六年前を覚えている   作:海のハンター

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お待たせしました。久しぶりの投稿です。


42話 合同練習五日目③

 

 紗夜と一也の争いが終わりスタジオは平和を取り戻した。

 紗夜はRoseliaに囲まれ、一也は何故かポピパに囲まれていた。

 そんな二人を離れたところで見ている澪と春夏はひっそりと会話を始めた。

 

「あの話ってまだ続いてるのかな?」

 

「あの話って?」

 

「どうして演奏が上手くなったのかって言う話だよ」

 

「どうだろ、正直分かんねえぜ」

 

「はぁ、俺は話したくねえよ。一也の話の後じゃ話しにくいよ」

 

 一也と紗夜の話を一つの物語とするなら澪の話は続編。

 綺麗に終わった話に無理矢理続きを付ければ大体碌な目に遭わない。

 もし仮に澪と春夏が話すとなればそれは蛇足にしかならない。

 

「澪がどうだか知らねえけど、俺なんかもっと話しにくいぜ?この際言っとくけど俺が楽器を始めたのって女の子にモテる為だからな!後ついでに言えば上達したのだって……」

 

「もうそれ以上言うな。分かってる」

 

 語り、自ら傷つきにいく春夏を澪は見ていられなかった。

 

「「はぁ……」」

 

 ため息が揃う。

 とんでもない爆弾を落としていったと二人は内心一也を恨んだ。

 

「おい、そこの現在進行形で落ち込み中の二人、次はお前らの番だぞ」

 

 真っ先に話終わり安全地帯から御見物ができる綾人は二人を見逃したりはしなかった。

 さっきの今でその行動はとても空気が読めたものではないが、ニヤついた表情からわざと空気を読まず苦しむ様を見たいが為の行動だったのは容易に想像できる。

 女の子の好感度よりも親友への嫌がらせを優先する辺りは流石は春夏と双璧をなす1-Aの問題児だ。

 

「あんな話の後に話せる訳ないだろ!?」

 

「そうだそうだ」

 

 視線の集まりにもお構いなく声を荒げる。

 誰も百点の答案用紙を見た後に三◯点の答案用紙を見せたくはない。

 

「なんやえらい気にしとる見たいやけど、俺の話なんか気にせんで好きに喋ったらええやん」

 

「ええ、そうですね。寧ろ貴方達二人は指導者なのですから私達の成長の為に話してもらわないと困ります」

 

 今の話辛い空気を作った二人は何事もないように振る舞う。

 

「私も二人がどうして音楽を始めたのか知りたい」

 

「香澄、音楽を始めた理由じゃねえ、上手くなった理由だ」

 

「綾人くんも一也くんも話してたし二人にも聞いちゃおうよ。有咲も気になるでしょ?」

 

「別に気になんねえよ」

 

「あ、あれぇ?」

 

 綾人や香澄の所為もありどこか大人しかった空気があっという間に騒がしいものとなった。

 

「おい、春夏、覚悟を決めろ」

 

「綾人の奴、覚えてろよ」

 

 温まってしまった空気の中では話さざるおえない。周りの視線がそう訴えっている。

 別に面白い話や深い話をしなければいけないと言うルールはないが上がったハードルを二人は倒さずに越えなければならない。

 

 背を向けコソコソと話し終えたと思えば二人は拳を振り上げた。

 

「「じゃぁ〜んけぇ〜ん……」」

 

 手の平を悠々と見せつける春夏に澪は拳を握りしめた。

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁ〜」

 

 澪は唸りながら頭を抱える。

 

「次は澪の番だぜ」

 

「分かってるよ……」

 

 これ見よがしに手を大きく広げ背中を叩く春夏が腹立たしい。

 

「それで、俺は何を話したらいいんだ?」

 

「演奏が上手くなった秘訣よ」

 

「ああ、そうでしたね。って言ってもピアノとドラムじゃ全然違うんだけどな〜」

 

 まだじゃんけんで負けた事に納得がいっておらず投げやりな気持ちが抜けていない。

 

「私前から気になってたんだけど、澪はどうしてドラムとピアノの二つにしたの?」

 

 沙綾の問いは今スタジオにいる半数近い人が疑問に余っている事だ。

 春夏のようなギターとベースという弦楽器という関連性の近いものでもなければ綾人や一也のように沢山の楽器を扱える訳でもない。

 面白いから、って言葉で済ませてしまえばそこまでの話だが、理由があれば知りたいというのが意見だ。

 

「沙綾!」

 

 中には有咲やあこのように『始めた』ではなく『辞めた』理由を知る者もいる。

 

