もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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今回は1万1千くらいです。


第拾話 瞬間、心、重ねて。(後編)

 NERV本部 作戦部第3視聴覚室。

 

 第7使徒戦反省会により、パイロット2名を召喚。

 

 司令塔より、冬月副司令、加持、日向、青葉、伊吹の諜報や広報含む使徒に関するオペレーションを担当する責任者が集合していた。

 

 同室内。

 

 伊吹マヤの概要説明が始まる。

 

「本日、午前10:08:18、2体に分離した使徒の攻撃を受けた弐号機は活動停止。同50秒。初号機は追撃を受け、駿河湾沖2キロに水没。この状況に対するE計画責任者のコメント」

 

『無様ね』

 

「もぉーっ!! アンタのせいでせっかくのデビュー戦が滅茶苦茶になっちゃったじゃない!!」

 

「デビュー戦とか関係ないだろ! 今頃、使徒が本部に攻撃してたらどうするつもりなんだよ!!」

 

「アンタだって人のこと言えないわよ! アッサリやられてるじゃない!!」

 

「惣流だって人のこと言えないだろ!!」

 

「午前11:03をもって、NERVは作戦遂行を断念。国連第二方面軍に指揮権を譲渡」

 

「全く、恥をかかせおって」

 

 冬月副司令は、対決するチルドレンに怒りを呟いた。

 

「同05分。N2爆雷により目標を攻撃」

 

「また地図を書き直さなきゃならんな……」

 

「構成物質の28%を焼却に成功」

 

「やったの?」

「足止めに過ぎん。再度進行は時間の問題だ」

 

「ま、立て直しの時間が稼げただけでも儲けものっすよ」

 

 冬月は諌めようとする加持に、少々の怒りを覚えるが……そもそもはこの場に居ない、パイロットを担当する葛城ミサトの責任である事を鑑みて立ち上がった。

 

「いいか君たち、君たちの仕事はなんだか分かるか」

 

「エヴァの操縦」

 

「使徒の殲滅です」

 

「その通りだよ。使徒に、勝つ事だ。こんな醜態を晒すために、我々NERVが存在している訳ではない。その為には君たちが協力しあってだな……

 

「なんでこんなヤツと!!」

 

「……もういい」

 

 冬月副司令がリフトで司令塔へ戻り、視聴覚室が明転した。

 

「どうして皆んな、すぐに怒るの?」

 

「大人は恥をかきたくないのさ」

 

「ミサトさんは? 次の作戦は何時間後ですか?」

 

「今は後片付けをしてるよ。責任者ってのは、責任とる為に居るからな……」

 

「責任……」

 

 使徒が来ているのに、そんなものを取ってる場合なのか?

 

 碇シンジは、困惑していた。

 

 

 

 

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 葛城ミサトはデスクに山積みにされた書類を、眺めていた。

 

 デスクの一角とかではなく、限界ギリギリまでスペースを使い、うず高く積まれたそれらは、数ヶ月掛かりそうな様相を呈している。

 

「関係各省からの抗議文と被害報告書。で、これがUNからの請求書。広報部からの苦情もあるわよ?」

 

「うー……」

 

「ちゃんと目を通しておいてね」

 

「読まなくても分かってるわよ。ケンカをするならここでやれってんでしょ〜」

 

「御明察」

 

「言われなくったって、使徒が片付けばここでやるわよ。使徒は、必ず私が倒すわ」

 

 それは、たとえ書類が片付かなくとも使徒は倒してみせる。という、諦めに近い覚悟の仕方であった。

 

「副司令はカンカンよ。今度恥かかせたら左遷ね、間違いなく」

 

「碇司令が留守だったのは不幸中の幸いだったわ〜」

 

「居たら即刻クビよ。これを見ることも無くね……」

 

「で、私のクビが繋がるアイディア、持ってきてくれたんでしょ?」

 

「一つだけね」

 

「さっすが赤城リツコ博士。持つべきものは、心優しき旧友ね〜」

 

「残念ながら、旧友のピンチを救うのは私じゃないわ。このアイディアは加持君よ」

 

「加持の?」

 

