六年前を覚えている   作:海のハンター

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4話 『SPEACE』

 土曜日、相沢と四季とSPACEに行く日になった。

 

 SPACEはライブハウスの名前で、ガールズバンドの聖地と呼ばれている。

 

 目的のライブは十六時から、それまでの上坂と言えば朝起きてトーストをかじり、それから軽く歯を磨いたり着替えたりしてから街の中でも有数な広さを誇る家の掃除を一人で行った。たった一つ思い出のピアノの部屋を除いて。

 そしてあらかた家の掃除を終えた上坂は約束の時間までの間、虚無の時間をソファーの上で過ごした。テレビをつければ今年初の台風1号が上陸したとの報道があったが、上坂には関係がない話だ。

 別に上坂としてはライブが始まる以前から集まり遊びに行ってもよかった。しかしテンションが絶頂な四季を相手にする時間は極力減らしたいという相沢の願いもありライブからの集まりとなった。他人にあまり関心のない上坂なのだが、実は相沢の方が冷たいのかもしれない。

 

 昼になり、朝のリンゴとは違う桃のジャムを塗ったトーストをかじった上坂は、約束の時間まで適当に時間をつぶしてから約束の広場に向かった。

 

 

 

「遅い!」

 

 約束の広場に着いた上坂を待っていたのは相沢からの不満の一言だった。

 約束の場所は大きな噴水がある広場で、タイルでできた中央広場を囲むように整えられた芝生が広がるなんともゆったりとした広場だった。

 

「そんなに遅かったか? まだ約束時間の一〇分も前だろ?」

 

 時計を見直してもやっぱり時計は約束時間の一〇前だった。それなのに相沢はまるで何時間も待たされていたような苛立ちを見せていた。

 

「確かにまだあんまり待ってねえがな、俺がどんな気持ちで待ってたか知らねえだろ!?」

 

 相沢の指さす方を見ると金髪の男が複数の女の子を囲っていた。四季だ。

 ちなみに、四季が女の子相手に話すことが出来ないのは学年内では最早常識とまでなっている。せいぜい四季が対等に話せるの女の子は話す回数が多い戸山と山吹ぐらいだ。

 だからこそ外に出ると四季がいかにイケメンなのかを痛感させられる。

 

 女の子を囲っていたのではなく囲まれていた四季は、上坂を見つけると助けを訴える表情を作る。とてもモテてる人のする表情ではない苦虫を嚙み潰したような顔だった。

 

「どうする?」

 

 上坂は狂犬のように唸る相沢を見る。

 

「無視だ無視! あんな奴おいていくぞ! それにあいつがいない方がこっちの負担も減るだろ?」

 

「それもそうだな」

 

 二人は四季に背中を向けて歩き出す。

 

「なぁ、SPACEってどこにあるんだ?」

 

「結構ここから近いぞ。この広場を来た道と反対に抜けて、四つ目の角を曲がったら見える」

 

「へぇ~」

 

 しっかり場所を把握している相沢に感心しているとなにやら必死な声が聞こえる。

 

「澪、綾人……嘘だろ? おいっ! 俺を置いていくなよ! 頼むから戻ってきてくれえぇ──!」

 

 四季の叫び声はピクニックに来ていた家族やベンチでいちゃついていたカップルの視線すべてを集めた。

 

 

 

 四季を女の子の群れから引っ張り出した上坂は、広場を抜けSPACEへと向かった。

 相沢が広場を抜け四つ目の角と丁寧に場所を教えてくれたが説明の必要なんてなかったのかもしれない。

 広場を抜けた道を真っすぐ歩いていたら嫌でも分かった。

 相沢の言う通り四つ目の角に差し掛かった時、目の端に行列が映った。

 

「澪、お前が遅いせいであんなに並んでるだろ」

 

 ライブハウスから伸びる行列は上坂達の近くまで並んでおり、少なくとも五〇人は並んでいる。

 

「結構並んでるな……なあ相沢、お前の知り合ってこんな人気あるのか?」

 

 最後尾に並んだ上坂は一息つく。

 

「んっや、確かにあいつら人気はあるけど、それは最近の話し、ここまでの人気はねえよ」

 

「じゃあどうして……」

 

「それはきっとグリグリが来てるからだと思うぜ」

 

