もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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13章。

3「その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人々は驚きおそれて、その獣に従い、4 また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」。」

 ヨハネの黙示録‬ 13章 3、4‬節。

 本作品は補完計画の原典を、聖書の中でもヨハネの黙示録としています。

 今回は8千文字です。


第拾玖話 使徒、侵入。(後編)

 NERV本部、発令所。

 

 オートパイロット実験中。

 

「使徒!? 使徒の侵入を許したのか!?」

 

 連絡を受けた冬月は、声を上げて聞き返した。何の予兆も無く、受けた報告には現実味がない。事実だとしたら、使徒の発見、殲滅を担当する作戦部は何をしていたのか?

 

『申し訳ありません』

 

「……言い訳はいい! セントラルドグマを物理閉鎖、シグマユニットと隔離しろ!!」

 

 ほんの数秒悩むが、作戦部に不可能ならば、司令部が行うまで。冬月は、己の知る最悪を回避すべく、既に指示を出していた。

 

「了解、シグマユニット隔離します」

 

 

「ボックスは破棄します! 総員退避!!」

 

〝セントラルドグマを物理閉鎖。シグマユニットと隔離します〟

 

 全館放送が響く中、ミサトは室内に指示を飛ばしている。

 

 パイプどころか、模擬体に直接侵入し、プラグスーツ無しのまま侵食の危険に晒した上、シンクロ中の左腕を爆砕した……実験中止よりも遥かに重い……パイロットは生きて地底湖に脱出したものの、しかし……最悪の可能性に、リツコは様々な考察を走らせながら、ひび割れたガラス壁面を眺める。

 

 それはあらゆる計画を成功させた赤城リツコが、未だかつて体験した事のない……失態だった。

 

「何してんの!! 早く!!」

 

 ミサトはその、崩壊寸前のガラスを前に動かないリツコを掴み、半ば強引に走る。

 

 疾走する廊下では、各区画の自動隔離措置による駆動音に、背後で閉鎖されたモニターボックスに水が侵入する轟音が響いている。

 

 そんな中、リツコだけが、変わらぬ思案顔で虚空を見つめていた……エヴァンゲリオンでの撃破が難しい事を、予感しながら。

 

 

 

 

 発令所。

 

「警報を止めろ! 誤報だ! 検知器のミスだ……委員会と日本政府にはそう伝えろ」

 

 発令所へ、連絡を取っていた司令室から直接、リフトにより登場したゲンドウは落ち着いて手を組みつつ、そう宣言する。

 

「は、はい。警報、停止します」

 

 唐突な司令の命に、若干恐縮しながらも応じる青葉。

 

「汚染区域、更に下降! プリブノーボックスからシグマユニット全域へと広まっています!」

 

 日向の報告に、ゲンドウの耳元へ身を寄せる冬月。

 

「場所がまずいぞ……」

 

「ああ、アダムに近すぎる」

 

 未だ肉体の解析処理中のアダム(幼体)は、深層深くではなく、一つ上──MAGIユニット群付近に保管されていた。

 

「汚染はシグマユニットまでで抑えろ。ジオフロントは犠牲にしても構わん。エヴァは?」

 

「第7ケージにて待機、パイロットを回収次第発進できます」

 

「パイロットを待つ必要はない。すぐ地上へ射出しろ」

 

「えっ……?」

 

 対使徒における命令とは思えず、聞き返す日向マコト。

 

「初号機を最優先だ。そのために他の2機は破棄しても構わん」

 

「初号機を、ですか?」

 

「しかし、エヴァ無しでは使徒を物理的に殲滅できません!」

 

 青葉の補足に、それでも。

 

「その前にエヴァを汚染されたら全て終わりだ……急げ!」

 

 声を太くし、圧を掛ける司令に二人は冷や汗を流した。

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 NERV本部。

 

 MAGI、総合記憶領域ユニット内部。

 

 第3非常用通路。

 

〝シグマユニット以下のセントラルドグマは60秒後に完全閉鎖されます〟

 

