もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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第壱話 無慈悲な、召集。

 受話器を置くと、リン、と軽い機械音を返してくる。もう数回同じ事をしていて、この音に虚しさを覚えるばかりだ。

 

 やっぱり、無理なのかな……。

 

 『碇シンジくん江♡』と書かれた女性の写真の裏には、しかし、掛けたものと同じ電話番号が載っている。

 

 電車は集合場所の数駅前で、止まってしまった。非常事態宣言が発令されたのだ。

 

 『迎えに行くからね』と書いてあるので、駅で待ってみたりしたが、誰も来なかった。

 

 それは、そうだ。きっと避難をしているのだろう。

 

 連絡くらいはつくと思ったんだけど……。

 

 頭を掻くと、熱せられた髪に火傷しそうになった。ずいぶんと、時間をかけている。

 

 非常宣言が出されたのにも関わらず。

 

「ふぅ……はぁ……」

 

 あぁ……まずい……。

 

 焦りと暑さで、玉のような汗が背中や首筋をいくつも通ってゆく。

 

 このとき、碇シンジが……非常事態宣言を無視して縋ってしまうのは仕方のない事だと言えよう。

 

 母の死から、十数年会えなかった父。

 

 碇 ゲンドウ

 

 世間から様々な噂を立てられ、閉ざされた日常の中で、自分にとって、一年に一度送られてくる手紙だけが真実だった。

 

 積もる話があるだろうし、もしかしたら、本当にもしかすると、また、家族になれるかもしれないのだから。

 

 父さんに会える、会って話してくれる、その一心ではるばる第3新東京市まで来たのだ。まさか、連絡する段で予定が頓挫するとは、思いもしない。

 

 こんな時に。

 

 なり続ける呼び出し音。

 

 やっと会えるのに。

 

 なり続ける呼び出し音。

 

 どうして……。

 

 なり続ける呼び出し音。

 

 ──現在特別警報発令のため、通常回線は不通となっております……

 

「やっぱりダメか」

 

 『迎えに行くから』そう書かれた写真を、父さんへの切符を、思わず眺めた。きっと、このまま有耶無耶になるんだろうな。

 

 父さんのことだから。

 

 そんな気がしていた。

 

 欲しい時に、その存在は居ないのだ。

 

 いつかの手紙に滴る血液を幻視した。

 

 数年に一度届く、報告書のような手紙を思い出す。今回は珍しく、一方的な内容じゃなく、NERVへの招待という期待は、早くも薄れつつあった。

 

 考えたくはないが。

 

 父としても、可能であれば、という程度の申出だったのかも知れない。

 

「やっぱり来るんじゃ無かったぁ……」

 

 写真を仕舞うと、バッグを背負う。

 

「しょうがない、シェルターに行こう」

 

 実際に言って諦めをつけ、視線を上げると、無人のはずの町に、人が居た。

 

 冴えるような、青髪。

 

 赤い、瞳。

 

 服装は学生服。

 

「えっ……」

 

 しかし、視線は、頭上近くで飛び立った鳥の大群に向いてしまった。

 

 びよびよびよびよ!!!!!

 

 と、ただならぬ鳴き声を発しながら逃げるように飛び立つ鳥。

 

 その間に、彼女は消えていた。

 

「…………うぉっ!?」

 

 間髪入れずに、風が街に吹き荒れる。足を踏ん張らないといけないくらい、強力な突風だった。

 

 聞こえる……。

 

 キーン……という音。

 

 振り返ると、大きな飛行機(きっと戦略自衛隊だ)が隊列をなして山の尾根から飛び出す所だ。

 

 何かと戦って……?

 

 そう思った矢先、人の輪郭に、無理やり生命機関を押し込めたような、悪魔や獣という言葉が似合う、数十メートルはありそうな化け物が姿を表した。

 

 胴体の真ん中に掛けられた、仮面。

 

 いや、あれは、顔……なのか……?

 

「ウッ……」

 

 目が焼けるような閃光。思わず顔を覆って、立ち尽くした。そして、爆発音。爆風に、またもや足を踏ん張らないといけなかった。

 

 閃光が収まると、バケモノはおもむろに手を水平に突き出す。白いロットを虚空から出現させ、戦闘機の一機に撃ち出した。

 

 あえなく墜落する戦闘機……。

 

 その行き先は……ここ!?

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 最悪だっ……!!!!

