六年前を覚えている   作:海のハンター

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7話 『インスタント』

 ライブは無事成功した。湧き上がる歓声に激しく振られるサイリウム。文句のつけようがない。

 上坂はライブの余韻に浸り、いまだに興奮が収まらない。

 

「俺達の演奏、最後まで聞いてくれてありがとー」

 

 ステージのセンターに立っていた相沢は高まった気持ちのまま観客席に向かって叫ぶ。再び観客席から大きな声援が上がり頬が若干緩んだ相沢はそのまま振り返る。

 

「なぁ、MCって何話すんだ?」

 

「取り敢えずメンバー紹介でもしとけって」

 

「春夏、お前自分がしないからって適当に返しやがって」

 

「でもそれがテンプレだろ?」

 

「それもそうか」

 

 相沢は順番にメンバー紹介を行う。飛び入りらしくない当たり障りのないごく普通の相沢のメンバー紹介だ。内容に関しては問題はなかった。しかし当たり障りのないということは型にそっている、つまり遊びがなく短いということだ。

 早々に紹介を終えた相沢は次に何を話したらいいか分からず鯉の様に口を開けたり閉めたりをしていた。

 

「綾人。MC、変わってやろうか?」

 

「その顔はムカつくけど、今日ぐらい花を持たせてやるよ」

 

 どの口が言ってんだよ、と上坂はツッコミながら受け取ったマイクを握る。特に必要はないが自分がここにいるということを確認するためにマイクの感触を確かめる。

 飛び入りのバンド、実際MCなんて必要ない。寧ろMCを入れる方が非常識なのかもしれない。それでも今は少しでも時間を稼ぐためにマイクを握らないといけない。

 

「えー、先程紹介に預かりました、ドラム担当、上坂です」

 

 観客に向かって、言葉を投げかける。

 

「先に謝っておくよ、せっかく見に来てくれたのに、バント名もない、しかも飛び込みの奴のライブに付き合わせてしまって、だけどさ……」

 

 上坂は目を閉じた。真っ暗な世界は沢山の光で色付いていた。

 

(香澄の言ってたキラキラ、ドキドキってこう言う事か、今なら分かる気がする)

 

 ゆっくり目を開けた上坂の顔は笑っていた。

 

「俺達のライブ、悪くなかっただろ」

 

 Griter*Green、Roselia、Afterglowのようなブランド知名度のない出来立てのインスタントバンドでも、観客を感動させる事が出来る。

 

 ライブハウスに歓声が広がる。

 

「実は俺達、今日が初めてのライブなんだ。本当は俺達今日、みんなのいるそっち側にいたんだ」

 

 観客席の方を指さす。観客席から賞賛と驚きの声が届き上坂も自分自身が信じられないといった感じに頬を指で掻く。

 

「でもさ、さっきのキラキラ星を歌っていた奴なんだけど……、あいつ俺達の友達なんだ。俺、観客席であいつの歌を聞いた時、どんなバンドよりもショボかったけど、どんなバンドよりも勇気が出たんだ。だからこうして俺は、いや、俺達はここに立っている」

 

 上坂は自分の足元を指差す。

 ステージの袖を見ると戸山と目が合った。戸山は嬉しそうにそして少し照れながら頭をかいていたがはっきりと『しょぼい』と言われて何か文句を言いたそうに地団太を踏んでいた。

 

「まぁ、俺達は道連れだけどな」

 

「だな」

 

「悪かったって」

 

 二人は口では文句を言うが、怒っている様には見えなかった。

 上坂は再び観客席に視線を戻す。

 

「俺達は飛び込みだけど、かき集めのインスタントバンド。だから別にバンドのメンバーって訳じゃ無いんだ。同じ学校の同じクラスで俺の自慢の友達。だからこうして三人でステージに立って演奏をしたのは何かの運命じゃないかと思ったよ」

 

 いつもであればこんな恥ずかしい事を言えば軽く一週間は笑いのネタにされるが、ステージの上という非日常が上坂を見逃してくれた。

 

「結果、俺達インスタントバンドはライブを成功させた。この歓声を聞いたら成功でいいよなぁ!」

 

 観客席から興奮した声が返ってくる。熱は下がっていない。上がった興奮とは反対に上坂は静かに口を開く。

 

「俺、他のバンドの助っ人とかはした事あるけど、自分のライブっていうのが初めてなんだ。だから今日、初めて仲間と言える奴と演奏して知ったんだ……」

 

 中学時代、上坂に近づいて来る人は殆どいなかった。近づいてきても上坂の持つ技術が目当てだった。

 

