もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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 諸事情により遅れてしまい申し訳ありません。

 色々あり1ヶ月休みだったので、投稿スピードが維持できて居ましたが、再開し、それも難しくなってしまいました。

 なので、失踪防止も兼ねて小説詳細欄に次話の完成率を掲示致しますので、投稿の目安にして頂けると幸いです。

 今回は1万文字です。






第拾漆話 奇跡の価値は。(後編)

「や、偶然だねぇ。りっちゃん?」

 

「こんな偶然があるもんですか……」

 

 NERV本部。連絡通路。

 

 赤城リツコは、壁に体重を預ける私服姿の男に呆れていた。

 

「いったい、今度は何?」

 

「サプライズパーティさ」

 

「……?」

 

「葛城の家で、これから。どうだい? 君も一緒に」

 

「……なんのつもり?」

 

「君がどんな想像をしているのか……とても興味はあるが、教えてはくれないんだろう?」

 

 赤城リツコは、以前、司令との関係があることやチルドレンについて滑らせた事を歯噛みした。

 

 自分だって隠しているだろう?

 

 深い意図まで加持が明かさなくとも、もはや仕方のない事だった。

 

「……そうね」

 

「当ててみようか。特に、サードチルドレンの様子は確認したいんじゃないのかな」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

「精神の管理は重要だろう? E計画担当者の赤城博士としては」

 

 加持リョウジという男が、E計画の表面的な部分を言っているようには思えず、言葉を詰まらせる。

 

「…………」

 

「一度、見てみるといい。彼の精神は予想よりも遥かに彩りに溢れているよ。いや、希望……というのかな。あれは」

 

「プレゼントは、それかしら?」

 

「あれ? 今日はやけに積極的じゃないか」

 

「……茶化さないで」

 

「先はデートでもしながら。どうかな?」

 

「付き合うわ」

 

 ◇

 

 NERV本部直通カーレイン、一般道出口

 

 走行中。

 

 同車内。

 

『ダメじゃない。ミサトさんは……ミサトさんだよ。気にしなくて良いんだ。自分の立場なんて……』

 

 音声記録が途切れると、車内は静寂に包まれた。

 

 暫くの後。

 

「…………」

 

「こんな葛城は……初めて知ったよ」

 

 加持は、自分にセカンドインパクトの事を打ち明けた時、忘れよう。仕方ない。と流した事を思い出していた。

 

 自分が涙したら、葛城も泣いたろうか?

 

「嫉妬?」

 

「そんな訳ないさ。彼はまだ14だぞ?」

 

「彼に執着しているのは、あなたではなくって?」

 

「かも……知れないな。人を疑いもしない彼は……とても興味深い」

 

「それが彼の……処世術なんでしょう」

 

「彼は装っていない」

 

「それは……」

 

「事実だ」

 

 赤城リツコは、諜報部としての加持を信頼していた。先の妨害工作の後始末など、恐ろしい程の速さだった……まるで、事前に知っていたかのような。

 

 同時に自分の予想を遥かに超えた変化をしている事を悟った。

 

 人を疑わない。どのような要因で、何があればそう変化するのだろう? 初めから温室で育った人間なら或いは……しかし、彼は少なくとも〝そういう〟人間ではない。

 

「介入……なんだったのか、知っているのでしょう?」

 

 心当たりがあるとしたら、それだった。

 

「おいおい……本気か?」

 

「……?」

 

「NERVというのは、どうも秘密主義らしいな」

 

「……そのようね」

 

 再び、静寂に包まれる車内。

 

「イジメを扇動した奴がいる。彼は浴槽で自殺未遂……それが全てだ」

 

 より結果から乖離した原因に、赤城リツコは困惑した。

 

 ありえない。

 

 それが、今の正直な所感だった。

 

「碇司令は……何を考えている?」

 

「分からない……私には……」

 

 知らないシナリオがある。

 

 処分されず変異する二人目。しかもコア化した一人目とのシンクロ数値は上がり続けている……理由の分からない介入に、予測不能な変化を見せるサードチルドレン。

 

 私は……全てを知らない。

 

 それは過去を否定されるようで、現在の仕事の意味を失う事でもあった。碇ゲンドウは、全てだったのだ。

 