 そのデータチップを、呆れたように優しく見やる葛城ミサトを、赤城リツコは静かに見ていた。

 

 

 

 

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 使徒は倒せていない。ミサトさんに、結局、あの分裂する使徒をどう倒すつもりなのか。聞こうと探してみたりしたが、何の手掛かりも得られなかった。

 

 惣流は居ないし、綾波も待機が解除されて帰ったという。

 

 帰ろう。

 

 そう決めたのは、数時間経ってからだった。

 

 昼過ぎ、3時ごろの熱射に当てられてやっと帰宅した。

 

「ただいまー」

 

 声は帰ってこない。

 

「って、誰もいない……か」

 

 夜までには帰ってくると良いけど……なんて。考えながらリビングに進むと、そこには所狭しと赤い文字の書かれた段ボールが積まれていた。

 

 ビール……?

 

 いや、流石にこの量は……

 

 不審に思いながら、自室を開くと

 

「な、なんだこれ……」

 

 そこには、段ボールやバッグ、ポーチ等明らかに誰かが引越して来たような大荷物が積まれていた。

 

「失礼ね、私の荷物よ」

 

 風呂から上がったばかり、という様子の惣流がリビングに出てきていた。

 

「惣流!? どうしてここに」

 

「アンタこそまだ居たの?」

 

「まだって何が?」

 

「アンタ、今日からお払い箱よ」

 

 憐れむような瞳。

 

 お払い箱?

 

 このタイミングで?

 

 本当に?

 

「なんで……?」

 

 撤退、出来なかったから……?

 

「ミサトは私と暮らすの」

 

 そう言ってサムズアップした右手で自分を示す。自慢げで、意地悪そうな顔をしていた。

 

「ま、どっちが優秀かを考えれば当然の選択よねー。ホントは加持さんと一緒の方がいいんだけど」

 

 部屋の中にうっとりとした表情を向ける惣流。

 

 空いた口が塞がらなかった。

 

 優秀だから一緒に暮らす訳では無いと思うし、加持さんと暮らしたいならそうすればいいのに……。

 

「しっかし、どうして日本の部屋ってこう狭いのかしら。荷物が半分も入らないじゃない……」

 

 話を聞きながら、またミサトさんが説明も無しに住所を変更したんだろうな……。と、自分の時を思い出していた。

 

「あ……」

 

 そこで廊下の置物と化していた、一つの段ボールに目が止まる。中には自分の荷物が雑に積まれていた。

 

「オマケに、どうしてこう日本人って危機感足りないのかしら? よくこんな鍵のない部屋で暮らせるわね。信じらんない」

 

 襖を開け閉めしつつ、文句を言う惣流に、どうしたらいいか途方に暮れていた。

 

 それは無いと思うけど、本当に部屋を明け渡すなら明日から住所不定だし、自分が近くの部屋に移るにしても、手続きとか色々あるのに……

 

「日本人の心情は、察しと思いやりだからよ」

 

「「ミサト(さん)」」

 

「おかえりなさい。さっそく上手くやってるじゃない」

 

「「何が?」」

 

「今度の作戦準備」

 

「どうして?」

 

 これが……? 作戦準備?

 

「そう、今回の作戦は……と、言いたい所だけど」

 

「「……?」」

 

「先にお風呂入っていいかしら? もうべっとべとでサイアクなのよね〜」

 

「もう、早く上がって説明してよね!」

 

 ため息が腹をついて出る。

 

 こればかりは、惣流に賛成だった。

 

 

 

 

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 リビングのテーブルに3人で腰掛けると、ミサトさんは広げた資料に手を置きつつ語り始める。

 

「第7使徒の弱点は一つ! 分離中のコアに対する2点同時の荷重攻撃。これしかないわ」

 

「……?」

 

「つまり、エヴァ2体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ。その為には2人の協調。完璧なユニゾンが必要なの」

 

 惣流と……?