 微かに聞こえる館内放送に、しかし、加持リョウジは動じない。

 

(物理汚染……? 侵食型の使徒か……しかし、ここが侵されるなら、NERVは終わりだ)

 

 手元の粗末なノートパソコンには、本来なら厳重に管理されている点検用物理接続専用バックドアシステムから検索される情報群が映し出され、今なお変遷を続けていた。

 

(深いな……)

 

 かれこれ数時間。そろそろ誤魔化しの効く潮時かと思ったが、思わぬ客のお陰で更に潜れそうだった。

 

 世間にとって重大な秘密……セカンドインパクトは、人間と使徒によって引き起こされる事実。

 

 そして、使徒は来る。次のサードは、人類滅亡。NERVの存在意義であり、防衛目標。

 

 人は守らねばならない。使徒を倒さねばならない。その使命によって、団結と報酬と残業が約束される……それこそがNERVであるから、本部勤務の者は、事にエヴァ関係職員は知ることになる。

 

 それはパイロットも例外ではない。

 

 ──謎の大爆発。

 

 もとより、政府も知るその程度の情報を、襲来後に隠す意味が無いのだろう。

 

 しかし……それが……第一使徒アダムによるものであり、襲来は〝第三〟から。第二使徒は不明。更にアダムは爆発の後幼体に還元され、下位組織の筈のNERVがそれを得ようとした事……それらの情報と今の権限は、命と引き換えに手に入れた様なものだ。

 

 薄氷一枚の、それ。

 

 何かが少し違えば、今ごろ死んでいる。

 

 しかし、同時に理解したのは……分からない事を知覚した時には……真実はすぐそこにある、真理。

 

 その一歩を踏み出さずに死ぬのは、贖罪の身の上故に耐え難い苦痛だった。

 

 幸運にも、今回も奇妙な運命に手助けされている……

 

 或いは、踊らされているのか。

 

「これは……」

 

Homunculus(ホムンクルス)

 

 画面に映し出される、一つの計画書。

 

 セカンドインパクトの〝副産物〟

 

 本来の肉体へ回帰する魂の利用──

 

 アヤナミレイ。

 

 不死身のパイロット。

 

 フラスコの中の生物。

 

 肉体の器──生命の、在り処(ありか)

 

 その真相に、加持リョウジは既に踏み入っていた。

 

 

 

 

 NERV本部、発令所。

 

「ほら、ここが純水の境目。酸素の多い所よ」

 

 溶存酸素除去による抗酸化処理のされた純水を保管する巨大水槽には品質維持のため循環、濾過システムが搭載されており、その内部には当然酸素の多い箇所も存在していた。

 

 赤城リツコは、汚染のモニター数値を映し出す画面を示す。

 

「好みがハッキリしてますね……」

 

 伊吹マヤの所感に、リツコも頷いた。

 

 しかし、その隣で水槽内映像モニターを見つめるミサトは水槽内部の浄化装置など知る由もなく……その様子に、青葉は口を開いた。

 

「無菌状態維持のため、オゾンを噴出している所は、汚染されていません」

 

「つまり、酸素に弱いってこと?」

 

「……らしいわね」

 

 

 

 

 

 

 数十分後……

 

「オゾン注入、濃度、増加しています」

 

 作戦部による、水槽内への機構内部のオゾン注入が成功していた。

 

「効いてる効いてる……」

 

 青葉シゲルが思わず口角を上げてしまうほど、実にあっけなく使徒はその総数を減らしている。

 

「0Aと0Bは回復しそうです」

 

「パイプ周り、正常値に戻りました」

 

「やはり……中心部は強いですね」

 

 作戦部、技術部、司令部のオペレーターの報告に、冬月は満足そうに指示を出す。

 

「よし、オゾンを増やせ」

 

 そして、十数秒。

 

「……変ね」

 

 赤城リツコは映像モニターに顔を上げて、そう呟く。オゾン増加量に対して、減少値が少なすぎるからだ。

 