「大人も子供も関係ない……か」

 

 加持は、珍しく感情を見せる赤城リツコに驚く。怯えて伏せられた瞳を……

 

「案外、碇司令も後悔しているのかもな」

 

「何を……?」

 

「人に頼ることを」

 

 静寂は全てを内包し、そこに存在した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よっ、遅くなった」

 

 玄関先には、そう言って片腕をあげる軽装の男が立っていた。

 

「あぁ、加持さん……と、赤城博士……」

 

 その横には──私的な付き合いは今まで一切無かった赤城博士が、どうしてかその瞳に憂鬱そうな光を湛えて見下ろしている。

 

「帰りが一緒になってね。俺が誘ったんだ」

 

「お邪魔かしら?」

 

「そんな。皆んな喜ぶと思います。ケンスケとか、エヴァの事が好きで良く聞いてくるし……」

 

「……貴方は……そうやって笑うのね」

 

「え……?」

 

「……忘れて頂戴」

 

 そう言って中に入る赤城博士は、どう見ても普段の様子と違っていた。

 

「赤城博士……何かあったんですか?」

 

「そう、少しな……多分。個人的な事だろう。そっとして置いてくれないか?」

 

 困ったように笑う加持さん。しかしそれはやはり、どこか表面的に見えた。

 

「僕が何か、失礼だったり……?」

 

「そんな事はない。大人を相手にシンジ君は良くやってるさ……人に嫌われないってのは、案外難しい事なんだ」

 

 加持さんは右手を左手で揉むと、元のようにだらしなく垂らした。

 

 その笑顔が寂しそうに見える。

 

「……でも、気になります。どうして赤城博士が、僕に怒っているのか……」

 

「怒っている……? どうして、そう思うんだい?」

 

「2体目……第4の使徒の後から、ずっと……睨むみたいに見るんです。気のせいかも知れないけど……でも……」

 

「怒っている……か……」

 

 加持は困惑した。自分に必要の無い非効率的な、人付き合いそのものを嫌う、冷徹な女医……それが、赤城リツコという女性だった。

 

 全てを理論的に俯瞰し、予測、行動、記録を違えない──分野のプロフェッショナル。

 

 感情。ましてや、怒りという激しいそれを14歳の少年である彼に抱く道理は無い。

 

「しかし、何もしていないんだろう?」

 

「……はい」

 

「あまり気にするなよ。寂しいが、そういう運命にある人だって、時にはいるものさ」

 

 運命。時に加持さんが口にする言葉。

 

 アスカが縋った言葉。

 

 僕が嫌いな言葉……

 

 人の感情は、本能や状況で簡単に変わってしまう。ミサトさんや、アスカ、トウジに、ケンスケ……最近は、普段接していて……それが分かる。

 

 僕でさえも……

 

 運命なんか、存在しないんだ。

 

「リツコさんは嫌がるかも知れないけど……でも、運命なんて……そんなの、寂しいじゃないですか」

 

「人間は、心が寂しがりだからな……しかし、慰め合えない……そんな運命にある人間もいるんだ。それこそ、年齢とかな」

 

「どうして、それが運命なんですか?」

 

「どうして……ってなぁ……」

 

 加持さんと自分の間に、火花が散るようだった。もはや無表情で、お互いに見つめ合っている。

 

「どうして、信じていられる?」

 

「何をですか?」

 

「自分をさ。自分ほど……信用ならない奴はいないよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「加持さんの事、きっと、皆んなもカッコいいと思ってます。アスカも、良く話すし……」

 

「それだよ……自分の事はどう思っているか。考えないのか?」

 

「いいんです。本当はアスカに嫌われてても、本当はミサトさんが家族だと思っていなくても、本当は皆んなに憎まれていても……」

 

「なに……? ならば……なぜ……どうして……君は……」

 

「僕が、信じたいんです。そんな風に、我儘でいいって。アスカが教えてくれたから……」

 

 加持リョウジは恐らく無意識に彼の右手が左手首をさする様子を、その暗い瞳に映していた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「シンジ君。全く、君は……カッコいいな」

 

「……?」

 

「忘れてくれ」

 

