六年前を覚えている   作:海のハンター

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5話 『少年は再び光の道を目指す』

 帰ろう,上坂は思った。

 

 彼女達に会う資格なんてない。

 

 そう思っていたが上坂は幼馴染がどれだけ成長をしたのか見てみたいと言う欲に負けてしまった。

 

(なんて弱いんだ、違う学校に通う事が分かったあの日から、会わないと決めたのに……)

 

 

 

 演奏は始まった。

 

「あいつら姉妹揃ってドラムな上に、二人とも上手いってすげえよな」

 

 名前なんてものは出さなくても上坂には誰のことを言っているのか分かる。

 

 その後も相沢は順番にAfterglow のメンバーを楽しそうに紹介する。

 

「あと、モカって奴がいるんだけどこいつがまた天才でさ、教えるのがほんと大変なんだよ」

 

 なんだかんだで楽しいのだろう。その声は明るく楽しそうだった。

 

「知ってる」

 

 上坂は相沢よりステージに立つ五人の事を知っている。

 

「だってあいつらは、俺の大切な幼馴染だから 」

 

 だからこそ会わないと決めた。

 大切だからこそ干渉はしない。

 今更会いに行ったところで引っ搔き回してむちゃくちゃにするだけだ。 

 

「……澪、お前も春夏みたいな恥ずかしい事いうんだな」

 

「うるさい」

 

 少し顔を赤くした上坂はステージに視線を戻した。

 

 

 

 演奏が終わり成長した幼馴染を見て、もう思い残す事はなかった。

 幼馴染達の演奏は、技術的にはまだ課題はあるが、息の合いようは完璧だった。互いが確認しなくても相手の事が分かり、演奏しやすいように演出している。きっと彼女達はそんな事を考えて演奏なんてしていない。体ではなく、心に染み付いているのだろう。

 

(もう俺はあの輪には入れない)

 

 言うなれば幼馴染達は完成されたパズルの様だった。一つでは未完成で足りない事ばかりだが、ピースが集まる事で一つの完成された作品となる。

 幼馴染というパズルは五つのピースから出来ている。五人はそれぞれ足りないものを補い、やがて今、ステージの上で輝く程の芸術品とまでになった。もちろん完成されたパズルには繋ぎ目は存在せず、上坂というピースが加わる事は不可能だ。

 だから上坂は幼馴染の成長を見ると同時にピースの繋ぎ目を探してしまった。まだ心のどこかで助けが必要なのでは、と思って。繋ぎ目なんてものはなく彼女達の関係は完成されていた。もし彼女達が困っていたら弱みに付け込むように戻れるのにと考えたが上坂はピタリと考えるのを止める。

 

(あいつらが一番困っていた時に手を振り払ったのは俺じゃないか)

 

 六年前、母が亡くなり落ち込んでいた上坂を励まそうとした幼馴染を上坂は冷たくあしらった。彼女達の気持ちを理解しないで、自分だけが不幸だと思って。

 

「会わねぇのか?」

 

 演奏が終わりステージに背を向けたところで相沢が呼び止める。

 

「あぁ、悪いけど俺は帰る、最後にあいつらの姿が見れてよかった」

 

 不思議と体が軽くなるのを感じた。結局のところ会わずに逢わずにしていた幼馴染が心配だったということだ。

 

「本当に合わなくて良いのかよ!」

 

 最後に上坂が振り返ると、逃がさまいと横で会話を聞いていただけの四季が両肩を強く掴む。奥歯をかみしめる四季のその表情は心配と、怒りが混ざった複雑な顔だった。

 

「四季、痛いから手を放せ」

 

「澪が幼馴染に会うまでぜってーに離さねえ」

 

「何急に熱血に目覚めてるんだよ。恥ずかしい」

 

「なっ!」

 

「前から思ってたけどよくそんな恥ずかしい言葉すらすらとでるな」

 

 逃げれないときは相手を不快にさせればいい、上坂は六年間そう過ごしてきた。わざわざ不快にするような人の心に土足で踏み込む人はいない。

 上坂は軽く力を入れ振り払おうとしたが肩から腕は外れなかった。

 

「はなせよ……離せっていってるだろ!」

 

 上坂から余裕の表情が消えた。

 

「だから言ってるだろ、離さねえって。それになんだ声を荒げやがって、それが澪の本性か?」

 

「うるせー! いいからさっさと離せよ!」

 

 上坂は腕を振り上げる。

 

「どうした、殴らねえのか? ヘンッ……所詮澪の覚悟なんてそんなもんだぜ」

 