 強い言葉をかけられた沙綾は困惑していた。

 まさか気の強い言葉がそれも第三者から返ってくるとは思ってもいなかっただろう。

 

「なんだ市ヶ谷、心配してくれてるのか?」

 

「心配してんだよ!事が事だからな!」

 

「えっ、なに?市ヶ谷、本当に心配してくれたの?」

 

「そうだよ、悪いかよ」

 

 澪は驚いた。

 今まで物理的に傷つける事はあっても、優しくする事はなかった有咲が初めて澪に対して優しさを見せた。

 

「やっぱり私、その話はいいかな。どうしても知りたいとかそう言うのじゃないし」

 

 それは真夏に雪が降るほどありえない事で、その異常さが澪の過去がどういったものかを知らせる。

 

「沙綾、今更遠慮なんかするなよ」

 

「おい、お前!」

 

 有咲の声に沙綾の肩が跳ねる。

 

「そう心配しなくても大丈夫だって。俺はちゃんと受け入れてる。だからあの過去も今なら楽しかった思い出話として語れる」

 

「お前がそういうんなら……仕方ないな。でもまぁ珍しく心配までしてやったんだ、情けない顔したら慰めてやるぐらいしてやるよ」

 

「市ヶ谷」

 

「なんだよ」

 

「お前が言うなよ」

 

「はあ!?」

 

 声を荒げている有咲にズボンのポケットから取り出したハンカチを差し出す。

 

「ほらっ」

 

 差し出されたハンカチに有咲は首を傾げるが、澪が自分の目元を軽く叩くと差し出されたハンカチを引ったくり目元を拭う。

 

「いいから早く話せよ」

 

「はいはい分かりました。俺がピアノとドラムをしてる理由だけど、上達した理由も含めて話すよ。まずピアノを始めた理由なんだけど母さんといる為だったんだ」

 

「澪くんどういう事?」

 

「そうだなぁ……」

 

 初めてピアノに触ったのは三歳になる手前の事だった。

 

 

 

 

 上坂澪は子供ながらに家にいる事が多い子供だった。

 理由は母親の体が弱かったからだ。

 家の中では問題なく動く事のできた母親も外に出ればどこまで体力が持つのか分からないからだ。

 

 唯一父親の仕事が休みの時だけ外に出る事が出来た。

 外の世界は眩しくて楽しい。

 だけどその楽しさは父親が作ったもので落ちていたものではない。

 だから父親がいない日に外に出たいとわがままを言った事は殆どない。

 

 そんな子供ながらに半引きこもり生活を送る澪に友達はいない。

 その事を嫌だとは思わなかったし、当たり前だとさえ思っていた。

 

 ある日の日曜日、この日は数少ない外へのお出かけの日。

 澪はお出かけ準備を済まし、父親の準備が整うまでテレビを見て待っていた。

 沢山の楽器が並ぶオーケストラの番組だ。

 澪はその映像を見て興奮気味に激しくテーブルを叩いた。

 

 どうしたどうした、と身支度を終わらせ戻って来た父親がテレビと澪を交互に見て笑った。

 

「澪、お前ピアノがしたいのか?」

 

 コクンと頷くと、父親に嬉しそうに抱き抱えられ部屋を出た。

 

 連れて来られたのは知らない部屋。

 外からは何度か見た事があった部屋だが、入ったのは初めてだった。

 理由は単に身長が届かなかっただけだ。

 

 部屋の端には色あせたスコアや雑誌が棚に並べられ、埃っぽさは全く感じられない。よく掃除が行き届いている証拠だ。

 

 澪はそんな初めて入った部屋に視線を踊らす事なく一点を見つめていた。

 

 部屋の中央にある他全ての物がどうでもよくなる程の存在感を放つ黒いグランドピアノ。

 

 父親は澪を椅子に座らすとカバーを開けと中から黒と白の歯のような物が現れた。

 

 澪は好奇心のままにテレビに映っていた黒いタキシードを着た男と同じように鍵盤を叩いた。

 

 強く耳を刺す音だった。

 強さだけならテレビのピアニストと変わらないのだが、音がバラバラで不恰好、聞いていて心は動かなければ気持ち良くもない。

 

 隣では両耳を塞いだ父親の顔。

 

 澪は半泣きになりながら恐る恐る鍵盤を押す。

 

 ターーンッ、

 

 優しい音が部屋に響く。

 

 テレビのようにいかないにしても涙を吹き飛ばすには丁度いい音だ。

 

 ターーンッ、

 ターーンッ、

 タ、タ、ターーンッ、

 

 同じ鍵盤ばかりを何度も押した。

 

 楽しくて、

 

 嬉しくて、

 