 

 横目で見ると、惣流も微妙そうな顔でこちらを伺う所だった。

 

「そこで、貴方達にこれから1週間、一緒に暮らして貰うわ」

 

「「えーっ!?」」

 

 いきなり、明らかに感性が真逆と言ってもいい人間と……? 綾波とも学校でしか話さないのに。

 

「嫌よ! 昔っから男女7歳にして同衾せずってね!!」

 

 惣流の言葉に横で頷いた。

 

「使徒は現在自己修復中。第二波は6日後。時間が無いの」

 

「そんなムチャな……」

 

「そこで、ムチャを可能にする方法。2人で完璧なユニゾンをマスターするため、この曲に合わせた攻撃パターンを覚え込むのよ。6日以内に。1秒でも早く」

 

 作戦、やるしか……ないか……。

 

 そう思って横を向くと、嫌そうな顔をした後、フイとそっぽを向く惣流がいた。

 

 不安だ。

 

 間違っても、綾波みたいに突き放すのはやめておこう……と、2人の学校での険悪さを思い出していた。

 

 

 

 

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 あれから2日。自分が、人のことを知る方法をまるで知らない事を理解した。

 

 今にして思えば、知りたいと言いつつ決定的な行動を何も起こせていなかった自分が恥ずかしい。

 

 綾波やミサトさんと違って、惣流は比較的分かりやすくて、聞きやすい……そんな幻想は初日で散っていた。

 

 思えば、トウジやケンスケ、ミサトさん。綾波に至っても話しかけてくれたのは向こうからだ。

 

 お互いに気を使う生活。しかも、型を覚えるのは惣流の方が早いし、日中の練習ではタイミングがまるで合わず、段々とフラストレーションの溜まる惣流……。

 

 そんな状態で、一体何を話せばいいのかすら分からない。

 

 そう考えると、皆んなと打ち解けていて、ミサトさんとも公私混同で接する姿は、自分より数段大人で、羨ましくも思えた。

 

 それが分かるだけに、自分には敵対すらしているような、エヴァパイロットでなければ話もしないような雰囲気に悲しくなる。

 

 拒絶されて、悲しいと思う。

 

 そんな感情はいつか捨てたものだった。

 

 苦しまないために……。

 

 遠い砂浜で、欠けた貝殻を拾ったような感覚。

 

 戸惑いはするけど、あの時より苦しくはない。胸を刺すような痛みは、表面的なものだった。

 

 きっと惣流は……この痛みを知る、強い人なんだ。

 

 惣流の印象は既に、大きく変わっていた。

 

 

 

 

 

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 3日目。

 

 連日変わらないように、ユニゾンの練習中だった。時折、惣流のする舌打ちが空気を憂鬱にする。

 

 2日目でミサトさんが折れたのか、今日から数値の記録係を綾波に変更し、意見を貰おうという事だった……が、あまり状況は変わらない。

 

 むしろ悪化しているような……。

 

「休憩にしましょう。ちょっと、飲み物でも買ってくるわ」

 

「そう? 分かった」

 

「レイ、荷物運ぶの手伝って」

 

「はい」

 

 そう言って2人は出て行った。

 

「……やるわよ」

 

 それに頷いて、練習を再開する。

 

 しばらく2人だけの気まずい雰囲気が続いたが……インターホンが、鳴った。

 

 2人で顔を見合わせると、諦めたように頷いた惣流を見て、自分もヘッドホンを外す。

 

 そのまま玄関に向かうと、驚いた顔で頬を染めるトウジ、ケンスケ、そして真顔の洞木さんが居て……。

 

「う、う……うらぎりもの……」

 

「またしても今時ペアルック……! いや〜んなカンジ……」

 

「「こ、これは、日本人は形から入るものだって無理やりミサトさんが……!」」

 

 早数日、慣れた服装とはいえ知人に見せるつもりなんて微塵も無かったから、恥ずかしさがいきなり襲ってきたが、それは惣流も同じらしかった。

 

「ふ、不潔よ!! 2人とも!!」

 

 べつに不潔な付き合いではない。

 

「「誤解だよ(だわ)!」」

 

「五階も六階もないわ……! そんな……!」

 

「あら、いらっしゃい」

 

 そこへ、買い出しの終わった綾波とミサトさんが帰って来た。

 

