もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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 アンケートのご協力ありがとうございました。
 10票近くの差が開き、変更なし。となりましたので、そのようにしたいと思います。

 また、誤字、脱字報告ありがとうございます。すべて適用させて頂きました。

 1時間投稿時間を間違えてしまったようで、申し訳ありません。

 今回は8000くらいです。





第拾弐話 チルドレン外出計画(後編)

 NERV本部。

 

 チルドレン外出の申請がされた、翌日。

 

 訓練終了後。

 

 帰宅前に、総司令官執務室に綾波レイが召喚されていた。

 

「レイ、体調は大丈夫か」

 

 いつもと違い、そこに笑顔はない。

 

 席に腰掛け、テーブルで手を組んでいた。

 

「はい」

 

「そうか」

 

「…………」

 

「…………」

 

 長い沈黙の後、重苦しく、碇ゲンドウは口を開いた。

 

「碇シンジは、お前の何だ」

 

「兄妹です」

 

「そうか……」

 

 眼鏡の山を触り、手を組み直すと熟考する様子を見せる。

 

 また、暫くの後。

 

「……全ては、約束の時の為にある。ゆめゆめ忘れるな」

 

 そう締めくくった。

 

「……碇君も、その為にあるのでしょう?」

 

「なに……?」

 

 予想外な切り返しに、少し動揺していた。

 

「兄妹だと思うから」

 

「……奴は予備だ。本当に必要なのは、レイ、君だけだ」

 

「……家族って、なに?」

 

「…………」

 

「守る為には、犠牲になりたいと……思う。例え彼が、予備であっても」

 

「ユイ……おまえ……」

 

「貴方は私に、誰を見ているの?」

 

「貴様ッ…………」

 

 思わず立ち上がり、拳を握る碇ゲンドウ。

 

「私は貴方を見ているのに」

 

「……な……に……?」

 

 その声は震えていた。

 

 それは、いつか、ユイが発した言葉だった。記憶が蘇る。遠い冬の、記憶。

 

「とても、似ている。寒いのよ……あなた」

 

「……おまえ……お前は、誰だ……!」

 

 震えながら、見出したユイの魂に、涙で視界が歪んでゆく。その続きは、あの時は……あいしていると……

 

「零号機専属パイロット。マルドゥク機関の報告により選ばれたファーストチルドレン。綾波、レイ。14歳」

 

 碇ゲンドウは、しばし噛み締めるようにその姿を見ていたが……崩れるように椅子に座った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「碇君は、寂しがっているわ」

 

「…………」

 

「またね」

 

 

「私では……ないと言うのか。ユイ」

 

 薄暗い執務室の中で、男は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「まさに夢のショット! いや〜、こんな最高の機会に誘って貰えるなんて、碇には足を向けて寝られないよ〜!!」

 

 まだ、開場前の行列に並んでいるだけだと言うのに、ケンスケのテンションは最高潮に達していた。

 

 アスカや綾波の周りに張り付いて、あらゆる角度から撮影をしている。

 

「そんな、大げさだよ」

 

 言い出したのはアスカなんだし……。

 

 という言葉は胸にしまっておく。やっぱりアスカが男子を遊びに誘うというのは、色々な誤解を生むので自分が誘う事になったのだ。

 

 この事は、墓まで持っていかなきゃいけない。

 

「大袈裟なもんか……! ランキング1位2位のツーショットだぞ……!? こんな奇跡、碇以外の誰も起こせないさ」

 

 さささっと近くまで寄り、僕に耳打ちするケンスケ。

 

 実際に綾波を誘えたのは自分だから、そう言われると照れる。

 

「そうかなぁ」

 

「そうだよ! あ、いいね〜、その顔!!」

 

「僕も撮るの!?」

 

「当たり前だろ〜? 綾波と並ぶ、ミステリアスなパイロット! 女子に密かな需要があるんだ」

 

「えー……嘘だぁ」

 

「実際、碇のプラグスーツ姿は売れたからなぁ」

 

「なッ……! あれ、売ったのかよ!?」

 

