もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。 作:煮魚( )
第3新東京市立第一中学校、屋上。
昼休憩中。
「昨日は……ごめん」
眉根を少し寄せて、そっぽを向いている綾波。
今日は朝から機嫌が悪そうだった。
あの後、帰りの電車で綾波は寝ていたので、謝る機会が無かったのだ。
「……弐号機パイロットは?」
綾波は若干深く呼吸をして、表情を落とした。とりあえず許してくれるらしい。
アスカの事を聞かれて頬が熱くなる。どうなったか、言うのは簡単だけど……
「えっと……それが……」
「…………」
「…………」
「……なに?」
「え……っと……こ、恋人に……なったみたい……で……」
「…………?」
「あの後、色々あって……アスカは、好きだって言ってくれたんだ。だから、答えなきゃって思って……それで……」
「恋人……恋しく思う相手、互いに慕いあい、愛し合う間柄……」
「うん……」
「…………」
「…………」
「碇君は、弐号機パイロットを愛しているの?」
「アスカのこと……僕は……」
僕の事を好いてくれるアスカ。信頼して、笑いかけてくれるアスカ。
それはとても嬉しいし、同じように信頼して、笑いかけたいと思う。
だが、それはアスカの体や、甘い香りに反応する体と同時に湧き上がる思いでもある。そんな動物的な感情を苦しく思っていた。
「愛って、なに?」
「それは……」
人間として、定めた相手に興奮するのは当然なのかもしれない。だが、畜生のようなそれが愛とは思えない。
「分泌される化学物質は、生殖行動を促す」
「…………」
「それ以上の意味が、あるの?」
「…………」
確かに、意味なんか無いかもしれない。
愛では無いのかもしれない。
だけど……
きっと綾波の世界には、自分しかいない。そこに僕が居るのは、同じだからだ。
なんて寒くて……空虚な世界なのだろう。
「……綾波。なぜ、アスカに殲滅の為に死ねと説いたんだ」
「必要だから」
「それは違うよ。アスカが死してしか殲滅出来ないなら、どうするかはアスカの自由だと思うんだ」
「……どうして?」
「それで滅びる時は、皆んな一緒だよ。そこに意味なんて……ない」
「…………」
「……綾波。結局……僕たちは、自分のためにエヴァに乗ってる。我儘なんだ。他の人たちと……同じように」
「……そうね」
「だから、もし、アスカと綾波が生き残ったら……その時は、綾波の自由だと思うんだ」
「私の……自由」
「そう……誰の願いでもない。綾波の」
「碇君は、生きて欲しいと私に願うのに?」
「……綾波を失ったら、僕はアスカの事すら怖がると思うんだ。そして、怖くてエヴァにも乗れず……消えてしまう。それが、今なら分かるよ」
「…………」
「自分が出来ないのに……綾波に願うなんて、できない」
「なら……碇君の元へ行くわ」
「そしてアスカにも選ぶ権利はある」
「…………」
「その時、アスカが生きたいと願ったら、僕たちは何も言えない」
「…………」
「そうだろ? 生きる願いと、死への願いに価値なんて……ないんだ」
「……そうね」
「だからきっと……知る必要は無いし、教えるべきでもないんだ」
「ごめんなさい。分かって、いなかったわ」
「ごめん。僕も言い過ぎた」
「…………」
「…………」
「綾波……使徒を全て倒したら、どうする?」
綾波に、他人と関わる可能性を話しておくべきだと思った。綾波は、その事を無視しているように思えるから……
「…………?」
「人と関わって生きなきゃいけない」
「…………」
「綾波……?」
「……分からない」
感情を削ぎ落とした表情で、そう零した。
「エヴァを降りたら、どうする?」
「……知らない」
目を逸らす。
どういう事だ……?
今、綾波は考えすらしていない。どんな事にも深い思慮を経る綾波が……
諦めている……? 否。
なら、第5使徒で引き金を引く必要は無かった筈だ。エヴァになんか、乗っていない。
他人に興味がないのは、生きる理由が無いのは……
人が滅びると知っている……?