 仕方がなかったのだと思う。

 

 ふふふ、と鍵盤の音に紛れ小さな笑い声が聞こえた。

 

 振り向けば弟を抱えた母親が立っていた。

 母親は抱えていた弟を父親に渡し澪の隣に座った。

 

「澪、上手ね。将来はピアニストかな?」

 

 母親は頭を撫でながら笑う。

 よく笑う母親だったが、ピアノを触っている時はいつも以上に笑っていた。

 それもそのはず、上坂家にあるピアノはそもそも昔母親が使っていた物なのだから。

 

「でも澪見てて、お母さんの方がもっと上手よ」

 

 よく笑い、少し大人気ないのが母親の上坂満天(かみさかみそら)だった。母であり、師であり、何よりピアノを弾く理由をくれた人。

 

 テレビなんてものはきっかけに過ぎない。澪は満天の喜ぶ顔が見たくてピアノを始めた。

 

 

 

 

 

「ピアノを始めて母さんの笑顔は増えたし友達もできた。ここで言えばあことAfterglowのメンバーがそうだな。だから俺は母さんや友達を笑顔にする為にピアノを弾いたんだ」

 

 澪の幸せな第一幕が終わった。

 

「笑顔の為か〜。なんだかこころんみたいだね」

 

「確かに言われてみればそうだな」

 

 こころは世界を笑顔にする為に音楽を始め、澪は身近な人の笑顔の為に音楽を始めた。

 

「病弱なお母さんのためにピアノを覚えたなんて素敵です」

 

「私なんて感動して、泣きそうだよ」

 

「どうだ市ヶ谷、お涙頂戴の良い話だっただろ。泣いてもいいんだぞ」

 

「誰が泣くか!」

 

「そんな事言って、貸したハンカチくしゃくしゃに握っ……」

 

 ハンカチは強く握られての中でくしゃくしゃになっている。

 それを強がりで涙を堪えているものだと思えばそうではない、目は潤むどころか目尻が落ち、何処か心配しているように見えた。

 

「ったく、調子狂うな。それじゃあ次はドラムについて話します」

 

 この時一部を除いては次はどんな素敵な話しが来るのかと期待した。

 

 しかしそんなに優しいものではない。

 

 この話をするにはついてくる物が必ずある。

 

「まずドラムについて話す前に、俺が小学三年生の時、母さんが病気で亡くなった」

 

 小学生だった澪に病名まで分からなかったが、死因は取り敢えず心臓の病だった。

 

「母さんが亡くなって以来俺は母さんとの思い出のピアノを辞めた。そして楽器店にピアノを売ろうとした時に出会ったのがドラムなんだ」

 

 

 

 

 

 澪とドラムが出会ったのは引っ越して直ぐの頃。

 

 その日の空は一面と雲が敷き詰められていた曇りの日の事、澪は母との思い出のピアノを売るために家から近い楽器店に向かった。

 新しい家にピアノは持ってきていない、それでも形が残っているという事が耐えれなかった。

 

 楽器店に入るのもあまり良い気分にはなれない。

 だが、最後に自分の手で音楽人生のゴールテープ切ると思えばすんなり入る事が出来た。

 店内は地元の楽器店と負けず劣らず品揃えが豊富でギターやベースはもちろん、DJセットのような変わり種もあった。

 

 初めは店主にピアノの売却の件を話し書類にサインするだけのつもりだった。しかし足は真っ直ぐレジには向かず、流しい音を鳴らすモニターに吸い寄せられた。

 

 演奏会のようなお利口の形もなく荒々しく音を鳴らすドラマーの姿があった。

 

 一見力任せに叩いているように見えるドラムも良く聴かなくてもリズムが、ビートが刻まれている。

 音の迫力にも驚いたがドラマーの姿にも驚いた。

 髪の染髪は当たり前で、衣装の上半分はなかった。

 衣装がなかったのも元であり、ズボンの裾から布切れがだらしなく垂れていた。テンションが上がり引きちぎったのだろうと推測する。

 

 自由だ、

 

 美しい所作が求められるピアノの演奏会とは違い、ドラムと言うよりステージでの自由な姿に心を奪われた。

 

「気になるのなら叩いてみるかい?」

 

 声に反応し勢いよく振り返るとエプロン姿の老人が立っていた。見るからに目当てである店主に間違いはないのだが声が出なかった。

 八○はあると思われる老人は頭に毛はなく、体つきは筋肉質で澪の倍程の腕の太さがあった。

 そんなアンバランスな体型の老人を前にいるとなると怯むのも納得がいく。

 

 澪が威圧的な容姿に怯むが老人は気にせず口を開く。

 

