もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。 作:煮魚( )
後半が書き上がっていないので、今しばらくお時間を頂きます。
すみません。
NERV本部 技術部長執務室。
「そんなに仕事ばかりで、疲れないかい? りっちゃん」
部屋にふと、現れた。
ニヤケ顔の男に赤城リツコはため息を吐く。
「今度は何を企むのかしら。諜報部特務課長さん?」
「何も企んじゃいないさ。ただ、ちょっとばかし興味があるだけでね……」
デスクを撫でるように触ると、存在を無視して動くマウスをその手で抑えた。
「ミサトが怒るわよ」
「つれないなぁ。ま、それでもいいさ」
「……いい加減、話したら?」
赤城リツコは画面から目を離し、その男を見据えた。
「バレバレか……ATフィールドの事さ」
男は手を離し、それを頭の横を通して所在なさげに垂れ下げる。
「それが?」
「触れずに使徒を圧壊させるってのは、知っていたのかい?」
「どこでそれを……」
「皆んな噂してるさ。機密ってのは隠そうとすると、広まるからな」
「……そうね」
「お見通しか」
「いえ」
「へぇ……赤城博士も、知らない事があるとはね」
その顔を、赤城リツコは睨む。
「おおっと、心配しなくてもいいさ。今回はもうコーヒーを淹れてあるんだ」
事もなげにウインクをしてみせる加持リョウジ。
「……呆れた。後で警備班が泣くわね」
「だろうな」
加持リョウジは、感情を失うように、その顔から表情を落とすと口を開く。
「……第三の少年が相転移空間──使徒と同様のATフィールドを展開したのは、理由があるんだろう?」
「聞いて、どうするつもり?」
「どうもしないさ。ちょっと気になるだけでね……気になるだろう? チルドレンの事は」
「そう、ね……」
「第三の少年に続いて、全員が変わり始めている。誰も予測できないだろう」
「…………」
「いいのかい? りっちゃん」
「……答えを用意できると?」
「さぁ? 聞いてみないと、分からないな」
そして、またニヤリと微笑む。
「あんまり遊んでると、火傷するわよ」
赤城リツコの表情は変わらなかった。
「人生には、息抜きが必要だろう?」
しかし、息を深く吐くと、語り始めた。
「……ATフィールドは、ほぼ未知の領域にある。ATフィールドでしか中和出来ない──という事すら、当初は推論だったのよ」
「いやはや、まさか、本当に分からないとは……」
「全くの未知ではなくってよ? 感情に反応していると、本人が証言したわ」
「そんな曖昧な……冗談だろう?」
「数字上のデータから精神的な動向を推察するのは不可能よ。シンクロ……精神と直結した制御手段では、パイロットの証言が最も重要なの。お分かりかしら」
「つまり、まるっきりシンジ君に頼るしか無いわけか。エヴァンゲリオンというのは」
「そうね。展開時のデータサンプルが複数あれば、また違うのだけれど……」
「実験では展開しないわけか……知ってか知らずか、末恐ろしいな。シンジ君は」
「時間の問題よ。戦力が向上している以上、使わざるを得ない」
「碇司令か……凍結の危険もあったと?」
「……口が過ぎたようね」
「いや、面白い話を聞かせて貰ったよ。少し調べてみようかな。もちろん、君にもプレゼントを贈るよ」
「どうかしら」
「じゃ、仕事はほどほどにな」
「お互いね……」
立ち去る加持リョウジの背中に、赤城リツコは呟いた。
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「ねぇ、ファーストは不安じゃないの?」
「何が?」
「エヴァに乗ること」
本部へは3人で行く事が多くなったが、綾波とアスカの間に会話は無い。
そもそも、綾波が話すこと自体少ないから不思議では無いけど……
突然、不透明だった綾波のスケジュールが僕らと同じになった事に違和感を覚えていたが、それより驚いた。
それとなく変わる並びの中、たまたま綾波と僕が横に並び、少し前をゆくアスカは綾波に声を掛けている。
しかもエヴァの事で……
そういえば、時間があるから徒歩で行こうと言い出したのもアスカだった。
「どうして?」
「私は、エヴァの為に出来ることをした。なのに、エヴァの事は分からない……貴方もそうでしょ?」
「……目標は使徒の殲滅よ」
「考えない──私にそう言ったのは、アンタよ」
「…………」
「要するに何となく、で兵器を扱ってんのよ。分かってる? シンジは心だと言ったけど……私には分からないッ……」
「……そうね」
「じゃあ、なぜ、エヴァは動くの? 不安にならないワケ?」
「動くなら……問題はないわ」
「もう! 素直じゃないわね! アンタも。思い出したくない事がある、違う?」
不機嫌そうな、しかし困り顔で振り向くアスカにハッとした。アスカにも、僕にもあるように、綾波にあるとしたら……
なぜ、2人目なのか。
それは、消えた1人目の事なのか?
