第一話「祭りと怪物」の続きになります。
名前が出ていないのは仕様です。
苦手な方はブラウザバックを。
さわやかな秋空に覆われた阪神レース場。
今日はGIレースデーという事もあり、多くのファンが楽しみを隠し切れない様子で入場待ちをしている。
「あ~やっとついた。あんまりここにはいい思い出が無いんだよな。オレ」
そんなファンたちに紛れるようにして並ぶウマ娘が一人。
顔バレを防ぐためか黒いサングラスを装着。さらにはレースには関係ない星の球団の帽子をかぶって怪しさ満点だった。
彼女がだるそうに欠伸をした後、腕を組んでいる姿は奇妙な威圧感をあたえている。
彼女の周りに謎のスペースができているのが何よりの証拠だろう。
そのまま待つこと数分。
係員が開門のためにやってきた。
「では開場です。決して走らないようにしてください……ってちょっと!?」
その言葉が言い終わるよりも前に席取りのためにスタートしようとする待ち人たち。
ただ、彼らも彼女の前では赤子同然だった。
「こんなのジョギングにもなりゃしないな」
そりゃあそうだ。だって彼女は二冠ウマ娘で元ダービーレコードホルダーなのだから。
彼女は少し開けていたところから前に出ると、あっという間に他の人たちを離していく。
その姿にぽかんと口を開ける一同。
再起動したものから我先にとレース場に入り始める。
「押さないでください。走らないでください。ゆっくりと、ケガをしないように」
係員が必死に呼びかけるも、入り口はすぐに大混乱に陥った。
ファンが慣れているからか怪我人が出ていないのだけが幸いだ。
「あーもうめちゃくちゃだよ」
クラシック最後の一冠、阪神で行われる菊花賞の一日は騒がしく始まったのであった。
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「あ〜、もうあたしの馬鹿馬鹿」
待ちに待った菊花賞当日。あたしは駅に向かって必死に走っていた。
時間はもう昼過ぎ、開門前から並ぼうと思っていたのにがっつりと出遅れてしまった。
前日から泊まっていたからレースには間に合うとはいえ、今からいい席を取るには厳しい時間だ。
(トレーナーさんも来てくれればよかったのに)
脚をフル回転させながら思わず心の中で毒づく。
裏開催の新潟でほかの担当の子のレースがあるからこっちに来れないのは仕方がないけど、モーニングコールくらいはあたしにも欲しかった。
電話があれば寝坊だってしなかっただろう。
毎年一緒に見に来ていたこともあって寂しさも感じる。
とはいえ、今できることは早くレース場につくことだけだ。
やっと見えてきた改札口をくぐり、あたしは電車に飛び乗った。
駅を降りてあっという間に阪神レース場に到着する。
昔を思い出しながら中に入ると、さすがはGI開催日。すでにたくさんの人でごった返していた。
「うーん。どこから見ようかな」
少し悩んだ後、場所はレース直前に決めることにする。開門ダッシュに間に合わなかった時点で良い観戦スポットはもう埋まってしまっている。
良くも悪くも一人で来ているからレースを見るだけならどうとでもなるだろうし、隙間を探せば何とかなるだろう。
そうして見物については後に回し、先にレース場内をぶらぶらと歩くことにした。
ぶらぶらと平場のレースを見たり、売店で食べ物を買ったりしながら楽しむこと数時間。
菊花賞のパドックも見終わり、レースを見る場所を探しにスタンドへ向かう。
クラシック最後のレースとはいえ、夏から秋にかけて結果を残して今回が初GIという子も多くいるのが菊花賞。
今回が初めての勝負服のお披露目という子も何人もおり、パドックでは独特の緊張感に初々しさが混じっていた。
もう今のあたしには味わえないなあ、と懐かしさを感じながら歩いていると
「おい! ブラックじゃないか。お前も見に来ていたのかっ!」