「こんな天気だ、待っとっても客なんか来やせんよ。だったら老人の暇潰しに付き合ってくれてもいいんじゃないか?」

 

「えっ、あっ、うん」

 

 勢いに押され気づけばドラムを前に座っていた。

 

 澪はスティックを持ち恐る恐るドラムを叩く。

 

 トト、

 

 静かな音だった。

 モニターに映るドラマーのような耳に響く音ではなく、聴き取るのも難しい小さな音だ。

 

 叩く音を少し強めた。

 

 ドド、

 

 ピアノ以外してこなかった澪にとって他の楽器は未知のものだった。

 ドラムの音に抑揚がある事を知らなければ、どんな音を鳴らすのかも知らなかった。

 

 チラッと視線を上げれば金色の円盤が視界に入る。

 

 シャーンッ

 

 ドラムの重音とは違い金属が響くとても軽い音。

 ドラムという一つの楽器でも叩く物によって音の種類が明らかに違う。

 

「爺さん、あんたの道楽に付き合ってやるよ」

 

 この時の澪は母親の死、幼馴染との別れと、様々な事があり格好つけたい時期だった。

 

 そんな口を叩く澪に老人は煽るような視線を向ける。

 

「それは楽しみだ」

 

 その一言の終わりと同時に澪はスティックを叩きつけた。

 

 澪は深い息を吐いた。

 初めこそ老人を驚かそうと無駄に大きな音を鳴らしたり、下手くそなりにモニターに映るドラマーのマネをしたりもした。

 しかし内から広がる破裂音が捻くれた考えを忘れさせ、更に身体を縛っていた見えない糸を断ち切った。

 

 澪は久しぶりに晴れた気分になった。

 ドラムの騒がしい音が雑念を振り払ってくれる。

 何より力強く何かを叩く行為が澪の溜め込んでいた感情を吐き出させた。

 

「また来る」

 

「待っとるよ」

 

 澪は立ち上がり店を出て行こうした所で老人がビニール傘を差し出した。

 

「なんだよ」

 

「また来るんだろ?貸してやるよ」

 

 外は雨が降っていた。

 空はどんよりとした雲がびっしり覆われていたが今朝の天気予報では降水確率三○パーセントと微妙ながらも降らない予定だった。

 

 だから傘は持ってきていない。

 

 澪は老人から傘を受け取り店を出た。

 溜め込んだ雨水を吐き出す雲の下を澪は傘をさし真っ直ぐ家に帰った。

 

 

 

 それからの澪の行動は早かった。

 まだ無数の段ボールが積まれている家に帰って直ぐに父親にドラムが欲しいと頼み込んだ。

 澪が父親におねだりをしたのは初めてだった。

 大雑把で良い加減な性格をした父親に敬いの気持ちがないからだ。

 頼むぐらいなら自分でする、それが澪だったのだが、ドラムのような高価な物が相手になると話は変わってくる。小学生の澪がドラムを買えるほどのお金を持っている訳がなかったからだ。

 

 いつも下に見ている分都合がいいのは分かっていた。

 だけど小馬鹿にした言葉が返ってくる事はなかった。

 寧ろ理由はどうであれ新しく何かを初めようとした姿に泣いて喜び、雨の中を傘を持たずに飛び出そうとした物だから必死に止めた。

 

 結局、次の日には『また来る』という老人との約束を果たし、ドラムを買った。

 

 それから毎日のように夢中で叩いた。

 ドラムを叩いている時が唯一感情が現れ悲しい過去を忘れさせてくれるものだったから。

 初めはまめができたり、腱鞘炎を起こしたりしたがそれでも毎日叩くのを辞めなかった。

 

 劇薬のようにドラムを叩いた澪は指導者いらずともどんどん上達をし、中学に上がる頃には学生で澪に敵うものはいなかった。

 実力からしてバンドの誘いの話しが毎日のように来たがスケットしか引き受けなかった。

 それはバンドメンバーに感情移入をしたくないのと自由に叩きたいという自分勝手な欲求が理由だ。

 

 

 

 

 

「……だから俺にとってドラムは辛い思い出を忘れる唯一のもので、過去から目を背け沢山逃げたから今の様に上手くなったんだ」

 

 話は終わった。

 ドラムについて話したのは初めてだった。

 決して話したくないと言うわけではなく単に進んで話す事でもないと言うだけだった。

 

 気づけばスタジオ内は物音一つしないほど静かだった。

 いつもならふざける綾人と春夏もすっかり黙り込んでいた。

 

「おいどうした?なんか話せよ!」

 

 澪は異様な空気に耐える事が出来なかった。

 