「いいだろ〜、減るもんじゃないし」

 

「そういう問題じゃないだろ!!」

 

 ケンスケを問い詰め始めるシンジを見て、アスカは嘆息した。一度、ヒカリからの告発を受けて闇商売は根絶された筈だったのだが……。

 

「はぁ……あの盗撮魔を誘ったのは、間違いだったかも知れないわね……」

 

「大丈夫。相田君も反省してたし、きっともう売ってないわよ……写真好きみたいだし、そういう意味で、最高のショットなんじゃないかしら?」

 

「甘ぁい! 甘いわ! ヒカリ!! ああいうのは、絶対変な事をするの! 後でデータを貰ってしっかり管理しなきゃ」

 

 データは貰うんだ……と、ヒカリは思ったが口にはしない。

 

 シンジを気にかける様子は、少なくともクラスの中では既成事実になりつつある。

 

 放っておけない。その気持ちは痛いほど分かるし、次々に行動を起こすアスカを見ていると、清々しい気持ちになるからだった。

 

 その隣。洞木と綾波に挟まれながらそれを見ていたトウジは、何故か横に付いた綾波レイに視線を向けた。

 

「綾波サンは、こういうんに興味無いかと思っとったわ。センセとはよく行くんか?」

 

「センセ……?」

 

「碇の事や、碇シンジ」

 

 反応が返ってきた事に少し驚く。普段、学校では必要最低限の受け答え、しかも数回に一回の反応である事が当たり前だったからだ。

 

「いいえ」

 

「ほうか……じゃあ、もしかして初めてなんか?」

 

「ええ」

 

「初めてなんか! したらワシと同じやなぁ。この、入り口から手が込んどる感じ、中がどんなか楽しみで仕方ないわ」

 

「そうね」

 

「綾波サン……なんか、あったんか?」

 

「なぜ?」

 

「ちゃうんや、別に、何もないならええんやけど。前はそんな話さんかったやろ? せやから、いきなり変わったなと思うたんや」

 

「私が……変わった?」

 

 首を縦にぶんぶんと振るトウジ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 なにやら考えている様子の綾波レイを、じっと見つめて反応を待っていた。

 

「きっと……今は、楽しいから」

 

「はぁー……綾波サンも、浮かれるコトがあるんやなぁ」

 

「これが、浮かれる……」

 

 感心したように腕を組むトウジを、不安そうな目で見つめるヒカリの姿があった。トウジが親しげに女子と話す姿なんて、学校では見たことが無かったからだ。

 

「心配しなくても、ファーストはシンジしか見てないわよ」

 

「え?」

 

「電車で手なんか繋いじゃって、あれは生粋のブラコンよ……間違いないわ」

 

「えー……ブラコンって……え?」

 

「兄妹らしいのよ。シンジとファースト」

 

「へぇー、初耳だわ」

 

「ほんと。驚天動地の事実よ」

 

「でも、分かる気がするわ。だって……なんとなく似てるもの」

 

「見た目が?」

 

「違うわ。何というか、こう、雰囲気が似てるのよね」

 

「ヒカリまで……」

 

 アスカは打ちひしがれた様子で、綾波レイと碇シンジを見やるヒカリを見ていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 数時間後……。

 

 先程の、雰囲気を高める通路を40分強も並び、少なからず高揚した気分のまま爆音と光によって展開されるストーリーを体験する高速のコースターで、綾波レイは酔っていた。

 

「うぅ……」

 

 所謂、人混み酔い。1日の疲れも相まって、交感神経にによる血圧の変化で吐き気や倦怠感を招来している。

 

 苦しそうな顔でテーブルについた腕で頭を支える綾波レイをつまらなさそうな顔で見守る、アスカ。

 

 ──結局、アスカとシンジの二人で面倒を見る事になり、時間いっぱいを使って他のコースターにも乗りたいトウジとケンスケだけでは合流が不安なので、ヒカリが着いていく事になった。

 

 こうして、園内のカフェテリアで休む事になったのだが、熱中症の疑いもあるという事で、シンジは団扇を調達しに行っていた。

 

