もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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 14章 4彼らは、女にふれたことのない者である。彼らは、純潔な者である。そして、小羊の行く所へは、どこへでもついて行く。彼らは、神と小羊とにささげられる初穂として、人間の中からあがなわれた者である。

 ヨハネの黙示録。14章。4節より。

 今回は3千文字です。


第貳拾話 魂の座/遺思の、行方。

 NERV本部、司令室。

 

「このままでは、崩壊の危険があります」

 

 碇ゲンドウは、その報告書を一瞥もせずに、しかし、静かに聴いていた。

 

「確か君は……DNA螺旋と魂の在り方について、関係が無いと言っていたな」

 

「……はい」

 

「不安定なレゾンデートルや、永遠の人格形成。これらは、肉体と魂の乖離から起こるのだと」

 

「はい」

 

「では、なぜ定着と崩壊が起こる?」

 

「それは……」

 

「ATフィールドの崩壊……であれば、同様に生成も成立するとは思わないか」

 

「……!? まさか……」

 

「そうだ。既にネクロマンシーは始まっていたのだ。12年前からな……」

 

「投薬を……中止しますか?」

 

 それに頷くゲンドウ。

 

 俯く赤城リツコを、じっと見ていた。

 

「……赤城博士」

 

「はい」

 

「君の、ATフィールド研究には本当に助けられている。これからも、宜しく頼む」

 

「……はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「まだ……愛していますか?」

 

「……全ては心の中にある。君は知っているだろう」

 

 ずるい人……

 

 その言葉にもはや力が無いことを……ただ一人だけ、知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3新東京市、郊外。

 

 PM16:28

 

 夕陽を受けながら、ベッドの上で綾波レイは日記を読み返している。

 

 機体相互互換試験の失敗……零号機との違い。それを、知っていた。

 

 一つの頁に行きつき、その文が口をついて微睡の光に溶ける。

 

「初号機は綾波に似ている」

 

 それは儚く笑う碇シンジの言った優しさとはかけ離れた存在だった。

 

 零号機、初号機、弍号機。

 

 私の存在を固定する、魂の座。

 

 エヴァはどれも同じ。

 

 そんな幻想を破壊される。

 

 零号機の私の中の私よりも、遥かに……強い。強引なシンクロ。その大きな影に溶けてしまいそうな……

 

 深みに入る前に拒絶された、存在。

 

 その引力を知っていた。

 

「あれが……オリジナル……」

 

 日記の裏で、その左手に微かな黒点が広がるのを気付かずに、続きを読んでいた。

 

 胸中に現れる良い知れぬ虚空は、その日々の記録によって段々と形を得て可視化されてゆく。

 

「違う」

 

 オリジナルで、似ているようで、それでも。

 

「想いの記録……私の足跡。明日へ続く、闇」

 

「人は墓を作り……想いとを記録してきた」

 

「碇君が、私の……」

 

 黒い足跡が浮かび上がる、その広大な白い大地の地平線に、オレンジ色の暖かさが広がるのを自覚していた。

 

 目を瞑り、思う。

 

 やはりそれだけが、向かう先だと。

 

 一筋の涙が頬を伝い、コンクリートの床面へ落下し、弾ける。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 NERV本部、司令室。

 

「何!? 本気か、碇!!」

 

 冬月はテーブルに両手を叩きつけ、勢いよく立ち上がった。

 

「ああ。現行の補完計画は凍結する」

 

「……なぜだ」

 

 渋々座り直すが、机の上へ出した両手は明らかな苛立ちを表していた。

 

「冬月、神を信じるか?」

 

「いいや」

 

「意志を持つ存在がこの世界へ干渉している……量子論的なゆらぎや、生体パーツに発生しない独自思考について、そうは思わないか?」

 

「それこそが神の意志だと? 下らんな。だとしても、確定の仕様がないだろう」

 

「世界の法則は既に決定されている。ダミーシステムの破綻や、リリスのネクロマンシーを覆す理論は全く不明だ……我々は、予想でなく、事実から計画を修正する必要があるという事だよ」

 

「……大方分かった。それで、どうするつもりだ?」

 

「上書きだ」

 

「…………?」

 

「現在の世界で不可能ならば、法則を一つ加えるしかないだろう」

 

「おい、そんな……方法があるのか?」

 

「可能だ。失われたロゴスの鉢ならばな」

 

「失われた? どういう事だ」

 

「ロゴスの鉢こそ、我々が認知する神の意志という事だ」

 

「創れるのか? そんなものが?」

 

「ああ。材料はある」

 

「まさか……」

 

「そうだ。新たなATフィールドの創造。堕落し……眠れるリリスの、覚醒だよ」

 

「ユイ君を、人柱にするつもりか……?」

 

「ロゴスの鉢には、宿されるロゴスが無ければならん。……真に犠牲になるのは、いつの時代も救世主だからな」

 

「誰だ。それは」

 

「現在、リリスに最も近い男……初号機パイロット……碇、シンジ。相応しい者は、それ以外ありえん」

 

「新たな世界を……背負うのか。14歳が」

 