「お前こんな話ししてすぐ話せるわけねえだろ。ったく、お前が入学当時クールぶってたのもそう言う訳かよ」

 

 珍しく綾人が真面目な顔をしていた。

 

 ズズッ、と鼻をすする小さな音がスタジオ内で聞こえた。

 鼻をすする音だけではない、言葉にならない鳴き声も耳に届く。

 音の方を振り向くと、沙綾が大粒の涙を流し泣き崩れており、近くにいた香澄と有咲に介抱されていた。

 

「ごめん。本当にごめん。私のせいでに辛い事思い出させてしまって」

 

 山吹も母が体が弱く、澪の話しを一番理解

 無神経な事を聞いたと沙綾は悔いるが、無神経なのは澪の方だ。

 文化祭の一件で沙綾の母親の体が弱いのはクラスが周知の事だ。その事を分かっていて話すのはあまりにも無神経だ。

 

 澪は崩れる沙綾の前で膝をつき肩に手をくと、沙綾は肩が飛び跳ね顔を上げた。

 

「謝る事なんかないよ。確かに昔は悲しい事、辛い事が沢山あった。だけど、沙綾やみんなに出会えて俺は過去を受け入れ強くなれたんだ」

 

 友達がいたおかげで澪は決別してた幼馴染と仲直りをしたり母の死を受け入れたりできた。

 

 澪はハンカチを取り出そうとするがポケットにはもうハンカチは入っていない。

 ハンカチは今有咲の手にある。

 

「ほんま自分、決まらんな」

 

「うるさい」

 

 小さく慌てる澪を見かねた一也が自分のハンカチを沙綾の隣にいる香澄に手渡す。

 受け取った香澄は沙綾の目元にハンカチを当てた。

 

「まっ……俺は過去を受け入れたんだ、だから沙綾が泣く必要は何処にもない、だから泣くな」

 

「プッ、澪はひどいなー。女の子に泣くなって」

 

「別にいいだろ。悲しむ顔なんて見たくないんだよ。女の子は……って言ったらあれだけど、人間笑ってるのが一番なんだよ」

 

 沙綾が何がおかしくて笑ったのかは分からない。

 格好をつけたけど決まらなかった事や、それでも何事もなかったかのように格好をつけた所なのか、それとも理不尽な言葉を投げられた事なのか、はたまたその全てなのか沙綾本人にも理由が多すぎて分からない。

 

 香澄からハンカチを奪い涙を拭った沙綾は立ち上がる。

 

「さーや、もう大丈夫なんだね」

 

「うん大丈夫。香澄、それに有咲もありがとう」

 

「べ、別に私は……」

「さーや!」

 

「ちょっ、香澄」

 

「おい、香澄!今、私が話してた所だろ」

 

 沙綾に抱きつく香澄に有咲が叫んでいる。

 つい先程までの重たい空気が嘘のようだ。

 

「沙綾、一つだけいいか」

 

「ん?澪、どうしたの?」

 

 沙綾の顔は明かった。

 涙で目元こそ赤く腫れてはいるが、泣いていたのが嘘のようだった。

 

「お母さんを大切にな」

 

 大切に出来ただろうか、

 そんな言葉が澪の頭を過ぎる。

 

 しかし考えるだけ無駄だった。

 思い返せば記憶に残る母親はいつも笑っていた。

 

 それが答えだ。

 

 親孝行は出来ていた。

 だけど後悔がないわけではない。

 もっと沢山の曲を聴かせてあげたかったし、上手になった姿を見せたかった。

 何より、沢山の友達に囲まれている今を見せたかった。

 

「……そんなの分かってるよ!私のお母さんも澪のお母さんに負けないぐらい凄いお母さんなんだから!」

 

 沙綾は真っ直ぐな目で言いきった。

 

「それじゃ、俺が出来なかった事を沙綾に引き継ぐとして……」

 

 澪の向いた先に全員が注目する。

 

「な、なんだよ……」

 

「俺の話は終わった。後は春夏だけだ。さぁ一体どんな素敵な話をしてくれるんだ?」

 

「うるせぇ!澪テメェは知ってんだろ!俺が音楽を始めたのは女の子にモテる為だよぉ!」

 

 春夏の話は特に誰かに言及されたとかがなかった為直ぐに終わった。

 

 おかげで残りの時間を練習に回す事ができ、最後の合同練習だけはしっかり練習する事が出来た。

 

 週末はいよいよミニライブ。

 

 少女達にとっては通過点だが、彼等にとってはゴールだ。

 

 妥協は許されない。

 

 少女達を見送った後少年達はスタジオへ帰った。

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