 

 全力で走るが、後ろで響く破壊音に、足がもつれる。

 

「つだぁ……はっ」

 

 後ろを振り返ると、あのバケモノの、足が、目の前に……。

 

 「あぁぅ……」

 

 強靭そうな鉄の機体を、まるで折り鶴のように、潰してしまった。

 

 頭の中は真っ白だった。

 

 熱風に死を感じて、冷や汗が滴る。

 

 しかし、耳元で響くドリフト音に、この状況で、動く車があるという違和感に、視界を開いた。

 

「ごめーん、おまたせっ!」

 

 目の前でドアを開いた車に乗るのは、あの、『迎えに来る』写真の水着姿の女性だった。顔は……いかついサングラスで見えないけど……?

 

 いや、というか、この状況で、来たなら、間違いないっ!!

 

 何も言わずに飛び乗ると、急いでシートベルトを装着した。

 

「うっ……」

 

 またもや、爆発。

 

 フロントガラス越しでも伝わる熱波に冷や汗が止まらなかった。

 

 周囲に響く破壊音に、地の底から揺れるような振動に恐怖して、口が縫い合わさったように開かない。

 

 気付けば、シートベルトを両手で握りしめていた。

 

 しかし、こんな状況にも関わらず、車はまるで生きているかのように走る。

 

 潰されてもおかしくない……!!

 

 しばらく絶体絶命のドライブをしていたが、比較的速やかに、危機は脱したらしい。

 

 遠ざかる音。バックミラーに小さく映るバケモノに、ため息をついた。

 

「ふぅー……」

 

 まさに間一髪だ。

 

 横の女性は、しかし、まだ何も話さず、横目に使徒を確認しながら、焦ったように車を走らせる。

 

 葛城ミサトさん……だっけ?

 

 説明とか……ないのかな……?

 

 しかし、今は緊急事態。集中している今、話すのも迷惑な気がする……。

 

 仕方のない状況だが、無言のままの彼女に手を揉んでいると、山間まで走らせた車を唐突に止めて、

 

「ちょっちごめんねー」

 

 そう言うなり身を乗り出してグローブボックスから双眼鏡を取り出した。

 

 体が密着する状況に辟易しつつも、身体を縮こませていると、頭上から「N2爆雷を使う訳ぇ〜!?」と声が降ってくる。

 

 N2……?

 

 考える暇もなく、「伏せてッ!!」という声で不自然に体を抑えられて、息が肺から絞り出される。

 

「うっ……」

 

 く、くるし

 

 その苦痛も、到来した熱波と衝撃に腹の底からかき回された。

 

 今の体勢も分からず、体のあちこちをぶつけ、平衡感覚が不快に刺激される。

 

 そして、車が外から加熱されているかのような、圧倒的な、熱……!

 

 息をするのも憚られた。

 

 しばらくすると、熱波は温風になり、やがて閃光もなりを潜めていった。

 

 今日一日で、何回爆発するんだか……。

 

 道路沿いの砂地まで転がされ、横倒しになった車内からやっとの思いで脱出すると、

 

「だいじょぶだった?」

 

 と、軽い雰囲気で声をかけられる。この人は、慣れてるんだろうか……こういうのに……。

 

「ええ、口の中が……しゃりしゃりしますけど……」

 

 呆れのような感情を抑えつつ、彼女の視線を探るが、サングラスで分からない。

 

 車と自分を俯瞰で見てるような印象を受けた。

 

「そいつぁ結構」

 

 そうやって、立ち上がるようにジェスチャーをする。

 

「じゃ、行くわよ」

 

 痛む体を我慢して、車の姿勢を、ひっくり返して正すのを手伝いながら、フツフツと一つの疑問が立ち上がった。

 

 昨日まで、普通に学校生活してたのに。

 

 こんな、当たり前みたいに……。

 

 NERVって、どんな組織なんだろ。

 

 迎えもほぼ手遅れだったし。

 

 電話は繋がらないし。

 

 少なくとも、マトモな組織じゃ、なさそうだよ……。はぁ……。

 

 父の印象を、一つ悪くするシンジだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。だから、カートレインを用意……

 

 電話をする葛城さんを尻目に確認し、ゆっくりと流れる山の輪郭を眺めながら、さっき言われた事を考えていた。

 

『ミサト、でいいわよ』

 

 名前呼び。

 

 思う所がない訳ではないが、この人の有無を言わさない雰囲気に、抵抗する気は起きなかった。

 

 少なくとも、自分に興味はなさそうだ。

 

