祭りと怪物   作:ユバ()

1 / 3
名前が出てこないのは仕様です。
苦手な方はブラウザバックを。


祭りと怪物

「それでは、ただいまよりキタサンブラックさんのトゥインクルシリーズ引退会見を始めさせていただきます」

 たくさんの記者の人たちの前で司会のアナウンサーが始まりの挨拶を述べる。

 三回目となる有馬記念を一番人気で勝利をしてから少し経った頃、あたしはトゥインクルシリーズの引退会見に臨んでいた。

 そして、この会見はトゥインクルシリーズからの引退だけではなく、ドリームリーグへの参加を表明するものでもある。来ている記者の人たちも予想はしているとは思うけど、正式に発表するのは少し緊張する。

 そんなあたしの小さな緊張は置いていき、会見は順調に進んでいった。

 

「─────。そして最後になりましたが、あたし、キタサンブラックは来年度以降のドリームリーグへの参加をここに表明します!」

 あたしが最後の言葉を言い終わると一瞬の静寂の後にたくさんの拍手が沸き起こった。緊張したがしっかりと話すことができた。少なくとも恥ずかしい結果にはならなかっただろう。そうあいてレースを振り返ることから始まった会見は終盤を迎え、最後の質問の時間へと移っていくことになった。

 

『トゥインクルでの印象的なレース』や『ダイヤちゃんをはじめとするたくさんのライバルへの思い』、『これからトレセン学園を目指す未来のウマ娘のみんなへ一言』などたくさんの質問がされ会見の時間はあっという間に終了間際になる。

「それでは、終了の時間も段々と迫っておりますので次で最後にしたいと思います。では、98番の方お願いいたします」

「ありがとうございます。最後の質問という事で大変恐縮ではありますがお答えいただけたらと思います。キタサンブラックさんはデビュー前からトウカイテイオーさんに憧れていると公言されていました。ドリームリーグに参加することになり、トウカイテイオーさんをはじめとする歴戦のウマ娘の方々とレースをすることになりますが、ずばり、一緒にレースをしたい一番のウマ娘はどなたでしょうか?」

 最後の質問は現役中にはあまり考えたことのない内容だった。

「なるほど~。一緒にレースをしたいウマ娘の方ですか。難しい質問ですね。やっぱりトウカイテイオーさんかな~。でもメジロマックイーンさんともレースがしてみたいし~。うーん、少し時間いただきます!」

 誰とレースがしたいか。ドリームリーグには小さい時に見た憧れの先輩方がいっぱいいる。トウカイテイオーさんにメジロマックイーンさん。会長のシンボリルドルフさんだって参加するし。どうせなら【東京 芝 2400メートル】みたいに条件も言ってくれたらよかったのに。そうすれば少しは絞りやすいのに。そんなことを思いながら何人ものウマ娘を思い浮かべる。今、一番戦ってみたい人。一緒にレースをしたい人。

 そうして考え抜いてだした答えは、質問をした記者からすると少し予想外の、それでも会場の空気は大いに盛り上がる名前だった。

「決まりました!あたしがドリームリーグで一番一緒に走りたいウマ娘は[──────]です!もちろん、トウカイテイオーさんやメジロマックイーンさん、今後来るかもしれないダイヤちゃんとも一緒に走りたいけれど、今、一番勝ってやりたいのは[──────]ですから!」

 悩んだ末に出た答えはクラシックを共にした[──────]だった。だってあたしは結局彼女に一度も勝つことができなかったのだから。

 

────────────────────────────────────────────

 

≪クラシック級 4月≫

 トウカイテイオーさんに憧れて入ったトゥインクルシリーズ。

 前哨戦であるスプリングステークスに勝利し、テイオーさんと同じ3戦3勝の無敗で臨むことになった皐月賞。

 そこであたしは初めて彼女とレースをすることになった。

 

「あぁ~やっぱり緊張してきたなぁ」

 クラシック初戦のパドックでの勝負服のお披露目が終わり、発走の準備をするためにターフに入りゲート付近で待機する時間。あたしにとっては初めてのGIレース、初めての勝負服という事もあり、いざ発走が近くなるとどうしても落ち着かなくなってきた。

 今日のあたしは四番人気。一番人気はダイヤちゃんと同じ家のウマ娘だ。四番人気でもこんなに緊張しているのだ。あたしより人気の高い人はどうしているだろう。

 緊張をほぐすためにもほかの人を見てみようと思い、周りを見渡すと

「中山 2000 芝 良馬場。中山 2000 芝 良馬場。中山 2000 芝 ・・・」

 まるで兵隊さんの行進のような奇妙な歩き方でぶつぶつと呟きながら歩き回っているウマ娘がいた。

 三番人気の子だ。なんだか邪魔をしてはいけないような雰囲気を感じ、そっと目を離そうとすると目が合ってしまった。

「おい、何か変だったか。……キタサンブラックか。で、何の用だ。じろじろこっちを見て」

 声をかけられた。歩き方が気になったことと不躾な視線を送ったことを謝る。

「あぁ。オレの歩き方か。いや、謝らなくてもいい。いつものルーティンみたいなものだ。気にしないでくれ」

 ルーティン、ルーティンか。その言葉に呆気にとられていると、彼女はまたパカパカと行進を始めていた。

 この会話が効いたのか、あたしの緊張は解れ、他の子たちの様子も続けて伺っていた。するとすぐにファンファーレが鳴り、ゲート入りが始まった。

 

 