「……あれ、増えてるぞ」

 

 違和感を肯定するように、青葉の報告が一同の不安感を掻き立てた。

 

「変です! 発熱が高まってます」

 

「汚染域、また拡大しています!」

 

「ダメです。まるで効果が無くなりました」

 

「今度は、オゾンをどんどん吸っています」

 

 ドミノ倒しに悪化する続報に、赤城リツコは務めて冷静に告げた。

 

「オゾン止めて」

 

 そして使徒の一部生体を分析した結果を映し出すモニターに張り付き、その刻々と変化する様子に若干目を見開く。

 

「……すごい。進化しているんだわ」

 

 突如、館内に鳴り響くアラーム。

 

「どうしたの!?」

 

 予想外な、新たな攻撃──そうとしか考えられず、葛城ミサトは声を張り上げる。

 

 使徒の余りにも不可解な動きに、気付いた時には手遅れ……そんな予感すらしていた。

 

「サブコンピュータが、ハッキングを受けています! 侵入者不明!」

 

「こんな時に……くそッ。Cモードで対応」

 

「防壁を解凍します。擬似エントリー展開」

 

「擬似エントリーを回避されました。逆探知まで18秒」

 

「防壁を展開」

 

「防壁を突破されました!」

 

「防壁を更に展開します」

 

「こりゃあ人間技じゃないぞ……」

 

 秒単位で行われる報告。明らかに使徒らしいが、確定出来ない状況に──また、コンピュータに詳しくないミサトは指示を出しかねていた。

 

 少しづつその眉根に皺が寄る。

 

「逆探知に成功。この施設内です……B棟の地下……プリブノーボックスです!!」

 

 青葉の叫ぶような報告に、一同は驚きを隠せない。

 

 必死に解決案を考えているが、ミサトの脳内には物理的解決手段しかありはしない。

 

「光学模様が変化しています」

 

「光ってるラインは……電子回路? こりゃあコンピュータそのものだ」

 

「擬似エントリー展開、失敗。妨害されました」

 

 悪化するらしい状況に、ついに限界に達したミサトは一つの指示を出した。

 

「メインケーブルを切断」

 

「ダメです、命令を受け付けません!」

 

「レーザー撃ち込んで!!」

 

「ATフィールド発生、効果なし」

 

 いよいよ打つ手のない状況に、作戦部長として焦燥を覚えざるを得ない。

 

 こんな事になるなら、コンピュータも勉強しておけば良かった……

 

 軍行動におけるプロフェッショナル。そして、人を先導する立場に於いての学習に全てのリソースを割いていた葛城ミサトは、一般教養の域を出ない自分の知識に、初めて後悔を感じていた。

 

「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを捜査中。12桁、16桁、Dワードクリア!」

 

「保安部のメインバンクに、侵入されました!!」

 

「むぅ……」

 

 呆気なく侵入されていく様子に、しかし、物理的ではなく、あくまでも電子的な……コンピュータ同士のやり取りとしての侵食に、冬月は唸る。

 

「メインバンクを読んでいます。解除できません!」

 

「……奴の目的は、なんだ?」

 

 その呟きは、ゲンドウの感じている不安を煽るのに充分だった。

 

「メインバスを探っています……この、コードは! やばい……」

 

「MAGIに侵入するつもりです!!」

 

 青葉の悲鳴のような報告に、碇ゲンドウはほぼ反射的に反応していた。

 

「IOシステムをダウンしろ」

 

 IOシステム。MAGIの重要な機能の一つ──あらゆる領域との接点……それを切断し、仮想人格のみ独立させるという指示に、青葉と日向はそれぞれ緊急用のキーを取り出す。

 

「ッ……カウント、どうぞ!」

 

「3、2、1、0!!」

 

 同時に解錠されたが──

 

「……電源が切れません!!」

 

「使徒、更に侵入! メルキオールに接触しました!」

 

