もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。 作:煮魚( )
また、公開可能な情報につきましては、活動報告に考察編として投稿しておりますので、ご興味がある方は左上の作者名から飛んで頂ければと思います。
以下、本文です。
実際、私の心はまっ逆さまに落ちることを恐れてあらゆる同意から離れていたのであり、
この留保によって殺されていたのである。
アウレリウス・アウグスティヌス作(ローマ帝国。キリスト教神学者)
山田晶 訳 『告白』より。
今回は8000文字くらいです。
第3新東京市、郊外。
PM22:22
「信じていたい……か」
加持リョウジは、崩れかけたビルの綻びから突き出す鉄筋に両腕と体重を預け、小望月に隠れる慎ましい星々に煙を燻らせていた。
一度口に含むと、大きく吸いこみ……
眉を歪ませて、それを飲み込んだ。
立ち上る大煙。
「……何だったんだろうな」
汚れた正義。
後悔への決別の旅路。
真理を知る贖罪。
なぜ、彼らは死したのか。
なぜ、今を生きるのか。
なぜ、この世は……
そんな、言葉にしきれない、己の半生という重みが変質して……煙に消えてゆく。
肉体の研究──アダム再生計画。魂の研究──ホムンクルス計画すら副産物……これらは全て、裏死海文書に書かれていたという。
詳細な内容は恐らく、ゼーレの首脳と碇ゲンドウしか知らないのだろう。
正に羊飼いに与えられる、予言の書。
彼のシナリオは、常に裏死海文書を目指していた訳だ。
ゼーレと異なる道を行く様だが……それも予言の曖昧さ故か。
「…………」
痛みを肺に受け入れる。
何かが麻痺する感覚が心地よく、苦々しさに酔わせた。
確かに……世界は大きな運命によって変化させられただろう。だが、それは……
石版を盲信する狂信者の政。
斃すべき敵も、憎むべき責任者もいない。
探求した闇は、苦しみ、もがいて、進み続けたこの道は……俯瞰して見ると、自分というちっぽけな存在が介入する寸分の余地すらない、黒いキャンバスだった。
「地獄か……」
全て、決定された未来。
知ることで、自分にも役割が与えれるのではないか? 途中から、そんな淡い希望を抱いて居たのだと今更ながらに自覚する。
カードは必要な存在に、既に配られていた。
委員会の老人たち。
冷血の男。
使徒。
そしてエヴァを操る、純粋な彼ら……
想像でき得る結末はどれも悲惨で。
……この世は暗く、覆る事はないらしい。
『いいんです。本当はアスカに嫌われてても、本当はミサトさんが家族だと思っていなくても、本当は皆んなに憎まれていても……』
唐突に煙が染みて、むせる。
やはり……似ていた。その濁り切った瞳孔は見覚えがある。
無常観かぶれな思考をしているのだろう。
彼は自身を信用していない。
しかし……
『僕が、信じたいんです。そんな風に、我儘でいいって。アスカが教えてくれたから……』
彼はこの世を生きようとしている。
その到底理解できない、献身的な世界との向き合い方が、その強さが、今は染み入っていた。
信用しないどころか、価値が無いとしている。自分の運命を諦めて尚……だからこそ、破滅を恐れない。
セピアの過去が、唐突に色づく。
自分に笑顔を向けるのは、一人の女性だった。
地獄で泥に塗れても、残ったものを、芽生えたものを直向きに守ろうとする姿は……よほど、美しく。
「俺も少しは、謙虚に生きるか……」
フィルター寸前まで燃え尽きたそれを鉄筋に押し付け、茂みへ投げ込む。
吐き出した煙。
踵を返すその自嘲的な笑みは、作り物より綻んで、いつもより少し軽やかな歩みは、浮かぶ月へ向いていた。
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コンフォート17、葛城家。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、まだ薄暗い室内に一つ、チャイムの音が鳴る。
起き抜けの来訪者に心当たりはない。