 ワザとらしい口調も、見たこともない服装も。

 

 仕事だからしている。

 

 そういう雰囲気があった。

 

 なんで名前呼びなんて規定があるのかは分からないけど……。

 

 通話が終わった。

 

 意を決して、ミサトさんに向き直る。

 

「あの……ミサトさん」

 

 何か考え事をしているのか……見つめる虚空の向こうは分からない。

 

 サングラスを外しても、考えている事は闇の中だった。

 

 やっぱり、説明は、無いのかな。

 

 半ば諦めつつ声をかける。

 

「あの、ミサトさん」

 

「ん、なぁにぃ?」

 

「いいんですか……こんな事して」

 

 後部座席を目線で示す。

 

 そこには、他の車から盗んだバッテリーが山のように置いてあった。

 

 爆発の次は窃盗だったのだ。

 

 外し方は手慣れていて、とても今日初めて触ったようには見えない。

 

 説明の如何によっては父親は犯罪組織に与している事になる。

 

 名前呼び(コードネーム)管理の犯罪集団。

 

 いかにも。だった。

 

「あ〜あ、いいのいいの。今は非常時だしぃ、車が動かなきゃしょうがないでしょ?」

 

 目眩がしそうだ。

 

 非常時は非常時だが、決まりで車は鍵を付けたまま放置されているので、やましい事が無いのなら、自分の車を置いて、他の人の車を借りればいいのだ。

 

 後から返却すれば法律に問われない。

 

 これは、小学校で4〜5回は見ている非常事態関連のビデオの内容だし、ミサトさんも知らない訳はないだろう。

 

 だが、書き置きもせずにバッテリーを抜き取るのは、どう考えても犯罪行為……。

 

 あの車たちのレッカー代金は誰が出すんだろう?

 

 

「それにアタシ、こう見えても国際公務員だしね♡ 万事おっけ〜よ」

 

 国際……公務員……。

 

 それはアレかな。国境を超えて大泥棒を追いかける義務がある、みたいな。

 

 本気で言ってるのかな?

 

「説得力に欠ける言い訳ですね」

 

 もはやシンジの中でNERVは巨大犯罪組織だった。父が重役というのも、残念、というより、いかにも。だと考えてしまう。

 

 少し考えればそれに拉致されているような立場の自分をもう少し心配すべきなのだが、あいにく自分を救ってくれた手前、14歳のシンジに害されるという考えは浮かびすらしない。

 

「つまんないの……可愛い顔して、意外と落ち着いてんのね」

 

 声のトーンを数段落として、こちらに厳しい目を向けるミサトさん。

 

 犯罪組織、何をされるか分からない。

 

 その事を今更に思い出して、言葉に詰まる。

 

「そう、ですか……?」

 

 出方を伺いつつ、小声でそう答えた。

 

「あれぇ、怒った?」

 

 またおちょくる様な態度に戻る。

 

 まるで百面相だ。

 

 次はなにをする気なのか……思わず寄ってしまう眉に、シンジは気付かなかった。

 

「んー、ごめん! おっとこのこだもんねぇー?」

 

 こちらは緊張しっぱなしなのに、あくまでも揶揄うミサトさんは、流石に不快だった。

 

 少しやり返してやろうと言葉を繰る。

 

 父親の招待、という事が、少し気を大きくさせていた。

 

「ミサトさんこそ、歳のわりに子供っぽい人ですよね」

 

 彼女は微妙な顔をした直後、キッと前を睨むと、唐突な加速が体を捉える。

 

「っ、うぁぁあぁ!?」

 

 いきなり蛇行走行、危険運転を始めたミサトさんに、(こ、殺される……!)と、慄きながらシートにしがみつくシンジであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「特務機関NERV……」

 

 ゲートに印字された文字に、いよいよだと心持ちを新たにした。

 

 地下に敷設された『カートレイン』は、なんの飾り気もなく、まさしく、通路そのものだった。剥き出しの鉄板が、無骨な雰囲気が、ここが敵の本拠地であると主張している。

 

「そう、国連直属の非公開組織」

 

「父のいる……所ですね……」

 

「まあねー、お父さんの仕事知ってる?」

 

「人類を守る仕事だとしか……」

 

 最初の手紙を思い出した。

 

『詳細はいつか教える』

 

 いつか、が今日だと、現実味を帯びてきている。口の中が乾燥して、手がじんわりと湿った。

 

