ライブハウスは混んでいたがライブが始まってすぐの頃と比べれば明らかに観客の人数が減っていた。
グリグリの出番が待てなかったのだろう。
上坂は少なくなった人の波を潜り抜けステージに繋がる通路を目指した。
道中、押されたり踏まれたりと酷い目にあった上坂だったがなんとか人込みを抜け扉を開けた。扉には『関係者以外立ち入り禁止』と赤字で大きく書かれていたがそんな些細なことは気にしない。そして躊躇いもなく勢いよく開いた先に待っていたのは、なんて事のない一直線上の真っ白な廊下。
この道を突き当たりまで真っ直ぐ進み角を曲がればステージはすぐそこにある。
上坂は走る。ここでも『廊下は走らない』と、楽器などのデリケートなものを扱っているライブハウスで、万が一接触による楽器の破損を防ぐための張り紙が貼られているのだが、上坂は目も入れない。
頭の中はステージに行くことしかなかった。
だからこそ失念していた。
通路をまっすぐ走っていると不意に控室と思われるドアが開いた。
「ご、ごめん。大丈夫か?」
上坂はぶつかり倒したしまった少女に手を伸ばそうとしたがその手は止まった。
「痛ったー。もぅ気を付けて……れ……い?」
桃色の髪のおさげの少女だった。
上坂が会いたくて会いたくて仕方がなかった少女。
名前は
少女はまるで死人を見ているかのような目で上坂を見る。
それもそのはず、彼女にとって上坂は二度と会うはずのない人物なのだから。
「ひまり、ちゃんと前見てないから……。澪、どうしてあんたがこんなとこに……」
尻もちをついた上原の様子を見に来た四人の少女は上坂を見ては上原同様信じられないっといった顔をする。その中で一人いち早く意識が戻った赤色のメッシュの少女があっけにとられながらも親の仇のように上坂を睨みつける。
目の前にいるのは五人の幼馴染の少女達。しかし上坂には彼女達とゆっくり話している時間はない。ステージで待っている戸山達のところに向かわなければならないからだ。
しゃがみこんだ桃色の少女の代わりに赤メッシュの少女が一歩強く踏み出す。文句の一〇や二〇言いたいのだろうが、上坂に立ち止まっている時間はない。
「ごめん」
伸ばした手を引き、上坂は短い言葉を残して幼馴染達の元を去る。
口から出た言葉は短いが意味は一つではないと思う。
「澪!」
少女の今にも泣きそうな声が背中から聞こえる。背中越しからでも誰の声なのか分かる。だけど上坂は振り返らなかった。振り返り泣いている少女の顔を見てしまえば、ステージに向う足は一歩たりとも動かなくなってしまうからだ。
幼馴染を振り切り通路を走る上坂は角を曲がった。後は階段を登りきるだけだ。
最後の段を踏んだ上坂は真っすぐドラムの元まで走る。ドラムはギターやベースとは違いライブをスムーズに行うためレンタル制だった。とは言ってもステックまでレンタルなわけではない。ドラムには二本のスティックが置かれていた。アンコールにアンコールを重ねた前のバンドが今のような状況を危惧して置いていったのかもしれない。本当にライブとは一人で作る単作ではなく、たくさんの人によって生み出される合作だ。
バーン、と力一杯叩きつけたドラムの音がライブハウス中に響いた。巨大な風船が割れるような単調な音ではあったが、それでも観客の視線を集めるには十分な威力だった。
「えっ、澪くんなんで!?」
余程慌ていたのか戸山はようやく気がついた。
「香澄、お前達が困ってたから助けに来たんだよ」
「えっ……澪くん、香澄?」
名前で呼ばれたことに戸山は困惑した。
そんな戸山の気も知らないで上坂は深呼吸をする。落ち着いている。幼馴染達に会って動揺して叩けないのでは、と上坂は思ったが問題はなさそうだった。
上坂はスティックでシンバルを叩いた。
気持を昂るらせるようにシンバルを鳴らし、昂ぶりが絶頂に達したタイミングでバスドラム、フロアタム、スネアを叩き爆発させる。