『第☓☓回 皐月賞 全ウマ娘がゲートに入りました。態勢完了。スタートしました。全ウマ娘まずまずのスタート。一番人気の─────』

 ついにレースが始まった。

 逃げ宣言をしていた子もいる中での始めの位置取り。競りかけていって先頭をとりに行くかどうしようか。

(いや、前にいるのは逃げ宣言をしていた子じゃない!?逃げ宣言の子は後ろにいる。なら前にいるのは・・・。トレーナーさんに一応気を付けとくように言われていたけどまさか本当にやってくるとは。なら二番手からレースを進めたほうがいいかな・・・)

 思わぬ奇策に一瞬面喰いながらもトレーナーさんからの言葉を思い出し、前走と同じように前に一人置いて二番手の位置を選択した。

 レースは団子状態というほどではないが、平均ペースで隊列がばらけるのではなく、それなりに固まって進んでいく。

 4コーナーに入ったところで先頭の子に並びかけていく。さあ直線を向いた。

 コーナリングでまた少し前に行かれる。

(でもまだ追いつける!外からも来た!?でもこれならまだまだいける!根性で─────)

 直線に入り外から来た子が先頭になる。すぐにあたしが並びかける。逃げを打った子はここで限界か?

(いける。いける。あと200はもう切った。ゴールが遠い。でももう少し。もう一度盛り返せたからあとはこのままゴールまで行ければ─────)

 もうゴール板は見えていた。あとひと踏ん張りなはずだった。隣の子との競り合いに勝てばいいと思った。

 そんなあたしの思いを浅いといわんばかりにそいつは大外からやってきた。

『一気に抜けた。一気に抜けた。これほどまでに強いのか。勝ったのは──────』

 一瞬でおいてかれた。抜かれたと思った時にそいつはゴールするところだった。競り合うという次元ですらなかった。

 そして、ゴール後ターフヴィジョンに表示された4コーナーで大きく膨らんだにも関わらず、荒々しく大外からねじ伏せるような走りにあたしはレースの中で初めて恐ろしさを感じた。

 こうして、あたしのクラシック初戦はトウカイテイオーさんとは違い3着に終わった。

 

 終わった結果はひっくり返すことはできない。そして、いつまでもクヨクヨしている訳にもいかない。

 あたしは3着だったのだ。センターではないけれどウイニングライブだって待っている。

 控室に戻り、ウイニングライブに向けての準備をしていると、トントンッとノックの音が響いた。

「はーい。いま開けます!」

 ドアを開けるとなぜかそこには皐月賞を勝ったばかりの彼女がいた。

「えーと。あたしに何かごようでしょうか」

「おいおい。なんで急に他人行儀なんだ。レース前は普通だっただろ」

「じゃあ。何しに来たのさ」

「何って皐月賞の勝利の報告を──ってブラック!ドアを閉めるな!違う違う。ウイニングライブの打ち合わせだ!」

「全く。最初からそう言ってよ。というかレース前とだいぶ印象違うんだけど」

「よく言われるよ。オレはレース前に緊張で昂ぶっててな。怖がらせたのなら悪かった。あ、あと二位のあいつにもブラックの控室来るように言っておいたからな」

「えー!なんであたしの控室なのよ!」

「三人のちょうど真ん中の部屋だったからだ。見に来てくれたファンのためにもウイニングライブ頑張るぞ!」

 まるでレースのように無茶苦茶だ。断る気もないし、彼女を部屋に入れるけれども。

 その後、彼女の先導のもとウイニングライブ会議が行われ、二位だった子も彼女に振り回されながら入念な打ち合わせ?に励むこととなった。

 その成果が出たのかは定かではないがウイニングライブは大盛り上がりだった。

 

 ライブの後トレーナーさんたちと合流するまで彼女と二人で歩く。二位の子は少し早くトレーナーさんのもとへ駆けていった。今回の反省会をするそうだ。

「はぁ~すごかったねぇ!緊張したけど楽しかったよ!」

「だろだろ!やっぱ打ち合わせのおかげだって!」

「悔しいけど、打ち合わせの結果は認めざるをえないっ!というか緊張してたでしょ。舞台袖でまた行進歩きしてたし」

「アハハ!ばれたか。オレはどうにも緊張しいでな。打ち合わせしたかった理由の一つでもある。でもあれだな。よく打ち合わせ断らなかったな。あいつとは違ってブラックとは今日が初対面だし、断られても仕方ないって思っていたが」

「えー、断ってよかったの!?なんか断ったら怖そうだったし…。その顔だよ。睨まないでよっ!まぁ負けたことも一つの結果だしね。変に仲が悪くなるよりも一緒にライブした方が楽しいし。こうやって仲良くなれたわけだし結果オーライだよ!」

 あたしの答えが予想外だったのか彼女は少しも照れ臭そうに笑っていた。そんな彼女を見ていると一つだけ言いたいことが出てきた。

「あ!でも、一つだけ満足できなかったことがありました!」

「ん~なんかあったか?ファンのみんなも大盛り上がりでよかったと思うが。そりゃあトウカイテイオーさんとかのライブに比べるとあれかもしれないが」

「ライブの内容じゃありません。ずばり、それはあたしがセンターじゃなかったってことっ!今日はあなたがセンターだったけどダービーではあたしがセンターになるんだから!」

 そう、あたしはセンター、つまり一着ではなかった。次のダービーでは負けない。その思いを込めて彼女に宣言する。

 彼女はそれを聞いて目を細めると、ニヤッと笑って言い放った。

「いーや、次も勝つのはオレだ。ブラックにもほかのやつらにも負けない。今、三冠ウマ娘になれるのはオレだけだからな」

 その後も互いにレースについて言い合っているとやがてトレーナーさんたちがやってきて別れることとなった。

 無敗の夢も三冠ウマ娘への道もなくなったけれど、あたしのレースは始まったばかりだ。

 あたしは翌日からダービーに向けてのトレーニングを重ねていった。

 

