もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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今回は7000くらいです。


第参話 停止する、心。

「しかし……良く乗る気になってくれましたね、シンジ君」

 

 初号機を見守る壁面のブリッジの中、モニターに映る電動率の数値類をチェックしつつ、呟く。

 

 伊吹マヤは、心中を察するに余りある少年に、心からそう思っていた。

 

「人の言うことには大人しく従う。それがあの子の処世術なんじゃないの?」

 

 先輩にあたる赤城リツコ博士は、同じくシンクロ数値を見つつそう言う。

 

 が、しかし……。

 

「処世術……」

 

 それだけで、激変した環境の中、一日数時間の訓練を文句も言わずこなすなんて。

 

 なんて強いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ここのところ、よく眠れていない。

 

 エヴァとシンクロして撃つ銃は重く、反動が激しくて、上手く扱えないからだ。

 

 このままじゃ次の使徒で死んでしまうかも……。

 

 そう思うと、眠れない。

 

 疲れが取れなかった。

 

「ミサトさん、もう朝ですよ」

 

 毎朝、布団にくるまるミサトさんを見ると、やるせないというか、僕も疲れてるのに……なんて思ってしまう。

 

「んぅ……さっきまで当直だったの、今日は夕方までに出頭すればいいの。だから寝かせてぇ〜」

 

 当直でなくても、ミサトさんの帰宅は遅い。生活リズムがまるで合わないのだ。

 

 今日みたく、布団の中で、顔を見ない日の方が多い。

 

「あ、今日木曜日だっけ。燃えるゴミお願いねぇ〜」

 

 分かってますよ。

 

 という言葉を飲み込む。

 

 殆ど僕がやってるのに。片付け。

 

 いや、この怒りは場違いだ。

 

「……はい」

 

「学校の方は、もう慣れた?」

 

「……ええ」

 

「そう、いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

 形骸化した挨拶がむなしい。

 

 今や会話終了の合図でしかなかった。

 

 

 

「んぅ、はい、もしもし? なんだ。リツコかぁ……」

 

 ミサトは布団にくるまりながら、だらしなく大学からの親友の電話を取っていた。

 

「どう? 彼氏とは上手く行ってる?」

 

 おちょくるように語尾をあげる赤城リツコ。寝起きもあり、すぐにはピンと来なかった。

 

「カレぇ……? あぁ、シンジ君ね。転校して2週間。相変わらずよ。誰からも電話かかってこないのよねぇ」

 

「電話?」

 

「そう、必須アイテムだからって随分前に携帯渡したんだけどね、自分で使ったり、誰からも掛かってきた様子、ないのよ」

 

 葛城ミサトは、自分が碇シンジ君とお世辞にも上手くやっているとは思えなかった。

 

 だが、どうすればいいのか分からない。

 

 彼は自分といると気を遣うようだし、こちらから砕けても、距離を開けられるばかりだ。

 

 仕事を持ち帰らずにこなすようになって久しい。

 

 学校で誰か気の合う人でも居れば、と、期待していたのだが……。

 

「あいつ……ひょっとして友達いないんじゃないかしら……」

 

 それは、今まで、薄々気付きながらも放置していた懸念だった。

 

「シンジ君って、どうも友達を作るには不向きな性格かもしれないわね」

 

「…………」

 

「ヤマアラシのジレンマって話、知ってる?」

 

「ヤマアラシぃ? あの、トゲトゲの?」

 

 唐突なヤマアラシに、声がうわずってしまうミサト。

 

「ヤマアラシの場合、相手に温もりを伝えようと思っても、身体中の棘で相手を傷付けてしまう……人間にも同じ事が言えるわ」

 

「今のシンジ君は、心のどこかで痛みに怯えて、臆病になってるんでしょうね」

 

「……ま、そのうち気付くわよ。大人になるってのは、近づいたり離れたりを繰り返して、傷付かずに済む距離を見つけ出す……って事にね」

 