「ライブってこんなに楽しかったんだな! こんな事言うのは他のバンドに失礼だよな。だけど本当に知らなかった」

 

 すべては上坂が心を閉ざした自業自得だった。

 

「俺は今まで人のためにドラムを叩いた事がないんだ。助っ人の時だって、困ってるから助けてあげようなんて一度たりとも思った事がない。自分勝手な奴なんだ」

 

 ライブの時、上坂には一緒に演奏している共演者や観客の顔なんて見えていなかった。見えていたのは無機質な高い壁だけ。一度だって他の物が見えた事は無かった。

 上坂はこの天辺の見えない壁が、本当はどれ位の高さなんだろうと考えた事があるが答えが出た事はない。

 

 だけど今なら分かる。分からなかった昔の自分自身をバカにしたいぐらいだ。

 

 天辺の見えない壁、

 

 それは心の距離だ。

 

 母親が亡くなり、悲しみを埋めるためにドラムに没頭した。上坂にとってドラムは単なる慰めの道具でしかなかった。

 初めてライブハウスに行った時は多くの人が声を掛けてくれたが、その手を全て振り払った。

 高い技術を買われ助っ人に駆り出されもしたが、ステージでは好きなようにドラムを叩いた。

 

 高い壁で周りの音が聞こえなかった。

 

 友達になりたいという叫び歌声も、助けたいという思い音色もすべてが聞こえなかった。

 独りよがりなドラムを叩いても助っ人のオファーは来る。自分の音しか聞こえていない上坂には分からないが、ライブは成功したんだろう。

 

 だけど声を掛けてくれる人はいなかった。

 

 上坂は一人になった。

 

 ライブハウスが嫌いだった。どれだけ手を伸ばしても届きはしない輝きが眩しかった。

 嫌いなライブハウスに上坂は何度も通った。もしかしたら今日こそ光に届くかもしれない、そんな淡い期待を持って。

 だけど、手が光に届いたりしなかった。むしろ日に日に遠くなっていった。

 それもそうだろう、上坂は自ら光の道を絶ったのだから。

 

 本当は羨ましかった。

 

 メンバーで抱き合う姿が。

 

 羨ましかった。

 

 次のライブのための反省会が、

 

 羨ましかった。

 

 ライブの打ち上げが、

 

 羨ましかった。

 

 上を目指して努力する姿が、

 

 羨ましかった。

 

 時にはぶつかりケンカする姿が

 

 羨ましかった……

 

 上坂だって本当は分かっていた。

 全部自分の自業自得だと。

 だけど怖かった。

 また繋がりが切られたらって思うと。

 本当に怖くて怖くて仕方がなかった。

 だからいつも遠くから光を眺める事しか出来なかった。

 懸命に手を伸ばした光だって本当は一ミリたりとも近づけてはいなかった。影の居心地がよかったからだ。

 

 高校に入って変わろうと思った。だから近づいて来た()()を歓迎はしないものの上坂は拒みはしなかった。どうしてもあの光が欲しかった。昔は誰かに分け与えれる程持っていたあの光が。

 そして流されるまま、成り行きで嫌いだったライブハウスに行くことになった。平然を保っていたがスポットライトにサイリウム、たくさんの輝きが上坂を不快にさせた。そして追い打ちをかけるような五人の幼馴染。

 帰ろうと思ったが()は許してはくれなかった。

 

 友は言った、『どうしたいんだ?』と、

 

 友は言った、『逃げるな』と、

 

 そしてそれを祝福するようなキラキラ星。

 

 その言葉と歌は勇気をくれた。

 

 上坂は休んでいた木陰影から足を出す。影鬼という遊びのルールは地域によって異なるところはあるが、影の中は安全と言うのが共通だ。ただ上坂の影鬼は影の中にいる時間に制限はなく、そのルールに甘えていた。だけど安全地帯影から見ている影鬼の何が楽しいのだろうか、相手にされない分一種の孤独とさえ思えてしまう。せっかく遊ぶのだから一緒に太陽の下を走りたい。カラッとした暑さが皮膚を焼き、流れる汗がべたつく。だけど上坂は思った、なんて気持ちがいいのだろう。と、

 

「だけど今日、初めて人のために演奏した」

 

 たったそれだけの事が、目の前に立ち塞がっていたあの天辺の見えない壁を跡形もなく粉砕した。

 

「凄くいいものだな。誰かのために演奏するって。俺、ステージの上がこんなにいいところなんて知らなかった」

 

 何も見えなかった顔がはっきりと見える。そこには応援する観客と信頼できる友の顔が、

 