 相沢が答えようとする間もなく目を輝かせた四季が答える。

 おとなしい上坂に対し四季は列に並んでからずっとそわそわしている。

 ライブハウスの開く時間まで後十五分もある。その間ずっとこの調子だと思うとうんざりする。

 

「それで、そのグリグリってなに?」

 

「澪、お前グリグリも知らねえのか?」

 

 四季は驚き、

 

「グリグリっていうのは略称で、正しくはGlitter*Greenって言ってうちの三年なんだぜ。演奏、歌がうまいのはもちろんなんたって全員……」

 

 流れるような言葉が突然ぴたりと止まり、上坂は首をかしげる。

 四季はゆらりと不気味に相沢の方を向く。

 

「なあ綾人、お前が教えてる人って……」

 

「そういやまだ聞いてなかったな、相沢が教えてる奴はどれなんだ?」

 

 上坂はSPACEのホームページの出演者リストを見せると下から三番目と四番目を指さした。

 

「このアフターグロウとロゼリアっていうのがそうか?」

 

「バカ! 声が大きいんだよ!」

 

 手のひらで口を塞がれた上坂は禍々しい殺気を感じた。

 

「へえ~、ふう~ん、ほ~ん、そうかそうか相沢はAfterglowとRoseliaを教えてるんだな?」

 

「べ、別にいいじゃねえか、紹介するんだしよお~」

 

「天誅!」

 

 ゴツッ、と鈍い音が上坂の耳に届いた。

 そんな視線を集める騒ぎにすっかり慣れた上坂が聞く。

 

「そういや話し戻すんだけどさ、今日三年生修学旅行だよな?」

 

「それがどうしたんだよ」

 

 四季に掴まれる相沢は必死に抵抗しながら返答する。

 

「いや、グリグリ間に合うのかなーって」

 

「大丈夫だろ……グリグリの演奏技術は高えからリハなくても問題なんてないだろ。まぁ俺だったら帰っていきなりライブとかしたくねえけどな」

 

 一撃で四季を沈めた相沢が何事もなかったかのように答えた。

 

 

 

 SPACE内装は聖地と呼ばれることから少しぼろくなっているのを想像していたが、そんな事はなかった。受付のカウンターにテーブルや椅子、よく見れば傷や綻びが見えるがそんなことはほとんど気にならないくらい清潔に保たれていた。

 

「上坂達もライブ見に来たんだ」

 

 声に料金表を見ていた顔が上がる。

 真っすぐな癖のない黒髪にすらりとした体型をした大和撫子と言う言葉がよく似合う少女だ。彼女は花園たえ。上坂の同級生でクラスメイトの少女。

 

「そうだけど、花園ってここでバイトしてたんだな。それでいくら?」

 

「そうだよ。料金高校生は六〇〇円」

 

 上坂達は財布からお金を出す。

 

「花園、さっき『も』って言ってたけど、俺達以外にクラスの奴来てるの?」

 

「うん、牛込さんと、後さっき戸山さんと隣のクラスの市ヶ谷さんが来てたよ」

 

「ふ~ん」

 

 上坂は性格が反対の牛込だけではなく、隣のクラスの人とも仲良くなれる戸山に感心しながら、迷惑にも出した万札のお釣りを受け取り財布にしまった。

 

 

 

 分厚い鉄の扉の向こうに広がっていたのは宇宙だった。

 外からの光をすべて遮断した空間は真っ暗のはずなのに我慢できず一足先につけられたサイリウムの光が赤や青、緑と様々な光が星のように輝いていた。

 なにも上坂はライブハウスに来るのは何も初めてではない、寧ろ何度も来ている。ただ立ち位置が違う。いつもはステージで、今日は観客席。

 上坂は中学時代に様々なバンドの助っ人に入った頃を思い出して不思議な気持ちになる。

 

「いやさ、俺ライブハウス初めてでさ、今すっげー興奮してんだぜ」

 

 四季は落ち着きがなく辺りを見渡しては視線を集めていた。

 それが、浮いているのか、イケメンなのかは分からない。

 

「春夏お前あんなにバンド組もうってしつこかったくせにライブハウス初めてかよ」

 

「別にいいだろ! ……一人で来るのが怖かったとか……そんなんじゃないからな!」

 

 顔を真っ赤にする四季に相沢は興味がなさそうに手をひらひらさせる。

 

「分かった、分かった。てっきり春夏のことだから女の子目当てで来てると思ってたわ」

 