僕の知らない、綾波が乗る理由……。
「サードインパクトは起こされる……?」
「…………」
「でも、なぜ?」
「……知らない」
「…………」
「それは……碇司令の願いだから」
愕然とした。
だとしたら、言っている事がめちゃくちゃだ。
「そんな……父さん……父さんは、何を願うんだよ。エヴァは、人類のためじゃ無いの……?」
「一つになること。家族と……きっと、今は寒いから」
「なら、でも、どうして……今は……」
「怖いのよ」
「…………」
息を呑んだ。
そんな……そんな事って……。
「私たち、家族なのね」
「……そうだね」
遠い、第3新東京市の地下をビルに見出して、父の姿を見た。
悲しいほど似ていて、自分よりも数倍強く、死ぬために生きる父の姿を。
きっと、父さんにとって母さんは綾波だったんだ……
どんなに他人に嫌われても、帰れば必ず愛してくれる人……そんな人を亡くしたら……
「一つになる……か……」
「…………」
それは確かに、死が持つ側面の一つかも知れない。
求めてしまうのかもしれない。
けれど……それを……
それを、自分から引き起こすなんて……
「僕は、嫌だ」
父さんと、アスカと、ミサトさんと、トウジと、ケンスケと……
生きて分かり合う事は、心が通ずる事は、暖かな日の光だと理解したから……
例え偽満でも、照らされた光は暖かい。
灯りを消すのは、最後でいい。
ならばその為に、どんなに傷付こうとも生き続けよう。綾波が消えようと、アスカが消えようと、人類が陽の光を失わないように……
「父さんは……間違ってると思うから」
決心した。
父さんを否定すること。
それが、きっと僕に出来る事なんだ。
「……そう」
「一つになれるよ。みんな」
生きて、分かり合える。
「それが、碇君の願い」
「……うん」
「私も……そうなりたい」
「……良かった」
繋いだ手が、暖かさを伝えていた。
綾波。
父さんは綾波を怖がってすらいない。エヴァに乗るように仕向け、笑って話しかける……
それは酷く悲しく、しかし、一つの違和感を残していた。
父さんは綾波に何をした?
そんな計画を受け入れるように、幼い頃から教育したとしか……
「綾波……昔は……どうしてたの?」
声が震える。
それは……きっと、綾波の全てだ。
だが、そんな筈はない。と信じたい一心で聞いてしまった。
「……本部で生活していたわ」
「辛いことされなかった……?」
「……知らない」
「…………?」
「私は……2人目だから」
2人目。
地面が崩壊し、暗闇に飲まれてしまうようだった。平衡感覚が犯されて、冷や汗と吐き気が襲ってくる。
綾波レイは、何人もいる。
理解して、しまった。
他人も、生きる事も望まない。
造られた存在。
人造人間。
綾波、レイ。
父さんが、怖がりな父さんが造ったもの……。
残酷……すぎる……ッ……!!
「……僕は、父さんを許さない」
「…………?」
「絶対に」
「…………」
「…………」
「碇君……泣いているの?」
「分かるから……悲しいんだ。分かるから……許せない」
「……そうね」
そう言って俯く綾波の手を、強く握り直した。
意味は無くても、愛はある。
例えば……守りたい。綾波と歩みたいと思うのは、きっと……
兄妹を愛しているから。
必ず阻止して、綾波の希望を取り戻してみせる。
そして、アスカも……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コンフォート17、葛城家。
リビング。
夕食後。
作戦部長の顔をしたミサトさんの元に、僕とアスカは席に戻った。
ビールを飲み干すと、一言。
「修学旅行に行っちゃダメぇ〜!?」
アスカは絶叫した。
「そうよ」
「どうして!」
「戦闘待機だもの」
「そんなの聞いてないわよ!!」
「今、言ったわ」
「誰が決めたのよ!」
「作戦担当である私が決めたの」
「ふぅ〜ん……で、それ、いつ決まったワケ? まさか、私とシンジが楽しそ〜に準備してるのを、黙まぁ〜って見てたはず、無いものねぇ〜?」
廊下では、僕が私服を制服しか持ってないと知ったアスカに連れられて揃えた服や、他にも修学旅行を楽しもうと準備し、詰め込まれたキャリーケースやトランクが佇んでいた。
アスカはそれを目で示す。
確かに思う所はあるけど……
「まぁまぁ……ミサトさんも忙しいんだし、言えなかったものは仕方ないよ」
作戦部長なんだし。
「これをシンジは許せるの!? 横暴よ! 職権濫用よ!! 犯罪的よ〜っ!!」
びしびしとミサトさんを指差しながら眉を吊り上げるアスカ。
これは暫く収まらないな……
「まあね……ミサトさんも、一言、謝ってくれればいいのに」
「は……?」
「ギリギリまでミサトさんも言わなかったんだから。いきなり仕事入れられたら、そう思わない?」
「あぁ……まぁ……そうね……」
「当たり前よ!!」
「あー……ごみん! 次から気をつけるから! だから、ね?」
「そうやって……あんまり日向さんに無理させると、嫌われますよ」
「あーんでそういうこと言うのよ〜!! 謝ったじゃなぁ〜い!!」