〝MAGIシステムに侵入者。プラスA。レベル5。MAGIシステムに……〟

 

「ダメです! 使徒に乗っ取られます!!」

 

「メルキオール、使徒にリプログラムされました」

 

〝人工知能メルキオール、自立自爆が提訴されました……否決。否決。否決……〟

 

「今度はメルキオールが、バルタザールに侵入しています!」

 

「くそッ……はやい!!」

 

「なんて計算速度だッ……」

 

 オペレーターの判断の域を出ない──静観していた赤城リツコは、ハードウェアシステムを拒絶され、瞬時に悪化してゆく状況に、数秒の間思考停止に陥っていた。

 

 瞬間、経験から閃きにも似た天啓を受けてソフト面からの対策を絞り出す。

 

「……ロジックモードを変更! Cプロコードを15秒単位にして!!」

 

「「了解!!」」

 

 使徒の攻略が唐突に鈍化した様子がモニターされ、冬月のため息が発令所に響く。

 

「……はぁ。どのくらい持ちそうだ……?」

 

「今までのスピードから見て、2時間くらいは」

 

 青葉の報告に、ひとまずの猶予がある事に、場の雰囲気は一度に緩んでしまう。

 

「MAGIが……敵に回るとはな」

 

 そう独りごちるゲンドウの声音には、焦りが滲んでいた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 作戦部 第3作戦室。

 

 ローカルマシンのみで集められた印刷物等の資料が机に載り、作戦部、技術部、司令部の責任者からオペレーターまでが集合していた。

 

「彼らはマイクロマシン、細菌サイズの使徒と考えられます。その個体が集まって群れを作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで、爆発的な進化を遂げています」

 

「……進化か」

 

「はい。彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処するシステムを模索しています」

 

「正に……生物が生きるためのシステム、そのものだな……」

 

 赤城リツコの報告に、感心したように声を漏らす冬月。

 

「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対して有効な手段は……死なば諸共。MAGIと心中して貰うしかないわ」

 

 時は満ちたと言わんばかりに、その硬い眉根を隠しもせずに……葛城ミサトは静かで力強い宣言をする。

 

 それは、自爆させる事を意味していた。

 

 ここに打つ手が無い以上、また、新たな可能性が無い以上は、作戦上最も有効に見えるのは撤退。

 

「MAGIシステムの物理的消去を提案します」

 

「消去……? MAGIを切り捨てる事は本部の破棄と同義なのよ!?」

 

 そんな事は分かっている。もとより、本部の全てを棄てての撤退案……今回の使徒はエヴァで倒せないイレギュラーである以上、どんな手も使われるべきだと考えていた。

 

「では、作戦部から正式に要請します」

 

「拒否します。技術部が解決すべき問題です」

 

「なに意地張ってんのよ!」

 

「……私のミスから始まった事なのよ」

 

「……だからって……問題まで背負い込む必要はないでしょ……? 今、重要なのは原因じゃない。違う?」

 

 少なからず……感情的に話の焦点を違えていた事をリツコは又も後悔し、その瞳孔を資料の端に逸らした。

 

 第10使徒とは話が違う。侵食型。ATフィールドを解いた後、爆破からものの数分でサードインパクトを引き起こすだろう……

 

 撤退は解決にならない。

 

 葛城ミサトは、ここがどんな場所か、知りもしない。

 

 そんな事を思考してしまう程度に、今は。

 

 余裕がない。

 

 侵食は進行している。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……使徒が進化を続けるなら、勝算はあります」

 

 その視線をゲンドウへ貼り付け、光を灯す。

 

「……進化の促進かね?」

 

「はい」

 

 応えた冬月に少し目を配り、最高位の二人が同じ資料を見ている事を確認した。

 

「進化の執着地点は自滅……死そのものだ」

 

「ならば、進化をこちらで促進させてやれば良いわけか」

 

「使徒が死の効率的な回避を考えれば、MAGIとの共生を選択するかも知れません」

 

「でも……どうやって……」

 