 いきなりそう言われて、気恥ずかしさで言葉に詰まると……加持さんはぐしゃりと頭を乱暴に撫でて、奥に消えていった。

 

 にやりと笑った顔は崩れそうで、きっとそれは──初めて見る、加持さんの表情だった。

 

 ◇

 

 同日。

 

 市内一般車道上。

 

 走行中、NERV専用特務仕様車内。

 

「どうだ? 3番目の少年は」

 

 走り出して少し経ち、加持はおもむろに切り出した。

 

「田舎の……おばあちゃんの家を思い出したわ」

 

「はは、そうだな。おばあちゃんか……確かに。そんなゆとりがある」

 

「…………」

 

「…………」

 

「何が……彼を変えたんだろうな」

 

「意味不明ね……まったく……」

 

 しかし。その声音にトゲはなく、諦めに近い何かを含んでいる。

 

「それで、いいのか?」

 

「パイロットが任務に従順であれば、E計画責任者としてはね」

 

「らしくないな」

 

「……過程のデータが無い以上、考えるだけムダよ」

 

「シンクロへの影響の方さ」

 

「あなた……どこまで知っているの?」

 

「さぁ? それとも、君が答え合わせをしてくれるのかな」

 

「……それも、良いかも知れないわね」

 

「……本気か?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……シンクロの仕組みは分からないのよ。彼が変化した結果は観測出来ても、過程が未解明なように……」

 

 加持リョウジは内心、多少は驚いていた。

 

 依存がカギではないか? という仮説も、E計画担当である赤城リツコがNERVの関与を知らない時点で否定される。

 

 しかしATフィールド同様に、未知のシステムを兵器運用しているとは思っていなかったのだ。

 

「だが……このまま上昇を続けると……」

 

 加持は語らない。

 

 先に何があるか知らずとも、赤城リツコがチルドレンの不明な変化を嫌う事、そしてシンクロ率が上昇している事を鑑みれば明白の理であった。

 

「そう……ダミーシステムの開発は急務でしょうね」

 

 ダミーシステムが必要になる事態。

 

 つまり、パイロットに問題が発生する事を意味している。

 

 シンクロ……ATフィールド……そしてパイロットに影響を与えるエヴァンゲリオン。ただ単に〝ダミー〟を生成出来るとは、とても考えられなかった。

 

 インパクトの根源──使徒に対抗しうる唯一の兵器。

 

 その謎が深まる事に、加持リョウジはセカンドインパクトとの関わりを疑わざるを得ない。

 

「ダミーシステムか……」

 

「科学の進歩に、犠牲は付きものよ」

 

 疑念は、確信に変わる。このNERVで、人間を使った実験が行われている……得てしてそれは、使徒との接触実験で使用される材料だった。

 

 セカンドインパクト。使徒。そしてエヴァンゲリオン……明らかな関わりに、加持は目標を新たに定めていた。

 

 

「じゃあ、またね。うん……近いうちに連絡するから」

 

 ノートパソコンでの通話が終了し、ブラックアウトした画面に次いぞ踏み切れなかった話題を零す。

 

「私ね、ときどき自分が分からなくなるわ……母の仇で、レイの親で、計画の立案者……彼を、どう思っているのか」

 

 牙城の上端から少しづつ崩れ、満水に近いそれ──欠けから溢れる澱みを、黒い画面に垂れ流す。

 

 (色々と……ありすぎたわ。殆どの事は時間が解決してしまった……そして、全てを知った気になっていても……まだ、隠しているのね……つくずく……)

 

「……人間は、ロジックでは無いものね」

 

 その壁面を、赤城リツコは乱暴に2つへ折り畳んだ。

 

 賽は投げられた。NERVがシンクロの全容について理解をしていない……制御不能の可能性を残している事を加持リョウジ──もとい日本政府に露呈する行動はNERV存続にすら関わる。

 

 一時の感情……零れたそれによって、余りにも大きな代償を払った己に歯噛みするが、もはや──全て手遅れ。

 

 既に手番は加持リョウジに渡っている。

 

 次の一手を打つのは、私ではない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 元南極、海上。

 

 赤く染まった視界に、潔白の塩の柱が乱立する特異な環境で巨大な構造体を載せた空母は進行していた。

 