「……知らない」
目を逸らす綾波。
「はぁ……それ、もう、答えじゃない……」
今は、言えない……だけど、あるのは間違いない。
「だから、動くのかな」
「そ、だから聞いたの。はーっ、これで一つスッキリしたわ!」
そう言うアスカの足取りは軽い。
「ホントにさぁ、誰かに似て素直じゃ無いわよね〜。ファーストって」
「誰かって、もしかして僕?」
「他に誰が居んのよ」
「アスカには結構素直だと思うけど……」
「う、うるさい! バカ! 鈍感!!」
「いたっ、痛いって!! どういう事!?」
「もう、シンジはいいの! 私が居るから!」
「え〜……じゃあ、綾波も素直になれってこと?」
「そういう事よ!! レイ!!」
「……なに?」
「素直になりなさいよ!!!!」
「お、怒りながら言わなくても……」
「別に怒ってない!! はぁ。もう、いいわよ……」
「……素直。汚れなき心……まっすぐなこと……なぜ、私に求めるの?」
遅れて思考の海から戻ってきた綾波は、赤い瞳で真っ直ぐにアスカを見つめる。
「素直じゃないからよ」
「でも……誰に?」
「決まってるでしょ」
アスカは僕をちらりと見ると、前を向いて
「自分によ」
そう言った。
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「あら、副司令。おはようございます」
「「おはようございます!」」
技術部、赤城リツコ、伊吹マヤ。司令部、青葉シゲルは早朝の電車で冬月副司令に遭遇した。
電車での遭遇にオペレーター2人は声が少しうわずっていたが、冬月はさして気にした様子でもない。
「あぁ、おはよう」
新聞から目線を外し、ちらりと見やると、すぐに情報の摂取に戻った。
「今日はお早いですね」
赤城リツコは2人分ほどの席を開けて腰掛ける。
「碇の代わりに上の街だよ」
「あぁ、今日は評議会の定例でしたね」
「くだらん仕事だ。碇め昔から雑務はみんな私に押し付けおって……MAGIが居なかったらお手上げだよ」
「そういえば、市議選が近いですよね。上は」
「市議会は形骸に過ぎんよ。ここの市政は事実上MAGIがやっとるんだからな」
「MAGIが……そんな事までしていたんですね」
伊吹マヤは、技術部として自分に任されたMAGIの意外な側面に驚く。
「3系統による多数決。キチンと民主主義の基本に則ったシステムだ」
「議会はその決定に従うだけですか」
「最も無駄の少ない効率的な政治だよ」
「流石は科学の街。まさに科学万能の時代ですね」
「……そういえば、零号機の実験だったかな。そっちは」
冬月は赤城リツコに話を振った。
「ええ、本日10:30より第2次稼働延長試験の予定です」
「朗報を期待しとるよ」
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NERV本部 零号機実験ケイジ瑞設モニター室内。
第二次稼働延長試験中。
「実験中断! 回路を切って!」
赤城リツコは声を張り上げた。
モニターには緊急事態を知らせる警告が表示されている。
『回路切り替え』
『電源、回復します』
実験ケイジ内の照明が回復し、モニターには結果が表示されていた。
「……問題はやはりここね」
「はい。変換効率が理論値より0.008も低いのが気になります」
「ギリギリ計測誤差の範囲内ですが……どうしますか?」
「もう一度同じ設定で、相互変換を0.01だけ下げてやってみましょ」
「了解」
「では、再起動実験を始めるわよ」
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同時刻 NERV本部。
司令塔直結エレベーター前。
「おーい! ちょっと待ってくれ〜」
ミサトを驚かせようと悠々と近づいていた加持は、予想より早いエレベーターの到着に走り出した。
「……はぁ……はぁ。いやぁ、助かった」
開いているエレベーターの扉の前で、減速する加持。
「今日は優しいじゃないか。これは、期待してもいいのかな……?」
男は入るなり、肩に伸ばした手を払い除けられる。
「いい訳ないでしょ……エレベーターくらい、誰でも開けるわよ」
「どうかな」
「誰にでもそうやって……」
「君にだけさ」
「リツコから聞いてるわよ」
「は……はは、参ったな。こりゃ」
「まったく……」
暫く、無言のまま階数を見上げる2人。
「……あら?」
「停電か?」
「まっさか〜、あり得ないわ」
ミサトは笑ったが、エレベーターは非常灯の仄暗い光に包まれる。
「……変ね。事故かしら」
「赤城が実験でもミスったのかな?」
◇
「主電源ストップ! 電圧0です」
「わ……私じゃないわよ?」
赤城リツコは、スタートボタンに手をかけたまま、固まっていた。
◇
「でもま、すぐに予備電源に切り替わるわよ」