「シンジの言う通りよ! 明らかに普段謝ってないわね! 謝罪ってものがなってないわ!!」
「なぁ〜っ!? アスカに言われたくないわよ!」
「いーっだ。前日に戦闘待機って言い出す作戦部長に言われたくないもーん」
「はぁ……ごめんなさい。悪かったわよ……」
「フン! 初めからそう言えばいいのに」
「あんたねぇ〜……!」
「今回はミサトさんが悪いと思うな」
「シンちゃんまで……」
「確かに、ミサトさんは修学旅行に行けるように色々と努力してくれたんだと思います。でも、それはそれ、これはこれだから」
「シンちゃん……! やっぱり私を癒やしてくれるのは、シンちゃんだけねぇ〜!!」
「……分かってる?」
「分かってるわよぉ〜」
「……また、やるわね」
「あによぉ〜、それ。次は誠実に謝るってのに……」
「ミサトさん、違うよ」
「え?」
「努力はするけど、修学旅行には行けないかも。って、一言断ってくれるだけで良いんだ。そしたら別に、悲しいけど……やっぱりね。で終わるから」
「あー、そういうことぉ……?」
「本当、ミサトってメンタルケアは苦手よね」
「うっ……悪かったわね……苦手で」
「まぁまぁ……」
「……ところで、2人にはやって貰う事があるわ」
「なによ? また実験でもするの?」
「勉強よ」
「なんで……?」
「なんでじゃ無いでしょ〜? 見せなきゃバレないと思ったら、大間違いよ」
ミサトさんは部屋着のズボンのポッケからデータCDを取り出した。
そこには、碇・シンジ、惣流・アスカ・ラングレーとテプラが貼ってある。
見覚えがあって……
それは、学校で配られた成績表だった。
「良い機会だから、ちゃんと勉強なさい」
頬が引き攣った。
そんな事を言われても、どこからどう手をつけて良いのか分からない。
とりあえず溜まった課題でもやるべきか……。
「今更? 旧態然とした減点式のテストなんか何の興味も無いわ」
「郷に入れば郷に従え。日本の学校にも、慣れてちょうだい」
「うまくやってるわよ!」
「じゃあ、これも出来るわね?」
「うっ……当然よ!」
そう言い切ったアスカの表情も、諦めの覚悟のようなものを滲ませていた。
から元気というやつである。
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第2羽田空港
観望用R階。
皆んなの見送りを済ませ、フェンスに囲まれた屋上から、2人で滑走路を眺めていた。
今、まさに飛び立とうとしている飛行機。
「はぁ〜、せっかく沖縄の海でシンジにスクーバ教えてあげようと思ってたのになぁ〜」
アスカは心底残念そうだ。
「えっ、そうだったの?」
しかし、それは初耳だった。
「そうよ! 2セット用意したんだから」
「あの……ごめん……」
「なんで謝るのよ?」
「実は……水が苦手なんだ。嫌なこと……思い出すから……」
「そうなの? でも、珊瑚礁とかすごく綺麗だし、海も透き通ってて、環境は全然違うはずよ! やってみなくちゃ……!」
「ごめん、そうじゃなくて……体に触れる、水の感触が嫌なんだ」
不快感が走る手首を触る。
「水に入りたく……ないんだ」
思わず下を向いて答えると、背後から柔らかく暖かい感触に包まれた。
「……あ、アスカ?」
「いいの、そんなこと思い出さないで……」
そう言われると、手首まで暖かく包まれたようで、緊張していた心が解れる。
「ありがとう……アスカ」
「……いいの」
腹に回された腕に、力が篭った。
飛行機が遠ざかる。
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火口内に正体不明の影を認識。
浅間山地震研究所の報告は、NERV本部へいち早く共有された。
「これではよく解らんな」
作戦部、第2視聴覚室には司令部から冬月、青木、技術部から赤城、伊吹、以上4名が集合している。
赤トーンに黒点が散在する写真を数枚見せられ、冬月はそう評した。
「しかし、この影は気になります……」
青木は流されまいと進言した。
「もちろん無視はできん」
「MAGIの判断は?」
「
技術部では解決出来ないと見るや、冬月は次の判断を下した。
「現地は?」
「既に、葛城一尉が到着しています」
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浅間山地震研究所。
主モニター室。
「もう限界です!」
「いえ、あと500お願いします」
〝震度1200、耐圧隔壁に亀裂発生〟
「葛城さん!!」
観測器のオペレーターは声を張り上げた。長年の仕事道具が、ありえない使い方をされているのだから、当然である。
「壊れたらウチで弁償します。あと200」
「モニターに反応」
その声で日向のモニターに張り付く葛城。
「解析開始!」
「はい」
〝観測器圧壊。爆発しました〟
「解析は?」
「ギリギリで間に合いましたね……パターン青です」
「間違いない……使徒だわ」
そのモニターには、繭に包まれた胎児のような禍々しい影が映っていた。