 積載物は細長く……所謂、封印が為された状態であり、表面上からは多量の緑々とした布に覆われ、内容を窺い知る事は出来ない。

 

 その艦橋。観測系機の揃う展望デッキに二人の男が佇んでいた。

 

「いかなる生命の存在も許さない、死の世界。南極……いや、地獄というべきかな」

 

「だが我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ」

 

「科学の力で守られているからな」

 

「科学は人の力だよ」

 

「その傲慢が15年前の悲劇、セカンドインパクトをひき起こしたのだ……結果この有様。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。まさに死海そのものだよ」

 

「だが、原罪の穢れなき浄化された世界だ」

 

「俺は罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ……」

 

 対照的な二人は、しかし、祝福を望んではいない。浄化を望み、そして拒絶する彼らは気付きすらせずに、死の槍を運ぶ。

 

 その光景はひどく寒々しく、乾いていた。

 

 

 

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「2分前に突然現れました」

 

 発令所に到着した葛城一尉は、日向マコトから改めて報告を受け、モニターを見つめた。

 

〝第6サーチ、衛星軌道上へ〟

 

〝接触まであと2分〟

 

「目標を映像で補足。主モニターに回します」

 

 青葉シゲルの操作により大画面いっぱいを使い、高高度から落下した水滴の波紋の如き歪な水滴の連結体を模した瞳のオブジェのような、禍々しいフォルムの使徒らしきモノが映し出されていた。

 

 それは地球のはるか上空……宇宙空間に存在し、カメラへ瞳を向けている。

 

「こりゃ……すごい……」

 

「常識を疑うわね……」

 

 日向マコトと葛城一尉の驚きも束の間、青葉シゲルは事態の進展を告げた。

 

「目標と接触します」

 

〝サーチスタート〟

 

〝データ送信、開始します〟

 

〝受信確認〟

 

〝解析開始〟

 

 瞬間、映像は歪み、ひしゃげて崩壊するソーラーパネルを映しながら通信を途絶させた。

 

「ATフィールド!?」

 

「新しい使い方ね……」

 

 遅れて到着した赤城リツコは、力場の発生という、非科学ながらATフィールドの不透明さから予測され得る一つの現象を目の当たりにし、半ば呆然としていた。

 

 体内での陽電子の加速が可能である事は結晶化した使徒の肉体という構造があったが、空間への直接作用はもはやファンタジー。

 

 ATフィールド同士の干渉からコアへダメージを与えた可能性から検証していた第8使徒の戦闘データを、ATフィールドが環境へ直接影響している前提で見直そうと決意していた。

 

 

 作戦部 第2視聴覚室

 

 床面モニターには、円状に引き起こされた津波の様子が映し出されていた。

 

「大した破壊力ね……さっすが、ATフィールド」

 

 使徒の一部が射出され、海上に直撃──それだけで、3メートル程の津波により湾岸部が被害を受けている。

 

 葛城3佐は、呆れるような破壊力を心底嫌った声を発した。

 

「落下のエネルギーをも利用しています。使徒そのものが爆弾みたいなものですね……」

 

「とりあえず、初弾は太平洋に大外れ。で、2時間後の第2射がそこ、後は確実に誤差修正してるわ」

 

 技術部の言葉を受けて、苦々しく眉を顰める。

 

「学習してるって事か……」

 

「N2航空爆雷も、効果ありません」

 

「以後、使徒の消息は不明です」

 

 作戦部、司令部の報告を受けて、顰めた眉はそのままに口元を歪めた。

 

「来るわね。たぶん」

 

「次はここに、本体ごとね」

 

 事実上のトップ2はモニターを見つつ、落胆じみた声を抑えられなかった。

 

「その時は第3芦ノ湖の誕生かしら……?」

 

「富士五湖と一つになって、太平洋と繋がるわ。本部ごとね……」

 

「……碇司令は?」

 

 気を取り直し、葛城3佐は現状把握に努めた。

 

「使徒の放つ、強力なジャミングのため連絡不能です」

 

「マギの判断は?」

 

「全会一致で撤退を推奨しています」

 

「どうするの? 今の責任者はあなたよ」

 