 震えながらも視線を外さない四季に上坂は天高く上げた拳をだらりと落とした。そして落とした拳と一緒に膝も崩れ座り込んだ。

 

「会いたい、……あいつらに……会いてえよ」

 

 頭を抱えて小さく丸まり上坂は震えた。

 言わないように、思わないようにしていた言葉がこぼれた。

 

「だけど……俺にはあいつらに会う資格なんてない」

 

 裏切り者に彼女達と会う資格なんてない。

 うずくまっていると、ガバッ、と胸元に伸びた腕に襟を掴まれ、上坂は引き上げられた。

 

「人に会うのに資格なんて関係ねえよ。会いたいんだろ? だったら行って来いよ!」

 

 悲劇のヒロインを演じている上坂に怒鳴り上げるが、幸いにもライブ中のバンドの演奏に声がかき消され誰も上坂達に気づかない。

 

 確かに人に会うのに資格なんていらない。

 上坂も出来る事なら今から幼馴染にあって、いい演奏だった、の一言ぐらい言ってやりたい。

 だけど上坂には幼馴染に会いに行けない明確な理由があった。

 

「俺はあいつらを捨てたんだ。今更戻るなんて都合がいいんだよ」

 

 胸ぐらを掴まれ宙に浮き明らかな劣勢だった。にも関わらず上坂は動じず冷たい目をしていた。

 子供とは正直で、冷たい態度を取ると簡単に離れる。それでも一人最後まで上坂の傍を離れない者もいた。しかし結局その子も最後には傷つけ上坂の手から離れていった。

 

(────)

 

 上坂は口の中だけで呟いた。

 

 六年前、最悪の別れをした桃色の髪の少女の名前を。

 

「だから逃げるのか? それこそ都合がいいんじゃねえか」

 

 正面の四季からではない、横から相沢が口を割る。

 

「会いたいなら会いに行けばいいだけじゃねえか」

 

 相沢はさも当然かの様な声で言った。

 この言葉に毒気を抜かれたのか四季は掴んでいた両腕を離した。

 

「は? お前今の話聞いてたか?」 

 

 一瞬相沢が何を言ってるのか、上坂には分からなかった。

 

「俺はあいつらを捨てたんだ、今更会う資格なんてねえんだよ!」

 

 荒げる上坂に対し相沢は異様に落ち着いていた。そして相沢は指さしてはっきり言った。

 

「澪、お前のそれは単なる逃げでしかねえぞ」

 

 子供を叱りつける様に言った。

 

「会いたいけど、捨てたから資格なんてないって言うけど、結局、はあいつらにビビってるだけなんだよ。なにをうじうじしてんだこのチキン野郎」

 

 痛いところを突かれ怯む上坂に相沢は休む暇を与えてくれない。

 

「お前は、受け入れられないのが怖いんじゃねえ! お前があいつらにしたように、捨てられるのが怖いだけなんだよ!」

 

 結局の所上坂は幼馴染に会うのが怖かった。

 学校が違うと分かり安心もした。

 それに家の場所も知っており、会いに行こうと思えば会いに行けた。

 でも一度たりとも会いには行かなかった。

 

 結局『自分』が可愛かったからだ。

 会いに行って怒られるならまだしも、通行人Aを見るような何の興味の無い目で見られるのが怖かった。

 それに捨てられるぐらいなら会わなければいい。

 そうすれば綺麗な思い出のままでいられる。

 そんな事を考えていた。

 

 しかし実際、相沢に言われ想像すると折角地に着いた足がすくみ気を抜くと崩れそうになる。

 結局、上坂は自分が立っているのがやっとの物を幼い時の彼女達にやってしまったということだ。

 

「俺は……どうしたらいい?」

 

 罪悪感に押しつぶされそうだった。

 何かしないといけないことは分かっている。

 しかし今まで間違い続けてきた上坂に何ができる。

 きっとまた後悔することになる。

 だから彼は縋った。

 あと一歩のところまで引っ張り上げてくれた彼らに。

 

 後悔の念に駆られる上坂とは裏腹に相沢と四季は目を見開きキョトンとし互いの顔を見ていた。

 

「「そんなの知らねーよ。お前はどうしたいんだよ」」 

 

 二人の声はピッタリハモっていた。何の意味のないように聞こえる答えだが、上坂には十分すぎる言葉だった。

 

 上坂は顔を上げた。

 彼の中でも答えは出ていたのかもしれない。ただ最後に前に進む勇気が欲しかった。それだけだ。それさえあれば情けなくてもみっともなくても彼女達の元へ行ける。

 