「これは、どーゆーことか説明して下さい」

 

「そうねぇ……とりあえず、上がったら?」

 

「長くなるのよ」

 

 そう言ったミサトさんは、疲れたような笑顔をしている。

 

 

 

 

 

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 ミサトさんの披露する第7使徒とユニゾンの概要話で、場は盛り上がっていた。

 

 第3新東京市で使徒は最早身近な存在であるため、特に興味津々だった。

 

 皆んなはエヴァパイロットが揃って3日も来ないので、お見舞いに来たつもりだったから、いっそう気が抜けてしまったらしい。

 

「そんならそうと、早く言っといてくれたら良かったのに」

 

「で、ユニゾンは上手く行ってるんですか?」

 

「それは……見ての通りなのよ」

 

「あー……」

 

 全員に見られながら失敗するのは、流石に耐えられなかったらしく、惣流はヘッドホンを投げ捨てた。

 

「あったりまえじゃない!! このシンジに合わせてレベル下げるなんて、上手くいくわけないわ!! どだい無理な話なのよ」

 

 惣流の体運びは完璧。それに、天性の武道センスというか、相手のタイミングと絶対に合わない、自分だけのリズムを持っている。惣流がタッチする度に、表拍子より少し早かったり、少し遅かったり……それに自分が合わせられていないのは、本当だった。

 

「じゃあ、やめとく?」

 

 ミサトさんの問いかけ。

 

「他に人、居ないんでしょ?」

 

 惣流は、それで自分を落ち着けたらしい。

 

 すっかりいつもの自信ありげな表情に戻っていた。

 

「レイ」

 

「はい」

 

「やってみて」

 

「はい」

 

 綾波は投げ捨てられたヘッドホンを拾い、こちらに歩いてくる。

 

 表情を暗くする惣流。しかし、毅然とした態度で横に退いた。ミサトさん、どういうつもりだろう……? 綾波は本部待機なんじゃ……?

 

「型は?」

 

 この練習は、型をなぞらえて光るランプに手足を触れさせ、音楽によりその動きのシンクロを目指すものだ。

 

 そもそも制服で隣に立つ綾波は、今日初めて聞いた筈……。

 

「分かるわ」

 

 それを聞いて、自分もベッドホンを付けた。

 

 音楽が始まると、とりあえず正確に表拍子でタッチしていく。初めの一回くらいは合わないかと思ったけど……綾波はリズムに合わせて、正確なタッチを繰り返す。

 

 一度のミスもなく進行していた。

 

 集中していれば、間違えようの無い綾波の調べ。それはベッドの中に身を預けるような、エヴァに乗る時のような……不思議な安心と一体感がある。

 

「もう、イヤッ!! やってらんないわ!!」

 

「……?」

 

 その声でヘッドホンを外し、見上げると、既に惣流は玄関へ向かった後らしかった。

 

「鬼の目ぇにも涙やな……」

 

 半開きの襖を見るトウジ。

 

 涙……? あの惣流が?

 

 なぜ?

 

「いーかーりー君!?」

 

 洞木さんは本気で怒っていた。

 

 その剣幕に息をのむ。

 

 トウジは、毎朝これを平気な顔してあしらっているのか……?

 

「追いかけて!! 女の子泣かせたのよ!?」

 

 無言で数回頷くと、玄関へ走り出した。

 

 ◇

 

 その後、碇シンジが走り去った後……。

 

「葛城一尉」

 

「なぁに?」

 

「先程仰っていた通り、作戦は、私と碇君で行うのが良いと思います」

 

「まぁ、そうでしょうねぇ」

 

「では、なぜ……?」

 

「作戦の立案者としては、そう思うわよ。でも、指揮官として、それではいけないの。レイ……貴方に分かる?」

 

「……いえ」

 

「これからの作戦行動には、必要な事なのよ」

 

「教えて頂けないのですか」

 

「教わることでは、ないのよ」

 

「……彼女は、幼稚だと思います」

 

「だからこそよ」

 

「……?」

 

「レイ、貴方やシンジ君だけでなく、人間は同じものを抱えているのよ」

 

「…………?」

 