「これより当研究所は完全閉鎖! NERVの管轄下となります! 一切の入室を禁じたうえ、過去6時間以内の事象は全て部外秘とします!」
そう宣言すると、慌ただしく動き始めるオペレーター。その間を縫って部屋を出ると、廊下の隅で携帯電話を取り出した。
「碇司令宛にA17を発令して。大至急」
「気を付けて下さい。これは通常回線です」
「分かっているわ。さっさと守秘回線に切り替えて!」
葛城ミサトは、青木シゲルを怒鳴る。
もちろん、通常回線を開いたのは葛城ミサトであった。
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NERV本部 総司令執務室。
A-17に対するゼーレの緊急召喚
ホログラムにより、迅速な会議が手配された。
「A17……こちらから打って出るのか?」
「そうです」
「ダメだ、危険すぎる! 15年前を忘れたとは言わせんぞ」
「これはチャンスなんです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出る為の」
「リスクが大きすぎるな……」
「しかし、生きた使徒のサンプル。その重要性は既に承知の事でしょう」
「失敗は許さん」
ゼーレの責任者であるキールローレンツがそう括り、ホログラムは消失した。
「失敗か……その時は人類そのものが消えてしまうよ」
15年前。セカンドインパクトを代償に、アダムの胎児を手に入れたゼーレだったが、それ故に覚醒前の使徒には敏感になっていた。
それは冬月も同じである。
「本当に良いんだな」
しかし、碇ゲンドウは、補完計画を完全にするため、生きた使徒の解析は必要だと考えていた。
リリスの魂の束縛に失敗し、アダムの体、S2機関のみでは碇ユイを起点とした補完が難しいと予想していたのだ。
生きた使徒の理解、それのみで世界を紡ぐ、ネブカドネザルの鍵が必要だった。
「ああ」
それゆえ、碇ゲンドウは重々しく頷く。
自らの願いのために。
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作戦部 第2視聴覚室。
チルドレンへの作戦通達に際して、現場にいる葛城一尉に代わり赤城リツコが担当していた。
「これが……使徒?」
「そうよ。まだ完全体になっていない、蛹のようなものね」
モニターには、先ほどの繭が映っている。
「今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします。出来うる限り原型を止め、生きたまま回収すること」
「出来なかったら?」
「即時殲滅、いいわね」
「「「はい」」」
「作戦担当者は、アスカ。弐号機で担当して」
「はい」
「シンジ君、初号機はバックアップ」
「はい」
「レイと零号機は、本部での待機を命じます」
「待機でしょうか?」
「……プロトタイプの零号機には、特殊装備は規格外なのよ」
「分かりました」
「心配しなくても、ちゃんとやるわよ」
「ええ……お願いするわ」
「ふふん、任せときなさい!」
手を当てて胸を張るアスカ。
赤城リツコは、自分の意思を持ちつつある綾波レイを……射るように見ていた。
「A-17が発令された以上、すぐに出るわよ。支度して」
「「「はい」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「耐熱仕様のプラグスーツと言っても、普段と変わらないのね」
「手首のスイッチを押してみて」
赤城リツコにそう言われ、アスカはフィットボタンとは別にあるそれを押し込む。
「いや〜! 何よこれぇ!!」
更衣室に悲鳴が響き渡った。
◇
エヴァ換装作業ケイジ内。
「何よーっ、これぇ〜!!」
そう叫ぶアスカは、でっぷりと膨れ上がったプラグスーツに身を包んでいた。
「耐熱耐核防護服。局地戦用のD型装備よ」
「これが、私の弐号機……?」
そう言って見上げる弐号機も、分厚い装甲を上から被せられ、着ぐるみのような姿に変貌している。
「戦えるワケないじゃない! こんなので!!」
「そいつは残念。アスカの勇姿が見れると思ってたんだけどな〜」
弐号機の上のブリッジから、加持さんはニヤケ顔で声をかけていた。
「加持さん……勇姿もなにも、動けなきゃ勝てないのよ!」
驚きつつも、すぐに怒り顔に戻ると弐号機を指差すアスカ。
「おっと……? そりゃ、ごもっともな意見だなぁ……」
少し驚いて、顎を触り始めた加持さんに嘆息しつつ赤城博士は口を開く。
「こう見えても、最低限の可動域はあるのよ?」
「最低限……」
アスカはじっとりと赤城博士を見やった。
「仕方ないでしょう。今文句を言っても、何も変わらないわよ」
「……分かったわよ」
アスカは弐号機を見上げ、ため息を一つ吐くと搭乗準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんですか……あれ」
到着し、探査芯の打ち込み終了まで山頂待機を命ぜられている時だった。