 上坂は心配ないと見せつけるために溢れそうになった涙を腕で拭い宣言する。

 

「そんなの決まってる! 俺はあいつらに謝りたい! いや、謝るだけじゃない、俺はあいつらとこれからも一緒にいたい!」

 

 上坂の瞳に光が宿る。覚悟を決めた者の瞳だ。それが十年、二十年かかって彼は彼女達の隣に立つことは諦めないだろう。

 

「早速だけど、今から会いに行ってくるよ」

 

「早く行ってこい」

 

「もうちょっとなんかあるだろ? 俺、これでも凄く緊張してるんだけど」

 

 相沢からは雑なエールを送られ四季に至っては鬱陶しそうに手ではらうようにして上坂を追い出そうとする。

 

「別に心配なんかしてねーよ。あいつらは優しい奴らだ、澪がやってしまった事だって許してくれる。あいつらはそんな器が小さい奴らか?」

 

「違いない」

 

 上坂は笑っていた。

 相沢が幼馴染の優しい所を知っているからっということもあるが、上坂の笑顔はそんな優しいものでは無い。

 上坂は優しくて、可愛いくて、そしてかけがえのない幼馴染の事を相沢よりも一〇〇倍は知っている。悪くもその優越感が上坂を笑顔にさせた。

 

 

 

「それじゃ、()()()()、行ってくる」

 

 驚く二人を背に出演者の控え室に足を向けたが余りにも様子がおかしかった。

 静かだった。観客の雑談なようなものは聞こえるが、そもそも観客一人一人の声が聞こえるのがおかしなことだ。

 上坂はステージを見る。 

 

 最後のバンドであるグリグリがステージに上がって来ない。 

 

「まさか!」 

 

 慌ててポケットからスマホを取り出し触る。 

 

「おい、何があったんだ!」 

 

「これ!」 

 

 そこに移されたのは日本列島に大きな雲がかかった画像だった。 

 

「台風のせいで飛行機が遅れて時間に間に合わなかったんだよ」 

 

 コツコツと軽い音が響いた。他の観客も音に気付いたのか静まり余計に音が響いた。 

 

(間に合った?) 

 

 そんな考えが過るが今も航空会社のサイトには飛行機が遅延と書かれている。

 

(じゃあ一体誰が……)

 

「お、おい!」

 

 スマホとにらめっこをする上坂に四季が慌てたように肩を叩きステージを指さす。

 

「戸山?」

 

 ステージに上がったのは上坂達がよく知る頭に猫耳を乗せた少女だった。

 

 戸山が来ているとは花園から聞いていた。しかしライブに出る方とは思ってもみなかった。なんせ戸山がギターを始めたのは最近の話、普通に考えればステージに立てる程上達したとは思えない。

 上坂の予想通り配られたパンフレットには戸山という名前はなく、それに楽器だって持っていない。

 

「香澄の奴あんなところで何してんだ?」

 

 相沢は驚いていた。

 

「分からない、だけど迷惑でやっていないことだけは分かる」

 

「それもそうだな」

 

 戸山は一人ステージの上で歌い出した。

 

 キラキラ星。

 

 確かに戸山にはぴったりな選曲だが明らかにライブハウスという場所には合わない。

 一人で歌うキラキラ星は声が震え不安を増長させる。戸山は途中で歌を止めステージの袖へと戻っていった。

 

(それでいい)

 

 楽器を持たない戸山が頑張らなくても誰かが助けてくれる。

 しかしステージに上がったのは又も戸山だった。もう一人、戸山に手を引かれてステージに上がった金髪の少女は手ぶらではないもののカスタネットだった。歌に合わせて叩いてはいるが上坂のところまで音は届かない。

 だけどそんな小さな演奏会に影響されもう一人ステージに上った。

 同じクラスの牛込だ。手にはピンクのベースを持っており、そのおかげで演奏の質は大きく上がった。しかしGriter*Greenの存在は大きく一人また一人と観客は帰っていく。

 

 キラキラ星を演奏しきった三人は達成感を感じるや否や慌てふためいていた。

 

 しかし誰も彼女達を助けたりしない。寧ろ観客は見限って帰っていく。

 このままじゃあまりにも報われない、勇気を振り絞ったのにこんな結末では前を向いた上坂には納得ができない。

 

(助けてくれる誰かがいないなら……)

 

 上坂は大きく息を吸い、吐いた。

 

「俺も行ってくる」

 

 相沢と四季が何か言ってるが聞こえない。上坂は人混みの中を駆けて行った。


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