不審に思いながらも、渋々玄関の前に立つと──
「おはよう」
「な…………」
空いた口が塞がらなかった。
青髪。
赤い瞳。
制服に身を包んだ、綾波。
夢だ。
最近に色々ありすぎた脳は当然のように、そう判断してしまう。
「……おはよう、綾波……それで、どうしたの?」
夢なら……いっか。
特に考えもないけど、聞いてみる。
「登校時間だから」
「……まだ早いよ?」
「…………」
「…………」
清々しいスズメの鳴き声と、明るくなるマンションの廊下が、現実の時間の流れを教えてくれた。
「待って……綾波、なんで、今、ここに?」
頭痛がする気がした。
これには、覚えがある。もう、2回くらいは経験したような……
「……近くに、居たかったから」
衝撃。
ミサトさんに相談する綾波は想像できる様で、難しい構図だった。
ぜんぜん、まったく、さっきの発言は……綾波らしくない。
他人として。
今、こうして、ここにいる。
さらに、近くに居たいと、綾波から言ってくれた……それが必要なことだと、考えてくれている。
当たり前の事じゃなく。
近寄れない、近寄り方も分からない。ずっとそうだった綾波の絶対領域が、ない。
てっきり知識や造りの違いが、その差を作っているものだと……
「……朝御飯は?」
首を振る綾波。
「その……薬は?」
「もう必要ないと、赤城博士が」
「…………」
「…………」
「はは、そっか……」
きっと、あの薬が……
晴天の霹靂に思わず気が抜けて、笑った。
解決できない、巨大な壁や、歪みだと思っていたのは……自分だけなんだ。
なんて……馬鹿らしいんだろう。
「おかえり、綾波」
「……ただいま」
自信なさげに、少し疑問に思っていそうな様子が、なつかしい。
「うん」
きっと、もう背負わなくていいんだ。
綾波らしさを。
「……おかえりなさい」
両手を差し出す。
数歩歩くと、思い出したように足裏がヒヤリとしたコンクリートの感触を伝えた。
綾波は少し目を見開くと、花が開くみたく笑って、腕を背後へ回す。
「……こうしたかった」
「うん……良かった……っ……綾波」
その満足そうな声音に、どうしても、込み上げる感情が抑えられなかった。
「なぜ、泣いているの?」
「……言えない。言えないよ」
「どうして?」
これから訪れる暖かさを、同じように、綾波が感じる事ができる。その喜びを、いま、言葉にするなんて……できない。
「言えないけど……嬉しいんだ。だって……」
感情が詰まって、言葉にならない。
少し離れて、こちらを見上げる綾波。
温かな両手は、確かにここにあって。
「これで、もっと話せるし……」
「…………」
「それに、家があるって、それだけで……家族って感じがするんだ」
「…………」
綾波は握られた両手をじっと見ていたが、握り返すと、すっと目を合わせる。
「家族……家。私たちの、帰る場所。ここが……」
確かめるように、その両手を、弄ぶ。
「そうかもしれない」
そう言う顔は、真剣で。
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「な……ぇ……?」
「あ、おはよう」
良い音を立てて焼ける追加の卵とハムから目を離して、停止したアスカに声を掛ける。
「遅かったじゃな〜い」
既に二皿用意されていた内の一つに手を掛けて、トーストを二つに折り込んで、頬張るミサトさん。
トーストや簡単なサラダ。ハムを添えた目玉焼きが並ぶ4人掛けのテーブルに……正確には、その一席に釘付けの顔は、次第にイライラした表情をして、ミサトさんの横についた。
「どういうこと? また何かの実験?」
「見ての通りよ」
澄ました顔でサラダをつまむ姿に、思わず苦笑いをしてしまった。
「見たらって……まさか……」
「……まーね」
「……ッ、まーね。じゃないでしょ! どうなったらこうなるの!? 報連相は!」
「はぁ〜……だって、仕方ないでしょぉ〜? いきなり数ヶ月前の許可が降りちゃったんだから……私だって覚えてないわよ〜……」