 初めて二人きりという状態になったアスカは、しかし、弱っている姿に追い討ちをかける様な気にはならず、むしろ心配している。

 

「水、いる?」

 

「……ありがとう」

 

 給水所から運び、渡した紙コップを弱々しく受け取る綾波レイ。

 

「アンタにお礼を言われるなんてね」

 

 頬杖をついて、若干険しい顔つきのアスカを見て困り眉をする。

 

「気に触る事をしたのなら……ごめんなさい。こういう時、どうすればいいか分からないの……」

 

 シンジが消えてから明らかに弱々しくなった彼女に、アスカの敵外心はぐずぐずに解れていた。

 

『綾波も来た方が良いと思うんだ』

 

 なるほど。これは重症だと、アスカは内心ため息をついてしまう。

 

「どうもしないわよ。何にも出来ないんだから、せいぜい私に頼りなさいよね」

 

「…………」

 

 綾波レイは赤い瞳を逸らして頷く。

 

 明らかに学校とは違う不安定な様子に、アスカは完全に綾波レイのミステリアスなベールを看破した気になった。

 

 少なくとも、人の為に自殺するため、エヴァに乗る気の狂った女には見えなかったのだ。

 

「なんか……損した気分だわ。アンタは、もっと強い人間だと思ってたのに……エヴァにも、どーせ、乗せられてるんでしょ?」

 

「いいえ……碇君の為に」

 

 唐突に宿った赤い瞳の光に、アスカは面食らった。

 

「碇君を守るために、乗る」

 

「……それで、死んでもいいワケ?」

 

「それで碇君が生きるなら……いい」

 

「…………」

 

 アスカは狼狽えていた。自分の死について、考えた事など一度も無かった。こいつだって、どうせ口だけだと、そう考えていた。

 

 否、死ぬなんて馬鹿のする事だと考えていたのだ。だからこそ、生きる為に研鑽を積んでここまで来た。

 

 死というトラウマに直面したアスカは、それを最も遠い場所に封印し、鍵をかけていたのだ。

 

 しかし、そこに碇シンジが挟まり、生きた証を肯定してくれた、生を知っている筈の人間を守る為に死ぬという決意を見て、自分の浅はかさを突きつけられたように感じ……言葉につまっていた。

 

 馬鹿にする資格などありはしない……少なくとも、そう思ってしまった。

 

「だけど、碇君は貴方のためにも……死ぬわ」

 

 思考は混沌へ叩き落とされた。

 

 考えもしない所で、碇シンジが現れて、しかも自分の為に死ぬと言う。彼だって死にたくない筈なのに?

 

 困惑と、言い知れぬ幸福感と喪失感で視界が歪むようだった。

 

 鍵が壊れかけている。

 

「碇君が死んだら、貴方はどうするの?」

 

 綾波レイは、水に口をつけながら、既に冷静さを取り戻していた。ここで、惣流アスカラングレーという人間を見極めようとしていたのだ。

 

 自分の命を賭ける価値があるか、どうか。

 

「それは……」

 

「…………」

 

「私が、そんな事態許さないわ。その為の訓練と、正式なエヴァンゲリオンよ」

 

 青い瞳に、強い意志を宿してそう言い切るアスカ。

 

 10数年余りでつけた自信に寸分の隙もありはしなかった。考える事をやめても、普段の生活には全く問題が無いほどに、人間として実力を付けていたのだ。

 

「……変わらないのね」

 

「……なに?」

 

「貴方は、人の為に死ねない……もし、そうなったら。と考えない。その時───きっと見ているだけ」

 

「……うるさいわね。アンタに、何が分かるのよ」

 

 ぶつかり合う視線。

 

「貴方を見ている他人(ヒト)はいる?」

 

「……は?」

 

私たち(兄妹)には、私たちしか居ないもの」

 

「意味不明よ……」

 

「ヒトは、陽を求めて互いに拒絶する、たくさんの向日葵」

 

「…………」

 

「でも、私たちは違う」

 

「…………」

 