 指摘された事が的を得ている気がして、だが、解決策が思い浮かばない。

 

 寝ぼけ頭だった葛城ミサトは、碇シンジの成長に、全てを丸投げしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の人間は、関わるとろくな事がない。

 

 僕にとってここは……目立たないように、暗すぎず、明るすぎずを演じて、最低限の関わりを持って、ただやり過ごす場所だった。

 

 疲労が溜まっていたから、何故か最近、クラスで浮き始めている事に、なんの対策も考えずにいる。

 

 それを考えるはずの頭は、綾波のことで埋まっていた。

 

 起動はしたが、綾波のシンクロ率は不安定で、実戦には参加できない数値だったのだ。

 

 その綾波はシンクロ実験ばかりで、NERV内部で顔を合わせる事もない……。

 

 不安だった。そんな、毎日毎日、土日は1日使ってシンクロ実験だと言われたら、かなりつらいと思う。

 

 かといって、学校で話しかける話題も無ければ、いきなり労いに行くのも不審すぎるから、機会もない。

 

 そうやって憂鬱になる度に綾波の事を考えてしまって、他の人の反応は、すっかり頭に入ってこなかったのだ。

 

 だから僕は、状況が悪化するのを薄々予感しながら、休み時間は音楽を聴いて過ごしている。

 

 救いなのは、以前の学校に比べて人数が少ない事だろうか……。

 

 疎開。

 

 はるか昔、戦争をしている時と同じ事が行われている……。

 

 使徒との戦争。

 

 教室にいるとそんな雰囲気を感じて、どうしても憂鬱になってしまうから、どうしようもなかった。

 

 ……余裕がない。

 

 分かっていながら、発散する方法は分からない。

 

 ピピピ……。

 

 授業中に、メッセージ受信の通知音が鳴った。すぐにチェックして通知音を切ると、ウィンドウに〝碇くんが あのロボットのパイロットというのはホント? Y/N〟という表示がされた。

 

 なんで……バレてるんだ……?

 

 趣味はチェロくらいしかない。

 

 人は僕に話題がないと悟るや、興味を失った瞳をして去る。このクラスでも通過儀礼を終えて、まともに話した事があるのは綾波だけ……。

 

『なぁ、碇シンジってパイロットなの?』

 

 調子良く問いかける男子A。

 

『…………』

 

 あの瞳で見つめる綾波。

 

『あの……』

 

『…………』

 

 ありえない。

 

 綾波がバラすなんてありえない。

 

 答えたとして、

 

『なぜ、知りたいの?』

 

 そう言われそうだ。

 

 きっと根も歯もない噂に違いない。

 

 NO、っと……。

 

 〝ホントなんでしょ?〟

 

 送信する前に、畳み掛けるように受信したメッセージ。

 

 なにやら確信されている……。

 

 仮にYESと答えたら……?

 

『やっぱりホントだったんだぁ。あのロボットってなんなの?』

 

『敵ってなんなの?』

 

 うわ……。

 

 父さんの〝噂〟を思い出す。

 

 目の前が暗くなって、身震いがした。

 

 彼らは人間として見ていない。

 

 まただ……噂を〝見て〟いるんだ……。

 

 きもちわるい……。

 

 乗り越えたつもりでも、元凶の影を見ると冷や汗が出て、胸にナイフを突きつけられたようなチクチクとした嫌悪感があった。

 

〝NO〟と送りつけて、個人の受信設定をオフにする。

 

 授業後にまで聞かれたら、『授業中だから切った』『ロボットには興味がない。分からない』という事にしよう。

 

 どこからかため息が聞こえた。

 

 興味が無くなったら、いいんだけど。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「なぁ、ちょいと付きおうてくれや」

 

 ジャージ姿の柄の悪い男子生徒とメガネをかけた生徒の2人組が、昼休みになるや、真っ先に声をかけてきた。

 