 しかし、まさか、こんな組織だとは……。

 

「これから……父のところに行くんですか」

 

 それは、今や恐怖だった。

 

 父の事情は知らなかったといえ、なぜ、この組織で重役なのか、不安で仕方がない。

 

「そうね、そうなるわね」

 

 父さん……。

 

 手紙の様子からは、ここまで殺伐とした事は予想していなかった。

 

 本当に犯罪組織じゃないよな。

 

 明確な説明を、してくれるといいけど……。

 

「あ、そうだぁ、お父さんからID貰ってない?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 バッグから一通の便箋を渡した。

 

「ありがと」

 

 便箋を開いたのはいいけど、数枚出てきた紙と格闘している。

 

「……〜入所までの流れ〜っていう書類のポケット部分に入ってますよ」

 

「あ、あぁ……これ。じゃあ、こっち、読んどいてね」

 

 そう言って目の前に差し出されたのは、『極秘』と書かれた書類だった。

 

「どういう事ですか? 僕も、何かするんですか?」

 

 確かに、入所という言葉を不思議に思ったが、主に引っ越し関係の書類だったので、まさか自分も仕事をするとは思わなかった。

 

 だが、また『微妙な顔』をしたミサトさんを見て、すぐに質問を撤回しようと考えを巡らせる。

 

「そう、ですよね……父さんといきなり同居なんて、ありえないですよね……」

 

「そっか、苦手なのね。お父さんが」

 

 苦手、というか、父という認識はあるが、正体不明。というのが、正直な所だったが、発言はしなかった。

 

 上手く言える気がしなかったから。

 

「アタシと同じね」

 

「えっ」

 

 口角を上げて目を瞑るミサトさんは、それ以上語らなかった。

 

 ミサトさんと、同じ……?

 

 その疑問は、しかし、深く考える事は無かった。天井から下に向かって突き出すビル群が夕日を遮る光景が目に入り、思わず窓に近づく。

 

 逆づりのビル群が、森や湖に影を落とす。光の中に、碧く輝くピラミッドがあった。

 

「わぁ、すごい……ほんとに〝ジオ・フロント〟だ……!!」

 

 手紙の中でも唯一心を惹かれた単語、地下都市(ジオ・フロント)。光り輝く天蓋に包まれた箱庭は、想像よりも遥かに力強く、幻想的で、美しかった。

 

「そう、これが私達の秘密基地。NERV本部。世界再建の要。人類の……砦となる所よ……」

 

 しかし、そう言うミサトさんは、未だ、虚空を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「おっかしーなー……確かこの道のハズよねぇ」

 

 道、といっても、それは長いベルトコンベアーだ。カートレインと同じく、直径5メートル程の五角形のパイプのような通路が、ずっと続いている。

 

 時折、普通の通路への別れ道や、謎の設備が垣間見えるが、ミサトさんが曲がる事は一回も無かった。

 

 そして、ここまで大規模な移動施設は、外周部にしか敷設されていないはず。

 

 大きな施設だからといって、内部までこんな大掛かりな移動方法を採用していたら、逆に身動きが取りづらいと思うし……。

 

 つまり、これに乗り続ける限り、外周部を回っているだけで、一生着かない。

 

「これだからカレーターで来づらいのよね、ここ……」

 

 シンジは、手ずから製本されたらしい、『極秘』書類をじっくり読みたかったので、分かっていながら、ずっと黙っていた。

 

「リツコは何してんのかしら……」

 

 こんな事で頼られるリツコさんも大変だな……と頭の片隅で考える。

 

 書類の内容としては、あの化け物が使徒と呼称される事、それに対する第3新東京市の機能や、NERVに関する機密保持の規約や、法律上での定義、NERV本部へ繋がる市内通路の案内等、多岐に渡っている。

 

 分かったのは、

 

 犯罪組織、ではない。

 

 普通の組織、でもない。

 

 という事だった。

 

 あらゆる箇所に見える『超法規的措置により』の文字が、それを物語っている。

 

 ここで、一体、何をさせられるんだろう……。

 

「ごめんねぇ、まだ慣れてなくって……」

 

「ここさっきも通りましたよ」

 

 大体読めたので、こう言えば、分かってくれるかな? と自分なりに考えて、さりげなく発言したつもりだった。

 

 だが、読みながらだったからか、小声で、嫌味のような言い方になってしまった。

 

「う…………でも、大丈夫。システムは利用するために、あるものね」

 