浅間山の上空を旋回するように、航空機が陣を組んで飛んでいるのが目についたのだ。
「UNの空軍が空中待機してるのよ」
「この作戦が終わるまでね」
技術部の返答に、アスカが口を開いた。
「どうして? なんか実験してるワケ?」
「いえ、後始末よ」
「私たちが失敗した時のね」
「失敗って……どうすんのよ」
「使徒を熱処理するのよ。私たちごとね」
「はぁ……信用ないわね〜、私」
アスカは悪態をつく。
「そういう問題じゃないわ。煩い大人を黙らせるための、碇司令の案よ」
「父さんが……」
綾波の事が脳裏に浮かんだ。結局、僕らも利用しているだけなのだろうか……
『レーザー作業終了』
その報告で、アスカは前を見据える。
「シンジ、頼んだわ」
バックアップの事だろう。
「分かってる。アスカも気を付けて」
それにアスカも頷いた。
『弐号機、発進位置』
『了解。アスカ、準備はどう?』
「いつでもいけるわ」
『発進!』
牽引ロープや循環パイプに吊るされ、ゆっくりと大地の赤い裂け目に近づいていく弐号機。
底では、ゆっくりと対流する高熱のマグマが火を吹いていた。
「うわぁ……あっつそー……」
『弐号機、溶岩内に入ります』
侵入と同時に悲鳴が上がる……なんて事はなく、水に入るように沈む機体を見てホッとする。
「現在、深度100。沈降速度20。各部問題なし。視界は0。何も分からないわ……CTモニターに切り替えます」
しかし、代わり映えしなかったのか
「これでも透明度120か……」
そんな残念そうな通信が届いた。
沈降するロープを眺めているだけなんて、なんて歯痒いんだろう。
『深度400、450、500、550、600、650……』
順調に下がっている。もし、そんな深くの溶岩内で使徒が暴れたら……
『950、1000、1020、安全深度オーバー』
アスカは……
『1300、目標予測地点です』
『アスカ、何か見える?』
「反応なし。いないわ」
『思ったより対流が早いようね……』
『目標の移動速度に、誤差が生じています』
『再計算急いで、作戦続行。再度沈降よろしく』
『……深度1350、1400』
『第二循環パイプに亀裂発生』
『深度、1480。限界深度オーバー』
『目標とまだ接触していないわ。続けて』
『アスカ、どう?』
『まだ持ちそう……早く終わらせて、シャワー浴びたい』
『近くにいい温泉があるわ。終わったら行きましょ。もう少し頑張って』
そこまでして、胎児の使徒を捕獲する必要があるのか……?
いくら作戦だと頭で分かっていても、限界深度オーバーと聞いて、冷静では居られなかった。
アスカも、あれは……から元気だ。
『限界深度、プラス120』
『エヴァ弐号機、プラグナイフ喪失』
『限界深度、プラス200』
『葛城さん、もうこれ以上は……! 今度は人が乗ってるんですよ?』
『今回の作戦責任者は私です。続けて下さい』
「ミサトの言う通りよ。作戦は遂行するわ」
『深度、1740。目標予測修正地点です』
「……いた」
『目標を映像で確認』
『捕獲準備』
『お互いに対流で流されているから、接触のチャンスは一度しかないわよ』
「分かってる。任せて」
『目標接触まであと30』
「相対速度2.2。軸線に乗ったわ」
「電磁柵展開、問題なし。目標、捕獲しました!」
『ナイスアスカ!』
「はぁ……捕獲作業終了。これより浮上します」
通信から響くため息に釣られて、息がついて出た。
ともあれ、後は上がるだけだ。
「アスカ、大丈夫?」
深度1700の溶岩から上がる。
牽引ロープがいくら丈夫でも少し不安だった。
「案ずるより産むが易しってね、楽勝よ!」
「なら……良かった」
「それより、これじゃプラグスーツというよりサウナスーツよ……あー……早いとこ温泉に入りたいなぁ……」
「もうすぐだよ。頑張ろう」
「分かってるけど〜……って、何よ……これぇ!?」
「アスカ!?」
『まずいわ! 羽化を始めたのよ! 計算より早すぎるわ!!』
『捕獲中止! キャッチャーを破棄! 作戦変更。使徒殲滅を最優先。弐号機は撤収作業をしつつ、戦闘準備』
「了解……! バラスト放出! ッ……早い!?」
明らかに攻撃されている。
どうする? 初号機に特殊装備はない。
武装もナイフしかない……
「まずいわね……見失うなんて……」
しかも相手は溶岩を高速で動き回るらしい使徒。
どちらにせよ、あの重鈍な弐号機じゃエサにしかならない……
『アスカ、今のうちに初号機のナイフを落とすわ。受け取って』
その声を聞いて、牽引ロープを目印にナイフを投げ込んだ。
「了解!」
「やば……まだなの!? シンジ!!」
「今行ってる!」
『ナイフ到達まで、あと40』
『使徒、急速接近中』
「いやーっ、来ないでぇ!! もう! 早く来てぇー!! おそいー!!」
もがくアスカの音声が一度途切れると、衝撃音が響いた。
「ッ……しまった」
『まさか、この状況で口を開くなんて……』
『信じられない構造ですね……』
目まぐるしく届く音声。
ナイフが、届かなかった。
アスカが喰われてる。
アスカッ……!!