「あ……うん、いいよ……」

 

 目が怒っている。

 

 後ろにいる彼も真剣だ。

 

 何か気に触る事をしただろうか……。

 

 あまり悩みたくない学校で、さらに憂鬱の種が育ちそうな予感に、気分は最低だった。

 

 連れて来られたのは校舎裏。

 

 いかにも、だ……。

 

「なぁお前、パイロットなんやろ」

 

「いや……知らないよ、ほんとに」

 

 目を逸らしてしまった。怒気に溢れた目に怖気付いたんだ。

 

 このタイミングは最悪だ。

 

 嘘をついていますと白状するのと同じ。

 

 瞬間、口が乾いて手が湿った。

 

 スタスタと近くまで来ると、ガッと胸ぐらを掴まれる。

 

 い、息が、くるしい……。

 

「嘘を付くなや!!」

 

 その言葉に、口が真一文字に縫い合わされたようだった。

 

 エヴァが嫌いな人。エヴァパイロットが嫌いな人。確かめて危害を加える人……。

 

 そんな人がいるなんて、気が付きもしなかった。僕は馬鹿だ……!

 

「トウジ、それ以上は……」

 

「じゃかしぃわ!! ケンスケ、おみゃーも確かめにゃならんと言うたんやろが!!」

 

「そうだけど……さ」

 

 どうしたらいい……。どうしたらいい。どうしたら

 

「何とか言わしてみんかい!!」

 

 ゆすられて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。言った時と、言わなかった時の比較ができない。

 

「の、乗ったよ……」

 

「あぁ!?」

 

「僕は、乗ったよ。パイロットなんだ。あれの……グッ!?」

 

 突然に視界が吹き飛んだ。

 

 頭が痛みで真っ白になる。

 

 背中からの衝撃でぼやけた視界を開くと、ジャージ男は拳を振り抜いたまま固まっていた。

 

「やっぱし……そうか……」

 

「すまんなぁ……転校生。ワシはお前を殴らにゃいかん。殴っとかなきゃ気がすまへんのや」

 

 拳を収めると、そう言って睨まれる。

 

 隠そうとしたから……だろうか。

 

「悪いね……この前の騒ぎでアイツの妹さん、怪我しちゃってさ。ま、そういうことだから」

 

 メガネが困ったような顔でそう言うと、さっさと歩き去る2人。

 

「…………」

 

 その姿を、泣きそうになりながら見つめた。

 

 確かに、完璧には戦えなかったかもしれない。怪我人もいただろう。

 

『あなたが守った街なのよ』

 

 ミサトさんの言葉。

 

 分かる。言いたい事は、分かる。努力もする。だけど……。

 

「そんなのは、無理だよ……」

 

 今それを考えてしまったら、戦えない。

 

 次に戦う時は、また使徒の事だけ考えるだろう。僕が強かったら違うかもしれないが、無理だ。僕は弱い。気を抜いたら、死んでしまうんだ。

 

「それは無理だよ……」

 

 青空を見上げながら、これから始まるかもしれない嫌がらせに、乾いた心で涙した。

 

 その青に、赤い瞳が写る。

 

「非常召集、行かないの?」

 

「えっ……非常召集?」

 

「支給された携帯電話、確認して」

 

 ……携帯電話。

 

 そういえば、携帯してない。

 

「ごめん……次からは、ちゃんとするよ……」

 

 自分の無責任さに俯くと、目の前に白い手が差し出される。

 

 綾波の手……綺麗だな……。

 

 変な事を考えてしまう頭を振って、その一回り小さな手を掴んで立ち上がると、綾波はなぜか僕の触った自分の手を見て固まっていた。

 

 だが、不思議と違和感はない。

 

 久しぶりに綾波と話せた。

 

 綾波はやっぱり、見定めるような目も、探るような目もしない。

 

 それだけで、心が救われるようだった。

 

「ありがとう。助かったよ、綾波」

 

 また楽になった気がする。

 

 お礼を言うと、いつも通り綾波は目を合わせて──

 

「いえ……どう、いたしまして」

 

 目を、逸らされた……!