 本当に分からない、という風に首を傾げる綾波に、葛城ミサトはため息をついた。

 

「分からない、か……」

 

 

 

 

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 辺りを少し探し回ったあと、近くのコンビニエンスストアでその姿を見つけた。

 

 横開きのガラス戸を開けて清涼飲料水のコーナーの前に、座り込んでいる。

 

「何も言わないで」

 

 そう言われて、開きかけた口を閉じた。

 

 近くに屈む。

 

「分かってる……分かってるから……私はエヴァに乗るしか、無いのよ」

 

 開いたガラスに反射する、悲壮な横顔。

 

 その悩む姿は、いつかの自分に重なった。

 

 あの惣流が。顔が良くて、性格が良くて、人に好かれ、ミサトさんと心を開いているように見える惣流が。

 

 エヴァしか、無い……?

 

「どうして……?」

 

「……何よ」

 

 底冷えするような、声。

 

 だが不思議と怖くは無かった。きっと僕を嫌っているんじゃない。自分が嫌で、それに触れようとする他人が嫌なんだ。

 

 僕みたいに。

 

 それが自然に、矢の如く闇の帷を破って、凄まじい勢いで心に不時着した。

 

 ……そうだ。強くなんてない。

 

 この表情を見ろ、今にも死にそうだ。壁が崩れそうで、必死に耐えている、顔。これがあの惣流か……? いや、

 

 惣流だって同じ……同じ人間なんだ……。

 

 人間って……こういうことなんだ。

 

「惣流は、すごいと思うよ。今まで、ミサトさんがあんなに楽しそうに話すの、見たこと無かったんだ……それに、クラスでだって……」

 

 そんな、人を褒めるなんて、初めての事だった。上手く言えていないと思う。

 

「煩いわねッ!! 黙りなさいよ!! みんな建前に決まってるじゃない!! 必要だからするだけよ!! みんな!! みんな!! みんなね!!」

 

 恐ろしい形相で、胸ぐらを掴まれる。

 

 今にも殴りかからんばかりだった。

 

 だが、今なら分かる。

 

 惣流にも、傷付いている心があるんだ。

 

 放っておけない。

 

「そんなことないよ」

 

「ッ……アンタ、底なしのバカよ……!! グズのくせに!! 何にも知らないくせに!!」

 

「そんなこと、ない」

 

「じゃあ精神論者でバカなアンタに何が分かるって言うの!? 言ってみなさいよ!!」

 

「建前だったとしても、嫌な思いをしてでも、全員と仲良くするのは、凄いよ」

 

「は……?」

 

「そんなの、誰にでも出来る事じゃない。惣流がずっと努力した、その結果だって事くらいは……分かる」

 

 惣流は、しばらく呆気に取られたように見ていたが、ゆるく睨んだまま、口をきゅっと閉めると後ろを向いた。

 

「そんなの、当然よ」

 

「うん」

 

「私は天才なの。だから……当然よ」

 

 明るくなった声に安心したが、でも、それは加持さんの言葉だ。

 

 加持さんはきっと……何度も同じ言葉を掛けたに違いない。

 

 僕に言ったように。

 

「才能とか運命って、僕は嫌いなんだ」

 

「…………」

 

「頑張ることって、そんなに楽じゃないのに……みんな才能とか運命って、決めつけて自分が頑張らないようにしてるんだ」

 

 僕みたいに。

 

 加持さんですら。運命や才能だと、何かを諦めているんだ。

 

 そうだ。

 

 別にすごくない。

 

 みんな……生きているだけなんだ。

 

「ッ…………」

 

「普通の人は、がんばれないよ。だから……凄いんだ」

 

「バカ……アンタ、だけよ……」

 

「……そうかな」

 

「……そうよ!」

 

 そこで、初めて惣流は振り返った。

 

「アンタみたいに、アンタ……みたいに……」

 

 眉をぴくぴくとさせて、口をへの字に曲げていたが、無理矢理やっている風だ。

 

「僕みたいに?」

 

 気が抜けて、ちょっと面白くて、思わず苦笑しながらそう言うと惣流は顔を真っ赤にした。

 