体全身で叩く。いつもより強く激しく。観客の意識を引き付けるために上坂は全身で音を鳴らした。
時間にして五分弱。上坂のソロ演奏は締めにシンバルを盛大に鳴らしそして終わった。
上坂はキラキラと光る星屑を呆然と眺めていた。
時間稼ぎのつもりが演奏を楽しんでいた。
今まで何度もステージの上でドラムを叩いてきたが、演奏を楽しむことも、大きな歓声が上坂に届くこともなかった。
だから歓声が起きた時彼は呆然と眺める事しかできなかった。
「澪くんこれからどうしよ」
戸山の不安が感じられる一言に上坂の意識は一気に現実に引っ張られる。
「へっ……悪い何も考えてなかった」
勢いだけで来た上坂に打開する策などない。
「どうしよ」
「お前は何しに来たんだよ」
今までの上坂ではしない頭を抱えて慌てる姿に、金髪ツインテ少女(花園から名前を聞いたが忘れた)からの厳しいツッコミが入った。上坂は内心、お前も同じだろ、とツッコムがだからと言って現状が変わることはない。
「ねぇ、どうしよ」
戸山がじっと見る。しかし上坂に出来ることはほとんどない。ドラムもいつもより激しく叩いたせいか腕が重い。とはいってもまだまだ叩けるのだが、永遠にそれも無名なドラマーのソロ演奏なんて聞けば観客も飽きて帰ってしまうかもしれない。
だったらやることは一つしかない。
「香澄、腹を括れ。ぶっつけ本番だけど俺達で……」
上坂は出かけた言葉を途中で止める。ふと耳に三人以外の声、正確には低い声が聞こえた。
「一人で人で突っ走りやがって、お前らホントバカだよな」
「ヒーローは遅れてくるもんだぜ」
「綾人、春夏お前らどうして……」
「「友達を助けるのに理由なんてねえよ」」
そこには二人の
「助けに来たって言っても……てかおまえら、その楽器どうしたんだ!?」
四季と相沢には弾く楽器がない、そう思っていたが二人の腕には青いギターと赤いベースがあった。
二人はドッキリが成功にしたり顔になり。
「知り合いが貸してくれたんだよ」
相沢がそう言ってステージの中央へ上った。
少し前のこと。人込みを逆らう上坂の背中を二人は眺めていた。
「澪のやつマジで行きやがった」
今までどこか距離を取っていた彼にはありえない行動だった。相沢はその行動力に若干の引きはあったが、本来の姿であろう彼の姿が嬉しかった。
「で、俺らはどうする……行くか?」
「行くかって行けるわけないだろ」
行くにしても演奏する楽器がない。
上坂が使うドラムやキーボードと言った大きくてかさばる楽器は初めからSPACEのものだ。
だがギターやベースと言った小さくてお手軽な楽器は個人のものだ。
「楽器がなー」
どうする事も出来ない、手ぶらで行ったところで何も出来ない。戸山のようにアカペラになるのが関の山だ。相沢はキーボードも弾ける。だが始めたばかりでとてもじゃないが人に見せれるものではない。
「綾人、あなた来てたのね」
背中からの声に相沢は振り向く。
「あっ友希那さん、こんにちは」
相沢が振り向けば五人の少女がいた。
相沢に名前を呼ばれた長い銀色の髪の少女は湊友希那。Roseliaのボーカル担当。高い歌唱力は誰もが納得するもので、一度プロにも声をかけられた事があるとかなんとか。
「やっほ〜。綾人、一緒にいるのは友達?」
ベース担当今井リサ。見た目は明るめの茶色に染めた髪が目立つギャルのような見た目だが、中身は家庭的でギャップがある人物で、一部の人からはリサ姉と呼ばれている。
「俺は、四季春夏。ライブ最高でした。今度俺のためだけにその音色を聞かせてくれませんか」
「あ、あはははは……、春夏って面白いね流石綾人の友達だよ~。私は今井リサ、よろしく。……春夏大丈夫? 顔すごく真っ赤だけど」
いつもの口説くような口調に美少女からの名前呼びとダブルパンチの四季は顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。
「リサさん気にしないでください。こいついつもこんなんなんで」