 日向の呟き。こちらを見やるゲンドウを察して、口を開いた。

 

「目標がコンピュータそのものなら、カスパーを使徒に直結。逆ハックを仕掛けて自滅促進プログラムを送り込む事が出来ます。が……」

 

 言い淀んでしまったデメリットを、伊吹が引き継ぐ。

 

「同時に、使徒に対しても防壁を解放することになります」

 

「カスパーが早いか、使徒が早いか……勝負だな」

 

「……はい」

 

 少し茶化すような……その、承認の言葉を口にしない……知っている任せ方に、赤城リツコは言い知れない心地よさを感じていた。

 

 だが……それはすぐに熱を失い、冷たい雫となって底へ滴る。

 

「そのプログラム……間に合うんでしょうね?」

 

「約束は守るわ」

 

 熱を噛み締めるように、拳が握られていた。

 

 今、立ち向かう必要があるから。

 

 ……パイロットの、ように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発令所。

 

〝R警報発令、R警報発令。NERV本部に緊急事態発生。D級勤務者は退避して下さい〟

 

 響き渡る全館放送……

 

 そんな中、MAGIの本体とも言える仮想人格ユニット(カスパー)が、最速かつ妨害のあり得ない直結通信による操作のため、リフトにより上昇し、内部配管を外気に晒していた。

 

「なんですか……これ……」

 

 本来ならラグやハードウェアの認識阻害など、想定すらされていない第8世代コンピュータに於いて、その内部機構が晒されるのは開発終了から数えて始めてだった。

 

「開発者のいたずら書きだわ……」

 

 興味深げに、しかし四つ這いの歩みはやめずに進むリツコ。

 

「すごい! 裏コードだ……MAGIの裏コードですよ、これ!」

 

 入り口でその紙切れを読み漁る伊吹の声は、配管が満ち満ちて狭くなる内部空間まで響いていた。

 

「さながら、MAGIの裏技大特集って訳ね……」

 

 その配管にも所狭しと貼られた紙を見て、感慨深げに呟くミサト。

 

 作戦部長として、今回の使徒戦最前線となる現場へ同行していた。

 

「はぁ〜……こんなの見ちゃって良いのかしら……あーっ! これなんて、IntのCよ!! これなら、意外と早くプログラム出来ますね。先輩!」

 

 興奮する伊吹の声を受けて、不明生命体とな直接対決を前にして儘ならない自分の感情が、少しづつ落ち着いていく様だった。

 

「うん……ありがとう……母さん。確実に間に合うわ……」

 

〝碇のバカヤロー!〟

 

 ラクガキ。

 

 過去の記憶。

 

 外面的に仕事人間で、真面目で、他人行儀で……普段の自分には甘々で。

 

 そんな人間らしい母の面影を……狭隘の闇へ重ねながら……進んでいた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 その外装甲を切断すると、大脳皮質のようなパーツが現れる。

 

「レンチ取って」

 

「大学の頃を思い出すわね……」

 

 手前にあった邪魔な支持金具をしばくと、リツコは直ぐに左手を差し出した。

 

「25番のボード」

 

「ねぇ、少しは教えてよ……MAGIのこと」

 

 その端子を生体パーツへ差し込むと、深い息を吐く。

 

 今更隠す意味もない。

 

 それに話すと……何か整理出来そうな気がしていた。

 

「……長い話よ。その割に面白くない話」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……人格移植OSって知ってる?」

 

「ええ、第7世代の有機コンピュータに個人の人格を移植して思考させるシステム……エヴァの操縦にも使われている技術よね」

 

「MAGIはその第1号らしいわ……母さんが開発した……技術なのよ」

 

「じゃ、お母さんの人格を移植したの?」

 

「そう」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……言ってみればこれは、母さんの脳みそ。そのものなのよ」

 

「それで……MAGIを守りたかったの?」

 

「違うと思うわ。母さんのこと……そんなに好きじゃ無かったから」

 