 少し考える素振りを見せて、作戦部、日向と司令部の青葉に向けて指示を飛ばす。

 

「日本政府各省に通達。NERV権限における特別宣言D17、半径50キロ以内の全市民は直ちに避難。松代にはMAGIのバックアップを頼んで」

 

「ここを……放棄するんですか?」

 

 驚いた様子の日向マコトに、しかし、安心させるように目元を緩めていた。

 

「……いいえ。ただ、皆んなで危ない橋を渡ることは無いわ」

 

 そして──葛城ミサトはすぐに、次なる仕事へ向かった。

 

 

 NERV本部、女子トイレ。

 

「やるの? 本気で」

 

「ええ。そうよ」

 

 市内の避難も完了し、残す仕事はパイロットへの作戦通達、実行という段。

 

 赤城リツコに声を掛けられた葛城ミサトは、毅然とした態度で応じた。

 

「あなたの勝手な判断で、エヴァを3体とも捨てる気? 勝算は0.000001%。万に一つも無いのよ」

 

「ゼロでは無いわ」

 

「……葛城3佐!」

 

「現責任者は私です。……やる事は、やっときたいの。使徒殲滅は私の仕事です」

 

「仕事……? 笑わせるわね。自分のためでしょ? あなたの使徒への復讐は」

 

「彼らの為でもあるわ。特にシンジ君は実績も覚悟もある……賭けるには充分すぎる可能性よ」

 

「独りよがりな希望ではなくて?」

 

「暴走……そして、オーナインシステムを御して、ATフィールドを操り、火口にダイブするようなシンジ君が……黙って引き下がると思う?」

 

「…………」

 

「覚悟があるわ。私より……よっぽどね」

 

 ATフィールドの可能性を目の当たりにした赤城リツコは、理論的であるが故に反論を封じられていた。

 

 MAGIシステムには未解明のATフィールドによる作用は予想できない。事実──イレギュラーである碇シンジに賭けるという選択肢は、逃亡より否定されるほど愚かではない。

 

「…………」

 

 作戦通達へ向かう葛城ミサトを見送った。

 

「バカね……私も」

 

 心理学という物の無力さを思い知りながら……

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「えぇーッ!? 手で、受け止める……?」

 

 驚愕するアスカ。

 

 宇宙からの直接攻撃……うまく飲み込めないのは、自分も同じだった。

 

「そう。落下予測地点にエヴァを配置。ATフィールド最大で貴方達が直接。使徒を受け止めるのよ」

 

 そうは言っても、打ち上げたバスケットボールだって取るのは難しい。

 

「使徒がコースを大きく外れたら……?」

 

「その時はアウト」

 

「機体が衝撃に耐えられなかったら?」

 

「その時もアウトね」

 

 アスカの追撃に頭の芯が冷えるようだった。過去の経験から意味がないと思いつつも、聞かざるを得ない。

 

「……勝算は?」

 

「……神のみぞ知る。と言った所かしら」

 

 使徒は生半可な存在ではない。

 

 分かっていても、闘志が揺さぶられる。

 

「これで上手く行ったら、正に奇跡ね」

 

「奇跡ってのは、起こしてこそ初めて価値が出るものよ」

 

「つまり、やってみせろって事?」

 

「すまないけど……他に方法が無いの」

 

「やる気、気合い、根性。はぁ……全く、至って平常運転ね。まさか……NERV本部って毎回こうなの?」

 

 嫌そうな顔をしてこちらを向くアスカ。まさかと言いつつ、明らかに嫌味だった。

 

「ほら、でも、実際なんとかなったし……」

 

 苦笑いを返すと、眉を顰められた。

 

「結果の話はしてないの! 反省の色が見えないのよ!! 普通2択くらいはあるものじゃない!? ねぇ、ミサト!」

 

 なんとなく。ちゃんと考えられているのか? という不安をミサトさんにぶつけているような……そんな風に見えた。

 

「無理を言っているのは承知よ。本当に嫌なら、辞退も出来るわ」

 

「…………」

 

 しかし、アスカは何も言わなかった。

 

 ミサトさんは、葛城3佐だった。

 

「皆んな……いいのね?」

 

 その瞳を、頷きも否定も出来ずにただ見つめ返す。

 