「初対面の方を口説くなんて相沢さんの友達らしいですね」
「紗夜さんは一体俺のことなんだと思ってるんですか!?」
「いえ、言葉のままだと思うのですが、相沢さんあなたこの間今井さんに同じようなことをしていたじゃありませんか」
疲れたため息を吐くのはギター担当、氷川紗夜。長い青髪が特徴の少女で、頭が超合金かなんかで出来ているのか、というぐらいドが付くほど真面目な性格。相沢はそんな氷川の砕けた姿が見たいと色々手を尽くしてはいるのだが、鉄仮面が外れたこと一度もない。同じRoseliaの湊もあまり表情を変えるような性格ではないが湊に関しては今井の情報によっていつでも崩せる。後はタイミングと好感度だけだ。
「あれは思ったことを言っただけで……」
確かに以前Roseliaの練習の時に今井が持ってきた手作りクッキーを食べて、いいお嫁さんになれますね、と言ったが四季のような下心なんてものはなく、おいしかったからこそ自然に出た言葉だと相沢は思いたい。
バーン、と爆発ではないが何かが爆ぜた音した。
「何なのかしら」
湊が不思議そうにステージの方に顔を向けるが相沢はその音の正体を知っている。
「いや〜、俺の連れがバカなもので勝手にステージに上がってしまったんですよ」
ここまで無茶苦茶になったら、もう開き直るしか無かった。
またあなたの友達ですか、と表情だけで氷川が伝えてくるが相沢としては、こっちも被害者なんだよ、と声を大にして言いたかった。そんな碌でもない友人達に困らされる相沢だったが嬉しいこともある。六年ぶりの幼馴染の再開に立ち会うことが出来ることだ。
「ほら、あこ見てみろ、ステージの奴お前も知ってるだろ?」
宇田川あこ。担当はドラム、上坂の幼馴染ではあるが学年は一つ下の中学三年生。紫色の髪を高い位置でツインテールにした少女だ。
「綾人さんどうしたんですか?」
相沢はあこの敬語を聞くたびピクリと反応する。それは敬語が間違っているとかではなく、あこは親しい人にはフランクに話すからだ。小さい頃から年上に囲まれて育ったからだろう。しかし相沢は未だに『綾人さん』だ。名前で呼ばれる当たりそれなりに高い好感度を期待したいのだがあこは親しい相手には愛称で呼ぶ。湊や氷川と言った愛称のような呼ばれ方を嫌がる人は別なのだが、相沢は別に愛称で呼ばれることが嫌ではない、と言うよりは女の子相手なら愛称で呼ばれたいというのが本心だ。だからこそ今井の『リサ姉』のように相沢も『綾兄』と呼ばれるために可愛がっているのだがどういうわけか『綾人さん』から一向に昇格しない。
「あれって……‼︎お兄ちゃん! しかも何でドラムなの、あこもう意味わかんないよ!?」
ステージの方に視線を向けたあこは多くの情報が入ってきて混乱していたが聞き捨てならない言葉があった。
「あこってお姉ちゃんだけじゃなくお兄ちゃんもいたの!?」
相沢が問うよりも早く今井が聞く。
「ううん、あこの姉妹はあことお姉ちゃんだけ。お兄ちゃんは幼馴染だけどお兄ちゃんなの」
「へ~そうなんだ。今までそんな話聞いたことがなかったからびっくりしたよ。……それで綾人達はどうしてそんなに怒りに震えているの?」
「リサさんは知らないと思いますが、男ってのはですね年下の女の子に『お兄ちゃん』って呼ばれたいんですよ」
隣で四季は首を激しく縦に振っているが、今井は知りたくもなかった情報に軽く引いていたが、相沢も四季も気にならない程度に興奮していた。
「このままだとあこのお兄ちゃんが大変な目に合うなー。あっ、そうだ!」
相沢と四季はどうやってステージにいる上坂を血祭りにあげようか考えていた。遠くから狙う拳銃はもちろんナイフすら持っていない。信じられるのは己の拳一つ。隣を見れば四季も同じ考えに達したらしくお互い無言でうなずき、ステージを目指す。全国の妹のいない男児の夢をかなえた裏切り者を粛正するために。
「お兄ちゃん!」
その声に二人は振り返る。