『初号機、ATフィールド5ヨクトで発生! 3、2、1、反転します!!』
『なんですって!?』
『相転移空間が展開!!』
考えるより先に、体が動いていた。
やられる前に、やってやる!
こんな所で、失ってたまるか……!!
使徒を、一方的に殺すべき敵だと認識して、体が燃えるようだった。
絶対に、何があっても、使徒は殺す。肉片も残さず蹂躙してやる。
そして、アスカを守る。
何かを護りたい。
エヴァの想いが、伝わる。
煮えたぎるそれに反応して、初号機から感覚どころか心まで同化しようと抱きしめられているようだった。身を任せ、体温まで感じる……ATフィールドも変質しているらしいが、今は都合がいい。
赤い視界に、熱も感じない。
ATフィールドが拒絶しているんだ。
『初号機、は、速い……! 速度80。沈降していきます!』
『あのバカっ……!! なにしてんのよ!!』
「アスカが喰われてるんだ!! 今、助けなきゃいけないんだ!!」
『弐号機、左足損傷』
「耐熱処置! こんッちきしょォォオ!!」
赤い視界の中、白い機体に食らい付く黒い影が見え始める。
弐号機は片足を切断し、食らい付く使徒に懸命な抵抗を試みていた。
「……アスカからッ! 離れろ!!」
相手のATフィールドが、解るッ!!
それを引きちぎると、使徒はまるで、巨人の指に握り潰されたかの如く、散り散りになって消えていった……
「え……?」
目の前の現実が、分からなかった。
ATフィールドと同じように……
「使徒が……」
『パターン青、消滅……使徒、圧壊しました……』
『初号機、急減速していきます……』
『……初号機の神経回路を切断』
その指示で、モニターは真っ暗になった。
突如失われた巨大な感覚に戸惑う。
熱くなり始めたプラグの金属壁の中で、不安に感じながらも、どこか安心していた。
確かに、あのままだと何が起こったか分からない……弐号機までも、切ってしまったかもしれない……
圧壊……するなんて……
『アスカ。初号機を受け止めて。そのまま浮上』
「り、了解……弐号機、浮上します……」
『シンジ君、後で、話を聞かせて貰うわ』
「……はい」
赤城博士の言葉を、重々しく受け止めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
LCLを洗浄し、プラグスーツから着替えた後。精神汚染の心配があるという事で、様々な検査を受けた。
制服姿で、正直ぐったりしている。
「頭部装甲の一部自損、最大シンクロ率88%、ハーモニクス74%……深度限界点ギリギリよ。本当に、よく戻ってこられたものね」
浅間山研究所の会議室で、資料を挟んだバインダーを片手にじろりとこちらを見やる赤城博士。
「すいません……」
「それに、普段の実験ではあり得ない数値よね」
テーブルに置いたバインダーを、とん、とん、と指で叩く。
手抜きしていたのではなくて? と語る目線にたじろいだ。
「違うんです。守りたいって思ったら、その……エヴァが反応してくれたみたいで……」
自分でも要領を得ない説明だと思ったが、そうとしか言えないのだから仕方ない。
「……そう。では、使徒を圧壊させたのは? 心当たりがあるのではなくって?」
「相手のATフィールドが見えたんです。それを掻き切ったら……あんな風に……」
「使徒の相転移空間の展開は確認されていないのよ……碇、シンジ君?」
「でも、確かに見たんです」
感情のない瞳でじっと見つめられて、押し黙る。
見られても何も言えることはない。
「そう……分かりました。私からは以上です」
諦めたように目線を緩めると、さっさと立ち上がった。
「私からは……?」
「作戦部長、すごい剣幕だったわよ」
そう言い残して退出する赤城博士を見送り、すぐに明らかな不機嫌顔のミサトさんが顔を出した。
ツカツカと僕の前までやってくる。
「えっと、その……ご……申し訳……ありませんでした」
立ち上がって、45度でしっかり頭を下げる。
今は、パイロットとして、謝らなければならない。
「直りなさい」
「はい」
「初号機パイロット。碇、シンジ君」
「……はい」
「作戦外行動、規律違反……今すぐ本部に送還して三日間は禁固刑よ」
「ぁ…………」
直立不動の体勢のまま愕然とした。