「……貴方は、どうするの?」

 

 綾波レイは、水の残りを飲み干し、コップを置いた。

 

 コン……と、小さな音が静寂を乱す。

 

「知らないわよ……そんなの」

 

 そう、絞り出すのがやっとだった。

 

 理解してしまった。

 

 似ている、似ているのは……

 

 つまり、お互いに光を見ている。だから、お互いの為に死ぬんだ──と。

 

 そんな生き方は知らない。知ってはならない……拒絶反応で震えるようだった。

 

 アスカは恐れていた。死を身近に感じてしまえば、今まで培ってきた全てが瓦解する気がしていたのだ。

 

 人は、誰だって、死ぬ。

 

 でも、私は死なない。

 

 その、ハズなのに……。

 

 自信を失った自分は、生きていけない……。

 

 それを直感していた。

 

 だからこそ、弱い自分。他人を求める自分。それを律してきた。

 

 同時に、死から引き離してくれる、強い存在を求めていた。

 

 今、問われて、碇シンジにちゃんとして欲しい……という欲求が、自分の弱さに原因がある事を決定付けてしまった。

 

 私も少なからず、求めている。

 

 碇シンジという少年を。

 

 浅はかにも碇シンジという少年に、救ってもらおうとしている。

 

 ままならない鼓動は、言いようも無く嬉しくなるのは……

 

 好き、だから……

 

「イヤ……そんな……そんな事……ないのに……」

 

「……怖いのね」

 

 アスカは、ハッとなってその赤い瞳を見た。

 

 なぜ、悟られたのか。

 

 全く理解できなかった。

 

「──

 

 その口が、二の句を継ごうとした時。

 

「どうしたの? アスカ、大丈夫?」

 

 団扇を持ってきたシンジが現れた。

 

 アスカは暫く、揺れる瞳孔でその姿を見ていたが……焦点を結ぶと、音を立てて立ち上がる。

 

「外の空気を……吸ってくるわ」

 

 逃げるように去ったアスカの背中を見送り、シンジはゆっくりと席についた。

 

「どうしたんだろう……アスカ。何かあったの?」

 

「……教えたの」

 

「……何を?」

 

「死ぬ理由が、ないことを」

 

「…………」

 

 シンジは、どうやって、とか、なぜ、という困惑を言葉に出来ずに息を飲み込んだ。

 

「作戦の為に死ねないヒトは……いらない」

 

「だからって……」

 

「まだ答えていないわ……逃げたから」

 

「知らなくてもいいだろ」

 

「必要よ」

 

「……分かった。後で話そう。ここで皆んなを待ってて欲しい」

 

「どうするつもり?」

 

「そのままで良いって、伝えに行くんだ」

 

「……なぜ?」

 

「僕は……良い事だと思うんだ。人のことが分かるのは。その人の事を知るのは。そうすれば、もう苦しまなくて済むと思うから」

 

「…………」

 

「僕が苦しめることは、絶対にしない。それが分かるから」

 

「…………」

 

「綾波はアスカの苦しみを、知っているの?」

 

「……苦しいの?」

 

「僕も……何が苦しいのかは分からない。だけど、アスカだって、苦しむんだ。少なくとも、それは、間違いなく……苦しめる」

 

「なぜ……怒るの?」

 

 シンジはハッとした。

 

 自分は、なぜアスカの為に怒っているのだろう? アスカが好きな人は沢山いて……学校でも楽しそうに……なら、自分で解決するんじゃないのか……?

 

『エヴァに乗るしか、無いのよ』

 

 あの時の、顔。

 

 そして、微笑。

 

 自己満足していた事を自覚した。

 

 怒るのを心のどこかで嫌っていたとしたら?

 

 その先の関係を知らないから、恐れて逃げたのは自分じゃないのか? アスカが、アスカから歩み寄ってくれていたのだとしたら?

 

 それを、アスカだからと切り捨てていたとしたら……?

