六年前を覚えている   作:海のハンター

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8話 『覚悟』

 目の前には二人の女の子がいた。

 一人は美竹蘭(みたけらん)。気の強い目に左髪にある一本の赤いメッシュの少女。昔の人見知りな性格は跡形もなく感じられなくなっていた。

 もう一人は宇田川巴(うだがわともえ)。胸辺りまで伸びた長い紅蓮の髪にさっぱりした性格の少女。身長は上坂と同じくらいかそれ以上で姉御という言葉が昔より似合いそうだった。

 

「澪! なんであんたがこんなところにいるの!」

 

 美竹は咆える。声と視線は、大切なものを壊されたかのような怒りだった。

 

「蘭、落ち着けって。……それにしても澪、久しぶりだな」

 

 殺伐とした空気の腰を折る宇田川の明るい声は冷たく感じた。

 実際は宇田川にそんな気がなかったかもしれないが、身構えていた上坂には冷たく感じた。

 

「ああ、久しぶり。二人とも変わらないな」

 

 上坂は六年ぶりに再会した幼馴染への第一声は上坂自身びっくりする程落ち着いていた。

 

「そっか〜? 蘭なんて結構変わったと思うんだけどな」

 

「巴!」

 

「そうか? 今ので思ったけど蘭も印象とかは変わっても、根っこのところは変わってないよ」

 

 美竹は気の弱い少女から気の強い少女へと成長した。見た目の印象は別人のように大きく成長したが、中身の優しい気持ちは昔のまま、変わっていない。

 

「そうそう、さっきのライブ見たよ。凄かったぜ。まさか澪がドラム叩けたなんてな」

 

「巴、今はそんな事どうでもいいよ!」

 

 宇田川の前に割り込んだ美竹は出会った時以上に上坂を鋭く睨む。

 

「私は、あんたを許さない。あんたのせいでひまりは、辛い思いをした。どうして今更私達の前に現れたの! ひまりはようやく、……ようやくあんたの事を忘れようとしてたのに……」

 

 美竹の身を削るような悲痛の思いがナイフとなって上坂の胸に刺さる。

 

「今年に四月に戻って来て……今、花咲川に通ってるんだ……」

 

 上坂は静かに答える。

 楽しい時間は終わり。これからは向き合う時間だ。

 

「戻ってきた!? だったらどうして戻ってきて直ぐにひまりに会いに行かない! どうして行って謝らないの! あんたにとってひまりはその程度の存在だったの!?」

 

「そんなわけないだろ!!」

 

 上坂の怒号に顔を真っ赤にし怒っていた美竹でさえ肩が跳ねた。

 逆切れだ。そんなこと上坂だって分かっている。それでも美竹の言った一言は見逃せなかった。

 

「そんなわけないだろ……俺が、ひまりのことを、その程度なんて思うわけないだろ?」

 

 上坂は今にも泣きそうな顔だった。ただ、怒り、悲しみ、自棄、様々な負の感情が(こぼ)れそうで零れていない。

 

「だったらあんたは何でひまりに会いに行かなかったの?」

 

 上坂は大きく深呼吸をした。

 戻るためには嘘はつけない。

 

「本当は、みんなの前に現れるもりはなかった……。怖かったんだ、みんなに会うのが」

 

 必要ない、と切り捨てられると思うと、足が震えた。

 

「だったらどうして……」

 

 美竹は歯をギリギリと上坂の耳に音が届くぐらい奥歯を噛みしめ怒りを押し殺す。

 

「言われたんだよ、友達に」

 

 首だけを動かし背中を押してくれた親友を見る。

 

 今はもう足は震えていない。

 

「『お前はどうしたいんだ』てな」

 

 傷つけないための選択が少女を返って傷つけてしまった。そんな相手のことを思って後悔するぐらいならわがままになると決めた。

 下がっていた視線が上がり真っ直ぐ美竹を射抜く。

 

「酷い事をしたのも分かってる! 罪滅ぼしもする! 俺は昔のようにみんなと一緒に居たいんだ!」

 

 感情をぶつけ興奮で息を切らす。そして上坂はゆっくり深呼吸をし心を落ち着かせ美竹に手を伸ばす。

 

「だから俺に、もう一度みんなとやり直すチャンスをくれないか?」

 

 幼馴染の元へまた戻れるなら上坂は何だってする。

 あの毎日が輝いていたあの頃に戻れるなら。

 

 

 

 美竹は肩を震わせる。都合がいい、そう思っている事だろう。

 上坂のありがた迷惑な行動に一人の少女が傷つけられ、幼馴染全員が少年によって掻き回された。それなのに今更現れては、やり直したい、と言われても都合が良いとしか言いようがない。

 

「もうあたし達のところにあんたの居場所なんてないから」

 

 みんなが靴を並べているのに土足で踏み込むなんて迷惑でしかない。

 

 残る理由がなくなった美竹は上坂に背中を向けて吐き捨てる。

 

「蘭!」

 

 上坂に呼び止められ、去ろうとした美竹の足はピタリと止まる。

 

「何? もうあんたと話すことなんて……」

 

 振り返った瞬間、美竹は目を疑った。

 

「たとえ嫌われていようがそれでも俺はみんなのところに帰るよ。これは俺のわがままじゃない、覚悟だ」

 

 上坂の穏やかな表情は美竹の知る昔の上坂と何も変わりはなかった。

 