 

 軽いショックを覚えながら、しかし、思いの外ダメージは少なかった。

 

 綾波が他の人と話す時は、目を逸らさないから……だろうか。

 

 自分の時だけ目を逸らしてくれるから嬉しい……って……。

 

 それは、嫌われているのでは?

 

 えぇ? でも、なんで?

 

 突然苦しくなった胸を押さえて、苦笑いしながら思考の海に潜る綾波に声をかける。

 

「もう、行かないと」

 

「……そうね」

 

 了解した。という風に一つ頷いた彼女と、小走りで本部へ向かった。

 

 

 

 

 鳴り始めたサイレンの中、綾波と2人でNERVに向かう途中、つい目を逸らされた理由を考えてしまっていた。

 

 何かしたかな……。

 

 手に土が付いてたとか? いやでも払ったし、それ以上は仕方ないよな……。

 

『助かったよ、綾波』

 

 そういえば……あの時……。

 

『たよ、綾波』

 

 綾波

 

『綾波』

 

 呼び捨て!!!!

 

 知らず知らずの内に、心で馴れ馴れしく読んでいたのが露呈していて、ひどく恥ずかしくなる。

 

 そりゃあ目も逸らすよ……!

 

 だけど、後から呼び捨てを謝るのもおかしい気がするし……

 

 いや、気にされてたらもちろん直すべきなんだけど……

 

 うーん……うーん……

 

 ジオ・フロントが視界に入り、これから死ぬかもしれない現実で思考を切り替えようと必死になるまで、僕は何度も、綾波に声を掛けようとして、踏みとどまっていた。

 

 僕の心には、かける言葉が見当たらなかった。

 

 今まで考えた事もなかった。

 

 嫌われたか確かめる術が無かった。

 

 その勇気が、なかった。

 

 胸が苦しい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生臭い独特な香りのLCL。

 

 嫌でも闘争心が刺激される。

 

 乗りたくて乗っている僕に、心を全て傾ける。今だけは、エヴァが僕の価値だ。

 

 矛盾で壊れそうなヒビは、闘争心で固めていく。自分は弱いから、扱いは簡単なんだ。

 

 僕は強い。僕は強い。僕は強い。

 

 そうだ。

 

 大丈夫だ。死ぬのなんか、怖くない。

 

 エヴァと一緒なら、大丈夫なんだ。

 

『そうね』

 

 脳裏に浮かぶ綾波の姿。

 

 なぜだろう……エヴァから、綾波の感じがする……。

 

 どうして綾波……?

 

 しかし、とても安心できる感覚だった。

 

 疑いも探りもせずに、僕に入ってきてくれる……

 

 まるで皮膚の一片すら逃さずに何かに抱擁されているような……エヴァとのズレが、フラットになっていくような……

 

「シンジ君、出撃、いいわね?」

 

 そう言われても、緊張は無い。

 

「はい」

 

 今なら、訓練の以上の動きすら出来そうだった。

 

「良くって? 敵のATフィールドを中和しつつ、バレットの一斉射。練習通り。大丈夫ね?」

 

「はい」

 

 今回は失敗しない。

 

 1マガジン、全て当て切る。

 

 

 

 体を襲う加速感と重みが消えて、第3新東京市が視界に開ける。

 

「ATフィールド展開」

 

「作戦通り、いいわね、シンジ君」

 

「はい」

 

 先程のミーティングで打ち合わせた通りの位置に、銃口を合わせるイメージをする。

 

 大通りに飛び出すと、いる。

 

 ウナギの着ぐるみのような、ふざけた赤のフォルムの使徒が……!