「えーっ、なによ……それ……」
「何か、問題が?」
「……何がってまず、もう部屋が無いわよ」
「それは大丈夫だよ。綾波の部屋、隣みたいなんだ。共通のキーで」
「……じゃあ、シンジと隣に移るとか?」
「いや、キーは共通なんだし、綾波が隣を部屋みたいに使えばいいんじゃないかな? 他はそのままで……」
「全く、青春ね〜。30過ぎると眩しいわ〜」
「う、うるさい!! ホントうるさい!」
「はいはい。もう何も言わないわよ」
「あはは……それで、いいかな?」
「いいわよ! もう!!」
「はい、じゃあこれアスカの分」
お皿に2枚のトーストを、上にハムと目玉焼きを乗せて渡すと、ひとまずは納得したように受け取って、渋々席に着いた。
「ありがと。……いただきます」
「何はともあれ、これで全員集合ね」
「なんか……意味があるわけ?」
「そりゃあね。大有りよ。だって全部、ここからじゃない……レイのこと、気になってたでしょ?」
「……べつに」
「意地を張らない。命、賭けてんだから」
「…………」
「ま、だからここからなのよ」
「果てしないわね」
「人間はあなたが知るより、複雑なものよ」
「……ミサトも?」
「……印象なんてね、作れるのよ。人は無意識のうちに、楽な印象を持たれようとするけれど……気にしない人だって、いるわ」
表情に色がないミサトさん。
「…………」
アスカはその瞳を、射るように睨んでいた。
「あ〜……なんで、今、話したのか。アスカなら、分かるでしょ?」
苦笑いして……一見して、食事優先。俯きがちに様子を伺うミサトさんに、不敵に笑うアスカ。
「……ふーん。どうしよっかな〜」
「…………」
「えー、あたし、分かんな〜い。って言ってもいいけど……ミサトが可哀想だから、辞めといてあげる」
「ははは……ありがと。午後の訓練で覚えときなさいよ」
「うわー、大人気なーい! そっちが振ったんでしょ〜!?」
「だからって遊ばないの」
ミサトさんは空になったお皿を重ねてしまうと、用意をしに席を立った。
「ちぇー」
「なぜ、嬉しそうなの?」
「なにが?」
「やさしさが無いのに、なぜ、笑うの?」
「……ミサトさんって、お酒が抜けると結構無口なんだよ」
「…………?」
「そもそも言わないわよ、フツーは」
「……非常識」
「そ。アンタ風に言うと、知識は学習と実践から成る──ってところ?」
「それは……ちょっと違う気もするけど」
「じゃ、なんなのよ」
「ミサトさんの優しさ、かな?」
「不器用なのは間違いないわね」
「…………」
「ほら、冷めちゃうよ」
「アンタも食べなさいよ」
「分かった」
その言葉に、残りを盛ってしまうとフライパンやエプロンを仕舞い、皿を持って席に着く。
「いただきます」
「……ふん」
その様子を見て満足そうに微笑み、息を漏らして青い瞳を薄く瞑ってトーストに齧り付くアスカも。
きっと、人の事は言えない。
トーストは……甘い香りがした。
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NERV本部、シュミレーションプラグケージ、併設モニター室。
シンクロテスト中。
(既に、実生活はおろかシンクロにも影響がないのね……)
各エヴァを再現したプラグ内のシンクロ情報を冷静に観察しながら、赤城リツコは思考を重ねる。
生体波形のパターンが変化している訳ではない。しかし……
(ロストした個体との差……それこそが、ATフィールドの創造……)
故に、その説明には説得力があった。
今も、自身の研究に、全く無かった視点を碇ゲンドウにより齎された事実は、多くの喪失を実感させている。
せめて研究の進歩は欠ける事なく、完遂させて見せる。そんな儚い気概により自身を奮い立たせて。
仕事をする。
それだけが、もはやここに存在する意味だった。
「今回も問題なさそうね〜、流石、赤城リツコ博士」
「シンクロに関してはね……殆ど何もしていないわよ」
努めて上機嫌な葛城ミサトに、つまらなそうに答えた赤城リツコ。
「MAGIでサポートしてるじゃない」