「お兄ちゃん達もあこと一緒にステージ見ようよ」
今井によって仕込まれたセリフは酷い棒読みだったが、それでも一人っ子のお兄ちゃんには効果は抜群だった。
「あこがそう言うんだったら仕方ないよな」
「そうだな。危うく可愛い妹にR18指定を見せるところだったぜ」
人命を左右する出来事を事前に止めた今井は大きく胸をなでおろした。
そんな今井の心配も知らず言われた通りのことをしたあこはやたらと絡んでくる男二人を余所にステージを見る。
六年越しに見た成長したお兄ちゃんの姿を。
「あ……ちゃ……、あこちゃん」
「ごめんりんりん。それでどうしたの?」
キーボード担当、白金燐子。長い黒髪に弱弱しく垂れた目、そして胸のサイズに反した控えめな性格で清楚を敷き詰めたような少女だ。
「あこちゃん、お兄さんがドラムを叩いたことに驚いてたけど、どうしてかなって。あこちゃんの言いぶりだとその……他の楽器を使っていたみたいで……」
「お兄はちゃん昔ピアノを弾いていたんだ。すっごく上手でそれこそりんりんにも負けないくらい」
今となっては過去の出来事ではあるがそれでも自分のことように誇らしかった。
「あいつピアノも弾けたのかよ。何で言わねえんだよ?」
「それもそうですね。白金さんにも負けない程の実力があるというのにどうしてキーボードではないんでしょうか?」
「えっ……それは……」
お母さんが死んで思い出のピアノを封印した、なんてあこの口からじゃとても言えなかった。だけどそれでは高まった好奇心を抑えることはできない。
「始まるわ」
救いのような湊の一言で皆ステージを向き、あこは安堵した。
ステージの上で上坂がドラムを叩く。その別人のように荒々しくなった姿を相沢は黙って見ていた。威嚇する様な無駄に大きな音は本来であれば鼓膜に響き不快にしかならないが、上坂の演奏は不快感は全くと言っていいほど感じられず、むしろこれで鼓膜が潰れるならそれは本望だと思ってしまう程だった。
演奏は終わった。
思わず見入ってしまった。
最初は時間稼ぎのつもりで遅めのテンポだったが、後半になるにつれ目的を忘れ走った演奏となった。だけど走った演奏の方がいい、それは相沢一人だけでなくSPACEにいる全員が思った事だろう。
「すげー、あいつあんなにうまいんだな」
明らかに高校生のレベルを凌駕していた。
「だな、めちゃくちゃうまいよな」
あまりのレベルの高さに二人は言葉がみつからず、ただ、『うまい』という言葉しか出なかった。
「何あれ、お兄ちゃんすっごい上手なんだけど!」
つい先ほどまで神妙な顔をしていたあこも今では興奮し今井の服の裾を引っ張っている。
「綾人の友達やるじゃん」
「そうね」
五分弱と短い演奏だったがRoseliaは上坂を認めた。
「相沢さんの周りは凄い人ばかりなのですね」
「いや、俺もあいつがあんなにできるなんて知りませんでしたよ」
Roseliaからの高評価に相沢も納得したがここまでべた褒めされると多少の嫉妬は芽生える。この辺りで一つかっこいいところを見せて上坂に向けられた賞賛を自分に向けてやろうと相沢は思ったが、そんな暇はない。
何度目かの観客が騒ぎ出した。
「あいつ絶対何も考えず行っただろ」
「だな」
ステージの上ではオロオロしている上坂と戸山の姿があった。
二人は急にかっこ悪くなった上坂の姿を見て安心した。
結局どんなに凄い演奏をしても上坂は上坂であり友達には変わりない。
「助けてあげればいいじゃん」
今井がさも当たり前のように言う。しかし事態はそんな簡単な事ではない。
「リサさん何を言ってるんですか、行くにしても演奏する楽器がないじゃないですか」
上坂を助けに行くにしても相沢の手には楽器は無い。
「楽器ならあるじゃん。ここに」
そう言って今井は背中に背負っていたベースを手に持ち替える。
「綾人はギターでしょ、紗夜、貸してあげなよ」
「今井さん何を言っているのですか。飛び入りなんてそんな事許されるはずないじゃないですか」