 

≪クラシック級 5~6月≫

 迎えた5月最終週。短いようであっという間に迎えたダービー本番の日。

「祭りの時こそ平常心。祭りの時こそ平常心」

 襲い来る緊張感と闘いながら、ゲートの近くでファンファーレと発走を待つ。皐月賞の時もそうだったけれどこの待ち時間が一番もどかしい。

 レースのことも考えながら周りの様子を伺う。今日の私は六番人気。一番人気はもちろん皐月賞ウマ娘。他にはダイヤちゃんと同じ家の子や皐月賞の上位組、別路線から来た子と強敵ぞろいだ。

 周りの子たちを見ていると今回も声をかけられる。

「よう、ブラック。周りを見て偵察か?」

 そんなつもりはないけれど緊張して周りが気になったと話す。

「確かに緊張はするよな。なんて言ったってダービーだ。今日ここに立てている時点で夢みたいなもんだ。オレだってものすごく緊張しているさ。なんて言ったってダービーで一番人気なんだぜ」

 その世代でダービーの舞台に立てるのは18人のみ。そう考えると確かにこの舞台に立てている時点ですごいことだ。一番人気の彼女にはいったいどれほどのプレッシャーがかかっているの だろうか。それに比べるとあたしはまだマシの方かもしれない。

「お、少しはマシな顔つきになったな。さっきまで前回のスタート前のオレみたいな顔してたぜ。それじゃあ、互いに良いレースを」

 そう言うと彼女は離れていった。

 おかげで少し気が楽になった。彼女が言うようにこの最高の舞台を全力で走ろう。

 そうこうしているうちにファンファーレが鳴り、ゲートインが始まった。

 

『さあ最後に18番、ゲートに収まりました。さあ栄光に向かって。東京優駿 日本ダービー。スタートしました。』

 生涯一度の夢舞台が始まった。不利とされている外枠からのスタート。

(やっぱり内枠の子の方が速い。でもここも前回と同じように前目につけていってレースを進めていこうかな・・・)

 結局、今回も前2走と同じく二番手のポジションから行くことを選択。前にいる子を一つの目標としてレースを進めていく。

『最初の1000メートル58秒8のぺースで通過となりました。隊列順はその後が1バ身半空いて7番の────』

(中山レース場とは異なり、東京レース場の直線は500メートルを超えの長いものだ。スタミナ配分とかを考えられたら良かったのだけど─────)

 4コーナーから直線に入っていく。後続の人たちも一気に来てものすごい重圧を感じる。逃げウマ娘の正念場はここからだ。

 残り400メートルを通過する。ギリギリだけれど一、二番手は変わらない。早く前の子を抜かなくちゃいけないのに。差が詰まらない。差が詰まらない。それどころか後ろの子たちもどんどんやってくる。

 そして彼女はあっという間にやってきた。坂の上りではもう先頭に立っていて、それでもスピードは変わらず加速していって、あたしとの差はどんどんどんどん開いていって・・・

「なんでっ・・・なんで・・・動かないのっ!進まないのさ!もうあんなに前にいるのに───なんでっ!」

 追いつこうと必死に脚を動かすけれどまるで鉛になったかのように前に進んでいかない。彼女はゴールに向かってグングン進んでいるのに。

 

 歓声がすでに沸き上がっているゴール板を通過する。

 生涯一度の夢舞台は皐月賞ウマ娘が人気にこたえてレコードタイムで二冠ウマ娘に輝き、あたしは初めての二桁着順、初めての大敗という結果に終わった。

 

 彼女がウイニングランをしている中、レースに負けたあたしは控室に戻った。

 ウイニングランが終われば今度はウイニングライブが待っている。センターは前回と変わらない彼女。でもあたしの立ち位置は変わっていて……

「──ちゃんのためにもライブ頑張らなくちゃね。応援してくれたファンのみんなのためにも」

 一人きりの部屋でそうつぶやき、ライブの振り付け等を確認していく。

 小さな強がりに過ぎないけど、ライブが終わるまでは夢舞台なのだ。あたしはその舞台に立てた主役の一人なのだから。

 やがて、ステージの準備ができたようでスタッフさんから名前を呼ばれ、ライブが始まった。

 たった一曲だけどこの舞台でのライブは楽しくて、でも少し悔しくて。

「そして、最後に一言!オレと一緒に走ってくれたみんな、ダービーを見に来てくれたみんな、応援してくれたみんな。ほんとうにありがとう!」

 曲が終わって最後にそう叫んだ彼女は、後ろから見ているあたしには、ものすごくキラキラと輝いて見えた。

 

 そうして夢の舞台の一日は終わった。

 トレーナーさんのもとに戻ったあたしは、トレセン学園に入学してから初めて声を上げて思いっきり泣いた。

 

 

 ダービーが終わって一週間が過ぎ、気持ちの切り替えが完全に済んだわけではないけれど、次のレースに向けてトレーニングを再開していた。

 目指すは打倒二冠ウマ娘。それが今の一番の目標だ。

 彼女には『おめでとう』と『次は負けない』のメッセージを送っておいた。ついでに秋の次走について聞くと、少し休養を挟んでから、クラシック三冠の最後の菊花賞か世界最高峰のレースである凱旋門賞のどちらにするかをトレーナーさんやチームの人たちと相談しているところらしい。