「な、なに笑ってんのよ!!」

 

「だって、眉とかぴくぴくしてるし……っ……」

 

「うるさい!! 誰のせいよ! 誰の!」

 

 げしげしと肩を殴られる。

 

 割と痛い……。

 

「ごめん。ごめんって。変なこと言って悪かったよ……僕のせいだ」

 

「そうよ! 急に変なこと言うからよ!」

 

 ふん! と後ろを向いて腕を組み、しばらく何かを考えていたが、はぁ〜、とため息を吐いた。

 

「あ〜あ。怒鳴ったせいで、喉が乾いちゃったわ……ちょっと、付き合いなさいよ」

 

「じゃあ、カゴ持ってくるから」

 

「……そう? 悪いわね」

 

 僕が離れると飲み物を選び始める惣流。その微笑が、ガラスに反射していた。

 

 

 第3新東京市を眺める近くのベンチで、しばらくお握りや飲み物を頬張っていたが、飲み込んでしまうと、やがて口を開いた。

 

「こ〜なったら、なんとしてもレイやミサトを見返してやるのよ!」

 

「気合いで?」

 

「うぐっ……そ、そうよ! アンタも気合い入れなさい!」

 

「えー……第7使徒は絶対、惣流と倒す!」

 

「わざとらしいわねぇ〜……」

 

「なんだよ……えー、じゃあ、第7使徒は必ず、アスカと倒す!」

 

「呼び方の問題じゃないわよ!! このバカシンジ!!」

 

「あでっ、じゃあ、どうしろって言うんだよ……」

 

「うるさいわね〜、気合い入れば、なんでもいいのよ」

 

 そう言ってサンドイッチを頬張るアスカは笑っていた。

 

「やるわよ、シンジ」

 

「うん」

 

「締まんないわねぇ〜」

 

「やろう、アスカ」

 

 もう、怖くない。

 

「バカ」

 

 互いに笑って話をしていた。

 

 

 

 

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 翌日。

 

 朝食時。

 

「昨日なにがあったのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃな〜い?」

 

 にやりと企む顔をするミサトさん。

 

 あれからスコアは伸び続けている。

 

 惣流はなるべく表拍子に合わせようとするし、型をゆっくりと行うようになった。自分はなるべく早く正確に型の体運びをして、アスカに追いつこうとする。

 

 そして、一回毎に互いの反省を話すようになった。険悪だったり憂鬱だったりする雰囲気は無く、2人で真剣に上達を目指していた。

 

 ミサトさんは急な変化を気にしていたが、アスカが『なんでもないわよ』と取り合わないので昨夜は折れていたのだ。

 

「ミサトの期待してるよーな事は何にもないわよ。残念ながらね」

 

 アスカは毅然とした態度だった。

 

「誰にも言わないわよ〜」

 

 むっとした後、ミサトさんから、僕と逆側に目を逸らす。

 

「うるさい小言を……貰っただけよ」

 

「……そう……ま、いいわー」

 

「ごちそうさま!」

 

 アスカは味噌汁をかきこむと、さっさと片付けに行ってしまった。

 

「素直じゃないわね〜」

 

「……? アスカ、どうしたの?」

 

 割といつも通りに見えたけど……。

 

「えっ……シンちゃん、ホントに昨日なにを言ったのよ」

 

「逆にどういう想像をしてるの……」

 

「いや、なんちゅーか、そりゃあ……歯の浮いちゃいそうな台詞とか……?」

 

「それは加持さんでしょ」

 

「な、なんで加持が出てくるのよ……」

 

「ミサトさんが落ち込んだら、そうするんだろうなって」

 

「むー……シンちゃん、最近容赦が無いわねー、まったく……」

 

「ダメですか?」

 

「そうは言ってないでしょ。とにかく、男女の仲ってのは茶化すもんじゃないわ」

 

「それはミサトさんもでしょ」

 

「うぐっ……」

 

「ごちそうさま」

 

「はぁ。全く……敵わないわねー……」

 

「ミサトさんも、思ってる事は言った方がいいと思うな」

 

「あによ〜、それ」

 

