子とお近づきになったことを聞いた四季は必死に耐えてはいるが、いつまでもつか分からないので保険として上坂が抑えている。二人(主に四季)の姿に相沢は軽く引きながら、ああ、と答え続きを放す。

 

「それでまあ、その子の練習を見ることになったんだけど、ちょうどそのタイミングで別のバンドの子が入ってきてさー、後は同じ、そんなこともあって土日が潰れたってわけ」

 

「それは、その……大変だったな」

 

「ほんともう大変ってもんじゃねえよ。やばいからな」 

 

「一つ聞いていいか?」

 

 上坂と相沢はギョッと目を見開いた。ついさっきまで怒りを必死に抑え込んでいた四季が爽やかな笑顔を向けていた。

 

「その後から入って来たバンドの子ってどんな子?」

 

「…………」

 

 相沢は黙る。無言も十分答えになるんだ、と上坂は思う。

 そもそも何となく予想はついていた。普通男に『子』なんてものつけるだろうか、もし入って来たのが男だったら相沢はきっとこう答えた。『別のバンドの()が入って来た』と、

 

 相沢は喉をごくりと鳴らす。この時相沢だけでなく上坂でさえ思った。

 

 死んだ(な)……

 

「てめえふざけんな! 何へこんでんだよ、ハーレムじゃねえか! 俺が一人寂しい休日を送っている間にハーレムですか? いいご身分だぜ。何人だ! 何人に教えるんだ!?」

 

「うっせえ、一〇人だよ一〇人! ハハッ、ハーレム? 俺も初めはそう思ったよ、全員かわいいし役得だってなあ!」

 

「こいつ開き直りやがったぜ」

 

「だけどあいつらクセがすげえんだよ。おかげでこっちはへとへとなんだよお!」

 

 争う二人に注がれる視線が痛々しく、無関係な上坂は離れようとしたが息ぴったりな二人に両手を掴まれる。

 

「おいおい何離れようとしてんだ?」

 

「一人だけ他人を決め込むなよ。俺たちは三人でひとりだろ?」

 

 二人は上崎の腕を掴んで離さないまま器用に片手でつかみ合う。

 上坂は隙を見ては、何度か腕を引っ張るが細腕の上坂の力では抜け出すことが出来なかった。

 

「だったら半分俺がもらってやるぜ!」

 

「教える辛さが分かんねえ奴が偉そうなこと言ってんじゃねえ!」

 

「そんなこと言って俺にハーレムを奪われるのが怖いんだろ? まあ、綾人が怖がるのも無理ないぜ。なんせ俺の魅力は学校なんて小さな箱には収まりきらないんだからな」

 

「言ってろ、ろくに女子と喋れねえ奴が偉そうに」

 

「うるせえ! 俺が話せねえのはそうだな……共通の話題がないからだ。バンドっていう共通点があったら話せんだよ!」

 

「お前はバンド組んでねえだろ! ……まあいい、そこまで言うんだったら紹介してやるよ! 精々テンパらねえことだな!」

 

「うおっしゃあああぁぁぁ──ー!!」

 

 四季は握っていた拳を天高く上げ勝利の雄叫びを上げる。

 

「…………」

 

 相沢が無言で上坂を見つめる。その泳ぎに泳いだ瞳は何か言いたいことがあるのだろうが、ちっぽけなプライドが邪魔をする。

 

「俺が下手なことをしないか見といてやるよ」

 

「すまん」

 

 相沢は頭を下げると掴んでいた腕も自然と離した。

 相沢の心配は四季に女の子を奪われることではない、嬉しさのあまり小躍りまでするバカを紹介して相沢綾人という人間の品位を落としたくないからだろう。

 

「それで綾人、いつ紹介してくれんだ? 紹介してもらう身であれだけど早く頼むぜ」

 

「じゃ、今週の土曜日SPACEな、別に無理だったら無理して……」

 

「分かった。あー楽しみだぜ、服買って、美容院行って……やべっ、時間がねえよ」

 

 一人遠足前夜のような異様なテンションに上坂は弱音をこぼした。

 

「約束してあれだけど見張れるか不安になって来た」

 

「澪、不安になるなよ。頼むぞマジで」

 

 上坂と相沢は大きなため息を吐いた。

 

 上坂はガールズバンドの聖地と呼ばれるSPACEに四季の保護者として同伴することを約束した。

 今は騒いでいても、いざ女の子を目の前にすると四季も静かになるだろう。そうでも思わないと約束の日、上坂は家から出れそうにない。

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