 反射的に否定してしまったが、では、なぜ、本部に拘ったのか分からない。

 

 何か説明をしなければ。

 

 しかし。

 

 嘘を吐くのは躊躇わられた。

 

 芽生えてしまった自分の感情は、消えないのだから……

 

「…………」

 

「…………」

 

「……科学者としての、判断ね」

 

 そういう事に、した。

 

 そう。伝える相手は、もう、永久に……

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たッ……バルタザールが乗っ取られました!!」

 

〝人工知能により、自立自爆が決議されました……自爆装置は3者一致の後0.2秒で行われます……〟

 

「始まったの!?」

 

 その声に応える者は居ない。

 

 内部では赤城リツコが、ユニット周辺では引っ張り出された内部機構相手に伊吹マヤがそれぞれ無言でキータイプをしていた。

 

 〝自爆範囲はジオイド深度−280。−140ゼロフロアーです。特例582発動下のため、人工知能以外でのキャンセルは出来ません〟

 

「バルタザール、更にカスパーへ侵入!」

 

「……押されてるぞ」

 

「なんて速度だッ……」

 

〝該当内務者は、速やかに退避して下さい。繰り返します。該当内務者は……〟

 

〝自爆まで、あと20秒〟

 

「いかんッ……」

 

「カスパー! 18秒後に乗っ取られます!!」

 

〝自爆装置発動まであと、15秒〟

 

「リツコ……!!」

 

「大丈夫、1秒近くも余裕があるわ」

 

「…………」

 

 息を呑む葛城ミサト。

 

〝7秒〟

 

 過去0.000001%の作戦を成功させた本人ではあるが、その奇跡の重みを、直に感じ取るのは初めてだった。

 

〝4秒〟

 

「……0やマイナスじゃないのよ。マヤ!!」

 

「いけます!!」

 

〝3秒〟

 

「押して!!」

 

〝2秒〟

 

 同時に入力されるエンター。

 

〝1秒〟

 

〝0秒…………〟

 

「…………」

 

「…………」

 

 誰もが、静寂に終焉を待っていた。

 

 0という数字のアナウンスは、その思考を停止たらしめる破壊力があったのだ。

 

〝人工知能により、自立自爆が解除されました〟

 

「ッ──いやったぁー!!!!」

 

「はっはー!! よっしゃぁー!!」

 

「はぁ…………」

 

 喜ぶ日向と青葉に、肩を落とす冬月。

 

〝及び特例582が解除されました〟

 

 その様子に、伊吹とミサトは思わず笑みを溢した。

 

「はぁー……」

 

 奥底。MAGIシステムの中枢で、珍しくも脱力する赤城リツコが居た。

 

〝MAGI、通常モードへ移行します〟

 

 

 

 

 

 

〝シグマユニット解放。MAGIシステム再開まで、マイナス03です〟

 

 改めて臨時メンテナンスと相なったMAGIシステムの隣で、パイプ椅子に腰掛け、赤城リツコがダウンしていた。

 

「もう歳かしらね……徹夜が応えるわ」

 

「また約束守ってくれたわね。お疲れ様」

 

 前回は自分が無理をさせた上に、今回は不可抗力とはいえ明らかに無理をしていた……彼女に、労いのコーヒーを渡す。

 

「……ありがと」

 

 今ばかりは、素直に受け取った。

 

「……ミサトの淹れてくれたコーヒーがこんなに美味いと思ったのは初めてだわ」

 

「あはは……」

 

「……3台のMAGIにはね、それぞれ別の人格がインプットされているのよ。実は、プログラムを少しづつ変えてあるの……」

 

「……?」

 

「死ぬ前の晩に言っていたの。母として、科学者として、女としての自分なんだって……」

 

「…………」

 

「カスパーは、女を司っているわ」

 

 最初の犠牲。

 

 メルキオールは科学者だった。

 

 一番大切にしていた、筈の……

 

「……ほんと、母さんらしいわ」











 次回 「魂の座/遺思の、行方。」






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