「MAGIのサポートは数値による機械的な、環境面への作用。シンクロが高数値で安定しているのは、チルドレンが精神的に安定しているから。強いて言えば、あなたの功績ね」
葛城ミサトは言葉にならない息を漏らし、口を噤んだ。
「…………」
(それこそ、私は何もしていない……私が……甘えているような物だもの……)
必要な時には立場を押し付けて、なお、言いたい事を言って……気を遣わずに生活している。それがどんなに恐ろしく、無責任な行為か理解しつつ、子供たちにそれを求められて、喜んでさえいた。
居るだけで心地いい、帰りたい場所。
本当は口下手で無責任な自分すら、受け入れてくれる場所……
「いや、だからか……」
選ばれたチルドレンが、エヴァパイロットである理由。
シンクロ/シンクロナイズ/同期
幾度でも繰り返され、それぞれの事象に協調性があり、人為的な制御など、原因があり同時に起こる現象……
故に再現性が求められ、そして、その状態とは……
・エヴァンゲリオンを受け入れること。
……あの巨大兵器の心理作用など考えた事もなかった。発展途上の技術である事くらいしか知らない。
心理作用。例えば、いきなり知らない人間にプライバシーゾーンを触られたら? シンクロの難しさは、そんな所にあるのかもしれない……
戦場で高数値を維持するチルドレンの、なんと強かなことか。
その思考の様子を疑わしげに監視されている事に気が付かない。
「何か秘訣があるのかしら?」
その鋭い声音に、作業員の数名が視線を寄越す。葛城ミサトは少しジトッと湿る背中を感じながら、細む喉から声を絞り出した。
「あ……あはは。やーね〜。リツコのお眼鏡に叶う様なのは、何にもないわよ。そんなのがあるなら、私が知りたいわ〜」
暫くの間。
「はぁ……想像に難くないわね……」
ため息を吐いて、赤城リツコはモニターへ向き直った。
葛城ミサトはホッと息を継ぎ、すぐに二の句を繰り出してゆく。
「そうだ。今度は何着てこうかしら。この前にオレンジのは着たし……」
「……青のドレスは?」
「ああ、あれ……ちょっちね……」
「入らないのね」
「うっさいわねぇ……仕方ないでしょ〜? というか、どいつもこいつも三十路だからって焦りすぎなのよ」
「まあ、こうも重なるとご祝儀もバカにならないしね……」
疲れた表情で反応する赤城リツコは、しかし、口角の端は楽しげに。呆れているようでも、それを受け入れているようでもあった。
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コンフォート17。
リビング。
「お墓参り?」
「……うん」
いつもの様に、『明日、開けときなさいよ!』と言い放ったアスカ。
不機嫌になったが、何時ものように机を人差し指で叩いて威嚇したり、足を組み直したりはしなかった。
「…………」
代わりにフローリングの継ぎ目を睨んで、腕を組んでいた。
「聞いてもいい?」
その不機嫌さがエスカレートする様に、片手でがしがしと頭を掻くと、乱れた髪をそのままにスッと立ち上がってしまう。
「……やっぱいい」
「話すよ」
「いいって……言ってんでしょ」
「……うん」
「…………」
「…………」
「そうだ」
アスカが自室の戸に手を掛けた所で、一つ思い出した。
「綾波……行かないって言うんだ。図書館とか喜ぶと思うから……その……良かったら」
「なんッで私……が……」
その蒼白に握りしめた拳が緩むのが、暗がりでも分かる。
「レイがお墓参りに……行かない?」
「…………」
「なんで?」
横顔に愕然と、意味が分からない。という表情を浮かべるアスカ。
『私が行っても、意味が無いもの』
墓標の前で、思うこと。
それが何もないのは、分かる。
母さん。そんな概念がそこにはあるだけで、語るべき言葉も、思い出す情景も、何も無かった。
墓に参ることが。
よく分からない。
ただ、意味はある気がしていた。
ただ何となく、そんな気はしていた。
確かに胎に居たことを、確認する必要があるような気がしていた。