「だから、ステージがこんなにいいところだなんて教えてくれたみんなに伝えたい……」

 

 思いっきり息を吸って吐き出した。

 

「ありがとおおおぉぉぉ────!!」

 

 上坂は、ようやくこの日を持って変わる事が出来た。

 

 

 

 歓声と拍手に包まれた。

 無事に終わった事で安心した相沢と四季は観客に手を振りながらステージを降りようとした。

 

「終わった気になってるけど、まだ俺の話は終わってないからな」

 

 上坂はまだマイクを離していない。

 

「「は?」」

 

 二人の声が見事に声がハモる。

 

 ステージの袖には既に緑色の衣装に身を包んだGriter*Greenと思われる人達がいるが上坂はまだステージを降りない。

 

「俺、お前達に言いたい事があるんだ」

 

「ちょ、待て! 俺はそんなかしこまった話聞きたくない!」

 

「いいじゃん、聞こうぜ」

 

 何かしらの危険を感じた相沢がステージ降りようと走ろうとするが、察した四季に肩を組まれ止められる。

 会場から観客のちゃかしの声が飛ぶ

 

 上坂は椅子から立ち上がり二人の元へゆっくり歩いた。

 

「今日こんなに盛り上がったのに終わりにするなんてもったいなくねえか?」

 

 夢のような時間を一度だけにするなんてもったいない。もっと光を、輝きが見たい。

 

 相沢は焦り、四季は期待の間差しを向ける。二人共もうオチは見えてるようだ。

 

「やめ、やめろおおおぉぉぉ──」

 

『いっけえええぇぇぇ──』

 

 相沢の叫びを四季と観客の声が軽く塗りつぶす。

 

 一〇〇点満点のシチュエーションに思わず笑みがこぼれる。

 

「バンド、しようぜ!」

 

 四季が毎日のように言っていた言葉だ。上坂もまさか自分が言う羽目になるとは思っていなかっただろう。

 

「澪、嬉しいぜ! お前がバンド賛成派になってくれて」

 

「く、苦しい。いいから離れろ。春夏お前でかいんだよ」

 

 喜びのあまり抱き着く四季の固い胸板によって酸素を奪われた上坂は危うく別の輝きを見るところだった。

 

「春夏、女の子と話せないからってとうとう開けてはいけない扉を開けちまったのか?」

 

「俺としたことが迂闊だったぜ。野郎に抱き着くとはな」

 

「俺も春夏が正常で安心した」

 

 上坂は再びマイクを構え相沢を見る。

 

「綾人、どうする。二対一……嫌、ここにいる全員がお前の敵だ! 断るなんてそんなことしないよな? それと俺に言っただろ、『お前はどうしたいって?』俺はバンドがしたい。春夏も綾人も俺のわがままに最後まで付き合ってもらうからな」

 

 相沢は頭を悩まし、そして諦めるような大きなため息を吐く。

 

「そういう意味で言ったんじゃ……ハァ〜……しゃあねえ、付き合ってやるよ」

 

「ほんとか! みんなも聞いただろ? 俺達は今日からバンドを組むぜ、だから忘れんなよ!」

 

 気づけば手に持っていたマイクは四季の手にあった。

 

「「お前が締めるのかよ!!」」

 

 

 

 上坂は赤面してうずくまった四季を引きずりながらステージを降りた。

 段差なんて関係ない。階段を降りるたび四季が『もっと優しく扱ってくれよ』と言うが、置いていかれなかっただけありがたいと思ってほしい。

 

 階段を降りると森の妖精のような衣装に身を包んだ複数の女性がいた。

 

 Griter*Green。

 

 メンバーの一人が上坂に近づき軽く肩を叩く。

 

「ありがとう、でもね君達、空気温めすぎ」

 

 そう感謝と苦言を言って、笑いながら上坂達の隣を抜けステージに上って行った。

 

「澪君達すごかっ……」

 

 近づいてくる戸山に上坂は片手を突き出して制す。

 

 何故そんな事をしないといけないのか、理由ならある。

 問題はこれで終わりではないからだ。言わば今までは物語でいう序章。これからが本当の上坂の物語。

 

 目の前には幼馴染の少女。今は人数が減り赤色のメッシュの少女と長い赤髪の少女となんとも赤々しい二人になっている。

 

 幼馴染の一人、赤いメッシュの少女が咆える。

 

「澪、なんであんたがこんなところにいるの!」

 

 上坂は呼吸を整え少女を真っすぐ見る。

 

「お前達と向き合いにきたんだよ」

 

 上坂と彼女達(幼馴染達)の物語はようやく始まる。

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