ミサトさんは、許してくれる。どこかでそう甘く考えていた。
そんな事は……無いか……
「と、言いたい所だけど……反省しているみたいだし、この前は私も事前に相談しなかったし……おあいこにしてあげるわ」
格好を崩すと、頭を掻きながら苦々しい顔をした。
「ミサトさん……!」
「ま、使徒も殲滅できたしね〜……ただし、お互い次はないわよ。いいわね?」
「……はい」
「じゃ、さっさと行くわよ」
「……行くって?」
「決まってるでしょ〜? お、ん、せ、んよぉ〜! ほら、きびきび歩く!」
「わっ、押さないでよミサトさん!」
「ほらほら! 温泉は逃げなくとも、時間は逃げるのよ〜!」
「わ、分かった! 分かったからぁ!」
廊下を駆けるように抜けた。
シャワーを浴びてぐったりとしたアスカを載せた車は、比較的優しいミサトさんの運転で走り出す。
◇
車で寝たからか、元気を取り戻したアスカはロビーから部屋まではしゃぎっぱなしだ。
疲れていたから、ミサトを連れて、さっさと温泉へ向かってしまう姿を見送って、一休みしてから向かおうと考えていた時だった。
リリリリ……と部屋の電話が鳴る。
「はい」
「お客様。お届け物がございますので、ロビーまでお越しください」
「……分かりました」
今はNERVの貸し切りよ〜! とさっき上機嫌のミサトさんが言っていたし、間違いなくNERV宛の荷物には違いない。
一泊の予定だけど、アスカが服でも送ったのかな……?
いや、でも、そんな暇あったのかなぁ。
そう思いながら対面した箱を開けると……
「グワワワワッ!!」
「うわ!?」
タオルと保冷剤が敷き詰められたクール便から、ペン2と書かれたホルダーを下げた首輪をしたペンギンが飛び出した。
「なんだ、ペンペンか……」
「クワっ!」
潤んだ目を見開き、何かを主張する。
まぁ、ペンペンが求めるものは……
「お風呂なら、そこを曲がって右だよ」
「クワワッ!!」
ぺしぺしと足をヒレで叩かれる。
「あはは、いくらペンペンでも、分かんないか……」
仕方ない。と、ロビーでタオルを貰って、ペンペンを連れて温泉へ向かった。
◇
「はぁ〜……」
周囲の大自然の気配と、立ち登る湯気。
鉱水の匂いに、息が抜けた。
何にせよ、上手く終わって良かった……
夕日が優しく辺りを照らしている。
「クワ〜……ク〜ワっ……クワァ……」
ペンペンが立てる水音も、今は心地いい。
脱衣所で逡巡していた時間が無意味に思える程、温泉を楽しめていた。
不快感は無く、むしろ暖かい。
冷たかった底に、少しずつアスカの純粋な暖かさが堆積していた。知らぬ間に、心から信頼したいと思えるようになっている。
黒いタールは消えて。
今はアスカが、僕の中にいる。
暖かい手に涙が出そうになるのは、それを自覚したからだった。
そんな感情で浸かる事に、我ながら長風呂を予感していた……
◇
アスカは話題が無くなると、初めて目撃したミサトの胸の傷に、目線が吸われていた。
「あぁ、これね? セカンドインパクトの時、ちょっちね」
「……ミサトも、思い出したくないのね」
「ま、そうね〜……」
「……シンジも、左手首を気にするのよ」
「…………」
ミサトは険しい顔になった。
その実、〝なぜ碇シンジが大人びているのか〟と、思考した事が無かったからだ。
一度気になって調べたが……結局、何の問題も起こさない、気弱な男子という結果しか得られなかった。
何か、あったのだろう。という同情で記憶の隅に置いたのは、保身の為だった。
それが眼前に躍り出ている。
「ファーストも、そうなのかな……」
「レイ……か……」
葛城ミサトは、しかし、そう考えるのが妥当だと感じていた。
「そうかも、知れないわね」
「…………」
「…………」
二人は、それぞれ言語化不能な思いを飲み込み、夕陽を眺めていた。
◇
夜。
案内された客室の間取りの一つ。山を一望する、観望用の小部屋の中で、ぼうっと景色を見ながら音楽を聞いていた。
すると、障子をスラリと開けて浴衣姿のアスカが現れる。
見ていると、椅子をずらして来て隣に座った。
「なにしてんの?」
「別になにも。ただ、眠くないから……」
「ふ〜ん……」
手元のウォークマンを見つめるばかりのアスカ。
「聞く?」
「いい」
ふい、と外を向いてしまう。
何となく此処に来たのかな……?