 

「アスカは……僕を怒ってくれたから」

 

「…………?」

 

「見ていたんだ。僕は……馬鹿だ」

 

「…………」

 

「綾波。戻ったら、僕はきっと怒る」

 

「……なぜ?」

 

「皆んなと待っていて」

 

「…………」

 

 綾波レイが静かに頷くのを見て、シンジは夕暮れの園内へ走り出した。

 

 その瞳に、光を宿して。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

『アスカ! 今、どこにいる!? 話したい事があるんだ!』

 

 ずいぶんと前に、その電話に答えた。

 

 かなり適当に答えたと思う。

 

 だけど、今は一人になりたかった。

 

 携帯の電源を切って、今まで通り、大丈夫、大丈夫だと暗示をかける。

 

 一人でも生きていける。

 

 今までよくやってきた。だから、これからも、一人で頑張れる。

 

『頑張れないよ』

 

 イヤ、思い出さないで。

 

 それを解いてしまうから……

 

 けれど、一人だとどうしようもなく寒くて、深い穴に嵌ってしまったようだった。

 

 明かりが消えてゆく。

 

 そのおくそこにある箱から、恐ろしい化け物が這い出している。

 

 暗示が、効かない。

 

 開きそうな扉を幻視して、思わず座り込んだ。

 

 やめて、やめて、やめて、やめて。

 

 そんな事思い出さないで。

 

 イヤ。イヤ。イヤ。イヤ。

 

 私は一人でも大丈夫……。

 

 誰も必要ない!!

 

 な! い! の! にッ!!

 

 どうして……

 

「どうしてこんなに……苦しいの……助けて……助けてよ……」

 

 喪失してゆく、自信の強さ。

 

 初めてそれに直面したアスカは、成す術なく、抱え込んだ体を揺すっていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 凡そ2時間経って、日はすっかり暮れていた。汗だくの肌を攫う生ぬるい風を不快に思いながら、走る事をやめない。

 

 園内で、人が行かなそうで、石がテーマになっている場所は複数ある。

 

『うるさいわね……近くの……石柱が沢山あるところよ』

 

 震える声で、そう言っていた。

 

 また、どこかでしゃがんで、自分を励ましているんじゃないのか。

 

 そう思うと立ち止まれなかった。

 

 後一つしかない。

 

 急げ。

 

 

 海賊とその砦をテーマとした、尖塔が連なるエリアの中。

 

 誰も上らないような、狭い、細った尖塔の最上階で、柱の間から漏れる月明かりに照らされている。

 

 体育座りで、自らの頭を埋めるアスカの姿。

 

 ブロンドに似た明るい茶髪は、星の青を受けて黒に近い色に見えた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を整えて、近くに寄る。

 

 来たは良いものの、探すのに精一杯で、具体的な言葉はまるで考えていなかった。

 

「……大丈夫? アスカ……?」

 

 返答はない。

 

 そのまま、隣に座った。

 

 石の冷たさが体に伝わる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 言葉を探したが、どれも、誤解されるかも知れない……口にするのが怖い言葉ばかりだった。

 

 でも、当たり障りのない言葉を選んでも、届かない。

 

 今までと何も変わらない。

 

 ……嫌われるかも、知れないな。

 

「……泣くと、楽になるんだ。アスカは、情けないって思うかも知れないけど……」

 

「それは弱いからじゃない」

 

「涙は、自分のために流れるから……」

 

「それに暖かくて、生きてるって思わせてくれる。今は死んでない。生きてるんだって」

 

「だから……」

 

 反応がない。

 

 もしかすると、さっきまで泣いていて、枯れてしまったのかも……

 

 だとしたら、意味がない……

 

 そう思った時だった。

 

「ッ……く……」

 

 小さな嗚咽が漏れ始める。

 

 まだ、涙がある。それに安堵しつつ、やるせなさを抱えていた。綾波がした事は、自分の罪でもある。

 

 ……アスカを追い詰めたのは、応えられなかった僕なんだ。

 

 だから、堪えるような泣き方を見て……贖罪をしようとその肩を抱いてしまった。

 

 ともすれば、拒絶されるかもしれない行為。

 

 冷や汗が出て、喉の水分が消し飛んだ。

 