 あたしからすると菊花賞で再戦できるのが嬉しいのだけれど、同じ世代の友人として凱旋門賞でのレースも見てみたい。

 胸を張って肩を並べて勝つためにもトレーニングに励まなくちゃ。

 そうやって気持ちを新たに学園での日々を送っていたある日のこと。自主トレメニューをもらうために朝一にトレーナー室に行くと、トレーナーさんが新聞を読みながら暗い表情をしていた。気になって横からのぞくとそこには

【二冠ウマ娘──────骨折が判明。全治六か月以上、復帰は来春以降か?】

 信じたくない文字が躍っていた。

 急いで彼女に電話をする。同じように電話をかけている人が多いのか、それとも具合が悪くて電話に出られないのか、なかなかつながらない。

 かけ続けること数分、ようやくつながった電話から、

「あ~もううるさい!ブラック、お前今何時だと思っているんだ!」

 大きな声が飛んできた。その声に思わず安堵する。

 よく考えれば朝練前の時間だったため彼女が寝ていてもおかしくない。

 朝早くに電話をしたことを謝り、ケガについての記事を読んだことを伝える。

「もう記事になってるのか。ああ、本当のことだよ。休養中に左足に違和感があったから診てもらったら骨折が見つかった。なんと反対側の足にもな。それで手術をすることになったんだよ」

 彼女は続ける。

「様子を見るって選択肢もあったみたいだけど秋には間に合わねえ。それなら今後のためにもいっそってことでな。悪いな、レース一緒に走れなくなって」

 いつもの元気なテンションとは違って、電話越しの彼女は、辛そうで、悲しそうで、何よりも悔しそうだった。

 早く完治してレースに戻ってこられることを心から告げて電話を切る。

 会話を聞いていたトレーナーさんから元気づけるようにそっと頭を撫でられた。

 そして、とりあえず今日と明日の練習は休みにしようと告げられ、あたしは寮に戻った。

 

 次の日、あたしは昨日と同じ朝早くからトレーナー室を訪れた。休みを告げていたためか予想外の入室だったらしく、驚いているトレーナーさんに向かって頭を下げてお願いする。

「あたしをもっともっと強くしてください。彼女が戻ってきたときに胸張ってライバルといえるように。今度こそ彼女に勝てるように」

 顔を上げると、トレーナーさんは目を合わせて「わかった」と言ってくれた。そして「じゃあトモを重点的に鍛えていこうか」とも続けた。

 あたしのダービーの敗因をトレーナーさんは分析してくれたようだ。あたしのトモはまだ成長途中でダービーのようなハイペースの流れがきつかったらしい。

 夏の練習はそのトモを中心に全体的なレベルアップすることが目標になった。

 打倒二冠ウマ娘は先のことになったけどまずはあたし自身も一つGIをとることを目標に進めていこう。

 

 

≪クラシック級 10月~≫

 そして、秋初戦のセントライト記念を六番人気ながら勝ち切り、クラシックの三冠目、菊花賞を迎えた。

 大本命の二冠がウマ娘不在のレース。あたしは今日もそこまで人気はせずに五番人気。一番人気の子は春の別路線から夏に力をつけて前哨戦の神戸新聞杯を勝った子になった。

 ファンファーレが鳴り、ゲートに入る。

『全ウマ娘ゲートに入りました。態勢完了。スタートしました。っと七番の─────』

 レースが始まった。スタート時の歓声と同時に大きなどよめきが混じる。誰か出遅れでもしたのかな。その反対にあたしは良いスタートを切ることができた。

 初めの位置取りだがあたしを制すように外の二人が前へ行く。今回は3000メートルの長丁場という事もあり5番手で進めていこう。

 最初の1000メートルは1分丁度位のまずまずのペース。どこから仕掛けていこうかな。

 自分の中でのタイミングを考えながら進んでいると、ペースが緩んだと感じたのか何人かが前に上がっていく。その影響でまたペースが変わる。それまでの二冠とは異なり隊列の入れ替わりが激しいレースになっている。

(さすがにここでおいて行かれるのはまずい気がするし・・・)

 少し離れた先団においていかれない位置までポジションを上げる。そうして二度目の坂を超え、四コーナーから直線へと向かう。

 直線向いたところでいつもと違うのは二番手ではなく、ウマ込みの中にいるという事。どこかで進路を見つけなければならない。

(どこから抜け出そうかな。外を回せるような位置ではないし・・・それならいっそのこと────)

 あたしが選択したのは最内。よし少し狭いけどここからならいけるかも。

『さあ内を狙って狭いところからキタサンブラックが抜けてくる。食らいつく──────』

 よしっ!先頭になることができた。後ろからは、皐月賞の時に競り合った子がまた競りかけてくる。

(いける!負けるもんか!今度こそ、最後の一冠はあたしが────)

『─────二人が並んでゴールイン。さあどっちだ。わずかにキタサンブラックが残したか』

 無我夢中でゴール板を駆け抜ける。最後は並んでの入線となった。

 電光掲示板を見る。1着の欄に点滅しているのは4番。あたしの番号の4番だ。

 一瞬頭が真っ白になり、段々と実感していく。

「やった。やったよ!勝ったんだ。あたしが菊花賞を勝ったんだ!」

 天に向かって手を上げると同時に、スタンドのたくさんのファンから歓声が上がる。

 その歓声に応えるように手を振り、頭を下げる。

 初めてのGIタイトルは、つらかった練習や悔しかったダービーのことも忘れてしまう程のものだった。

 