仕方なくそっとすると、しばらくして、口を開いた。
「ねぇ、シンジ……アレ、どうやってやったの?」
「あれ……?」
「使徒を殲滅したやつ。あんなの、私も知らないのに……」
両耳からイヤホンを外して、考える。
「何となく……分かった事があるんだ」
「……なに?」
アスカの声音は硬い。
「ATフィールドは、エヴァの心……意思の力、みたいなもの……なんだと思うんだ」
「兵器に心なんて」
アスカは口をつぐんだ。
でも、確かに、目の前で使徒は崩壊した。
「最初、エヴァが見てくれているような気がしたんだ。暖かいような……今は、何か分かるよ。エヴァにも、心がある」
「……そんな……わけ……」
「……弐号機は、分からない。正式タイプだから、そんな不確定要素は無いのかもしれない。でも、確かに……初号機は優しくて、綾波に似ているんだ」
「……狡いわよ。そんなの」
アスカは悲しそうな顔をしていた。
「ばか」
軽く肩に拳を触れさせると、俯いてしまう。
「はぁ〜、自信なくなるわね。ホント」
椅子の上で足を寄せて、体育座りをするアスカ。頭を埋めて、いつかの落ち込む姿勢に入っていた。
「アスカ……アスカは今でも充分強いよ。僕がD型装備だったら、きっとやられてる」
「……うるさい。シンジにはATフィールドがあるでしょ……」
「それは……」
「…………」
「アスカを守らなきゃ、って、必死だったから……」
「…………」
「その……僕も、よく分かってないんだ」
「……じゃあ、エヴァの心ってなんなの?」
「それも何となく、ってだけで……」
「シンジのくせに、頼りないわね」
顔を上げると、じとっとした視線を向けられる。
「ごめん……」
申し訳ないと思いつつも、頭を掻いた。
頼りないと言われても、すぐに変わるなんて無理だ。
「良いの。分かってる」
アスカは嘆息しつつ頭を振って足を解くと、僕の手を取った。
「ありがとう。シンジ。来てくれて嬉しかったわ」
頬を染めながら恥ずかしそうに、笑ってそう言われると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「うん……アスカが無事で、良かった」
アスカは潤んだ瞳を揺らすと、立ち上がって、しなだれかかるように僕の頭を抱いた。
「自信もってよね。もう……」
「…………」
柔らかくて、甘い……自信を持って、なんて言われて……顔が熱い。火が出るみたいだ……。
湧く邪念を振り払うので、精一杯だった。
解放されると、指でついっと顎を上げらる。
そこには、青い月の光を受けて黒く輝く髪の中で、白い肌に月のように浮かぶ青い瞳。それがゆっくりと閉じて、近づいてきていて……
柔らかい感触を残した。
「これは……狡いよ」
思わず口を尖らせると、アスカは悪戯っぽく笑った。
「嫌じゃないでしょ?」
「そうだけど……」
その表情を直視できなくなって、横を向いた。
嫌じゃない。嫌じゃないけど……。
生成された熱量は、どうすればいいんだ。
ちょっとムッとして、立ち上がると、アスカの顔を正面から見据える。
少し驚いた様子のアスカに、仕返しをしようとして、その甘く香る頬にそのまま触れた。
「……ばか」
目を逸らされる。
その様子に溜飲が降りて、張り詰めていた息が漏れ出た。
「……じゃあ、僕はもう寝ようかな」
「……もう?」
「う、うん、疲れちゃって……」
正確には気疲れだった。浴衣の端を摘んで、残念そうな顔をするアスカは、自分にどんな破壊力があるか、きっと自覚していないんだ。
「仕方ないわね……」
その声に頷いて、障子を開けると……腕を組んで静かに佇む、ジト目のミサトさんが居て……
「……結構だけど、避妊はしなさいよ」
「「そ、そもそもしない(わ)よ!!」」
「ならいいんだけど……」
疲れたようにため息をついた。
次回 「静止した闇の中で。」