「……どうだろうな」
◇
NERV本部 司令塔
同時刻
「ダメです! 予備回線繋がりません」
対応に追われる青葉シゲルは、冬月副司令に縋るように報告した。
「バカな……! 生き残っている回線は?」
「全部で1.2%。2567番からの旧回線だけです!」
「生き残っている電源は全て、MAGIとセントラルドグマの維持に回せ!」
「全館の生命維持に支障が生じますが……」
「構わん! 最優先だ!」
◇
NERV専用連絡通路 ゲート前。
「……あれ?」
カードキーを通しても、反応がない。
「…………?」
隣のゲートでも、綾波がカードを眺めている。
「もう! 壊れてんじゃないの、これ!!」
反対側では、アスカが叫んでいた……
◇
「……タダごとじゃ無いわ」
非常連絡用のボタンを連打しながら、焦りを滲ませるミサト。
「ここの電源は?」
「正、副、予備の3系統。それが同時に落ちるなんて、考えられないわ」
「となると……落ちたというより、落とされたってカンジだな」
「なんであれ、この状況で使徒の攻撃でもあったら……最悪よ」
ミサトはあらゆる手を尽くしたが、力なく受話器を戻した。
「……ダメね。非常用回線も繋がらない」
「ま、ジタバタしても仕方ないさ」
「はぁ……そうねぇ……」
項垂れるミサトに、壁に寄りかかりながら加持は声をかける。
「ウチで……子供たちの様子は、変わりないかい?」
「何よ、こんな時に」
「だからこそさ。焦っても、仕方ないだろう?」
「……別に、普通よ。問題は何もないわ」
「そうか……年頃の子供2人に普通、かぁ。昔の君からは、想像もできないな」
「なによ……文句でもある?」
「いや……ただ、どう折り合いを付けているのかな。と思ってね。俺だって、惣流と上手く付き合えている気はしないさ」
「アンタが……? けっこう懐いてたじゃない?」
「いや……あれは上辺だけだよ。それくらいは分かるつもりでいるが……意外だったかな?」
「意外も何も……アンタが嫌われてる所なんて、見たことないわよ」
「……嫌われないだけさ」
「そうねぇ……私も、陰でどう言われてるか、分からないものね」
「へぇ、とてもそうは見えないが……」
「……最近、分からなくなるの。シンジ君も、打ち解けて来たと思うわ。でも……」
「…………」
「…………」
「でも、なんだい……?」
ミサトは胡乱に男を見やったが、頭を振ると、言葉を発した。
「これは私の問題よ。貴方に話すような事じゃないわ」
「碇、シンジ君の過去か。本当に、彼に何があったんだろうな……」
「どうしてそれを……!」
「気になって調べたのさ。彼の中学校に、外部から介入の形跡があった」
「介入……どうして?」
「イジメだよ。それを扇動した何者かがいる。そして、彼は浴槽で自殺未遂を計った……」
「ッ……」
「俺は恐らく、NERVだと考えている」
「そんな訳が!!」
「綾波レイ。彼女はどうだろうな」
「ある……わけ……」
「惣流、アスカ、ラングレー。彼女でさえ、呪われた過去がある」
「…………」
「運命を仕組まれた子供たち。君が違和感を感じるのは、仕方のない事だと思うよ」
「碇司令は……彼らをどうするつもりなの?」
ミサトは『こんな時だからこそ』という、加持の言葉に意味を感じ始めていた。あらゆるMAGIの端末が停止した今、だからこそなのだ。
「エヴァへの……依存……だろうな。都合よく使うための」
「そんな……! 実の親子なのよ!?」
「碇司令がどう思うかは、分からないだろう?」
「許せないッ……!!」
「おいおい。まだ決まった訳じゃない。だからこそ、避けているかも知れないだろ?」
「……どういうこと?」
「赤城は精神による直接制御だと言っていた。そして、チルドレン。依存が鍵だとは……思わないか?」
「全て、エヴァの為だって……言うの……」
「だから聞いたんだよ。葛城。変わりは無いか? とね……シンジ君は打ち解けている。そうだろう?」
「……ええ」
「変わり始めて、いるんじゃないのか?」
「……分からないの……私には……」
「……どうして?」
「アスカとシンジ君は、確かに変わった。今はよく笑って、通じ合っていると思う。でも、私は……疑って、しまうのよ」
「…………」
「変わらないのは……私だわ。だから、分からない……」
「葛城……君は変わったさ。君が気付かないだけで」
「加持君……」
「優しくなっただろう? 俺はそう思う」
「もう……こんな時だからって、口説くなんて。信じれない」
「自分の気持ちには、嘘を吐きたくないからな」
「はいはい……」
「ま……でも、ありがとう。礼は、言っておくわ」
「どういたしまして」
「……ふん」
虚空を見つめ、思考を巡らせるミサトは、加持の慈しむような瞳に気付く事はなかった。
次回 「静止した闇の中で。(後編)」