「革命を齎すのは、老いた政府では無い」

 

「さながら民意の代表か……その意思が悪意に侵されなければいいが」

 

「種は撒いてある。思わぬ芽吹きを迎えたが、問題はない」

 

「……それでいいのか?」

 

「……ああ」

 

「酷な運命だな。お前も、パイロットも」

 

「元より、覚悟の上だ」

 

「それで、ユイ君が息子を取り戻そうとしなければ良いがな……」

 

「…………」

 

「対策はあるんだろう?」

 

「……用意しよう」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NERV本部、精神科病棟1号室。

 

「…………」

 

 呆然と天井を見ていた。

 

 零号機。

 

 それは。

 

 飛び立つ鳥と、もう一人の綾波。

 

 あの時、あの時の顔だった。

 

『私の、ワタシの、ワタシ、ワタシノモノ』

 

『ねぇ、カゾクなのでしょう?』

 

 犯された記憶の笑顔は、狂気を滲ませて頬に両手を添えて、眼前まで迫っていた。

 

 冷たい両手。

 

 今も気を抜くと、部屋の隅に綾波レイの気配を感じるような気がした。

 

 人であって、人じゃない。

 

 決定的な違い。

 

『私は……二人目だから』

 

 父さんと過ごした……一人目は。

 

 エヴァに。

 

 綾波は知っていたんだ……いや、知っているんだ。きっと、全てを。

 

 シンクロ。その単語が急速に重みを増して、体にのしかかる。

 

 初号機は……一体……?

 

 正式タイプって言うけど、シンクロの感覚が鈍くたって、弍号機も……

 

 誰なんだ?

 

 考えれば考えるほど、あの暖かさを知っている気がして、その記憶に掛かった靄が厚みを増していた。

 

 僕は……何を知っているんだ?

 

 あの、人造人間について……

 

 父さんは……何を造ったんだ……。

 

 その疑問は吐き気すら催して、親である筈の、純粋な父さんの印象を、大きく歪めていた。

 

 分かりたいはずなのに。

 

 知れば知るほど、現れる狂気。

 

 理解できない。

 

 したくない。

 

 でも、返していたい。

 

 家族でありたいから……

 

 相反する思いは、境界線の最中を遊ぶように反転し続け、胸を締め付ける。

 

 ただ……いつか見たように、頭を撫でて。

 

〝今まですまなかった……シンジ〟

 

 そう言ってくれるだけで、ただ家にいて、声を掛けてくれるだけで……それだけで、良いのに。

 

「何なんだよ……なんでなんだよ……父さん……」

 

 10年で何が変わって、何が起こってしまったのだろう?

 

 ただ、普通に……

 

 かけ離れてゆく、現実。

 

 崩れゆく、家族のカタチ。

 

 理由のない涙は、ゆっくりと。

 

 そのシーツを冷たくする。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 NERV本部、通路併設休憩室。

 

「先の暴走事故……原因は分かっているんでしょうね?」

 

 買ったUCCコーヒーに口を付けずに、険しい目元を崩さない葛城ミサト。

 

「……初号機と碇シンジ君の再シンクロ実験は成功。それで、問題があるかしら?」

 

 灰皿に灰を落とした赤城リツコは、目を合わせる事をしない。

 

「まさか、分からないって?」

 

「管轄外の問題でしょう」

 

「今後の使徒戦に於いて、エヴァンゲリオンの安定性は最も重視されるべき事項。作戦部長として、先の実験の報告書の提出を求めます」

 

「珍しく仕事熱心ね……それとも、パイロット可愛さかしら?」

 

「アンタねぇッ……」

 

 不機嫌さを隠しもせずに、ヅカヅカと近寄るミサト。灰皿へタバコを歪むほどに押しつけ、その顔面を睨みつけた。

 

「葛城3佐!! 法外なのは承知の上でしょう。貴方の指示は謹慎と強制別居もあり得る、私情の持ち込みよ!」

 

 その鬼の様な形相に面食らって、目を逸らす。そんな側面があるのは事実だった。

 

 無理は言えない。

 

「……そうね。ごめんなさい。少し、頭を冷やすわ」

 

「全く……」

 

 本当に珍しく、怒って歩き去る赤城リツコに、一つの確信があった。

 

『大体、人が怒るのはね……認めたくないもの、隠したい事を指摘された時なのよ』

 

 彼女のいつかの言葉を思い出す。

 

 やはり、隠している。

 

 私には知られたくない……何かを。

 

 レイだけではない。エヴァ、使徒、何にしても情報が不明すぎる。

 

 とはいえ、自分の権限では既に限界。開示されないのであれば、後は……

 

「なりふり構ってらんないか……」

 

 もはやNERVには頼れない。

 

 破滅をも覚悟して、自分の使命を背負う。

 

 起こした奇跡を実感し、今後の使徒を、打ち倒すために……

 

 そして……無垢な子供たちの為に。

 

 汚れた世界の中で、信じるだけの、それだけの暖かさは……確かに。

 

 そこに存在していた。








 次回 「沈黙/真理の告白。」






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