 ……完全に意図が伝わっていないが、これ以上は子供が上から目線で話すようなので、黙っている事にした。

 

 仕方ないや……。

 

 しばらくして。

 

 結局、どうやら、リツコさんにナビゲートをお願いしたらしかった。

 

 初めから電話すればいいのに、と思うのは、変だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱりあの巨大な移動施設は外周部だけで、一つの通路に入った後、エレベーターまではすぐだった。

 

 ふと、停止するのを感じて、目線を上げる。

 

「あ、あら……リツコ……」

 

「はぁ……」

 

 乗ってきたのは女性。ブロンドの短髪、自信ありげな、或いは無機質な表情、赤い球のピアス……。

 

 典型的な、頭のよくて少しナルシストな人。威圧的な態度は、怒っているからか、普段からそうなのか……。

 

 これが、リツコさん、か。

 

 水着の上から白衣、という奇抜な服装からは、それ以上何も察する事が出来ない。

 

 そう思い、書類に目を戻した。

 

「何やってたの、葛城一尉、人手も無ければ、時間もないのよ」

 

「ゴメン!」

 

「はぁ……」

 

 会話が途切れる。

 

「……例の男の子ね」

 

「そう、マルドゥックの報告書による、3rdチルドレン」

 

「宜しくね」

 

「あ……はい」

 

 身構えていなかったので、適当な返事になってしまった。

 

「これまた父親そぉっーくりなのよぉ」

 

 少し呆れたようなミサトさん。

 

 重役ともあろう人がこんな感じなんだろうか……?

 

「可愛げのないところとかねぇ……」

 

『歳のわりに落ち着いてんのね』という言葉を思い出した。イヤミ、なんだろうな。

 

 これは。

 

 扱いづらいっていう、意味での。

 

 ……嫌われたな。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりミサトさんが嫌になっていた。それと楽しげに話すリツコさんに対しても信用はあまり無かった。

 

 これは14歳のコドモ。

 

 仕事だから連れてきた。

 

 扱いづらい面倒なやつ。

 

 そんな雰囲気を隠しもしない。

 

 二人に連れられているだけで、不安になる上、これから父に会うという事を考えて、頭が痛くなりそうだ。

 

 仕方なく、読み終わった資料を最初から読み直していた。

 

 いま乗っている傾斜トラムのシャフト側面はガラスになっている。そこから不気味な赤い光が差し込んでいるせいで読みにくく、皮肉にも、時間潰しには丁度いい。

 

ー繰り返す、第1種戦闘配置、対地迎撃戦用意ー

 

「ですって」

 

「これは一大事ね」

 

 第1種戦闘配置。使徒が第3新東京市の防衛機構の範囲内に入った事を意味していた。

 

 いるんだ、あれが、近くに……。

 

「で、初号機はどうなの?」

 

「B型装備のまま、現在冷却中」

 

「それホントに動くのぉ? まだ一度も動いた事、ないんでしょう?」

 

「起動確率は0.000000001%……O9システムとは、よく言ったものだわ」

 

「それってぇ動かない……ってコト?」

 

「あら失礼ね、0ではなくってよ」

 

「数字の上ではね……ま、どのみち、動きませんでした……では済まされないわ」

 

 嫌な予感がする。

 

 だが、しかし、それは、それこそ、ないだろう。

 

 何の訓練も受けていない素人が、いきなり化け物と……使徒と戦うなんて……。

 

 ありえない。

 

 ましてや、今、自分でO9システムだと言っていたじゃないか。あるわけないんだ。そんな事……。

 

 早く父から、安心する言葉を聞きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会話もなく、ピリピリとした雰囲気に包まれていた。

 

 荷物を回収され、真っ暗な大部屋に進む。 

 

 ここが目的地である事は、流石に自分でもわかる。

 

 父さん……。

 

 心の底から湧き上がる不安に、拳を握りしめた。

 

 閉まり始めた扉。

 

 真っ暗にする必要があるのか……?