 初めてのウイニングランが終わり、控室に戻る。この後はGIでは初めてのセンターでのウイニングライブだ。センターは振り付けが多くなるため、確認をしっかりと行う。

 そして、ふと、皐月賞の時の打ち合わせを思い出した。そうだ。せっかくなら、あたしもやってみよう。幸いなことに2着の子は皐月賞の時に一緒に打ち合わせをした子だ。

 少し緊張しながら、2、3着の子の控室を訪ねると二人とも快く承諾してくれた。

 そのおかげかウイニングライブも大成功に終わった。二冠ウマ娘はいなかったことは残念だけど、応援に来てくれたファンのみんなは楽しんでくれたみたいで嬉しかった。

 ライブの後、トレーナーさんと合流する。初GI制覇を報告すると嬉しそうに笑ってくれた。

 そして、「みんなからたくさんのメッセージが届いているよ」と預けていたスマホを渡してきた。

 確認するとほんとうにたくさんの人からメッセージが届いていた。ダイヤちゃんにトウカイテイオーさん、他の先輩たちからも届いている。

 一人、一人のメッセージを見ていくと、その中に出られなかった彼女からのものもあった。

 順番に返信をしていく。こうやってみんなからのメッセージを読んでいると改めてGIを勝ったことを実感することになった。

 こうして、あたしのクラシック最後の一冠は素晴らしい結果に終わった。

 

 

 次走は年末のお祭りレースの有馬記念だった。ここでも1着!とはいかなかったけれども、果敢に逃げて3着に粘り、シニア級のウマ娘たちとも戦えることを示す結果となった。

 

 

≪シニア級 2~4月≫

 新年になり、シニア級になってからの2月が終わる頃にあたしは中山レース場に来ていた。

 今日は彼女の復帰レースである中山記念の開催日なのだ。

 こうやって観客としてレース場に来るのはすごく久しぶりという訳ではなく、少し前にダイヤちゃんのきさらぎ賞の応援に行って以来だ。売店でご飯を買ったり、他のウマ娘のレースやライブを気軽に見れるのは楽しい。中山レース場をウロウロと動き回っていると中山記念のパドックの時間になった。

 パドックに行くとちょうど出走ウマ娘の紹介が始まっていた。一番人気は9か月ぶりの復帰戦にも関わらず、二冠ウマ娘の彼女。二番人気もあたしと縁が深い皐月と菊で2着だったあの子が推されていた。その他にもGIを勝っている先輩方が何人も出ており、少人数ながら見ごたえのあるメンバーが揃ってる。

 彼女の番が回ってきた。一番人気に推されているだけあり、勝負服の披露とともにたくさんのシャッター音があがる。彼女の振る舞いも堂々としたものだった。でも、流石に緊張はしていたようで、後ろに下がっていくときに行進歩きをしていたのをあたしは見逃さなかった。

 場所を観客席に移すこと数十分。いよいよ発走時刻になった。ファンファーレが鳴り、ゲート入りが進む。

『九か月ぶりの二冠ウマ娘がいよいよベールを脱ぐ時が来ました。全員の態勢完了。第☓☓回中山記念 スタートしました』

 中山記念がスタートした。彼女のスタートは久々という事もあるのかやや出遅れ気味。でもすぐ盛り返して中段につけるようだ。

 レースの流れは平均ペース。あとはどこで仕掛けるのかというところ。

『さあ、動いた。二冠ウマ娘が動いた。九か月ぶりもなんのその。あっという間に先頭に立ちそうだぞ!』

 四コーナーに入る手前から彼女が仕掛ける。唸るような荒々しいコーナリングで直線を向くと早めに先頭になった。

 直線に入ってからはさらに伸びる。しかし、後続も襲い掛かる。それでも伸び続ける。

『────が猛追。しかし、これがダービーウマ娘だ。今、一着でゴール』

 結果は後続の猛追も振り切り勝利。しかも1着から3着までがみんなあたしたちの世代のウマ娘というおまけつきだ。

 あたしも負けてはいられない。みんなが出ているウイニングライブから次走の大阪杯にむけてのさらなるやる気をもらい、中山レース場を後にした。

 

 レース後、勝った彼女から次走以降のプランについて連絡があった。ドバイの国際競争に参加した後、宝塚記念に参戦。そして秋には昨年検討された凱旋門賞への出走を目指すそうだ。

 一方、あたしは大阪杯から始動して、天皇賞、宝塚記念と進む予定である。

 直接対決は宝塚記念になるということだ。少し時期は先になるけれども、春のレースに楽しみが増えることになった。

 

 

 少し時が進んで、ドバイのレース。テレビの画面越しでの応援となったレースだったが、彼女は右の蹄鉄が落鉄するアクシデントに見舞われ、無念の2着。一方で皐月賞に菊花賞ともに2着だったあの子は1800メートルのGIを好位から抜け出し勝利。嬉しい初GI制覇となった。

 あたしも次週のGⅡ産経大阪杯に出走。スタートから先頭を進む逃げの手に出たが、ゴール前で二番手を追走していた子に交わされ無念のクビ差の2着に終わった。

 

 

≪シニア級 5月≫

 迎えた天皇賞春。あたしにとっては菊花賞ウマ娘として、彼女と並ぶGI2勝のウマ娘になるためにも負けられないレースだ。

 パドックから地下バ道を抜けてコースに入る。すると観客席にいたドバイ帰りの二人から声をかけられた。

「よう、ブラック。こうやって話すのは久しぶりだな」

「うん。本当に久しぶりだね。──ちゃんも応援に来てくれてありがとう」

 この前のドバイのレースについて話す。二人ともすごいレースだった。

「っと、そろそろ時間じゃないか。ドバイのレースについてはブラックが勝った後に話そう。とにかく全力で走ってこい」

 そう言われて送り出されると、少し急ぎ目にゲートへ向かう。

 今日のあたしは二番人気。一番人気は去年の有馬記念ウマ娘の子だ。

 