「紗夜お願い! 紗夜の言いたい事は分かるけど、今、綾人の友達が大変な時だと思うの」
「紗夜さんお願い! 綾人さんにギター貸してあげて」
真っすぐ見つめる瞳に氷川はあきらめたように小さいため息をついた。
「分かりました。ただしこれっきりにしてください」
相沢は氷川からギターを受け取った。
「やったー!紗夜さんありがとう」
「あっははー。紗夜ごめんね」
そう言って今井は小さく舌を出す。
「春夏は何か弾けるの?」
「俺は……」
「リサさんこいつベース弾けるんでリサさんの貸してください」
「オッケー、ハイハイッと」
今井からベースを受け取った四季はベースと相沢を交互に見る。
「折角今井さんに話しかけてもらったのにお前は~」
「うるせえ! どうせテンパるだけだろ! 時間が惜しいんだよ!」
「綾人、春夏ケンカしないの。ほらほらこれでいけるでしょ。だから早く行ってあげなよ」
相沢は背中を押される。
(は〜、行きたくないな)
飛び入りなんて趣味はない。
そんなのは漫画やラノベの主人公がする事で、相沢の様な平凡な高校生がする事じゃない。
だけど……
行ってこいとも言われた。
ステージに上がるきっかけも貰えた。
「リサさん、紗夜さん、ありがとうございます」
相沢は頭を下げステージを目指す。
「これをきっかけにバンドの良さを知った綾人はめでたくバンドを組むわけだな」
こんな時でもぶれない四季に敬意さえ払う。
「うるせえ、俺もそんな気がすんだよ!」
そして現在
「で、何するんだ」
「え〜キラキラ星じゃダメ?」
まだ歌い足りていないのか、それとも歌える曲が無いのか戸山がそんな答えを出す。
「キラキラ星はもういいだろ。流石にずっとキラキラしてたら観客も飽きるだろ」
別人のような上坂のツッコミに若干戸山は驚く。
「それと香澄悪いけど、後は俺たちだけでやらしてくれないか?」
ここで三人が集まったのは何かの運命なのかも知れない、だからこの三人でこの場を乗り越えたいと思った。
「大丈夫、私も手伝うよ」
戸山に悪気はない。本当に何か力になりたいのだろう。だがこれだけは譲れない。
「香澄の気持ちは分かる。中途半端で投げ出したくないんだろ? だけど安心して俺たちに任せてくれないか。今日、俺はこの場でこいつらと一緒に演奏する事で何かが変わるかも知れない、そう思ったんだ」
今日はいろんなことがあったライブを見に行った、六年ぶりに幼馴染に会った、友達と本気の喧嘩をした、そしてステージに立った。今日という日は上坂にとって人生最大の分岐点なのかもしれない。
だから今日という日ぐらい普通の高校生ではなく物語の主人公になってもいいと思う。
六年間ずっとしたばかり向いて来た。だけどそれも今日で終わり。
上坂澪はじめじめした陰ではない、みんなのいる明るい光の道を歩くと決めた。
「分かった。下で応援してるね」
上坂の気持ちが伝わったのか一瞬だけ考えた戸山とその仲間はステージを降りていった。
「じゃあ始めるとするか」
四季の一声で三人だけになったステージで軽いミーティングが始まる。
「で、誰がボーカルをするんだ?」
上坂と四季は押し付けるかの様に言い出した相沢を見る。
「ふざけんな! 何で俺なんだよ!」
「やっぱこういうのって多数決じゃない? それにギターボーカルってのが一番妥当だと思う」
「はい決定ー」
四季の行動は早く相沢に否定はさせない。
「はぁ、分かったよ。そんでなに弾くんだよ」
まだ理不尽に納得しきっていない相沢は投げやりに問う。
「綾人が歌うんだし、任せる」
「そうだな〜、天体〇測何てどうだ? 香澄がキラキラ星なんて歌ってたし星繋がりみたいな、……お前らいけるか?」
「全然大丈夫」
「俺も問題ないぜ」
演奏する曲が決まりステージの熱で浮かれているのか相沢は調子良く客席に向かって叫んだ。
「随分と待たせたな、じゃぁ行くぜー!!」
上坂達の初めてのライブが始まった。