「加持さんのこと」

 

「はぁ〜……分かってるわよ」

 

「頑張ってね」

 

 そう言って皿の片付けに向かった。今までより、前に進めている気がする。

 

 ミサトさんも何か心残りがあるようだし、それが解決したら、愚痴でもなんでも、加持さんの昔話を聞かせてくれるかもしれない……。

 

 ◇

 

「加持の事か……」

 

 葛城ミサトは、2人の準備中、レイが来てユニゾン訓練が開始されるまでずっと、何かに悩んでいるようだった……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

『碇、シンジ君の事だろう?』

 

 技術部から諜報部への内線を取ったのは、加持リョウジであった。

 

『気にしなくていいさ。所で、これからランチでもどうかな?』

 

 赤城リツコは、食堂に向かっている。

 

 とっくに昼食の時間は逃しており、清掃人くらいのもので殆ど人もいない通路を進む。

 

 こんな所で話す内容ではない──その意味が、足を急がせていた。

 

「おっと、偶然だねぇ、りっちゃん」

 

 横の通路から現れた加持リョウジは、わざとらしくウインクをしてみせる。

 

「どこに行くんだい?」

 

「……話があるのではなくて?」

 

 赤城リツコは、無表情だった。

 

「コーヒーでも、どうかな」

 

「頂くわ」

 

 

 通路の一角、自販機が立ち並ぶ喫煙室で、2人は煙を燻らせていた。

 

「彼の反応が予想とは違ってね。少し、気になっているんだ」

 

「ええ、MAGIの予想からも既に大きく外れているわね」

 

「そうか……」

 

「それで?」

 

「彼には、いや……正確には、彼の在籍した学校に干渉した形跡があった」

 

 少し驚く赤城リツコ。E計画担当者として、パイロットの情報は全て知っている筈だった。予備に干渉するなど、聞いていないからだ。

 

 そして、マルドゥク機関を差し置き、パイロットに干渉する存在などあり得なかった。

 

「まぁ、証拠は何も残っちゃいないがな」

 

「干渉というのは?」

 

「不明な金の流れさ。何かを揉み消したのか、何なのか……」

 

「そう。助かったわ」

 

「どこ、とは聞かないんだな。りっちゃん」

 

「……分かっているのではなくて?」

 

「知らないさ」

 

「そうね。そう言うことに、しておきましょうか」

 

 立ち去る赤城リツコを、加持リョウジは怪訝そうな目で見つめていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 決戦前夜。

 

 昨日から、ミサトさんは後片付けの残りをこなしに本部へ向かう様になった。

 

 電話で『明日に向けてね。最悪、徹夜になっても終わらせるわ』なんて言っていたし、今日は帰らないだろう。

 

 敷き布団の上でうつ伏せになり、枕で上半身を起こして、改めて作戦の詳細が書かれた冊子を読み返していた。

 

 急遽配備された迎撃設備を含めたパターンは練習よりも数倍多い。簡単な応用で対応出来るようには組まれているが、ミスは許されない。

 

「ミサトは?」

 

「仕事。今夜は徹夜だって」

 

 振り返ったりはしなかった。風呂上がりのミサトさんとアスカに、恥かしいとかそう言う概念は無いから、見ない方が体に良い。

 

「まだ覚えてないわけ?」

 

 頭上から声が降ってくる。

 

「どうしても……その、不安なんだよ」

 

「バカね〜……こういうのは、失敗するって思うからミスんのよ」

 

「そうは言ってもなー……」

 

「本っ当、戦闘の時は気合いだ何だって言うくせに、どーして普段はこうなのかしら」

 

 げしげしと腰の辺りを足で押された。

 

「こうって、何だよ。もう」

 

「自信もちなさいよ。使徒を3体も殲滅したのよ? 分かってんの?」

 

「そうだね……」

 

「はぁ……シンジがそんなじゃ、私が、バカみたいじゃない……」

 

「……ごめん。でも……そんなに直ぐには、変われないよ。僕は今まで、何にも努力できてないしね……」

 

「そんな………」

 

「え?」

 

「そんなこと、ないわよ」

 