『淀の3200メートル。伝統の春の盾へ。天皇賞春 スタート。揃ったきれいなスタートです。さぁ、キタサンブラック、菊花賞ウマ娘は─────』

 よしっ!うまくスタートを決められた。これだったら、先頭で逃げられる。

 菊花賞とは異なり、有馬記念や大阪杯と同じように今回も先頭を切って逃げることを選択。前2走は直線で捉えれちゃったけれども、3200メートルの長丁場で自分のペースが作れるのは大きい利点だ。

 そっと、ゆっくりとペースを刻んでいく。

(前半の1000メートルを通過。これなら61秒くらいで運べているはず。)

 ホームストレッチに入り、スタンドからの大歓声が聞こえてくる。

 二週目に入っても静かな流れで進んでいる。

 そして迎えたのは二回目の坂越え。焦らず自分のペースで進めて────

『おおっと、ここで動きがあったぞ。一番人気、17番─────』

 後ろにいた誰かが坂の下りを使ってあがってくる。一番人気の子が詰め寄ってきた。釣られるように後ろの子たちも動いて一気に隊列がまとまってくる。

『さあ直線だ。キタサンブラック先頭だ。また、祭りに包まれるのか』

 直線に入ってもまだ先頭をキープできている。先に詰め寄ってきた子は脚を使ったためか少し苦しそうだ。

『────外から奇跡の菊花賞ウマ娘があがってくるぞ。真ん中からは13番人気の====。大金星となるか。さらに────』

 一人、脱落しても他の子がどんどんと迫ってくる。地を蹴る音が聞こえてくる。一瞬たりとも気が抜けない。

(いける。まだ踏ん張れる。まだあたしの限界はきていない!)

 残り200を切り、遂に後続から抜け出してきた子に並ばれる。

 激しい競り合いになる。二人、身体を並べての攻防だ。

(ずっと先頭だったあたしの方が不利かもしれない。でもここで負けるわけにはいかない!勝って宝塚記念に!二個目のGIをとって彼女と────)

 一瞬、前にいかれる。

 けれどもすぐに差し返して───

『全く! 並んで! ゴールイン! これは大接戦』

 再び並んだところがゴールだった。

『内から差し返したかキタサンブラック!外は大金星か─────』

 レースが終わり、思わずターフに座りこむ。

 ターフヴィジョンには判定のストップモ―ションが流れるが、どっちが勝ったかはっきりとわからない。

 掲示板の着順発表は1、2着が写真の文字があがっている。

 そして待つこと数分。場内に大きな歓声が沸き上がった。

 その瞬間、あたしは天皇賞ウマ娘になった。

 

 

≪シニア級 6月≫

 次走は予定通りの宝塚記念。久しぶりとなる二冠ウマ娘との対決を楽しみにして調整を重ねていく。

 宝塚記念ファン投票の中間発表ではなんとあたしが1位になっているようだ。対照的に彼女は7番人気。この結果にはちょっぴり不満のようで先日には『レースではオレが絶対勝つからな』というメッセージが届いたほどだ。あたしも負けじと『この調子で本番も勝つからね』なんて送っといたけど。

 中間発表のすぐ後にはダイヤちゃんの日本ダービーがあった。ダイヤちゃんは惜しくもハナ差の2着に敗れちゃったけど、大接戦の白熱したレースにものすごく感動した。あたしのダービーは少し残念な結果だったしね。

 そして、あっと言う間にひと月が過ぎ、私の春の最終戦。約束の宝塚記念の日を迎えた。

 

「ほーら、見てみろ。本番の人気はオレの勝ちだ」

 宝塚記念当日。パドックでの時間が終わり、地下バ道に入ると、電光掲示板の人気欄に指を差しながら、彼女がやってきた。あたしは彼女に次いでの2番人気になっている。

「久しぶりの同じレースなのに第一声が人気についてなんて、実は内心ビビっているんでしょ。さっきパドックでパカパカ行進していたの見ちゃったもんね」

「そりゃあ緊張だってするさ。久しぶり国内GIなんだ。逆にブラックが余裕ありすぎだろ。ダービーの時なんてあんなにガチガチだったくせに」

 軽口をたたき合いながらコースへと向かう。

 二人でコースに姿を見せるとファンの拍手と歓声がどっと沸き起こった。

 コースに入ってからはいったん離れ、稍重の芝の状態やレースの作戦などを確認しながらゲートへ向かう。

 徐々に出走ウマ娘があつまった。

 

 時間が迫り、ファンファーレが鳴る。

 ゲートインが始まり、最後に彼女と言葉を交わす。

 

『ファンの夢が、世界への夢が走る宝塚記念。スタートしました』

 レースが始まった。他の子たちはどうするか。控えるのか、逃げるのか。

 全員が様子を伺うような形になり、結局、あたしは先頭でレースを進めることにした。

 こうなれば狙うは天皇賞の再現だ。

(ゆっくりに。ゆっくりに。スローペースに・・・。いや、思ったよりも速くなってる!?)