 

「くっ!」

 

 目を見開いて、マズルフラッシュの向こう、相手の体の中心に弾が吸い込まれて行くのを確認する。

 

 当たってるッ!!

 

 そのまま、酷くなる砲身のブレを両腕で慎重に押さえつけ、全ての弾薬を使徒へ命中させた。

 

「はっ……はっ……」

 

 使徒の存在は今や煙の向こうだ。

 

 やったか……?

 

 刹那、煙の中から紫の残滓が見える。

 

 飛び道具!?

 

 飛距離が不明。後ろはダメだ。

 

 ならッ!!

 

 咄嗟に片膝を付いてしゃがむと、上半身のあったところを恐ろしいスピードで、紐状の何かが通り過ぎてゆく。

 

「予備のライフル、Aの22よ。受け取って」

 

 ミサトさんの音声通信。

 

 大通り沿いのコンテナが開いた音がする。

 

 バレットを投げ捨て、傾いた体勢も無視して後ろに全力で走り、新しいバレットをコンテナから引きちぎり、振り返る。

 

 見ると、使徒は直立体勢のままのっそりと向かって来ている所だった。

 

 真っ二つになった装甲ビルが見える。

 

 攻撃力は計り知れない。遮蔽物に意味はない……。

 

 だが移動は遅い。なら今しかない!

 

「硬いな……」

 

 ATフィールドは中和している筈なのに。

 

 まるで効いてないみたいな……。

 

 移動し続けているとしたら、そろそろ射程中か。

 

「次ッ! Bの12!!」

 

 その声で更に後退するが、突如、内部電源に切り替わる。

 

 ケーブルが、やられた……!

 

 横目に後ろを確認した時〝飛行形態の使徒〟が目に入った。

 

 なッ……!?

 

「うッうぁぁあああああ!!」

 

 反転ッ!!

 

 瞬間、肉薄し形態変化する使徒にプログナイフで斬りかかるが、天地がひっくり返った。

 

 足が、掴まれて!?

 

 そのまま、一度地面に叩きつけられた後、空に放り出されて、無制御の加速度が体に襲いかかる。

 

「ぐっ……ぁ……」

 

 歪む視界。真っ白になりかける脳をフル回転させて、何か方法はないか模索する。

 

 が、空中で姿勢制御の方法はない。

 

 背中から吹き荒れる風と落下加速感に恐怖しながら、どうする事もできない。

 

「がッ……」

 

 やがて重力の力のままに脊髄が叩きつけられ、肺に残っていた気泡が飛び出した。

 

 あと4分と少し……!!

 

 どうやら山間に落ちたらしい。

 

 すぐに起きあがろうと上半身を起こすと、視界に2人の人影が映った。

 

 左手の間。うずくまっている。

 

 〝鈴原トウジ〟

 

 〝相田ケンスケ〟

 

 モニターに表示される顔写真。

 

 メガネとジャージ!? なぜこんな所にッ……

 

 今も秒数は消費されている。

 

 飛翔形態でこちらに迫る使徒。

 

 人類滅亡と殺人が天秤にかかる。が、考えている時間はない。

 

「くっ……」

 

 肉薄した使徒は、やはり飛行形態のまま紫光のムチのようなそれを振るう。

 

 目を見開き、一瞬、スローに見えた世界でその先端を捉えた。

 

「ぅうぁぁ……ッ……」

 

 手の神経組織がズタズタにされるような痛みだった。だが、離したら、全員死んでしまう。

 

 生理的な涙が溢れるが、気合いで持ち堪えていた。

 

「シンジ君、そこの2人を操縦席へ。2人を回収した後、一時退却。出直すわよ」

 

「はいッ……!」

 

「許可のない民間人を、エントリープラグに乗せられると思っているの!?」

 

「私が許可します」

 

「越権行為よ、葛城一尉」

 

 揉めてどうするんだよ……!!