「できれば俺ももっと早く来たかったぜ。でもよぉガールズバンドの聖地だぜ? 周りを見てみろよ、女の子ばっかじゃねえか! そんなところに俺が一人で行けるわけねえだろ!?」

 

 四季の言う通り周りを見れば女性が多い。てっきり四季の様な目の保養を目的とした野郎どもで溢れ返っていると思っていたがそうでもなかった。

 確かに男の頭の数は少なくはない。しかしそれ以上に女性が多かった。

 

「それじゃ、今からでも置いていくか」

 

「そうだな」

 

「ちょっ、綾人、それに澪まで!?」

 

 四季の掴んだ指はライブが始まるまで離れはしなかった。

 

 

 

 ライブが始まれば四季の指は自然と離れていた。人の心を釘付けにするぐらい彼女達の演奏は魅力的だった

 

「すごい……」

 

 上坂は思わず言葉を漏らす。

 彼女たちの演奏は上坂が以前住んでいた街の演奏レベルを超えていた。

 

「だろ? だけどあいつらはもっとすごいから、楽しみにしてな」

 

「ああ」

 

 頷きライブに視線を戻した。

 今回の目的は相沢が幸か不幸か世話をすることになったというAfterglowとRoseliaというバンドの演奏を見るということだ。順番はRoseliaが先でAfterglowが後だ。

 

「ガールズバンドの聖地って言っても普通に男のバンドもいるんだな」

 

 素朴な疑問だった。ライブは既に半分以上進んでおり、その中では何組もの男性バンドがステージに上っていた。

 

「当たり前だろ。ガールズバンドの聖地って言ってけど、別に男のバンドが禁止とは言ってねえからな」

 

「だったら俺達もいつかはあそこに上れるって訳だな」

 

「だからバンドは組まねえって」

 

 四季の鉄板のボケに相沢が素早くツッコム。

 

 時間が経つのは早い。それだけライブを楽しんでいたという事だろう。隣を見れば未だに相沢が鬱陶しそうに近づいてきた四季の顔を押し返していたが先頭を歩きステージに上がる少女を見た途端、二人の手の動きが止まりステージを見る。

 その二人が争いを止めるほどの強烈なオーラを見て確信した。

 パンフレットは既にズボンの後ろポケットに丸めて入れているため見えていないが、彼女達がRoseliaなんだろう。

 先頭の銀色の髪の女の子を先頭にRoseliaメンバーがステージに上がり演奏は始まった。

 

 彼女達の演奏は決して見掛け倒しなどではなかった。ギター、ベース、ドラム、キーボード、すべての音が綺麗に合わさり耳に届く。そしてなんと言っても圧倒的な歌唱力。

 上坂が見てきたバンドでもここまでのものは見たことがない。

 しかしそんな誰もが認めるであろう実力を持つRoseliaは、自分達の演奏を納得しているようには見えなかった。

 私達はもっと上に行ける、そういう思いを感じた。

 

 そんな凄いバンド相手に相沢は指導をしている。上坂は相沢が楽器を弾いているところを見たことがない。しかし目の前でレベルの高い演奏を見せているRoseliaの技術指導をしている事実を知ると、いったいどれぐらいの実力があるのかと純粋に興味がわく。

 

 演奏は終わった。圧倒的な演出に魅了され上坂は最後まで気づかなかった。

 

「あこ……?」

 

 知っている顔があった。

 それは紫色の髪のツインテールでドラムを叩いていた少女だった。

 

「澪ってあこの事知ってたんだな」

 

「昔の幼馴染だよ……まぁ……戻ってきてから会ってないんだけどな」

 

 上坂は俯き小さく呟いた。

 正確には幼馴染の妹、六年前に別れた赤髪の少女の妹だ。

 

「ふ~ん、あこの幼馴染と言う事はあいつらの幼馴染と言う事か」

 

 相沢はにやにやと嫌な笑みを浮かべて言った。

 

「あいつらに会ってないとかほんと損してるよな」

 

「えっ?」

 

 上坂の蚊の指すような小さな声は歓声によって打ち消された。

 歓声の大きさだけならステージに上がった彼女達はRoseliaにも負けていなかった。

 

 Afterglow。

 

 そのステージに上がった五人の姿を見た時、息が詰まった。

 

 六年前別れた幼馴染達があれから誰一人欠けることなくステージに立っていた。

 

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