「一応、規則だと遺書を書くことになってるけど……どうする?」

 

 事務的で悲痛な瞳に、思わず口を開いた。

 

「そんな顔しないでよ。ミサトさん」

 

「……そんな顔?」

 

「今までだって、ミサトさんの作戦でなんとかなったんだし……今回だって、きっと上手くいくよ。僕は信じてる……だから、ミサトさんも……信じてよ」

 

「…………」

 

「そうよ! そんなつもり、全く無いわよ!!」

 

「私も、必要ありません」

 

「……貴方達」

 

「…………」

 

「…………」

 

 少し俯いて、顔を上げる。

 

「……すまないわね」

 

 そう言って苦笑いをするミサトさんの頬は、濡れていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「これが、ロスト直前までのデータから算出した、落下予想地点よ」

 

「こ〜んなに範囲が広いの!?」

 

「目標のATフィールドを持ってすれば、そのどこに落ちても本部を根こそぎ抉る事が出来るわ」

 

「ですから、エヴァ3機をこれら3箇所に配置します」

 

 図には、円内で最大の辺と角度を持つ三角形の頂点へそれぞれ3体が配置されていた。

 

 意味ありげに展開された円を見ると、全方位カバーされている様には……見える……?

 

「……この配置の根拠は?」

 

 綾波の質問に、

 

「勘よ」

 

 ミサトさんの呆気らかんとした声。

 

「「勘……」」

 

 思わずアスカとシンクロした。

 

「そう、女の勘」

 

 アスカは小声で呟く。

 

「なんたるアバウト……本当に、大丈夫なの?」

 

 そう言われても……

 

「……なんとかするよ」

 

「そういう事じゃないんだけど……」

 

 呆れつつも、少し安心したのか口元が笑っていた。

 

「ま、いいわ」

 

 どこか、満足そうに。

 

 

 搭乗行動中。

 

 直通エレベーター内。

 

「……ねえ」

 

「……?」

 

「シンジは……怖くないの?」

 

 少し考える。

 

 怖くない。

 

 そう言い切るのは嘘だ。

 

「本当は……ちょっと怖いよ……でも……」

 

「でも……?」

 

「何もしない方が、もっと怖い」

 

「…………」

 

 ほんの少し表情を曇らせるアスカの右手を左手で握る。

 

「大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

 自信を取り戻したように口元を綻ばせるアスカを見て安心していると、右手を何かが包んだ。

 

「…………」

 

 何も言わず、前方の上昇する壁面を見て強く握りなおす綾波。

 

「…………」

 

 その腕を少し引き寄せた。

 

「明日は、みそ汁でも持っていこうか?」

 

「どうして?」

 

「綾波が好きなんだ」

 

「……そうなの?」

 

「いけない?」

 

「なんか……食べないのかと思ってたのよ。この前だって、ピザには手を付けてなかったし?」

 

「……肉、嫌いだから」

 

 確かに、思い返してみると……お弁当から抜かれたのは、野菜や果物がメインだった気がする。

 

 でも、味付けが濃かったり、肉を扱ったフライパンで料理したりした物も食べていたような……

 

 以外と大丈夫なんだ。なんて、深くは考えていなかったけど……

 

 なら、サプリメントの中身は一体……?

 

「レイって意外に、可愛い所もあるんじゃない」

 

「可愛い? ……これが?」

 

「はぁ……もういいわよ……」

 

 アスカのため息は、ケイジと直結したシャフトから吹き荒れる風に、攫われた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「目標! 最大望遠で確認!!」

 

「距離およそ2万5千」

 

 青葉シゲル、日向マコトの報告がほぼ無人の発令所に響く。

 

『おいでなすったわね……エヴァ全機。スタート位置』

 

 その通信を聞いて、クラウチングスタートの格好を取った。

 

『目標は光学計算による弾道計算しか出来ないわ。よって、MAGIが距離1万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して』

 

 少しの間。

 

『貴方達に、全てを賭けるわ』

 

『使徒接近! 距離およそ2万』

 

『……では、作戦開始』

 

 心は既に、決まっていた。

 

「行くよ」

 

 モニターに、それぞれ外部電源をパージする各機が映る。

 

「スタートッ!!」

 

 展開される仮想ガイドに従い、直線を突っ切るルートを全力で疾走した。

 

 流れる市街地、電塔。丘を飛び越え、尚も走る。

 

『距離、1万2千!!』

 

 喪失したガイドの先……赤熱する火球が、視界に入っていた。

 

 間に合わないッ……!!