 しかし、何度も上手くいくことではない。マークされたのか、二番手以降にいる先行勢がじわりじわりとペースを上げて予想以上のハイペースになっている。

『まもなく1000メートルを通過。ペースは59秒1。稍重ではちょっと早いぞ。どうすんだキタサンブラック』

 それでも引き付けるようにして逃げながら、チラッと後方を確認する。彼女は中団まで位置を上げてウマ込みの中にいる。抜け出すのは苦労しそうなポジションだ。

(それなら、いっそのことペースを緩めずに行こう。脚をためて一気に来られるより追走でスタミナを削って・・・)

 ペースをこのまま刻んでいくことを選択する。スタミナ勝負となるがあたしは菊花賞と天皇賞を勝っている。簡単に負けはしない。

 3コーナーに入るとペースについてこれなくなったのか、二、三番手にいた子が後退していく。

(よし、悪いなりにはうまく進めている。後はこのままリードを保って───)

『3番キタサンブラック先頭、リードは2バ身。連覇を狙って──』

 直線に入ってもまだリードはある。

 一番人気の彼女はまだウマ込みの中。こうなれば後は逃げ切るだけだ。 

「うおおおおお~~~~っ!!!!」

 必死になって足を動かす。

(まだ動く!まだいける!)

 残り200メートルを切っても先頭。でも、後続の子も来ている!さらにその後ろから彼女もすごい脚で来ている!

『キタサンブラック粘っている。後続が迫ってくる。さあこれは混戦だ──』

(負けたくない。今度こそ勝ちたい!)

 その思いでゴールを目指して走る。

 競り合う中で一人、脱落した。

 残るはあたしと彼女ともう一人。

 そして最初にゴール板を駆け抜けたのは─────

『決まった~っ!!祭りでもない、怪物でもない。勝ったのはティアラ路線からの刺客!」

 天皇賞ウマ娘でもなく二冠ウマ娘でもなく、一番完璧にレースを運んだティアラの女王だった。

 最終着順はあたしが3着。彼女は2着。

 宝塚記念は勝ち切れず、順位としてのリベンジもハナ差で果たせなかった悔しいレースとなった。

 

 ゴール後、少し離れたところで、ラチにもたれて座り込む彼女と目が合った。

 近くまで行くと、どちらからという訳でもなく、言葉が出る。

「……負けちゃったね。二人とも」

「ああ、そうだな。完敗だ」

「あたし、また勝てなかった。今度こそ───ちゃんに勝つって思っていたのに」

「オレだって、勝てなかった。今日の勝者はオレじゃない。彼女だよ」

 視線の先に目を向けると、観客に向かって手を振りながらチームの子に揉みくちゃにされているウマ娘がいた。

「後でライブの打ち合わせもしなくちゃな。こんなにファンの人が来ているんだ。思いっきり盛り上げなきゃ」

「……そうだね。ウイニングランもあるだろうし戻ろっか」

 そういって座り込んでいる彼女に手を貸す。

 立ち上がった彼女と一緒に戻ろうとすると手を離された。

「悪い、少し一人にしてくれ。気持ちの整理がしたいんだ。後で控室に行くからそこで話そう」

 ラチに手をつきながら彼女があたしに告げる。

 ああそうか。彼女だって悔しいんだ。

 今更ながらそれに気づいた自分を少し恥じ、先に控室に向かう。

 

 同じように戻っていく他の子に交じりながら地下バ道に入る。

 ふと、入り口でターフの方を振り返ると下を向きながらゆっくりと歩く彼女の姿が見えた。

 その姿はなぜだかとても小さく見えた。一瞬、何か胸騒ぎを感じた。

「そうだ!地下バ道で待てばいいよね。控室で話すならここから一緒に向かえばいいし!」

 それを頭から追い出し、入り口から少し中に入った控え室へ向かう通路で彼女を待つことにする。

 待つこと数分。あたしの後に戻ってきた子とすれ違う。

 一人、二人、三人。

 まだ来ない。

 さらにもう一人帰ってきた。そう思っている間にまた一人。

 さすがに心配になり、入り口のところまで様子を伺いに行く。

 するとコースが終わるところで、じっと何かを焼き付けるようにレース場を見ている彼女がいた。

「おーいっ。そろそろウイニングランも始まっちゃうよ!」

 彼女の邪魔をするのも悪いと思い、控えめに声をかける。

 あたしの声が届いたのか、彼女はこちらを向きゆっくりと歩きだした。

 普通なら軽く走るだけですぐの距離を、ゆっくりとずれた様に歩く姿に嫌な予感が頭をよぎる。

 それをもう一度かき消し、彼女と並んで静かに控室を目指す。

 

「なあ、ここなら外からは見えないか?」

 初めに待っていた控室前の通路に入ったところで先に彼女が口を開いた。

 あたしがうなずくと彼女は立ち止まった。

 そのまま、壁にもたれながら右足を立てて座りこむ。

「・・・・・・」

 お互いまた静かになる。

 投げ出されたままの左足が嫌な予感をどんどん大きくする。

 レースの時とは真逆の、空気が凍っているような沈黙が続く。

「……なあ、ブラック。いろいろとありがとな」

 その沈黙を破ったのも、彼女だった。

「ダービーが終わって怪我をしたとき、『いっぱい特訓してつぎはあたしが勝つからね!』ってメッセージ送ってきただろ。正直、その時はブラックのことをライバルだなんて思っていなかった。ダービーはオレの圧勝だったし、他にもっと強そうなやつがいた。無事に菊花賞に出ていれば対戦はあるだろうけど、まあ負けないだろうって感じでな。でも、夏を超えて秋のレースが始まるとブラックはオレの想像をはるかに超えていた。セントライト記念を勝って、その勢いのまま、あっという間に菊花賞でGIウマ娘だ。次の有馬記念でもシニア級の先輩たち相手に3着で、世間の注目度もどんどん上がっていってた。そんなやつがオレと一緒に走ることを楽しみに待っているんだ。って思うとどんなに辛いリハビリでも頑張れた。オレはさ、ブラックに励まされてもう一度ターフに戻ってこられたんだよ」