突然声をかけられ、背中をバシンッと叩かれた。
「うひゃぁ、びっくりしたぁ」
慌てて後ろを振り向くと、目に入ってきたのは星の野球帽と黒いサングラス。
「えっと、誰ですか」
「そういえばコレかけてたっけ」
そう言ってサングラスを外したのは、何時振りかになる彼女だった。
「もう、びっくりさせないでよ~」
「いや、悪い悪い。オレも久しぶりだったし知ってるやつを見つけたからつい」
少し頬を膨らませて言うあたしにカラカラと笑いながら返される。
久しぶりに会った彼女の
「全く調子がいいんだから。……あれ、知ってるやつってことは一人で来てるの? 天皇賞を見に来てくれた時は二人で来ていたけど」
「ん、あいつなら今週は忙しいからパスって言われてな。なんでも来月の頭に妹がアメリカで走るらしくて、応援に行くために英会話の猛特訓中らしい。ドバイに行った時よりも頑張ってるくらいだ」
そういえば、あの子の妹がアメリカのBCに挑戦するって記事で読んだ覚えがある。どうせならあの子とも会いたかった。
「ブラックも一人は珍しいんじゃないか。いつもならサトノのお嬢様かトレーナーと一緒にいる気がするけど」
「ダイヤちゃんは家の用事で行けないって連絡が来て、トレーナーさんは……ほかの担当の子のレースがあるから応援で新潟にいます……」
「ハハハッ! それは残念だな。一緒に来れなくて。ま、オレたち
寂しがりというよりはもっと含みのあることを言われたような気がして思わず顔が赤くなる。
何か悔しくてジトッと彼女を見るも、彼女は笑ったまま。
それにますます頬が熱くなる。
そうすること数秒間。
彼女はひとしきり笑い終わると
「そうだ。ならオレと一緒に見るか? 席ももう取ってあるし」
と言ってきた。
渡りに船だ。ぜひ相席させてもらおう。
あたしたちは席へ向かった。
久しぶりに会ったという事もあっても席についてからも話題は尽きない。
いつかのレース前のように菊花賞に出てたらどっちが勝ってたかを言い合ったり、学園でのちょっとした出来事などを報告したりする。
「今回の菊花賞ってオレたちの時と似ているよな」
「確かに。二冠ではないけど皐月賞ウマ娘もダービーウマ娘もいないしね。でも怪我が理由じゃないから、そこは違ってよかったよ」
「そりゃあそうだ。怪我なんてするもんじゃない」
そうこう話しているうちに出走ウマ娘たちの本バ場入場が始まった。
入場を告げる音楽が鳴ったこともあり、会話が一旦止まる。
熱心に入場してくるウマ娘を見る彼女の横顔を見てふとした疑問が浮かび上がった。
「それにしても驚いたよ。あなたがレースを見に来ているなんて。
「ああ、オレもレース復帰が確実になるまでは来ないつもりだったんだけど、リハビリ中に世話になった後輩がどうしても今日のレースは来てくれってな」
彼女はターフに目を向けたままそう答える。
その視線の先では緑を基調とした勝負服の子がターフの上をゆっくりと走りながら芝の状態を確かめている。
「もう一人いるんだ」
そう言いながら嬉しそうにターフを見ている彼女はレースの時とは随分と違う優しい目をしていた。
そのままじっと二人で後輩たちの入場を見守ること数分。
「いつかさ、ブラックとも後輩たちとも走りたいって思ってな。こっちではそれがかなう場所だから」
彼女の小さな呟きが風と一緒に流れてくる。
彼女がどんな意味を込めたのかはわからないけど、漏れ出たその言葉はなぜかひどく耳に残るものだった。
「お、スターターが台に向かってる。そろそろ始まるぞ」
仁川の秋空にファンファーレが鳴り響く。
過去も未来もその音は変わらない。
クラシック最後の一冠。菊の花は誰のもとで咲くのだろうか。
お読みいただきありがとうございました。
菊花賞も楽しみですね。作中の子の産駒を応援しつつ、馬券は色々と考えています。
追記)良いレースでした