 

 ビルが倒壊し、地面は泥濘へと変貌していたが、意識は一点にしか無かった。

 

 早く!! 1秒でも早く!!

 

 先へ──

 

「ATフィールド……全……開ッ!!」

 

 雲を破り、激突する寸前の巨大な瞳……グロテスクなそれの真下に、ギリギリで滑り込んだ。

 

「あ゛ッ……ぐぅっ……」

 

 軋む機体。

 

 熱を孕む体からは、あらゆる激痛が骨を貫通し、肉を裂く感覚が与えられる。

 

「うぁッ……ぉおおおおおおお!!」

 

 断裂し、血を吹く両腕へ、更に力を込める。

 

 落とさないッ……何があろうと……

 

 絶対にッ!!

 

「碇君ッ……フィールド、全開!!」

 

 側に到着した零号機が、フィールドの中和を行う。

 

「アスカ……早くッ……」

 

「分かってるッ……ってぇのぉぉおお!!」

 

 飛び込んだアスカが差し込んだナイフは、その瞳孔の奥深くへと吸い込まれていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「碇司令から、通信が入っています」

 

 発令所に帰り、LCLの洗浄など諸々の作業が終わり、制服姿でミサトさんの前に集合した時だった。

 

 青葉さんからそんな報告を受けて、ミサトさんは顔を引き締める。

 

「お繋ぎして」

 

 展開されたSound Only(音声)と表示される仮想モニターに、声を掛けた。

 

「申し訳ありません。私の勝手な判断で初号機を破損してしまいました。責任は全て、私にあります」

 

「構わん。使徒殲滅がエヴァの使命だ。その程度の被害は寧ろ幸運と言えよう」

 

 しかし、応じたのは冬月副司令だった。

 

 残念なような、少し安心したような……

 

「あぁ、よくやってくれた。葛城3佐」

 

 父さん……

 

 遅れて褒めたその声は、間違える筈が無かった。

 

「ありがとうございます」

 

「所で、初号機のパイロットはいるか?」

 

「あ……はい」

 

 予想外の出来事に、少し狼狽える。

 

「話は聞いた……良くやったな。シンジ」

 

「……はい」

 

 その優しげな声は、とても心からの言葉とは思えなくて、そんな自分が憎ましくて、一挙に訪れた矛盾に……

 

 これが音声通信で、本当に良かったと思う。

 

「では葛城3佐、後の処理は任せる」

 

「はい」

 

 しばらく俯いたまま、顔を上げられ無かった。

 

 

 

 

 そこは、野外にひっそりと佇むラーメンの屋台だった。

 

「ラーメン……」

 

 話す気になれなくて、ぼうっとしていた。確かに、今日くらいは外食でもいいか。なんて話をしていた様な気がする……

 

「偶にはいいでしょ? レイも、ラーメンなら食べれるって言うしさ」

 

「私、にんにくラーメン。チャーシュー抜き」

 

「私はフカヒレチャーシュー! 大盛ね!」

 

「ほら、シンちゃんも遠慮しないで」

 

「じゃあ……醤油ラーメンで」

 

 提供された温かな……仄かな磯の香りと塩っけと油を感じるラーメンを、今だけは美味しいと思えなかった。

 

「……どうしたの? 元気ないじゃない?」

 

 その声に顔を上げると、ミサトさんが──アスカまでも、食べるのを辞めて心配そうな顔をしていた。

 

「いえ……ただ……なんでも……」

 

「ない。ワケ無いでしょ? 分かるわよ。それくらい……」

 

「…………」

 

 口を開いて……それが、形を得てしまうのが怖くて……でも、仕方なく、吐き出した。

 

「もう……分からないんだ……父さんのこと」

 

 泣きそうに、でも、笑うしかなくて……口元は、歪に歪んでいた。





次回 「使徒、侵入」




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