 

「あの、どうして真っ暗に……うわっ!?」

 

 突然の、明転。

 

 目の前に現れたのは、赤い巨大水槽に浮かぶ、頭。

 

 宇宙活動をしそうな、近未来的なフォルムの、紫が主体の緑がアクセントで入っている、独特な……恐らく、ロボットの頭部だった。

 

「ロボット……? これは……冊子には、何も」

 

 思い返しても、どのページにも、こんなロボットの事は書いてなかった筈だ。

 

「書いてないわよ」

 

「えっ」

 

 当然、というように言い放ったリツコさん。

 

「人が作り出した究極の汎用人形決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、その初号機」

 

 人造……人間……? これが? 機械的なフォルムは、全く人間には見えない。

 

「建造は極秘裏で行われた。我々人類の、最後の切り札よ」

 

 人類を守る仕事。

 

 瞬間、脳のシナプスが結びついた。

 

「これが、父さんの仕事ですか」

 

『そうだ』

 

 頭上のスピーカーから、聞き覚えのあるものより、少し低い声が響く。

 

『久しぶりだな』

 

「父さん……」

 

 遥か数メートル頭上、ブリッジのような場所に、父さんが立っていた。

 

 遠い。表情は、伺い知れない。

 

 そのまま、数分が経過しただろうか。

 

 すまなかった、とか、お疲れ様、とか、僕は何か安心できる言葉を欲して、黙っていた。

 

 なんでもいい。

 

 虚像だった父さんが、実像だったと分かればなんでも良かった。

 

『使徒は、およそ不滅だ』

 

「……なんの、話? 父さん?」

 

『そのためのエヴァがある』

 

 聴こえて、ないのか?

 

「どういう事だよ、父さん……今までの事とか、NERVの事とか、これからの事とか、色々、他に、話す事があるじゃないか!」

 

 またもや、数分の沈黙。

 

 意味が、分からなかった。

 

 ちがう! ちがう!! ちがう!!

 

 これじゃない。

 

 求めていたのは、こんな事じゃないんだ。

 

 無言の重圧に耐えかねて、下を向く。

 

 そうだ。

 

 僕はただ、普通に父さんに会って、普通に話したかっただけじゃないか……。

 

 聞きたかった、だけじゃないか……。

 

 どうして、こんな事に……。

 

『シンジ、お前が乗るんだ』

 

 心臓を鷲掴みにされたようだった。

 

 ドクドクと鳴る胸が、ハッキリと分かる。

 

 あの仮面が、ちらつく。

 

「なぜ、なぜ僕なんだ父さん……」

 

『お前しか乗れないからだ』

 

「だから、どういう事なんだよ!」

 

『仔細を話す時間はない』

 

 そういうことじゃない!! 喉から血が出るまで、叫び転がりたい気分だった。だが、もう、無意味な言葉しか出てこない事を知っていた。

 

「使徒は、これでしか倒せない……」

 

 煮え繰り返るはらわたを落ち着けつつ、脂汗を背中や首筋に感じながら、事実を呟き、自分の中に落とし入れる。

 

『あぁ、あれは完璧な単一兵器だ』

 

 完璧な、単一兵器。その言葉に、涙が出そうになる。それに、挑むんだ、僕は。

 

 自殺。

 

 その2文字が去来し、足がすくんで、目頭が熱くなる。

 

 手にかけた包丁を思い出し、血とを幻視して、心の奥底から湧き上がる、死の恐怖。

 

「……僕にしか……乗れないんだね、父さん」

 

『……そうだ』

 

 沈黙。

 

 込み上がる虚無な熱に、胸が張り裂けそうだった。

 

 矛盾。

 

 諦めたはずの、価値。

 

 それが、唐突に、のしかかる……。

 

 涙が、止まらなかった。

 

 これは、あのとき、引けなかった包丁だ。

 

 責任なんだ。

 

「シンジくん……」

 

 どうにもならない感情が、大きく、胸をばらばらにして、虚空を広げていた。

 

『……明日、時間を作る』

 

「父さん……」

 

『エヴァに乗れ、シンジ』

 

 感情は窺い知れない。突き放すようにも、頼むようにも聞こえなかった。

 

『……でなければ、明日はない』

 

 そうだ。

 

 だが、これを、超えれば、会う。

 

 父さんは今、約束したんだ。

 

 真実は、そこにしかない。

 

「ッ……分かっ……た……」

 

 拳を握りしめ、涙を拭う。

 

「乗るよ、使徒は、僕が倒す」

 

 なにもない、胸の虚空を、闘志で繋ぎ合わせる。いま、今だけは、ばらばらになる訳には、いかなかった。

 

『……出撃準備だ』

 

 そう言い残して、父さんはブリッジの奥に消えていく。

 

 その姿を、僕は、ジッと、見ていた。

 

 心の恐怖には目を瞑って。

 






 次回 「孤独な幼兵。」
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