 まるで誰かに告解をしているようなひどく落ち着いた声で彼女の言葉は続く。

「復帰してからは負けないようにって思ってトレーニングをして、復帰戦を勝って、初めてのシニアGI戦になったドバイでオレは負けた。反対に一緒に行ったあいつは勝った。そして、日本に帰ってきてから今度はブラックが天皇賞を勝った。シニア級のGIを勝ってないのはオレだけになっちゃってさ。少しおいて行かれような気がして焦りを感じたんだ。それでも力さえ出し切れれば簡単に勝てると思ってた。だから、宝塚記念でブラックに勝って、その次は凱旋門賞を勝つんだってレース前は考えていた。でも結果は一人不格好なレースをして先輩に負けた。ゴールの後、力が一気に抜けた。とても立っていられなくて思わず座り込んだ。そこから喜ぶ先輩をみて思ったんだ。悔しいな、次は勝ちたいなって。それと同時に気づいたんだ。オレにはもう────」

 その先を聞きたくない。言わせてはいけない。被せるようにあたしは叫んだ。

「そうだよ。悔しいんだよ。負けるってのは!でも次がある!凱旋門は海外だけど、その先のはジャパンカップとか有馬記念とかっ!あたしも参加するし、先輩たちも出てくる。そこでリベンジするためにあたしたちは頑張るんだよ!」

 だけど、あたしの言葉を聞いた彼女は困ったように小さく笑って、

「やっぱ、すごいなブラックは。でもな、オレの次のレースはもう来ないんだよ」

 あたしが一番聞きたくなかった言葉を発した。

「薄々気づいてるんだろ。もう、左足が動かせないんだ」

 座っている彼女の脚を見る。彼女の言う通り左足は話し始めた時からピクリとも動かされていなかった。

「コースからここまで歩いてくるだけでもかなり無理をした。前の骨折の時ですら比べ物にならないくらい痛い。ここまでくると自分でも分かるんだ。もうダメだって」

「じゃあ、なんですぐに言わなかったの!気づいたところですぐに運んでもらえばよかったのに。今だってあたしと話していないで、医務室に向かえばよかったのに」

 ショックで訳が分からないまま言い返しながら、急いで彼女に手を差し出す。

「……ああ、その通りだ。でも、できなかったんだよ。たくさんのファンの前でこんな姿をみせるのが。オレの強さを信じて一番人気に推してくれたファンに弱さをみせることが。それと、医務室に行ってもそう変わらないのなら、最後にブラックと話したかった。オレの大切なライバルにありがとうって言いたかったんだ」

 差し出された手をつかみながら、彼女はいつもの強気な笑顔であたしに向かってそう答えた。

 ああ、その顔は卑怯だ。あたしよりも彼女の方が何倍もつらいはずなのに。そんな顔をされるとあたしからは何も言えなくなる。

 

 彼女を支えて通路を歩く。

 お互い交わす言葉はない。

 少し歩くと医務室が見えてきた。

 ひどい状態の彼女に気がついたのか、中にいた職員の人たちがこちらへ向かってくる。

 彼女が職員の担架に乗せられ、医務室に運び込まれて行く。

 彼女とのレースはここで終わってしまうんだ。

 そう思うと自然と言葉が出てきた。

「あたしね、まだ一緒に走ることをあきらめていないよ。トゥインクルシリーズは無理かもしれないけれど、いつか復活して皐月賞やダービーみたいなレースを見せてくれるって信じてるっ!だからあたしは約束するよ!あなたの代わりにシニア級のGIをたくさん勝って、ファンのみんなに愛されるようなウマ娘になって、次に一緒に走るときには絶対勝つって!!」

 最後に医務室の扉が閉まるとき、彼女はあたしに向かって笑っているように見えた。

 

 あたしと同世代の怪物とのお話はこの宝塚記念で幕を下ろすこととなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その後、最後に写真を撮り、記者会見は無事に終わった。

 

 翌日には記事が作られ、あたしの発言は世間に知られることとなる。

 記事を読んだテイオーさんから若干すねたようなメッセージが届いたりもしたが、みんなには概ね好評のようだ。

 

 

 リーグが変わってもあたしのレースが終わったわけではない。

 次のレースに勝つため、休むことなくトレーニングをする。

「キタちゃーん!早くしないと会長の練習が始まっちゃうよーっ!」

 今日はテイオーさんが手伝ってくれるそうだ。

 急いでグラウンドへと駆けていく。

 

 

 

 トレセン学園から離れた練習施設の休憩室で一人のウマ娘が新聞を読んでいた。

 練習もひと段落ついたのか練習着を脱ぎ、リラックスした状態だ。

 じっくりと目に焼き付けるように新聞を読んでいる。

 やがて読み終えたのか、新聞を棚に戻すと再び練習着を着直した。

 そして再び練習に戻ろうとしたところで声を掛けられる。

「あれ?先輩、今日のトレーニングはもう上がりじゃありませんでしたか?」

「いや、もうすこしやってから帰る。次もオレが勝たなきゃいけないからな」

 困惑する後輩を置いて、彼女は練習を再開する。

 

 

 トレーニングの傍らに置かれているスマホには通知を表すランプが光っていた。

 




お読みいただきありがとうございました。
競馬に興味がない方も作中のモデルとなったレースを見ていただけると嬉しいです。

【追記】作中のモデルレースは2015年の皐月賞、日本ダービー、菊花賞、2016年の中山記念、天皇賞・春、宝塚記念です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。