 

 

 美竹は去った。

 最後の彼女の表情はやはり怒っていた。たとえ怒っていたにしても、少しでも気持ちが伝わればいいな、と上坂は思う。

 追いかけはしない。美竹は感情の整理がつかず混乱している。落ち着く時間も必要だ。

 

「まぁ、蘭はあんな事言ったけど悪く思わないでくれよ。蘭はただ友達思いの奴なだけなんだ」

 

「あぁ知ってる。あいつは昔から誰よりも友達思いな奴だったからな」

 

 感情に任せ飛び出した美竹を、宇田川はため息を漏らしつつもどこか誇らしげに話す。

 

「でもさ澪、ひまりが辛かったのは本当なんだ。澪が引っ越した後のひまりは、しばらく家に閉じこもって、私達にも顔を見せてくれなかったんだぜ」

 

 それでも立ち直った。

 それだけ宇田川が、美竹が、みんなが、頑張ったという事だ。

 ステージ上の少女の笑顔は、四人の努力の結晶なんだろう。

 

「迷惑かけたな」

 

「ほんとな」

 

 二人は小さく笑う。

 

「……巴は……俺に文句とかないのか?」

 

 笑っている少女も言いたいことの一つや二つあるだろう。

 

「文句か~、あたしはそういうのはない……」

 

 宇田川の口がピタリと止まる。

 

「いや、ひとつあったな……。澪、お前いつまでもこんなところで(くす)ぶってないで早く行ってやれよ。待ってるからさ」

 

 誰が、とは言わなくても分かる。

 

「巴。俺、ひまりに会ってくるよ」

 

「場所は分かるのか?」

 

「だいたいな」

 

 居場所はだいたい想像がつく。六人でいつも集まったあの場所か、家のどちらかだ。

 

「澪、ひまりの所に行く前に一つ教えといてやる」

 

 上坂は首を傾げる。思い当たる節がない。

 

「澪はあたし達に酷い事をしたとか言ってたけど、そんな事はないからな」

 

 言ってる意味が分からない。

 上坂は六年前幼馴染にひどい事をした。その気持ちは今も変わらない。

 だけど目の前にいる真紅の髪の少女はそれを否定した。

 

「澪のお母さんが亡くなって辛かったのは知ってる。だからあたし達は澪に元気になって欲しかった。だけど、大きくなって分かったんだ、優しさが時に人を傷つけるって事に……」

 

「そんな事は……」

 

 そんな事があるから上坂は幼馴染を突き放した。

 

「だから澪だけの責任じゃない。これはあたし達みんなの責任なんだ」

 

「…………」

 

 なんて言えばいいか分からなかった。

 ただ上坂のせいで知らなくてもいい事を幼馴染達は知る事になってしまったという罪悪感。

 今でも六人一緒と言ってくれる嬉しさ。

 二つの真逆の感情が混ざり、上坂は自分が嬉しいのか、悲しいのか分からなくなった。

 

「ま、でも、ひまりに関しては澪が悪いから早く謝れよ」

 

「……分かってる」

 

「因みにだけど蘭が怒ってるのもそこだからな」

 

「え!?」

 

 シリアスな空気を入れ替えるために宇田川が明るい口調で話すが、上坂の表情は固い。

 

「澪」

 

 伸びてきた宇田川の手は上坂の頬を掴みそのまま引っ張った。

 

にゃにしゅんだよ(なにすんだよ)

 

「澪、今からひまりに会いに行くっていうのに、そんな顔で行くのか?」

 

 あっ、と沈んだ表情に気が付いた上坂は目に力を入れ覚悟を決める。宇田川もそんな上坂の覚悟を決めた瞳に納得し引っ張っていた手を勢いよく離す。

 

「いったいなー」

 

「そう怒んなよ、あたしなりの餞別だ。背中を押すみたいなもんだよ。あたしの話はこれで終わりだ。ほら、早くひまりの所に行ってこい」

 

 宇田川は思いっきり上坂の背中を叩く。

 

「イタッ、どうして二回? 餞別なら今さっきくれただろ?」

 

「さっきのはあたしの分で、今のは蘭の分だ」

 

 手をひらひらさせた後にじっと手のひらを見る宇田川は、明らかに勢いだけで背中を叩いていた。

 

「巴、今度こそ俺はひまりのところに行く。だから……」

 

「分かってる、蘭のことだろ? 任せとけ。そもそもあたしは蘭が暴走しないよう見張るために残ってたんだ。だから澪は何も考えずひまりの所に行ったらいい。なあに、澪とは幼馴染の中でも特に付き合いは古いんだ。手のかかることぐらい分かってるよ」

 

「ハハッ……」

 

 余りのカッコよさに上坂は思わず笑う。

 

「急にどうしたんだ?」

 

「いや、何にもないよ。ただ巴が女の子で本当によかったなって」

 

「澪それはどういう意味だよ?」

 

 少し不機嫌になる宇田川だが、別に悪口で言っている訳ではない。上坂が知り合いでここまでのイケメンはいない。それこそ宇田川もし男だったらこれから会いに行く少女を取られていたかもしれない。そんな人生最大の幸運に笑いがこぼれた。

 

 上坂は扉に手をかける。

 

「澪!」

 

「分かってる。次会う時は六人一緒だ‼︎」

 

 上坂はドアを開け先に広がる光路のような真っ白な廊下を駆けて行った。

 

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