「っ……ぁ……あぁ……うぅ……」

 

 やがて、その手を求めるように体勢を崩して、胸の中で泣き咽ぶアスカがいた。

 

 その体は、予想よりも小さく、自分の体に収まってしまった。

 

「ぁーっ、うっ、ひぐっ、ぁーっ」

 

 その声は、胸の底まで届く叫びだった。

 

 その体を、強く、抱きしめる。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 泣き止んだアスカは、頬を染めて隣に座り直すと、黙ってしまった。

 

 手は繋いだまま……

 

 そうかもしれない、と考えると恥ずかしくて、確かめる事も出来ずに黙っていた。

 

 そこで、大砲の様な音が夜空に咲いた。

 

〝レディースエン、ジェントルメン!! 最高の星々の下、本日最後のパレード。輝く魔法のひとときをお届けします!!〟

 

 その爆音で弾かれるように立ち上がると、2人で尖塔の外周部へ躍り出た。石の柵の中にスペースがある。

 

 ナレーションが終わると、園内の湖に塔が輝いて出現した。音楽が始まり、目を奪われるようなキャラクターの演劇が始まる。

 

「……このさいだから、言っておくわ」

 

「…………?」

 

 クライマックスに差し掛かり、盛り上がる音楽でよく聴こえない。

 

 だけど、照明に照らされて、真っ赤になった顔は見てとれた。

 

 気が引き締まる。

 

「あなたのことが、好き」

 

「っ……えと……それ……は……」

 

 普段の訓練のお陰か、はたまた驚異的な集中力のお陰か、そこだけは、全くノイズが入らずに、アスカの声がくっきりはっきり聞こえる。

 

 だが、聞こえたとしても、頭に血が上って、マトモな思考は出来なかった。あの、アスカが。アスカが……

 

 なんて答えればいいんだ?

 

 はい。とか、宜しく頼みます?

 

 頼みます? 頼む事ではなくないか?

 

 目線を飛ばしながら、色々考えていると──

 

「もう、だらしないわね」

 

 そう言って嘆息し、一瞬目を瞑ると、半目で、意味ありげな表情……潤んだ唇が急速に接近してきて……!!

 

 思わず、目を瞑った。

 

 やがて……柔らかな感触を唇に残して、人生ではじめての感覚に指で残滓を触った。

 

「ぁ……」

 

「いいでしょ?」

 

 何が、いいのか。

 

 頬を染めて、両手を下で組んで、上目遣いにそう言われたら、考えられない。

 

 もはや分からなかったが、とにかく、こくこくと頷いた。

 

 アスカは弾けるように笑うと、すぐに2回目を敢行して、目を白黒させている内に、抱きしめられていた。

 

 柔らかな感触が全身に伝わって、甘い、花のような香りが漂う。

 

 「だいすき……」

 

 耳元からスムーズに脳漿に侵入する声。それはいとも容易く理性と思考を食い散らかして、体に抱き返す反応を許した。

 

 暖かい存在に、応えなきゃいけない。

 

 「アスカ……僕も……」

 

 ラストの花火の爆音が咲く中、目の前の柔らかい感触を、どうしようもなく嬉しく抱き止めていた。

 

 「僕も、好きだ」

 

 アスカは首元で、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

 パレード前。

 

「しかし、ホンに探さなくてええんか?」

 

「いいって言ってるでしょ!! 今は、ほっといてあげるべきなのよ!」

 

「そないなもんかなぁ」

 

「ま、俺も野暮な事はしたくないしね。元々、そういう予定だったんだろ?」

 

「なんや、ケンスケは聞いとったんか?」

 

「いや、知らないけどね。分かるだろ? 普通に考えて、さ」

 

「何を考えとるんかサッパリや」

 

「もう、鈴原には期待してないわよ……」

 

「なんやてぇ?」

 

 その少し後ろ。

 

 三人に連れられて、疲れ果てた綾波レイ。

 

「碇君……」

 

 何度目か分からない言葉を、地面にぶつけていた……




 次回「マグマダイバー」



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