 

 退却時間は減り続けている。

 

 闘志が少しずつ削られているのが分かる。

 

「……エヴァは現行命令でホールド、エントリープラグ射出、急いで」

 

 ミサトさんの命令で、急速に遠のくエヴァの感覚。やがて真っ暗になると、体が後ろに引き出されるのが分かった。

 

「なんや、水やないか!」

 

「ああっ、カメラ、カメラが……」

 

 煩い音声が耳に直接響く。

 

 気分は最悪だ。

 

 が、そんな事はお構い無しにシンクロが再開される。

 

 先程との連動の齟齬が、筋肉痛の上位互換のような痛みを両腕に与えた。

 

 掴めていたシンクロの感覚も、ずっと遠くに離れていってしまう。

 

「くっそっぉ……ぉぉ!!」

 

 痺れる両腕をしならせ、なんとか使徒を後方へ撃ち出す。

 

 滑るように射出された使徒は、自身の飛行能力で山の麓まで押し戻されていた。

 

「今よ! 後退して!!」

 

 くそっ、くそっ。

 

 緩慢なエヴァの反応にたたらを踏む。

 

 手の神経が痛む。

 

 立ち上がるのもやっとだった。

 

「回収ルートは34番」

 

 あの使徒は早い。

 

 追いつかれたら? 

 

 綾波は出撃できない。

 

 初号機は大破。パイロットは死亡。

 

 人類は……滅亡……。

 

 今も遠のき続ける感覚。

 

「山の東側に後退して」

 

「転校生、逃げろ言うとるで!!」

 

 トウジの言葉に頭が真っ赤になった。

 

 理不尽。

 

 言うだけ。

 

 そして人類滅亡。

 

 誰のせいだ? パイロットのせいだ。そう、僕のせいだ。

 

 これも、それも、なにも……上手く、できないからだ。

 

 お前が弱いからだ。お前のせいだ。

 

 違う! 違う! 違う!!

 

 ボクはッ……今だけは……ッ

 

 強くなきゃ……ッ、ダメなんだよ!!!!!!

 

「うあぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 瞬間、哀しみと怒りが限界を超え、エヴァと感情が一体になった様な鈍い触覚が全身を襲っていた。

 

 視界にはコアしか見えない。

 

 予備プログレッシブナイフを構え、山を滑り降りる。

 

 刹那、飛んでくるムチ。

 

「ッぐぅ……ぁぁあああああ!!」

 

 腹部が燃えるよう、吐き気や神経の犯される痛みで頭が飛んでしまいそうだったが、怒りとアドレナリンで、意識は保っていた。

 

 腹部でズリズリと触手が動くのをお構い無しに、突進は止めない。

 

 ナイフがコアを捉える。

 

「ああぁぁぁあああああ!!」

 

 喉から血が出る。

 

 だが、何か叫んでいないと、意識が飛びそうだった。

 

 押し込む。気合いで、前へ前へとナイフを押し進める。

 

 くそッ。

 

 左手を構えると、ナイフへ打ち出す。

 

「ぅおらあ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 ピキッ。

 

 軽快な音を立てるコア。

 

「はぁ……っぐ……はぁ……はぁ」

 

 赤いコアが色を失うのを見て、力尽きた。

 

「はぁ……うっ……はぁ……」

 

 腹部が燃えるように痛い。

 

「うっ……くっ……うぅ……」

 

 腹を手で押さえながら……自然に出てしまう涙。

 

 うまく……できない……

 

 僕は……エヴァでもダメだった……

 

 僕は……弱くて……最低だ……

 

 消えてゆく、闘志の理由。

 

『がんばってね』

 

 パンドラの箱は、いつのまにか、空いていたのだ。

 

 なんのために……

 

 こころが、ばらばらになって、

 

 なんのために……

 

 見えない……おくふかへ沈む……

 

 なんのために……

 

 底なしの闇へと……







 次回 「涙、枯れた底に。」
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