「……そうかな」

 

「そうよ。凄いと……思うわ」

 

「……そうかもしれない」

 

「そうなのよ。凄いことなの」

 

 アスカにそう言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。

 

「じゃあ、今日はもう寝ようかな」

 

「そうよ。とっとと寝て明日に備えなさい」

 

 そう言って消える足音。

 

 電気が消えると、横の布団に入り込んだ。イヤホンを付ける。

 

「おやすみ」

 

「…………」

 

 返事はないが、あまり気にならない。ここ一週間で最も早く、安心して眠りに落ちていった。

 

 

 

 深夜。

 

 布団を近づけ、シンジの寝顔を間近で見守るアスカ。その穏やかな顔に、静かな安心感を覚えるのを自覚していた。

 

「私もヤキが回ったわね……」

 

 認めて、しまった。

 

 こんな……なよなよっとした奴が、エヴァで凄い事をしてきた。

 

 私のエヴァで……。

 

『普通の人は、頑張れないよ』

 

 そんな事を言う奴が。

 

『だから、凄いんだ』

 

 …………。

 

 でも、嫌じゃない。

 

 使徒を、殲滅してきた。

 

 それは認めてやってもいい。

 

 あいつは凄い。私と同じくらい。

 

 でも……。

 

『アスカは体運びが完璧だから……』

 

『おはよう、アスカ』

 

 頬が熱くなる。

 

「本当に、何なのよ……もうっ……!!」

 

 男らしさなんてカケラもないのに、だからこそ、もっとしっかりして欲しいと思ってしまう。

 

 アスカはままならない心臓の高鳴りをぶつけるように、眠るシンジの肩にそっと拳をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 翌日。

 

 NERV本部、司令塔。

 

「目標は、強羅絶対防衛戦を突破」

 

「来たわね〜……今度は抜かりないわよ」

 

 モニターには、山間部に侵入した第7使徒が映し出されていた。

 

 

「音楽スタートと同時に、ATフィールドを展開。後は作戦通りに。二人ともいいわね?」

 

「「了解!」」

 

「目標は山間部に侵入」

 

 青山シゲルの報告に、気を引き締める。

 

「いくわよ、シンジ」

 

 その声に頷く。

 

「いくよ、アスカ」

 

 真剣に頷いた気配がした。

 

「目標、0地点に到達します!」

 

「外電源パージ、発進!」

 

 音楽が、スタートする。

 

 エヴァだからか、練習よりもずっとスムーズに体が動く。

 

 コアを攻撃し続けること。

 

 銃火器で攻撃し、攻撃を回避して、体術で反撃し、防衛施設の攻撃に合わせて退避する。まるで一緒に踊っているようだった。楽しさすら感じるシンクロ……!

 

 元の大きさに合体し、そこに分離したままの二つのコアがある事を確認する。

 

 作戦通りだ!

 

 示し合わせるまでもなく、音楽に合わせ繰り出した、飛び上がる角度、強さ、スピードまで揃った完璧な飛び蹴りは──コアを正確に射抜き、山を一つ爆散させた。

 

 

 爆心地で、左右に分かれて座るように鎮座する初号機と弐号機。

 

 外に出てLCLを吐き出し終わると、予備電力で動く非常回線の呼び出し音が鳴り響く。

 

 アスカ、何かあったのかな?

 

 不審に思いながら出ると

 

「シンジ!!」

 

 爆音が耳をつんざいた。

 

「……どうしたの?」

 

「完璧だったじゃない!! 殲滅したんでしょ!? これ!!」

 

 アスカはとても嬉しそうだ。

 

「うん、もう居ないよ。大丈夫」

 

「やったっ……って……少しは喜びなさいよ! なんでそんな冷めてんの?」

 

「いや、嬉しいけど、ホッとする気持ちの方が強いというか……?」

 

「もー! しゃっきりしないわねぇ!!」

 

『……君たち、これは私用回線ではないぞ』

 

「「すいません……」」

 

『まったく、恥をかかせおって……』

 

 冬月副司令の呆れた声が、辺りに響き渡った。





次回 「チルドレン外出計画。」
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