どんなに限界でも、人である事は必要な気がしていた。
あっさりと言って、数学書の摂取に勤しむ綾波は、綾波にとっては、意味が無い。
よく、分からない。
綾波にどんな言葉を掛けるべきなのか。
人が本当は、家族が本当は、どんな形をしていたのかも……
「分からない。綾波は……意味が無いって言うんだ」
「意味って……そんなの……」
言葉に詰まるアスカ。
その喉に何かが詰まって、首筋が震えているのが分かった。
「バカ……ホント。本ッ当に。揃いも揃って。愚図しかいないわね……そんなの、当たり前だからでしょ?」
当たり前。
そう思わなきゃいけない。
何かが決壊しかけていて。
アスカが相変わらず、綾波のそういう所がどうしても嫌いなのは分かっていた。
綾波は、きっと考えるキッカケを与えやすいから。
それを見つけてくれるから……
嫌なことを掘り返すから。
でも、きっと……先へ歩むには前を向かなきゃいけないんだ。振り向くには、背後のそれをもう、見ないように。形を知らないといけない。
どんなに恐ろしくても。
我儘。
前を向いていて欲しい。
或いは、そんな祈りだった。
或いは、自分のことだった。
こうあってほしい……そんな、無責任で、切実な、強い祈り。
アスカがくれた暖かさは、白熱する鉄心となって、脊髄の芯に秘められて。その刃を引き抜かせる。
「でも、綾波はそうは思わない」
「ッ……!!」
否定。
激しい感情。
その肩を怒らせて近づく。
アスカの選択は、拳だった。
椅子から転げ落ちて、痛めた首と腰を押さえながら立ち上がった。
「アスカ」
「煩いッ」
腹にもう1発貰って、もんどり打つ。
咳き込んで、ゆっくり立ち上がった。
「…………」
「…………」
「……アスカ」
「うるさいっ……」
今度は拳の形のまま、腹に添えられた手。
「…………」
「…………」
その手を包む。
「…………ごめん、アスカ」
「…………」
俯いたまま。
そのうち、開いた手のひらは、腹に当てられる。
体を密着させると、早まる2つの鼓動が聞こえた。
「……大丈夫」
それが分かる様に、身を寄せて。
「…………」
「…………」
段々と、ゆっくりと、脈打つ鼓動が、時を刻む。
「……バカ」
耳元で聞こえる。
その声は、熱かった。
息を吸う。
「教えてあげてよ……綾波に」
「何で……私が」
「アスカじゃなきゃ……ダメなんだ」
「…………」
「…………」
離れると、少し名残惜しそうに服の端をつまむアスカがいた。
ふと、瞳が合う。
キッと目を逸らすと、パッと後ろを向いて。
「はぁ〜あ。仕方ないわね!! ホント、手間のかかる兄弟なんだから!!」
「アスカ」
「……何よ」
「ありがとう」
少しの間。
アスカは頭を掻くと、後ろを向いたまま……
「ッ〜! 本ッ当、そういうとこよ!! お礼くらい!! 普通に言えないの!?」
「普通に……?」
「あ゛〜〜〜〜!!!! もう!! いい!!!!」
スタスタと自室までいくと、襖がピシャリと締められてしまう。
「あ……アスカ……」
◇
その頃……
「意味わかんない! ほんとッ、意味分かんないから……! 何よあいつ……! あーっ!!」
両手で抱えた枕に叫びながら、悶絶していた。
涙で濡らしながら、嬉しいような、悲しいような、分からないままに。
ただ感情が、溢れていた。
扉越しに、その様子が伝わって、襖の前で立ち尽くす。
そうして、2人の夜が更けてゆく……
夜が開けた日は、土曜日。
その私室に置かれた勉強机。その上の遊園地のチケットは、当日限りと刻印されていた。
世界を滅ぼすに値する
その温もりは
2人になれなかった
孤独と孤独では
道すがら何があった?
傷ついて笑うその癖は
そんなに悲しむことなんて
無かったのにな
心さえ
心さえ
心さえなかったなら
心さえ
心さえ
心さえなかったなら
「命にふさわしい」(Amazarashi メメント 収録曲)
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